魔珠 第4章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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不意を衝かれる形で剣先がスイの右胸に食い込んだ。スイは顔をしかめ、小さな呻き声を上げた。剣先がゆっくりとそのまま左に移動して胸に一筋赤い直線を描いていく。スイは声を上げるとその声で痛みが増しそうな気がして、歯を食い縛って息を殺すようにしていたが、苦しくなって息を大きく吐き出した。その瞬間、我慢していた痛みが来て息を詰まらせる。傷口から血がじわりと滲んだ。
「いい顔だ。美しかった顔がこんなにも歪んで」
 ヌビスが手をかざすと、赤く染まっていた傷口が短剣と同じように青白く光った。短剣で切り裂かれたときよりも重い痛みがのしかかる。これが呪術か。だが、思ったほどの痛みではなく、歯を食い縛って耐えた。
「あまり効いていないようだな」
 もっと苦しくなるはずなのだが。ヌビスはスイを観察したが、魔力を軽減するような魔法を使ったりしている様子はない。
「もともと耐性が備わっているのか?」
 セイラムもそう言っていた。そして、魔力耐性をさらに伸ばすために、小さい頃から訓練されてきた。
「面白い。実に面白い」
 満足げに笑って魔力を強める。傷痕から発せられた光がより鮮明になる。
 痛いだけではなかった。何か全てを奪われてしまうような、そんな感覚に襲われた。苦しかった。心も体も蝕まれているような気がした。スイは耐えきれず、大きな声を上げた。
「久しぶりにこんなに魔力を解放した。いいものだな、全力で行くというのは。実にすがすがしい気分だ」
 そのまま胸を締めつけるような痛みと心を蝕まれるような恐怖が続いた。呪術の効果は弱まる気配はなかった。
 何時間経っただろう。消耗して意識が朦朧とするが、しばらくすると意識が回復してまた苦痛を感じるようになる。また消耗して意識が朦朧として、だが回復して、その繰り返しだった。
 ドアの音がしたのをスイはぼんやりと感じた。
「そろそろ夜が明けます」
「そうか。残念だが、今日はここまでとしよう」
 顎をつかまれ、無理やり顔をヌビスの方に向けさせられる。スイはうっすらと目を開けた。
「今夜また来い」
 首を横にも縦にも振ることができなかったが、ヌビスは最初から答えを聞くつもりはなかったようで、すぐにスイを解放し、自室に戻ってしまった。
「お部屋に戻りますよ」
 やはりエルリックだった。ぐったりとなったスイに魔術師が治癒を施す。もう光を失い、痛々しい傷になっていた場所を魔術師はきれいに塞いだ。痛みは消えなかった。短剣で斬られた物理的な痛みだけではないようだった。呪術の力がまだ残っているようだ。
「立てますか?」
 疲労で力が入りにくかったが、上体を起こしてもらって何秒か放置してもらうと、感覚が戻ってきて肩をちょっと貸してもらうだけで歩けた。
「まだ少し時間があります。時間になったら起こしに来るので、休んでください」
「ありがとう……ございます」
 ようやく自分のベッドに寝かしてもらったスイは、安心したように目を閉じた。そして、それまでの分を取り返すかのように一気に眠りに落ちた。

次回更新予定日:2019/05/18

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「美しい顔だな。それに色気もある。お前いくつだ?」
「十五です」
 顔を直視できなくて目を背けたまま答える。
「十五とは思えない色気だ。成長した姿が見られないのが実に残念だ。それに」
 ヌビスはスイの顎をつかみ、憎々しげに力を込めた。
「十五とは思えない落ち着きようだ」
 気に入らない。なぜだか分からないが、無性に腹が立つ。この実験室に連れてこられてこんなに穏やかな表情をした者はこれまでいなかった。なぜもっと怯えた目をしない。
 乱暴に手を外し、ヌビスは部屋の端にある背の低い棚の方に歩いていった。引き出しから銀色に輝く短剣を取り出す。つかつかとわざとゆっくりと足音を響かせながら、ベッドの方に近づく。この部屋は隣の部屋と違い、絨毯が敷かれていない。冷たい石材を靴のかかとで叩く音が残酷に木霊する。
 努めて動揺を隠すようにしたのが気に障ったのだろうか。スイは考えた。だが、ここは譲れない。一瞬でも気を抜けば、動揺に飲み込まれてしまいそうで怖かった。
「待たせたな」
 低い声に反応するようにベッドの横に立ったヌビスを見る。手にきらりと光る短剣が握られている。刃の形状が武器として使う短剣とは違うような気がした。そんなふうに冷静に分析していたのが良くなかったらしい。強い魔力を感じてスイははっとする。
「ほう。魔力は感じるか」
 短剣が青白い光を帯びていた。何が起こるのか分からなくてスイはじっとそれを見つめていた。ヌビスの口元に残忍な笑いがたたえられた。左手でスイの右手首を押さえつける。ゆっくりと短剣がスイの胸に下りてくる。
 斬られる。
 動かないようにはしたが、さすがにそれ以上見ていることはできなくて目をぎゅっとつぶった。胸に刃先が触れる瞬間を見るのも怖かったが、それ以上にヌビスの狂気に満ちた顔を見るのが怖かった。
 しかし、何秒経っても痛みは来なかった。どうしても気になってうっすらと目を開ける。剣先はまだあと三センチくらいのところでスイの胸を真っ直ぐ睨んでいた。スイは目を見開いた。すると、ヌビスが勝ち誇ったように笑った。
「怖いか。どうだ、怖いか」
 負けた。圧倒的にやられたと思った。この人の狂気を見てしまった。スイはある程度他者の行動を予測し、対処するのは苦手ではなかった。そうするように訓練されてきた。何パターンかの行動の可能性があっても、その可能性を予測し、対処すれば良い。だが、狂気に駆られた人はそうはいかなかった。思考回路が全く読めないのだ。対処できるという確信が持てないことがスイを不安に陥れる。

