魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「そう理解していただければ幸いです」
 いつも通りシェリスが部屋の隅のテーブルでカップに茶を注ぎ、トレイを持ってきた。茶の入ったカップを客人、次いでスイの前に静かに差し出し、ポットだけが残ったトレイを二人の間に置いて一礼して部屋を出る。
 スイは茶を勧めた。
「いただきます」
 客が茶を口にするのを待ってスイも一口飲んだ。里からの使者はカップを置いて話を始めた。
「スイ殿からのご提案、長老会で検討させていただきました。検討の結果」
 使者は真っ直ぐスイの黒い瞳を見た。
「承認されました」
「良かった」
 スイはほっとした表情になった。使者もスイの顔を見て少しだけ口元を緩める。
「それからスイ殿にぜひ一緒に行っていただきたい場所がございまして」
「行って、欲しい場所?」
 そのとき、急に目の前がぐらついた。
 スイは意識を失って倒れた。

 目を開けると、よく知っている顔が飛び込んできた。
「おはよう、スイ」
 にっこりと微笑むのは紛れもなくメノウだった。
 自宅の玄関横の応接室で忍びの者と話をしていた。その途中で急に意識がなくなった。
「ここは?」
 身体をゆっくり起こしながら辺りを見回した。身体が少し硬くなっているような感じはしたが、特に異状はないようだった。
「眠っていただけだから大丈夫だと思うよ」
 メノウがスイの行動を観察しながら言った。
 見たことのない造りの部屋だ。寝ていたのは、ベッドでなく、床の上らしい。床も何か藁を編んだようなものだ。美しく草のようないい匂いがほのかにする。天井や柱は木製のようだった。
 メノウはスイが一通り部屋を確認し終えるのを待って、保留にしていた問いに答えた。
「ここはね、あまり詳しくは言えないんだけど、長老が用意した家なんだ」
「長老?」
「そう」
 メノウが笑った。
「里へようこそ、スイ」

次回更新予定日:2020/05/23

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夜九時過ぎ。スイは自宅の書庫にいた。ずらりと並んだ本は主に父セイラムが各地を回って集めたものだ。各国の組織の内部資料など通常の手段では手に入らないような書物も多い。裏ルートを使ったり強奪したものもあるのだろう。
 目当ての本を探す。わかりやすい分類の配置になっているので、目的の本を見つけるのは意外とたやすい。スイは三冊ほど本を手にして部屋に戻る。
 一冊目の本に手をつけたとき、玄関から小さくチャイムの音が聞こえた。こんな時間に誰だろう。心当たりはないので、取りあえずシェリスに任せることにして本を読み進める。来客ならシェリスが呼びに来てくれるだろう。
 しばらく経ってもシェリスは来なかった。何か急ぎの配達物でもあったのだろう。そう思ってページをめくったとき、ドアの向こうから声がした。
「スイ様、お客様です。玄関前の応接室にお通ししておりますので。私はお茶を淹れて参ります」
「分かった。すぐ行く」
 そう答えながら違和感を覚える。
 なぜシェリスは訪問者の名を告げなかったのか。
 シェリスのことだから何か理由があるのだろう。だが、シェリスが応接室に通したということはスイが会う必要のある人物だということだ。
 スイは階段を下りて応接室に向かった。
「失礼します」
 いちおう断っておいてドアを開ける。
「あなたは」
 ソファからすっと立ち上がったその人物を見てスイは息を呑む。前を向いたまま手を後ろに回しドアを閉める。旅人の服装をした男はにっこり笑った。
「やはり覚えておいででしたか。スフィア山脈ではお世話になりました」
 あのときのように黒装束は着ていなかったが、客人として訪れたのだから当然だ。間違いない。スフィア山脈でメノウを尾行していたマーラル兵リーシャを引き渡した忍びの者だ。今まで忍びの者がこのようにスイを訪ねてくることはなかった。何の用だろう。
「なぜあなたがここに?」
 そのとき、失礼いたします、とドアが開いた。シェリスがポットとカップをトレイに載せて持ってきた。
「お話があって参りました」
「話?」
「はい。長老会からスイ殿にお伝えするようにと」
 長老会というのは里の最高決定機関だ。長老を含む七人から成る。長老会という名称だが、長老以外の構成員の年齢はまちまちらしい。
「では、今夜はあなたは里からの使者として来たと考えて差し支えないだろうか」

