魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「お邪魔したわね。今日はそれを伝えたかっただけ」
「俺はもう出かけるけど、せっかくだから、お茶でもして帰れよ。母さん喜ぶし」
「そうね。そうするわ。お母様!」
 アリサはドレスの長いスカートを指でつまんで階段を駆け上がっていった。
「いや、お見苦しいところを」
 姉の家での苦笑しながら、シェリスに詫びる。シェリスはにこにこ笑っている。
「それでは、私も失礼いたします」
 シェリスが去って行くと、キリトはバッグを取りに部屋に戻った。
 スイは一週間ほど研究所にいる。静かに一週間待つのか。手紙の文面通り実験に立ち会っているのかもしれないが、そうとは限らない。より危険な状況に陥っている可能性もある。少し不安だ。探りを入れた方が良いだろうか。いや、ここは外務室の管轄外で手を出せる領域ではない。だが、一週間待っても戻ってこない場合は。
 外務室に向かう道で考える。取り越し苦労かもしれないが、思考を他の方向に持って行けない。
 心配ばかりかけさせやがって。

 苦しい。息ができない。意識を失って感覚を閉ざすことさえできない。ただひたすら続く激痛に悶える。
 不意に激痛が強く光る呪術の痕にだけ集中する。
 そうか。
 スイはベッドの脇に置いてあった小瓶に手を伸ばす。目がかすんで手が震えていてなかなか思うようにつかめない。手が届いて瓶に触れたところを狙ってぐいっと握り締め、引き寄せる。栓を抜いて一口無理やり飲み込む。すうっと胸の苦痛が和らぐ。
 よく分からないが、二、三時間で寝たり起きたりを繰り返し、回数的に考えると、丸一日ほど経っただろうか。昨日の〈器〉になったときの苦痛がリアルに再現される夢と、マーラルで呪術を施されたときの夢を交互に見て、苦しくなってすぐ起きる。全く疲れが取れているような気がしない。むしろどんどん体力と精神を削られているような気がする。
〈器〉になった魔術師たちも何度もそのときの苦痛を夢の中で味わったのだろう。スイのように他に記憶に深く刻み込まれた苦痛のある人は、その夢を見ることもあるのだろう。
 レヴィリンの話だとこれが一週間続く。本当に魔術師たちを狂気に陥れるのは、〈器〉になったときよりもこの一週間、そしておそらくは急にこのような夢を見なくなるわけではないはずなので、その後なのだろう。そして、また〈器〉にされ、同じ苦痛に耐えなければならないかもしれないという恐怖。
 スイはマーラルの夢を見たときはもちろん、〈器〉になったときも呪術が魔力に反応してしまったため、〈器〉になったときの夢を見たときにも、呪術の痕が激痛に襲われる。呪術は薬で和らげることができるので、レヴィリンが調合して置いてくれた。

次回更新予定日:2020/02/08

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ここで解放しないということはないだろうが、できることならちゃんと研究室から出ていくのを見届けたい。
 ハウルはまだ何かを探るような目をしていたが、すぐにあきらめた。スイに任せると決めたのだ。もう関わってはいけない。
 レヴィリンは扉を開けると、そこで待っていた見張りの魔術師に言った。
「ハウル君を解放する。スイ君と見送ってやってくれ。私はここで待っている」
 魔術師は一礼してスイとハウルを研究室の受付付近まで連れて行った。
「ありがとう、スイ君」
 スイは心の中で「こちらこそありがとうございました」と言いながら笑顔だけ返した。

 身支度が整って部屋を出ようとしたちょうどそのときだった。シェリスが来たと告げられた。玄関先では済まないような気がして玄関横の小さな応接室に通しておいてもらった。手にしたばかりのバッグをもう一度ドア口にゆっくり置いてキリトは部屋を出た。
「おはよう。何かあったのか?」
「昨晩、魔術研究所の人からスイ様の手紙を受け取りまして」
 封筒を差し出す。受取人はシェリスになっている。
「読ませてもらっていいのか?」
「ぜひ」
 キリトは黙って封筒を手にした。スイの筆跡だ。間違いない。さっと目を通して便箋を封筒に戻し、シェリスに返す。
「向こうも動き出したようだな。スイはしばらく出張扱いにしておくよ。取りあえず見守るだけしかできないが、何かあったら連絡してくれ」
「かしこまりました」
 シェリスを見送ろうと部屋を出た瞬間、玄関の扉が開いた。
「キリト! あら、あなたは」
 アリサだった。すぐにキリトの横にいるシェリスに気づき、スイの執事だったと思い出す。
「ちょうど良かった。ハウルが帰ってきたの。スイにもお礼を言いたいと思っていて」
「ハウルさんが?」
 この時点で解放したのはなぜか。疑問が次から次へと脳内に湧き出てくるが、全てスイが帰ってきたら分かることだ。逆にスイが帰ってくるまでは分からない。取りあえずはハウルが帰ってきたことで満足することにする。
「それは良かった。ただスイは……」
「ええ。ハウルから聞いたわ。しばらく帰れないのよね。だから、戻ってきたら、伝えておいて欲しいの。また改めてお礼させていただくけど」
 シェリスは頷いた。
「かしこまりました。必ずお伝えしておきます」

