魔珠 第1章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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エミリはキリトの妹だ。士官学校に行きたいと言って、スイの父親セイラムの元で学問と剣術を勉強した。女性で士官学校に進学する者は珍しかったが、二人の姉がすでに社交界デビューし、名家に嫁いでいたため、父親には反対されなかった。
「これは一杯食わされたな。エスコートするご婦人ってエミリだったのか」
「私じゃだめなんですか?」
 エミリが食いかかってくる。基本的にキリトの家、クラウス家のの人たちはこういう性格の遺伝子が組み込まれているらしい。アイリだけがこの遺伝子の被害者にならずに済んだに違いない。
「いや。珍しいから。こういう場所で会うのは」
「セイラム先生に言われているんです。こういう社交の場も勉強になることがたくさんあるから、たまには顔出してみるといいって」
 セイラムの私邸は郊外にあるため、弟子は住み込みの者が多い。エミリも住み込みだった。さらに、今年になってからは士官学校に合格して王都に戻ったが、寮生活だ。もともと社交界でやっていく気などないはずなので、おそらく一度か二度しかこのような場所で会ったことはない。クラウス家やセイラムの私邸でなら何度も会ったことがあるが。
「どうせならお兄様じゃなくてスイ様にエスコートしていただけば良かった」
 エミリが何食わぬ顔で言うと、アリサが真顔で返す。
「冗談じゃないわ。あなたはたまにしか顔出さないからいいけど、独身の妹が貴婦人たちが気になる独身男性ナンバーワンのスイ様にエスコートされてごらんなさい。一ヶ月くらいはご婦人方の冷たい視線に耐えて生きていかないといけなくなるわ。今、こうやってお話しさせていただいているだけでも視線が痛いのに」
 スイは幼い頃から、常に周囲に気を配るように訓練されている。剣術の稽古のとき、セイラムは四方八方から攻撃をしかけてきた。その攻撃に対応しようと努力した結果、視野も他の人と比べて格段に広くなった。正面を向いたままでも、かなり真後ろに近い位置の人の動きを把握できる。士官学校時代、剣術実技の授業中にキリトから「お前、目、背中についてるんじゃねえのか」と言われたことも一度や二度ではない。だから、話をしながらも先ほどから会場にいた人たちの注目がいつも以上にこちらに集まっているのが気になってはいた。
「それに贅沢言わないの。キリトだって貴婦人たちが結婚したい独身男性ナンバーワンなんだから」
「気になる」と「結婚したい」の差が何だかよく分からないが、おそらくキリトの外務室長というはっきりした地位と明るく取っつきやすい性格が結婚したくなるポイントなのだろう。

次回更新予定日:2018/09/29

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舞踏会会場に到着すると、すでに多くの人がグラスを片手に歓談していた。入ったとたん、視線が一斉に集まってきたのを感じた。スイがいつもと違って一人であると気づくなり、声をかけようと何人かの女性が口を開きかけたが、それを遮るようによく通る声が響いた。
「あら、スイ」
 少し離れた場所からだった。振り返ると、美しい女性が小さなテーブルの横でグラスを持ったまま笑顔で手を振っている。
「アリサさん。アイリさんも」
 スイは見知った顔を見つけてそちらに向かった。
「スイ君。元気にしてたか?」
「ハウルさん、イオさん。お元気そうで」
 アリサとアイリはキリトの姉だ。長女のアリサは明るくて社交的で、キリトとよく性格が似ていると思う。次女のアイリはおとなしい女性だ。いつも姉か夫の横で人の話を聞いている。ハウルはアリサの夫で、宰相の頭脳である政務室に勤めている。イオはアイリの夫で、士官学校の教官をしている。キリトの姉はいずれも生まれた家の名にふさわしい、名家の将来有望な男性に見初められ、結婚した。
「今日はキリトと一緒に来なかったのね。喧嘩でもしたの?」
 アリサのキリトに負けず劣らずの遠慮ない物の言い方にスイは苦笑する。いつものことだが。
「いえ。エスコートするご婦人がいると言って振られまして」
「まあお気の毒」
 容赦ない言葉の応酬に周りの者たちも苦笑する。
 そのとき、会場でざわめきがあった。スイたちも気になって扉の方を見ると、華やかな衣装を身にまとった若い美男美女が立っていた。会場中の注目が集まっている。当然だ。社交界で貴婦人たちの注目の的の一人であるキリトが見たことのない可憐な少女を連れているのだから。
「エミリ」
 驚きのあまりスイが声を上げる。
「お久しぶりです、スイ様」
 気品溢れる笑顔でその少女――エミリが返す。気品は溢れているが、その笑顔はどこかやんちゃだ。