次回更新予定日:2020/05/16

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「博士は魔術兵器がマーラルに対する抑止力となるとお考えですか?」
 レヴィリンは皮肉っぽい笑いを浮かべて答えた。
「君はヌビスをよく知っているようだね。私も魔術師として何回か宮廷に招かれて直接お話をしたから陛下と違ってヌビスがどういう人間かということはよく知っている」
「では、やはり」
「陛下が魔術兵器を保有していることを公表しても、ヌビスは陛下が魔術兵器を抑止力として見ていて、簡単には使わない方だということは分かっている。そして、リザレスの魔術を一流と認めてくれている。であれば、リザレスの魔術兵器と技術を手中に収めるべくリザレスに攻めるというのは自然な考え方ではないかね?」
 スイは重い表情で頷いた。
「それにヌビスは何よりも魔術師なのだよ。どうせ戦わなければならないのであれば、研究の成果を存分に試すことのできる舞台に立ちたい。自分が魔術師としてどれほどの力を身につけることができたのか。それを知るために自分と同等かそれより優れた魔術師と戦いたいと願う。それがヌビスという人間だ」
 スイの達した結論と同じだった。リザレスが魔術兵器を保有していようがいまいが関係ない。いずれかの国に侵攻して魔珠を確保しなければならないのであれば、ヌビスはリザレスを選ぶ。レヴィリンという大魔術師とレヴィリンが築き上げた魔術部隊と戦い、自分の魔術師としての実力を示したいのだ。
「博士も」
 スイが口を開いた。
「魔術師としてヌビスと戦ってみたいとお考えですか?」
 すると、レヴィリンはにやりと笑った。
「望むところだ」

「博士もそう考えてるんだ」
「陛下は兵器を過信せずにマーラルの攻撃に備えて準備をされるだろうし、博士も当然そう進言するはずだ。戦闘部隊のほうにも私から働きかけてみる」
「やっぱり……戦争は避けられないんだね」
 メノウはぽつりと言った。スイはうつむいたまま頷いた。
「マーラル王を失脚させない限り、魔術兵器は作り続けられる。リザレスも魔術兵器を手放さない」
 だが、マーラルの国民はがんじがらめにされている。王の力におびえ、手を伸ばすことさえできない。
「今、他国の者がマーラル王の首を取りに行ったら、仮に成功したとしても、その後の周辺地域の外交関係は混乱するだろう。里だってマーラル王を自らの手で暗殺したりはしないだろう」
「そこまではできないよ。暗殺しようとする国内勢力があれば、支援することはできるけど」
「だが、戦争になればできる」
 メノウははっとなってスイの目をのぞき込む。苦悩がにじんだ瞳。それでも、スイの心は決まっていた。
「戦争になれば犠牲が出るのは分かっている。だが、他に方法を思いつかなかった。戦場で誰かが首を取ってもいい。私が狙いに行ってもいい。とにかく一刻も早く、犠牲がなるべく出ないうちにマーラル王の身柄を確保して降伏を求める」
 スイは顔を上げて鋭い視線でメノウを真っ直ぐ見つめた。
「マーラルが魔珠を求めて他国を占領したら、里はどうする?」
「それは……その国もマーラルになってしまうわけだから、その国にも魔珠は売れなくなるね」
「加えて魔術兵器を持つリザレスにも魔珠が輸出できなくなる。それでは、さすがに里も経済的に苦しくなっていくのではないか?」
 そのとおりだ。いや。マーラルが他国を占領しなくても、マーラルとリザレスという二大国に魔珠を輸出できなくなるだけで、すでに苦しくなる。
「それに里は戦争をできるだけの兵力を持っていない。ヌビス政権を転覆させ、その後速やかに魔術兵器を放棄することを条件に協力してもらうことはできないだろうか」
「確かに」
 メノウは真剣な顔をして一瞬考えた。だが、すぐに口元がにやつく。
「いい交渉材料だね。分かった。里に持ち帰ってみるよ」
「感謝する」
 スイは魔珠担当官としての職務を果たし、ほっと息をついた。目の前でメノウがせわしなく立ち上がる。
「急いで里に戻らなきゃ。明日朝一の船で帰るよ」
 スイは落ち着きのないメノウを見て優しく笑った。
「何をそんなに慌てているんだ。明日にならないと船はないんだろう」
「そうだけど」
 スイが訊ねる。
「泊まっていくだろう?」
 メノウがいつもの無邪気な笑顔で頷いた。

