魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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事実、スイは斧を斬るなり、ヌビスの首を狙った。だが、刃がヌビスの首にあたる寸前でヌビスの魔術が発動し、刃の動きを止められた。
「煽りおる」
 ヌビスはかっと目を見開いた。
「そんなに私の邪魔をするのが楽しいか」
 スイは微動だにしなかった。すると、ヌビスは気味の悪い笑いを口元に浮かべた。
「私は楽しいぞ。お前の苦しむ姿を見るのが」
 ヌビスが手をスイの胸目がけてかざすのを見てとっさに剣で防御する。こう来ると思っていた。呪いを発動させるつもりだ。
「ほう。面白い剣だな」
 自分の放った魔力が剣に弾き返されたのを見てヌビスの目が輝く。
 ヌビスはスイから目を離さずに一歩後ろに下がると、床の方に手をかざした。すると、床に魔法陣が浮かび上がった。ヌビスが魔法陣に魔力を注ぐと、魔法陣は赤く光り、次の瞬間辺りが暗闇に閉ざされた。背景は真っ暗なのにその場にいる人の姿やスイの所持している剣は白昼と同じようにくっきり浮かび上がっている。
 辺りから呻き声がした。キリトと護衛の兵士たちが四方八方に吹き飛ばされていた。キリトたちの前に光の壁が現れ、すぐに見えなくなる。おそらく結界だろう。
「スイ」
 キリトが見えない壁を叩いている姿が後方に見えた。スイはヌビスの方に向き直って剣を構えた。
「どういうつもりです?」
 ヌビスはにやりと笑った。
「その剣に興味がある。私と勝負しろ」
「遊びで勝負するつもりはありませんよ」
 凜とした態度でスイは言い放った。
「無論だ。これは遊びなどではない。ここはそのために用意した異空間だ。どちらかが倒れるまでは何人たりともここから出ることはできない」
「つまり。あなたを倒してしまっても構わないということですね」
 スイが飛び上がると同時にヌビスも魔法を放った。スイは刃の軌道を変え、魔法をヌビスの方に弾いたが、ヌビスもすぐに新たな魔法を繰り出し、跳ね返ってきた攻撃にぶつけて爆発させた。
「いや、面白い。面白いぞ」
 ヌビスが一撃目とは比べものにならないほどの魔力を一瞬で集め、スイ目がけて放つ。先ほどと同じように剣を前に出して弾こうとしたが、重くて受け止めるのもままならない。スイは剣の角度を変えて攻撃を受け流し交わす選択をした。後方の高い位置で凄まじい爆発音がした。冷や汗が流れる。

次回更新予定日:2020/11/14

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「私にはできる。魔術兵器は私にこそふさわしい。よって」
 ヌビスは立ち上がった。凄まじい威圧感が場を支配する。
「マーラルはリザレスの領土、領民、魔珠を始めとするあらゆる資源、そして魔術兵器を手にするため進軍を継続する」
 キリトはやれやれといった顔をした。
「交渉決裂ですね」
「そうだ。覚悟はできているだろうな」
 嬉しそうにヌビスは言った。
「こやつの首をリザレスの船に投げてやれ。それを合図に攻撃を開始する」
 悲しいほどに予想どおりだ。キリトは苦笑した。壁際に立っていた二人の兵士が歩み寄ってくる。背後で両手首を拘束される。ひときわ体の大きな方の兵士が斧を持ってキリトの前に立った。
「あまり怖そうな顔をしないな」
 ヌビスは忌々しく思った。
「陛下のおっしゃったように覚悟はしていたので。ここまで交渉役の仕事です」
「つまらぬ男だ。首が落ちる瞬間くらいは私を楽しませてみよ」
 ヌビスは返り血を浴びないように後ろに下がった。目で合図をすると、すぐに斧が振り下ろされた。
 だが、次の瞬間、誰もキリトを見ていなかった。
 斧が真っ二つに割れ、刃の方がヌビスの顔をかすめ、魔術師たちがいた側とは反対側の壁に突き刺さったのだ。
「陛下!」
「手を出すな」
 慌てた護衛たちをヌビスが制する。ヌビスの首元には青く輝く剣の先が突きつけられていた。
「またお前か」
 ゆるりと言ったヌビスの口元には薄ら笑いが浮かんでいた。それが突然跡形もなく消え失せ、目がかっと見開かれた。
「何をしに来た」
 静かだが怒りに満ちた眼差し。その先にはいましがたキリトの態度を見ていてふと思い浮かんだ人物その人が立っていた。剣をヌビスに向ける男は紛れもなく研修に来たとき呪いを施したにも関わらず罠にかかった魔珠売人を解放し魔術兵器を持ち去るのを助けた男。
 スイだった。
「奇襲とはな。こんな粗末な方法で私の首が取れるとでも思ったか」
「外務室長を助けなければあるいは」
「ひどいなあ、おい」
 キリトが横でぼやいている。