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「これで十分ほど疲労感を抑えられる。ただし効果が切れるとその間に消耗した分が一気に来る。その前に君から直接話をしてもらおう。解放の条件は分かっているな?」
「もちろんです」
 こちらとしても兵器の存在を口外されては困る。兵器の存在を誰にどう伝えるか判断するのは、魔珠担当官である自分でなければならない。
 スイは力の入るようになった身体を起こした。さらりと長い黒髪が背中に落ちる。いつもの凜とした姿勢で立ち上がる。特に違和感はない。
 レヴィリンに案内され、先ほどと同じような小部屋に入る。レヴィリンが手をかざすと、足下に先ほどとは違う形状の魔法陣が現れた。すぐに別の小部屋に瞬間移動する。レヴィリンの研究室の隣にあった部屋だ。もう一度魔法陣を切り替えて瞬間移動する。扉を開けると、縄で椅子に身体を縛られたハウルの姿があった。
「レヴィリン博士。それにスイ君」
 レヴィリンはすぐに縄を解くように見張りの魔術師たちに命じた。縄を解かれると、ハウルは縄の痕のついた手首に触れ、感覚を確かめるように手を閉じて開いた。見張りの魔術師たちはレヴィリンに指示されたようにハウルの前と正面の壁際に椅子を一つずつ置いて部屋から出ていった。
 スイは用意してもらった椅子に腰かけてハウルの目を真っ直ぐ見た。すっかりくたびれた様子のハウルではあったが、それでも力強い眼差しでスイと目を合わせようと努力してくれた。スイは毅然とした態度で話し始めた。
「兵器の話、博士からうかがいました」
 ハウルは少し驚いたような表情を見せたが、すぐにほっと息をついた。
「ハウルさん」
 強い調子で言われてハウルは顔を上げる。スイは視線をそらさず、突き刺すような目でハウルに語りかけた。
「この情報をどうするかは、魔珠担当官である私に判断させていただきたいのです」
「もちろんだ」
 ハウルは微笑んだ。
「君なら信用できる。君に任せるよ」
 スイは力強く頷いた。不安はある。まだこの情報をどうするのか迷っている。だが、他の誰かに任せるわけにはいかない。自分が決めないといけないのだから。
「では、見送るかね?」
「はい」
「見送る?」
 ハウルが少し怪訝そうな顔をした。スイはにっこり笑って説明した。
「私はここで博士の実験を見学させていただけることになったので、まだ数日ここにいます。ですから、お見送りだけになりますが」