次回更新予定日:2019/05/11

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「幅広い教養を身につけているようだな」
 自室に揃えたものの価値が正確に分かっていると見て取り、ヌビスはより一層スイを警戒した。この少年は成績優秀なだけでなく、実に多くの知識を吸収している。頭脳明晰なのは話しているだけでもよく分かる。危険な人物だ。早く葬らなければ。
「申し訳ございません。あまりにも素晴らしいお部屋でつい見とれてしまって」
 しかもこれからされることを分かっていてこの冷静さである。それとも冷静を装っているのだろうか。
「気になるものがあったら、近くに寄って見るといい」
「本当ですか。ありがとうございます」
 暖炉が気になっていたが、悟られないようにいちばん手前にあったテーブルからぐるりと部屋を回るように順番に見ていく。
「工芸品に興味があるのか?」
「特別あるというわけではないのですが、陛下がお持ちのものはそうそう目にすることができるものではございません」
 やはり冷静だ。
 スイは暖炉にたどり着いた。石に施された装飾をじっくり観察する振りをして周囲を見る。わずかだが、やはり不自然な亀裂がある。先ほどの「実験室」と呼ばれた部屋にもあったが、隠し通路か何かがあるのだろう。
「満足したか?」
「はい」
「では、こちらへ」
 暗闇の方に戻る。魔法陣を通り過ぎて再びベッドの方まで来て立ち止まった。
「暴れる者は魔法陣で呪縛して処置を施すのだが、お前は聡明そうだから暴れたりはしないな」
 丸腰で武器になりそうなものはない。素手でもいいが、いずれにしても強そうな魔術師が横に控えている。すぐに取り押さえられるだろう。そうでなくても、ヌビスの魔力があれば、スイの動きを止めるのは容易いことのはずだ。それに、抵抗してエルリックに何かあったら、ここに来た意味がない。
「やはりそうだな。ベッドに横たわりなさい。その方が楽だから」
 覚悟を決めた目を見てヌビスは言った。背中のローブの紐を解いて上半身をはだけさせる。冷たい指の感触に一瞬ぞくっとしたが、スイはおとなしくベッドに横たわった。視線が気になって目を背ける。