次回更新予定日:2020/11/07

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「陛下、リザレスの外務室長がお見えです」
「通せ」
 中からヌビスの声がした。威厳のある声だ。キリトは肩の力を抜いて案内役の兵士が扉を開くのを待った。
「本日は階段に応じていただき誠にありがとうございます」
「まあかけたまえ」
 キリトは大きなテーブルを挟んで置かれた立派な椅子に腰かけながら、部屋の様子をうかがった。広い船室だ。左側の壁には体格の良い兵士が二人と黒いローブの魔術師が三人いた。案内役をしてくれた兵士はすぐに退室してしまったので、もう持ち場に戻っているのだろう。
「この状況でわざわざ我が陣営に出向いてくれるとは。何か良い知らせでも持ってきてくれたのかね?」
 やはり要求を拒めば、武力行使の前に斬った使者の首を投げつけて開戦宣言かな、などと考えながらも落ち着いた穏やかな表情を崩さずにキリトは答えた。
「まずリザレスはマーラルの要求には応じられません。そしてもう一つお伝えしておくことがあります」
「ほう」
 対するヌビスは面白くなさそうな顔である。
 入ってくるなり嫌な男だと思った。この男の持つ魔力がどうにも気に入らない。今まで生きてきて多くの人と会ったが、こんな感覚は初めてだ。それに。
 ふざけている。
 マーラル王ヌビスの前でなぜそんな余裕のある表情をしている。仮にも優秀なリザレスの外務室、しかも室長であれば、ある程度はマーラル王の人となりを把握しているはず。無事帰れるとでも思っているのか。
 気に入らない。前にも自分を前にしてこのように平静に振る舞っていたリザレス人がいたと急に思い出した。
 キリトは大胆にも口元を吊り上げて悪い顔をした。
「リザレスは魔術兵器を保有しています。マーラルの脅威がなくなるまでという条件で里にも認めてもらっています。必要とあらば使用も辞しません」
 ヌビスはくくっと笑った。
「里の許可まで取りつけたか。なるほど面白い」
 まさかそれでマーラルが退くなどと考えているのではあるまいな。
「だが、残念ながらリザレス王は一般に良識と言われているものを覆せない人間。リザレス王には使用できない。だがな」
 ヌビスは蛇のような目でキリトをにらんだ。

次回更新予定日:2020/10/31

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二週間後、マーラルから使者が訪れた。要求はリザレスからマーラルへの魔珠の安定供給。この要求が受け入れられない場合、武力行使も厭わないと使者は伝えた。無論里以外の国家間での魔珠の輸出入は里との契約違反となる。要求を呑むことはできない。事実上の宣戦布告だ。
「話し合いの場をもちたい。そうマーラル王に伝えて欲しい」
 リザレス王エトはマーラルの使者に言った。