次回更新予定日:2020/01/25

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「それを結晶化したものがこれだ」
 レヴィリンは手を開いて見せた。手のひらには魔珠と同じくらいの大きさのくっきりと澄んだ美しい結晶が四個載っていた。レヴィリンはそのうちの一つをスイに手渡した。スイは疲労ですっかり力の抜けていた指にありったけの力を込めて結晶を受け取った。近くで見ようと目の前に結晶を近づけて角度を変えながらじっくり見つめた。
「美しい結晶だな。こんなに純度の高い結晶を見たのは私も初めてだ。しかも四個も」
 人間を〈器〉とする方法で抽出できるエネルギーは今までの二、三倍程度と先ほどレヴィリンが言っていた。結晶が四個できているということは、四倍のエネルギーが抽出できたということになる。
「研究所の魔術師でも三個が限界だったのだから、君は相当優秀な〈器〉だということだ」
 レヴィリンがにやりと笑う。
「惜しいことだ。君が魔術師の道を選んでいれば、もっと魔術は進歩していただろうに」
 そんな選択はあり得なかった。一度も魔珠担当官以外の道など考えたことはなかった。
「さて。君は求めていた情報を得た。これをどうするつもりかね」
「ゆっくり考えますよ。ここで」
「そうだな。それがいい。君が里に情報を渡さないならそれに越したことはない。情報を渡すなら里とは手を切って魔結晶の製造を本格化するだけだ。多くの魔術師たちが犠牲になるのは心苦しいが、やむを得まい。ゆっくり考えたまえ」
 スイは真っ白な天井を見て深く息をついた。そういえば、目覚めた今、やっておくべきことがあった。
「博士、手紙は届けていただけたでしょうか?」
「心配ない。もう届いているだろう」
「ありがとうございます。それと」
 スイはいつもの不敵な笑いを浮かべた。
「ハウルさんを解放していただきたいのです」
「やはり気づいていたか」
 まだそんな笑い方ができるのかと苦笑しながらレヴィリンは返した。
「アリサさんをずっと魔術師が尾行していました。ですから、ハウルさんがいなくなったと聞いたとき、もしかしてと思って」
「尾行したのだな」
 スイは頷いた。手紙のことはさらさら話す気はない。
 限りなく黒ではあるが、完全な証拠がつかめているわけではない。しらをきることもできただろう。だが、そもそもハウルを捕らえたのは、スイに兵器の存在を伝えさせないためだ。スイに全て打ち明けるという選択をした以上、拘束していても負担になるだけだ。
「いいだろう」
 レヴィリンはスイの額に手を置いた。ひんやりとした光がスイの全身に浸透していく。

次回更新予定日:2020/01/18

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レヴィリンが異常に気づいて中断する。表情は至って冷静だ。ローブを脱がせ、まだ光を蓄えたままの呪術の痕に手を当て、魔力を注ぎ込む。スイが背中を反らせて絶叫したが、すぐに光が弱くなる。
「呪術の効果を一時的に弱めた。これで少しは楽になるだろう」
 反応もできないくらい息が乱れていた。真っ直ぐ仰向けに横たわっていたはずの身体は右を向いてすっかりよじれていた。目も開けられない状態だったが、レヴィリンはすぐに魔法陣から出た。
「続けるぞ」
 魔珠が魔力を吸収し始めると、中断されていた苦痛が戻ってきた。だが、呪術による苦痛が弱まった分、何とか耐えられそうな気がしてきた。スイはできる限り深く息を吸った。呼吸がそれで整ったわけではないが、その勢いでうっすらと目を開けた。何でもいいから何かきっかけが必要だった。開けたばかりの目に魔法陣の光が飛び込んできた。先ほどまで透明だったシールドが青白い光を帯びている。あれがおそらく魔珠から放出されたエネルギーだ。そう思ったとき、急に激痛が訪れた。きっと重要な情報が一つ手に入って気が緩んだのだろう。スイは歯を食いしばって何とか目を閉じないように粘った。目だけはしっかり開けて見なければ。
 時間の感覚もなるべく維持しようと努めてはいたが、ちょっと自信がない。だが、そんなに長い時間ではなかったはずだ。せいぜい五分といったところだろう。放出されるエネルギー量が少なくなり、すうっと消えた。レヴィリンは魔力の注入をやめて右手をかざした。シールドの光がレヴィリンの右手に吸い込まれていく。苦痛から急に解放されて安心した勢いで意識がぐらつく。必死になってつなぎ止めようとしたが、ここまでだった。

 うめき声が聞こえてレヴィリンはベッドの方に駆け寄った。ブランケットをはねのけると、スイの呪術の痕が強い光を放っている。苦しそうに目を開いて助けを求めるように手を伸ばそうとしていた。レヴィリンはスイの胸に手を当て、先ほどと同じ要領で苦痛を和らげる。それに反応するように光は弱まり、見えなくなっていった。呪術の効果は完全に消えたわけではなく、スイは苦しそうに自分の手で胸を押さえた。
「博士」
 息も途切れ途切れにスイが口を開く。
「無理をするな。もう少し呼吸が整うのを待った方が良い」
 諭されてスイは素直に従った。慌てても仕方がない。
 しばらく全身の力を抜いて身体に苦痛への反応を任せていると、苦痛が我慢できるレベルになってきた。様子をうかがっていたレヴィリンももう大丈夫だと判断したらしく、机に置いてあったものを大切そうに握りしめて持ってきた。
「私がこの手にエネルギーを集めたところ辺りまでは記憶があるか?」
 スイは静かに頷いた。

次回更新予定日:2020/01/11

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