次回更新予定日:2019/05/04

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意外とこじんまりとした薄暗い部屋だった。燭台が所々にあり、ろうそくが点っている。部屋の隅に簡素だが、広くて寝心地の良さそうなベッドが一つあった。部屋の中央には円があり、古代文字や幾何学模様のようなものが彫られている。おそらく魔力を注ぎ込めば魔法陣として機能するのだろう。
「もうすぐお見えです。こちらに腰かけてお待ちください」
 スイは言われたとおり、戸惑いながらもベッドの端に腰かけた。他に腰かける場所もないからだろうが、違和感がある。真っ白なシーツに腰かけて背筋を伸ばしたまま、スイはヌビスが来るのを待った。ローブの男は少し離れて壁際に立っていた。
 しばらくすると、スイが入ってきたところとは違う扉が開いた。廊下には面していないはずなので、隣の部屋とつながっているということだ。スイは背筋を伸ばしたまま扉の方を向いてすくっと立ち上がった。扉の向こうから暖かそうな光が洩れた。隣の部屋には豪奢な家具類も確認できた。
「ようこそ、我が実験室へ」
「お招きいただき光栄です」
 型どおりの返答をした。感情が表に出ないように努めて無表情を装っていたが、かなり険しい目つきになっているような気がする。ヌビスはゆっくりとスイに近づいてきた。少し背の高いヌビスに合わせて、スイは顔を上げた。ヌビスは射抜くような鋭い視線でスイの瞳をのぞき込む。
「いい目だ。まるで挑むかのような」
 にやりと満足したようにヌビスは不気味な笑みを浮かべる。
「こんな部屋に連れてこられても動揺はないようだな。これから何をするのかすでに聞いているのか?」
 スイは答えなかった。そんな些細なことにヌビスが構うとは思えなかったが、何かの琴線に触れ、エルリックに災難が降りかかる可能性があることは極力避けたい。ヌビスもそれを察したようで、さらりと流して微笑んだ。
「隣は陛下のお部屋ですか?」
 刺すようなまなざしのまま問うてみる。ヌビスは警戒をする様子もなく、やんわりと答えた。
「そうだ。せっかくだから見てみるか?」
 ヌビスに招かれ、スイは王の寝室に入った。当然この部屋は研修生に案内されない極秘エリアだ。だが、呪術を施された者は以降マーラルに関わらなくなるとエルリックも言っていた。呪術に絶対の自信があるのだろう。どうせどのような情報を与えても利用することはもほやできない。警戒をしていないというよりは、むしろ自信と余裕を見せつけ、呪術に対する恐怖を煽るために部屋に入れたのだろう。
 だが、ヌビスの思惑どおりにはいかなかった。スイは至って冷静だった。
 いちばん最初に目についたのは、正面奥にあった金糸のタッセルに縁取られた深紅のベルベットとレースの天蓋のついた広いベッドだった。寝具はシルクの光沢を帯びていた。次に、右側の暖炉が目に入った。暖かい季節だったので、火はついていなかったが、真っ白な石に精巧な彫刻が施されていた。木製の家具類は全てスフィア地方のパイン材で、ソファの皮は上品な光沢を放ち、ソファの前の背の低いテーブルはマーラル産と思われる大理石特徴的な幾何学模様の絨毯はフローラ産。部屋にある品はどれも各地から集められた一級品だ。その美しさに目を奪われていると、隣に立ったヌビスが話しかけてきた。

次回更新予定日:2019/04/27

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周知の事実であっても口外してはいけないこと。それをなぜこの少年は知っているのか。エルリックの目が険しくなる。
「リザレスはそんな情報までつかんでいるのですね。陛下にとってさぞかし恐ろしい国でしょう。あなたを封じようという陛下のご判断は賢明かもしれません」
 それを聞いてスイは曖昧な笑いを浮かべた。
「それがマーラルのやり方なら仕方がありません。情報を手に入れられなかった私の落ち度です」
 もっともそんなに恐ろしい呪術なら、他言する者がいるとは思えないが。
「先生を巻き込むわけにはいきません」
 父の跡を継いでメノウと仕事をすると決めた。メノウの力になると決めた。魔珠担当官になるなら、必然的に周辺各国と関わることは避けられない。マーラルも当然例外とはなりえない。ヌビスの力にひれ伏し、その道をあきらめるようなら、所詮その程度の人間だったということだ。魔珠担当官になってもメノウに迷惑をかけるだけだ。
 後悔しても始まらない。こうなってしまった以上は最悪の状況を回避すべく最善の努力をするのみだ。
「優しいのですね、あなたは」
 エルリックも温かい眼差しに戻る。その瞳には先ほどの涙がまだうっすらと残っている。
「案内してください」
 凛とした顔つきでスイが顔を上げると、エルリックもうなずいた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 エルリックも本当につらいのだと思う。苦しいのだと思う。それでもヌビスに処罰されるよりはましだ。

 長い廊下をだいぶ歩いた。何回か曲がった。研修生全員で城を案内してもらったときには通らなかった場所だ。あまりきょろきょろして不審に思われるのはまずかったが、せっかくのチャンスだ。入手できる情報は何でも吸収したい。そう思ってスイは歩きながら途中どのような部屋があるのか、城がどのような構造になっているのか、どのような位置関係で何が並んでいるのか、さりげなく確認して記憶した。魔珠担当官になったとき、どこかで役に立つかもしれない。スイは貪欲に何でも吸収しようとした。
「エルリックです」
 扉の前で立ち止まってエルリックは名乗った。すると、扉が開いた。
「ご苦労様。あとはこちらで案内します。また迎えに来てください」
「分かりました」
 黒いローブの男がスイの背中に手を添え、部屋の中に入るように促した。部屋の内部を確認しようとすると、先に背中を強く押され、部屋に入れられた。背後でエルリックが素速く礼をした。扉が閉まった。

次回更新予定日:2019/04/20

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