魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「それに里から魔珠の供給を断たれても、魔術師を犠牲にすれば自前でエネルギーを確保できるということだ」
「でも」
 キリトは深刻な顔になった。
「魔術師はどうなるんだ?〈器〉になれるのが魔術師だけ。長期間その方法でエネルギーを確保していくとなると、〈器〉になるのが一度で済まなくなるだろう。そうなったら」
 壊れる。あんな苦痛一度味わっただけでもエーベルのようになる。二度目には苦痛だけではなく恐怖も加わり、魔術師たちの心を蝕んでいくはず。人間として正常に機能できなくなるだろう。
「私は、メノウにこの調査を任せて欲しいと言った」
「そうだったな」
「次会うとき報告する義務がある」
 二人はうつむいて黙り込んだ。しばらくしてやっとスイが口を開く。
「なあ、キリト。私が嘘をついて兵器などなかった、そんなものを作れるほどのエネルギーも確保できないとメノウに報告すれば」
「やめろよ、スイ」
 スイも分かっている。そんな報告をしたって里が動き出すだけだ。いずれ真実にたどり着く。その間、輸出が止められて魔術師たちが〈器〉にならなければならない事態は回避されるかもしれないが、所詮時間稼ぎにしかならない。
「お前、メノウのこと信じてるんだろ」
 スイははっと顔を上げた。
 信じている。いや、信じたい。
「でも、メノウは」
 涙が独りでに溢れてきた。
 メノウは信じてくれている、そう言える自信がない。
 揺らぐ。心の中で大きく揺らぐ。
「なんでだよ。メノウはお前が守るって決めた大切な友達なんだろう」
 そう。メノウを守るために魔珠担当官になった。でも。
「スイ」
 キリトが優しく肩に手を置く。
「友達なんだ。全部打ち明けて相談に乗ってもらえばいいじゃないか。二人でどうするか決めればいいじゃないか」
 そうだ。でも。
「私たちは……同じ方向に向いていない」
 キリトは立ち上がった。もう片方の肩にも手を載せて両手に力を込める。視線は鋭くスイの目を射抜いていた。

次回更新予定日:2020/03/14

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そのとき、急にスイが胸を押さえながら体を折って前に傾いた。長い髪で顔を隠したままソファの前に倒れ込む。髪が肩と背中に広がった。背中が激しく上下している。呼吸に苦しそうな声が混じり、はっきりと息が乱れているのが分かる。この状態のスイを何度も見たことがある。
 襟元を広げて中をのぞく。思ったとおり呪術の痕が光を帯びている。
「キリト……」
 スイの目がわずかに動いた。キリトはその方向を見た。腰につけていた巾着が目に入った。キリトはガッと巾着をつかんで中に手を入れた。小瓶が取れた。見覚えのある色の液体が入っていた。キリトはすぐにそれが青バラの薬だと分かって栓を開け、スイのあごをつかみ顔を無理やり上げさせて唇に押しつけて薬を流し込んだ。
 口に入れた液体を全部飲み込んだタイミングを見計らい、スイをソファに寄りかからせる。スイの体は荒い呼吸のまま、ぐったりとソファに沈んだ。少しずつ呼吸が落ち着いていくのをキリトは手を握りながら心配そうに見守っていた。
「ありがとう」
 呪術が発動して苦しそうにしているとき、手を握るだけでもスイの呼吸が随分落ち着くのだ。研修が終わってマーラルから帰ってきたとき、スイはわざわざ薬を調合してもらいに長期休暇中もキリトを訪ねてきた。自分で調合した薬よりもよく効くのだと言っていた。それに、キリトの魔力は呪術の効果を和らげるだけでなく心地よい、とも。
「すまない……魔力、注がれたとき……」
「まだしゃべるな。もう少し休め」
 無理を押して話を続けようとするスイをキリトは制する。スイは目を閉じて呼吸が整うのを静かに待った。
「呪術が……反応したんだな」
 顔色が少し回復した頃合いを見計らってキリトが手を離す。キリトは絨毯に座り込んだままソファの端で腕を組んでその上に頭を載せてスイを見上げた。
「呪術は博士がすぐに気づいて効果が和らぐように処置してくれた。その薬も博士が調合してくれたものなんだ。それでも少しでも気を抜いたら意識を持っていかれそうなくらい苦しかったけど」
 実際ほとんどの魔術師はこの時点で失神してしまうと博士も言っていたが。
「その魔力で魔珠を溶かし、そのエネルギーをシールドに集めてそれを結晶化する。そうすると、魔珠二、三個分の結晶ができる。研究所ではその結晶は魔結晶と呼んでいた」
「魔結晶か。それはどうやって使うんだ?」
「魔珠と全く一緒だ。魔珠と同じ方法で同等のエネルギーを放出できるし、魔結晶を〈器〉に埋め込んでまた二、三個魔結晶を生成できる」
「確かにそれができれば、魔珠の輸入量を増やさなくても兵器を作るだけのエネルギーが確保できるな」