次回更新予定日:2020/05/09

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「じゃあ、マーラルを何とかしたら、リザレス王は兵器をこちらに引き渡してくれるかなあ」
 スイはメノウの瞳をのぞき込んだ。
「お前はどう思う?」
「僕はね」
 メノウはにっこり微笑んだ。
「リザレス王は現実主義者なんじゃないかと思っているんだ。だからこそマーラルが兵器を開発していると聞いて兵器を作らせた。だから、兵器を引き渡すことで里から魔珠が供給されるのであれば、兵器を手元に置いておくことにこだわらないと思うんだ」
 メノウの読みは正しい。リザレス王エトはそういう人だ。
「ただね、陛下の周りにはせっかく作った兵器を手放したくないって思う人もいるんじゃないかって思うんだ」
「そういう勢力が現れたら、そのときにつぶせばいい」
 スイの頭にあったのはレヴィリン。だが、他にもエトの周りにそのように考えている人間がいる可能性は大いにある。魔術兵器の開発などという思い切ったことが実現できたのは、兵器の保有に肯定的なものが少なからず王の取り巻きにいたからに違いないからだ。
「そうか。そこまで考えてくれていたんだね。でもね」
 メノウは意地の悪い笑いを浮かべた。
「本当にリザレスの魔術兵器はマーラル侵攻の抑止力として働くと思う?」
 すると、スイも苦笑する。
「思わないな」
 言い切って続ける。
「里がマーラルへの魔珠の輸出停止を発表する。周辺国のいずれかを攻めて魔珠を確保する。いずれかの国と戦わなければならないのなら、魔術師としての己の力を試してみたいと願ってやまないマーラル王は、ためらうことなく自分に匹敵する大魔術師であるレヴィリンを相手として選ぶ。そのタイミングでリザレスが兵器の保有を宣言したとしてもそれは何の意味もない。魔術兵器も奪えるなら好都合と思うだけだろう。マーラル王はそういうお方だ」
「そうだよね。でも」
 メノウの目が意地悪く笑う。
「陛下には教えてあげなかったんだ」
「陛下も兵器に絶対的な信頼を置いているわけではない。戦争を回避するために使える可能性のあるカードの一つに過ぎない。それに」
 スイはため息をついた。
「実は、レヴィリン博士とも話をしたのだが」
 エトに魔術兵器のことを確認しに行った後のことだ。談話室でレヴィリンにメノウと同じ質問をした。

次回更新予定日:2020/05/02

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「そうだね。スイだったらちゃんと交わせていたね」
 短剣に付いた血を拭き取ろうとハンカチを出した。
「私を殺すのではなかったのか?」
 訊かれてメノウは力なく笑った。
「無理だよ。殺されるかもしれないと警戒するスイが僕の短剣を交わせないはずないもん」
 スイはくすっと笑って手を出した。
「洗おう」
 メノウの素直に差し出した短剣を受け取り、短剣と傷口を水で洗った。
「どうしようかな」
 メノウが深いため息をつく。
「魔珠の秘密を知ってしまったスイたちを消さなかった僕は里の裏切り者だ。僕は消される」
 スイはきれいに拭いて水気を取った短剣をメノウに手渡した。
「メノウ、魔珠の問題は里とリザレスだけの問題じゃない。世界は常に動いている。売人と担当官。交渉して里もリザレスも納得できるような条件を探し出すのが私たちの仕事だろう」
「そうだね。そうだったね」
 メノウはスイから返された短剣を鞘に収めた。
「大丈夫だ。交渉の余地はある」
「分かったよ。話をしよう」
 二人は笑顔で頷いて元の席に着いた。メノウが初めて茶に手をつける。スイもそれを確認して笑顔になる。
「それでは、まず国王陛下のお考えを聞いてもらおうか」
「ちゃんと話を訊きに行ってくれたんだね。聞かせて」
 スイは頷いて話を始めた。
「そもそも兵器の開発は、マーラルが兵器を手にしたとき、容易には侵攻してこないようにするために始まったらしい」
「やっぱりマーラルの兵器開発の情報を受けて始めたんだね」
「そう。そして、陛下は、マーラルの兵器は押収されたが、里が開発を断念させるために魔珠の輸出を停止するのではないかと考えておられる」
「おそらく近日中にね」
「そうなったとき、マーラルは他国に侵攻して魔珠を確保するのではないかと陛下は見ている」
「自然な考え方だね。そのときに兵器を持っていれば、標的がリザレス以外の国になってくれるんじゃないか、ってことかなあ」
「だから、まだ兵器を手放すわけにはいかないのだと」

次回更新予定日:2020/04/25

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