 話し合いの日時と場所が設定される。実はもうこのときマーラルは進軍を開始していたため、場所は船乗りたちが「安息の地」と呼んでいるアルト海のアインとクラークの中間海域付近となっていた。
「この状態で交渉に行くとかマーラル王に首斬られに行くようなもんだよなあ」
 外務室で資料を探していると、交渉役を任されたキリトがぼやきだした。
「首斬られたらお前化けて出てきそうだな」
「やめてくださいよ。交渉役にされたこと恨んで呪うとか」
 試料をめくりながら返すスイの言葉に外務官たちが青ざめる。
「おうおう、そうすればお前らも少しは士気上がるだろう」
「いえ、実際に戦うのは我々ではありませんから」
 普通に部下たちが返答する。すると、それを聞いていたスイが涼しい顔で言った。
「どうせ化けて出るなら、敵陣にしろ。剣を振り回せば、敵軍も半壊程度にはできるんじゃないか」
「そりゃ名案だ。だが、最初に斬られるのは、生前散々な言われ用をしていちばん俺の恨みを買っているお前だ」
「残念だが、お前の腕では私は斬れん」
 正論を吐かれて一瞬怯んだが、この野郎、バカにしてんのか、といつものようなやりとりになって、部下たちは苦笑しながらデスクワークに戻る。

 その日がやってきた。
 波は静かで海域にはリザレス軍とマーラル軍の船がにらみ合うように展開されていた。
「準備は万端だ。頼んだよ」
 忙しい最中、カミッロが見送りに来てくれた。
「言うことは言ってきます。私の首が返ってきたら後はお願いします」
 キリトはいつもの軽い口調で言うと、軍船より一回り小さい商船に乗ってマーラル軍の船の群れに突っ込んでいった。
「リザレス外務室長キリト・クラウスです」
「お待ちしておりました。こちらへ」
 マーラルの兵士たちは口数が少ない。余計なことを言わないようにしているようにも見える。
 案内された部屋の前には兵士が二人並んで立っている。この部屋の警備担当の兵士だろう。

次回更新予定日:2020/10/24

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一ヶ月経たないうちに里からマーラルに魔珠の輸出を凍結すると通告が下った。
 カミッロはアルト海に監視船を出して情報収集を始めた。国内の商船や貨物船にも協力を呼びかけた。他の国も監視船で巡回をしていて、動きがなかったか情報交換することもあった。
 王都クラークの港にはいつでも出撃できるように軍船が用意されていた。海で迎え撃つと決めた以上、遅れを取るわけにはいかない。
 その三日後、マーラルの王都ラージュに潜入していた密偵から外務室に連絡があった。
「マーラルが動き出したらしいぞ。どう出るかな」
 外務室で活発な議論が行われた。スイもできる限り議論を聞かせてもらうことにした。
 外務室で話し合われるのは、まず戦争を回避するためにどのようなカードを用意して交渉に臨めるかである。以前、スイがキリトたちと話していたようにマーラル王ヌビスと交渉して戦争を回避するのは難しそうである。だが、有効であるかどうかに関わらず、並べて議題に取り上げるべきカードは揃えておくべきである。それを確認する作業が入念に行われた。
「ところで、例の件は進んでいるのか?」
「後継者探しですよね。それが何件か有力そうなところが見つかって当たってみてはいるのですが」
 ヌビスの失脚に成功したときのための手を打っておきたい。空白期間ができると、また事態が混乱する。
「血縁者という筋では難しいのかね」
 キリトが呟く。
 ヌビスには何人もの子どもがいるはずなのだが、噂されているように自ら父王に手をかけたためだろうか、血のつながった者たちを信用せず、些細なことで自分の地位を狙っているのではないかと考え、母親やその親族と共に追放や処刑にしてきた。魔術の実験に利用されて命を落としたり精神が崩壊してしまった者も少なくない。そのため、王都ラージュに残っているのは、ほんのわずかで、最年長の者でも五歳であるという。
「十年以上前に身の危険を感じた母親に連れられて逃亡に成功した子どもがいるという情報も入って追跡を試みたのですが、やはりうまく行方をくらませていて足取りが我々の方でもつかめなくて」
「そりゃそうだよな。ヌビスの手から逃げて十数年も生きているんだとしたら」
 そっか、そうだよな、とキリトはため息をつく。
「動きにくくなっているだろうが、無理のない範囲で捜索は引き続き頼む」
「分かりました」
 担当の外務官が答えた。

次回更新予定日:2020/10/17

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