次回更新予定日:2018/09/22

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「朝から悪い冗談はやめてくれ。仕事に影響が出る」
 優美な動作でドアを開けると、スイはそのまま隣の執務室に消えた。
「スイ様はいつもローブなんですね」
 一連のやりとりを見ていたキリトの新人部下が言った。
 リザレスの高官といえば、魔法学校か士官学校の卒業生だ。ローブの方がよりフォーマルな服装ではあるが、動きにくいので、最近はローブよりもパンツスタイルの人が増えてきている。士官学校を卒業した者は昔から比較的パンツスタイルが多かったが、最近では魔法学校の出身者でもローブを着なくなってきている。現在、士官学校出でローブを着る人は皆無に等しい。それでもスイはローブにこだわり続ける。士官学校でもほとんどローブで通したので、スイの軍服姿を見たことがあるのは、ごくわずかな限られた人間だけである。だが、ローブに腰まであるさらさらした髪のスイは、どう見ても知性に富んだ魔術師にしか見えない。
「ローブを着ているやつは剣術とか苦手な軟弱なやつだと思っているだろう?」
 訊かれて士官学校出身の新人部下は少し慌てる。スイが「軟弱」だとは思ってはいないが、それでもやはりローブを着ているような人は、有事のときに剣を取りそうなイメージがないし、剣を持ってもあまりうまく扱えそうな感じが正直しない。
「だがな、スイは逆だ。ローブでも負けないからローブを着ているんだ」
 普段使うことはないが、幼い頃から父に師事したスイの腕は、士官学校時代から学年では無論トップ、剣術の教官も唸るほどの腕だったという。
「今でも時々相手をしてもらう」
 キリトが言うと、室内がざわめいた。キリトの剣術の腕が相当のものだということは外務室では有名な話である。
「さあ、仕事だ、仕事。今日は午後から昨日届いた報告の分析を全員に発表してもらうぞ」
「えっ! まだ全部読み終わってないです」
 また外務室がバタバタとし出した。キリトの性格が影響しているのか、いつも活気がある。
 キリトは慌てふためく部下たちを見て、くすりと意地の悪い笑いを浮かべた。

 家に帰って急いで身支度を調える。魔珠が納品されると、何かと忙しい。
「スイ様、失礼してもよろしいでしょうか?」
「構わないが。何かあったか?」
 襟を整えながら振り返ると、シェリスがドア口に立っていた。
「今、キリト様の使いの方がお見えになりまして、キリト様からエスコートするご婦人が現れたので、先に舞踏会に行って欲しいと」
「先を越されたか」
 スイはにやりと悪戯っぽい笑いを浮かべた。昼間、互いにエスコートする女性がいないことをからかい合っていたのに。シェリスも何となく事情を察したようでいつもの人の良さそうな目元が一層緩んでいる。
「分かった。先に行っておく」
「はい。では、使いの方にそうお伝えしておきます」
「頼む」
 スイは手早く上着を羽織り、もう一度おかしなところはないか鏡で確認して、部屋を出た。