次回更新予定日:2020/03/07

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「本当に……あったんだ」
 キリトはしばらく言葉を失っていたが、スイが兵器の描写をし出すと、注意深く耳を傾けた。
「つまり、リザレスはマーラル以上の性能の魔術兵器の開発に成功していたと?」
「そういうことだ」
「でも、どうやって? そんなに魔力を確保できるわけないだろう」
「できるんだ。そして、その方法を知るために研究所に今日まで泊めてもらっていた」
「そうだったのか」
 まずスイはレヴィリンと同じように魔法水の話をした。
「ああ。確かに。水よりも魔力をたくさん蓄えられるものがあったら、もっと効率よくエネルギーを抽出できるよな」
「博士はその役割を担うものを〈器〉と呼んでいた」
「へえ、なるほどなあ。で、どういうものなんだ、その〈器〉っていうのは?」
「……人間だよ」
 キリトは押し黙った。それはそうだろう。人間を〈器〉にしようなんて思いつくのはレヴィリンだけだろう。キリトは一生懸命頭の中を整理していた。
「確かに。人体は〈器〉の条件を満たしうる。でも」
 キリトも同じことを考えた。人体を〈器〉にしたとして、〈器〉にされた人に何らかの影響は出ないのかと。
「そう。あとどのようにして兵器を作れるほどのエネルギーを抽出したのか。博士に見せていただけることになったのだが」
〈器〉として指定されたエーベルの反応をキリトに伝えた。
「よほど苦しかったんだろうな。それが一週間、いやその後も引っ張るとか。いや、むしろそっちの方が苦しかったのかも」
 スイは険しい表情のまま頷いた。そして、スイが〈器〉になったことを話した。
「それで何日も研究所にいたのか。で、どうだった?」
 聞きたくなかった。スイが苦しい思いをする話なんて。だが、それはスイにとって必要な情報だったからこそ〈器〉になったのだ。スイはその話を聞いて欲しいとキリトに言っている。少しでもそれがスイの望みに添うのなら。キリトは覚悟を決めた。
「魔法陣でまずは魔珠を体内に埋め込むんだ。静かに胸に吸い込まれるように入っていくのに、それだけでもう胸が締めつけられるような、苦しいような、痛いような。それだけでももう二度とやりたくないとほとんどの人が答えると思う」
「そうか。みんなそんな苦痛に耐えて……」
 聞いているだけでも、スイの表情を見ているだけでも苦しい。
「そのあと魔法陣の円周から半球型のシールドのようなものを展開するんだ。そして、魔力を〈器〉に注ぎ込んで……」

次回更新予定日:2020/02/29

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取りあえずまずは私邸に戻る。今日は城に顔を出すつもりはなかった。
「お帰りなさいませ」
「留守の間、いろいろとありがとう。何かあったか?」
「はい。ハウル様が戻ってこられたと。アリサ様がまた改めてお礼を言いたいとおっしゃってました」
「アリサさんに会ったのか?」
「スイ様がしばらくご不在でいらっしゃることをキリト様にお伝えしに行った際に偶然」
「そうだったのか」
「キリト様にはスイ様のお手紙も読んでいただきました」
 さすがシェリスだ。やって欲しいと思っていたことは全部してくれている。
「夜、キリトに会いに行こうと思う。連絡はしなくていい」
「かしこまりました」
 それまでは伝えることを整理しながら体を休めるつもりでいた。一人で研究所で起こったことを思い出すのは怖かったが、これも必要なことだ。