次回更新予定日:2018/09/15

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「そうだな。ちょうどいい時間だと思う」
「じゃあ、もう行くよ。近いうちにまた寄るよ。情報交換とかしたいし」
「ああ。また連絡してくれ。気をつけて」
「ありがとう。またね」
 メノウは手を振りながら船に乗り込んだ。その姿を確認して帰ろうとすると、先ほど為替所に並んでいた男性とすれ違った。真っ直ぐ前を見て早足で歩いてはいたが、目が周囲を警戒するようにきょろきょろ動いていたのをスイは見逃さなかった。スイは何事もなかったかのように歩き続けながら、その男が船に乗り込むのを確認した。
 あの男はメノウが為替所に入ってから五番目に来た男だ。為替所の手続きは、その種類にもよるものの、ある程度の時間を要する。手続きがあんなに早く終わるはずがない。現に、三番目に並んでいた女性が今、建物から出てきた。あの男は並んでいたのに手続きをしていない。船の出航までにはまだ時間はある。少なくとも手続きを済ませてから乗り込んでも充分な余裕がある。なぜわざわざ列を離れて船に乗り込んだのか。
 つけられている。
 確信は持てなかったが、あの男がメノウの後をつけている可能性はある。スイは記憶に男の顔と容姿を刻み込んだ。

 外務室に資料を取りに行くと、キリトが声をかけてきた。
「無事に帰ったのか?」
「ああ。港まで送った」
「何か気になるような情報は入ったか?」
 スイは見ていた資料から目を離し、いったん顔を上げた。
「やはりマーラルの動向は気になっているらしい」
 やはりな、という表情をしてキリトは少し考えた。
「密偵をもう一人送ってみるか」
「何か分かったら教えてくれ」
 そう言い残すと、スイは部屋を去ろうとした。
「あ、そうそう」
 キリトに呼び止められて振り返る。
「今日、陛下主催の舞踏会行くんだろ? 一緒に行こう」
「誰かエスコートするご婦人はいないのか?」
 冷ややかな笑いを浮かべながらスイは尋ねた。
「お互い様だろ。お前こそもてるくせに。嘘でもいいから誰か誘ってやれよ。喜ぶぜ」
 スイ以上に意地の悪い顔でキリトが返す。そういうキリトだってスイには敵わないが、爽やかな好青年といった印象のなかなかの顔立ちと、巧みな話術で社交界の華である。

次回更新予定日:2018/09/08

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予想どおりの回答だった。
 魔珠の話が終わると、いつも二人はすぐに中庭に向かうのだ。
 スイとメノウは青々と茂った芝生に並んで寝転んだ。
「いい大人が何やってんだか」
 メノウが笑う。
「でも、ここにお前といるのがいちばん落ち着く」
 限りなく続く空の青を見る。昔と同じように無限の持つ不思議な魅力に取りつかれる。
「変わらないね、スイは」
 ちらりと横に首を動かすと、メノウも同じように空を見ている。
「メノウだって」
「いや、僕は」
 言いかけて、メノウは口をつぐんでしまった。少し悲しげな表情になる。
「僕は、大人になりたくなかったんだなあ」
 まだ少年のような話し方をするのもそのせいなのかもしれない。
「ごめん。スイみたいな立派な大人にこんな話したら笑われるね」
「いや、私はまだ未熟だ。父のような落ち着きのある人間には一生かかってもなれそうもない」
「見かけ倒し?」
 メノウがくすっと笑う。
 ローブと長髪という姿で静かに歩くスイは、確かに落ち着きがあるように見えるのかもしれない。余裕のある仕草には色香さえ漂う。大人になったからではなく、子どものときからそうだった。あまり抑揚のない話し方も冷静そうに見える要因かもしれない。だが、実際はキリトに密偵を派遣してもらうたびに自分の目で確かめたいという衝動が抑えられない。自分で動きたい性分なのだ。自分からは言わないが、長いつき合いのキリトはそれをよく分かっていて「今回だけは」とスイが思っているときには必ずそれを察して留守を引き受けてくれる。外務室長がキリトで本当に良かったと思う。

 港に着くと、メノウは早速決済の手続きをしに行った。船の出る前の為替所には列ができる。用のないスイはいつものとおり建物の脇のベンチでメノウが出てくるのを待っていた。メノウが出てくるまでに客が五人ほど為替所に入っていった。
「お待たせ」
 しばらくすると、メノウが姿を現した。
「風が気持ちいいね」
 メノウが伸びをする。
「もう船に乗った方がいいかな?」
 メノウに訊かれて、スイは時計を確認する。

次回更新予定日:2018/09/01

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プロフィール
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