 午後九時前だった。静かな夜で、いつものように自室で読書をしていると、来客を告げられた。
「お帰り、スイ。少しやつれてるぞ」
 指摘されてそうだろうなと思う。自分でも鏡を見てそう思った。
「ハウルさん、帰ってきたよ。ありがとな。アリサも感謝してるって」
 スイは穏やかに微笑んだ。
「で、あの手紙はどこまで本当なんだ?」
 ソファに腰かけながら、キリトは訊ねる。スイも同じように近くのソファに座らせてもらった。
「偽りはない。ただ伝え方が大雑把なだけで」
「では、詳しく話してもらおうか」
 スイは頷いて書庫でレヴィリンに会ったところから話し出した。
「何だかまるでお前をわざわざ迎えに来て誘い出したみたいだな」
 研究室に招かれたところまで聞いて、キリトが感想を述べる。
[お前もそう思うか?」
 キリトは首を縦に振った。
「お前が来たこと知らされて、博士はハウルのこと気づかれたのかもと思ったんじゃないかな。博士はお前の能力を割と正確に把握している。だから先手を打って」
「そうだな。そのとおりだ」
 スイは険しい顔をした。
 レヴィリンの研究室で情報交換をして兵器のある部屋に連れて行かれたことを話した。

次回更新予定日:2020/02/22

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もう一度やってくれないかと言われても、丁重にお断りだ。
 だが、もし里からの魔珠の供給が止まってしまえば、選択の余地はない。魔術師たちは交替で〈器〉になり、魔結晶を生成していかなくてはならないのだ。
 スイは心の中でため息をついた。まだ呼吸は荒れたままだ。
 心が折れそうだ。士官学校にいたときのようにキリトが隣にいてくれたら。一人で呪術の苦痛と闘うことがこんなにつらいことだったなんて忘れていた。
 大声を出したいのを我慢して髪をかき上げ、耳をふさぐ。不安な気持ちで押しつぶされそうになる。
 不意に部屋の扉が開いた。気配に気づけなかった。よほど体が鈍っているのだろう。スイはなるべく冷静を装って顔を上げた。成功したかどうかは自信がない。
「目を覚ましていたか。食事を持ってきてみたのだが、どうだね?」
 レヴィリンの持っていたトレイには、パンとスープと呪術の効果を和らげる青バラの薬の入った小瓶が置いてあった。
「いただきます」
 食欲などまるでなかった。喉を通るかどうかも分からなかったが、無理やりスープを一口飲み込む。なるべくここで得た情報をどうするか決断しなければならない瞬間が遅くなって欲しいと願っている。だが、同時に行動は早く起こさないといけないということも分かっている。少しでも栄養を取って早く回復しなくては。
「大したものだ。他の者は三日経っても薄いスープを口にするのがやっとだったのに」
 パンに手を伸ばして少しずつちぎって口に入れ、噛み砕き、スープと一緒に喉に流し込む。
「だいぶ減っているな」
 レヴィリンはベッドの横に置いてあった小瓶を見て言った。抑揚のない口振りで、客観的事実を述べただけといった印象だ。運んできた小瓶を横に置いたのをスイはパンと格闘しながら何となく確認した。

 五日目の夕方、レヴィリンが現れた。
 立って部屋に置いてあった本棚の前で本を手に取って読んでいたスイがゆっくりと振り向く。
「朝と昼、君の様子を見に来た者から、もういいんじゃないかと言われてね。そこにかけたまえ」
 レヴィリンは近くにあった椅子にスイを座らせ、顔色や体の状態を見た。
「ゆうべはもうちゃんと眠れたかね?」
「何度か夢にうなされて目が覚めましたが、昼間起きていられる程度には。今日は朝目覚めてから休んでいません」
「それでこの状態なら問題ないな。素晴らしい回復力だ」
 レヴィリンは歯をむき出してにやりと笑った。
「帰宅を許可しよう。ところで」
 スイは形だけでも礼を述べておこうと思い、口を開きかけたが、先にレヴィリンに遮られた。
「どうするか決めたかね?」
 もちろんここで得た情報を、だ。
「ええ。決めました」
 スイは凜とした表情になり、どこか不敵な笑みを浮かべた。
「この情報で世界が一変するかもしれません。情報を里に明かすか偽るか。そんな単純な問題ではないのです。必要に応じて適宜利用させてもらうことにしますよ」
「なるほど我が国の魔珠担当官は聡明な方だ。では、私はしばらく成り行きを見守らせてもらうとするかな」
 目に鋭い光を残したまま、レヴィリンは扉を開けた。
「せいぜい楽しませてもらおうじゃないか」
「ええ。期待していてください」
 強気に振る舞う。そうしないと、崩れてしまいそうだった。

次回更新予定日:2020/02/15

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