魔珠 第10章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「ですが、私は今の私に満足しています。リザレスの魔珠担当官を継いでメノウと仕事することがずっと私の夢でした。今、過去の経緯を知ったところでそれは変わりません。これからもリザレスの魔珠担当官としてできることをするだけです」
 きりっとしたスイの表情には意志の強さがあった。シンはゆっくり大きく頷いた。
「君はこの世界を我々よりも何かに捕らわれることなく自身の目で見ている。だから、君の判断を信じる。君は里や世界をきっと良い方向に導いてくれる。そのために里のことも魔珠のことも君自身のことも全て知っておいて欲しかった」
 シンは先ほど背後に置いた剣をスイに差し出した。
「それと君にこれを贈ろう」
「拝見します」
 優雅な手つきで剣を手元に引き寄せ、スイはゆっくり鞘から剣を抜いた。青みがかった金属の刃からどういうわけか魔力を感じる。まさかこの剣は。
「その剣は魔珠を含む合金からできている特殊な剣だ。我々は『青竜』と呼んでいる。使いこなせる者が使えば、魔力を吸収したり放出することができる。忍びの者たちが魔術師相手に使うために開発されたものだが、使える者は限られている。先天的に相当な魔術の素質がないと使いこなせない。君はコウから父親の話は聞いたかね?」
「忍びで、仲間たちに慕われているとだけ」
 シンはにっこり笑った。
「君の父親は君がリザレスに行くまでは各地で活動していたが、その後はパウンディアの担当になった。今は忍びの者たちから情報を集める任務に就いている。メノウはもう誰のことか分かっただろう?」
「はい」
 メノウは嬉しそうに答える。
「私の知る限り、君の父親は現在、青竜のいちばんの使い手だ。だが、〈器〉としての適性を持つ君なら父親以上にうまく使いこなせるはずだ」
 スイは美しく輝く剣を見つめた。初めて手にする剣なのに驚くほどしっくりくる。
「マーラル王と戦うのならば、魔術兵器のない世界にするのならば、この剣が必要になるだろう。持っていきなさい」
 スイは礼を言おうと口を開きかけたが、口をつぐんで少し考えて一度剣を置いた。
「私は里のためにもリザレスのためにも剣を振るうつもりはありません。ただ私が大切に思う人――メノウや家族、友人が今と同じように毎日を送れるようにできるだけのことをしたいだけです。そのためにこのような貴重な品を使わせていただいても構わないのでしょうか?」
 偽らずに思いを打ち明けよう。何かに縛られながら未来を選択するのはごめんだ。
 しかし、シンは優しく微笑んだ。
「それでいい。国のためとか組織のためとか大層なことを言っている者は、本当に大切なもの、本当に守るべきものを見失って判断を誤ることがある。だから、それでいいのだ」
「ありがとうございます」
 スイは剣を鞘に収めてシンに頭を下げた。
「秩序のない世界にならないようにできるだけのことをします」
 シンは頷いた。
「その剣は道具に過ぎん。だが、それを使うことによって君のできることが格段に増える。つまり」
 シンはいたずらっぽく笑った。
「君の仕事が増えるということだよ」
 スイは苦笑いで返すしかなかった。

次回更新予定日:2020/07/18

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「素敵なお庭です」
 スイが穏やかな微笑みを浮かべると、シンは頷いた。
「少し周りの景色も見て回ったかね? 他の国とはまた違う景色だろう」
 確かにどの国にもそれぞれ異なる文化があり、異なる景色が形作られている。だが、里にはそのどの国とも共通しない一線を画した文化が根づいている。
「里は小さな集落だ。魔珠がなければ、このように受け継がれた文化を守り、誰もが一定水準の生活を送ることはできなかっただろう」
 シンはスイの方に向き直った。
「魔珠の製造工房を見たか?」
「はい」
 慌ててスイが答えた。
「驚いただろう。君が〈器〉のオリジナルだったなんて」
「はい。全く想像していなかったことでしたから。ずっとセイラムとクレアの子どもで、リザレスで生まれ育ったのだと疑いもしませんでした」
 うつむいたままスイが淡々と言うと、シンは表情を曇らせて重そうに口を開いた。
「天然の魔珠は尽き、あんな方法でしか魔珠を供給できなくなってしまった。誰かを犠牲にすることによってしか。あんなやり方は間違っていると思うか?」
「いえ」
 少し考えてスイは返した。
「魔珠はもはや私たちの生活に深く浸透してしまって欠くことのできないものになっています。魔珠の供給を急に止めることはできません。これは里の存続だけではなく、世界のあり方までも左右する問題なのです」
 スイは悲しくも毅然とした目でシンを見つめた。
「私が長老の立場でも同じ判断をすると思います」
 魔珠のある世界に生きてきた人間はもう魔珠のない世界に戻ることはできない。どうしても必要ならばなるべく少ない犠牲で。その結果が今の状態なのだ。
「ですが、必要以上に魔珠を消費して犠牲を増やしたくはありません。どの国でも魔術兵器を製造して牽制し合うような、ましてやそれを使うような世界にはしたくないのです」
「ありがとう」
 シンはスイの手を握った。
「君は生まれてきてくれて魔珠の安定供給に貢献してくれただけでなく、我々の良き理解者であろうとしてくれるリザレスの魔珠担当官に育ってくれた。こちらの都合で散々振り回したのだから、こんなふうに言うのさえも申し訳ないが、君には本当に感謝している」
「里にいた頃になったことはもう覚えていません」
 スイは苦笑した。

次回更新予定日:2020/07/11

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そうするしかなかった。大人になってもメノウの側にいつづけるには。
「でも、別に跡を継ぐ必要はないんだ。お前の好きな道を歩めばいい」
「私は」
 優しく笑いかけるセイラムをスイは毅然とした目で見上げた。
「父上の跡を継ぎたいです。魔珠担当官になってメノウの力になりたいです」
 そして、今、ここにいる。メノウの隣に。
「私は感謝しています。今、ここにこうしていられることを」
「スイ……」
 コウはスイの胸に飛び込んで顔を埋めた。スイが慌てて抱き留めると、コウはスイのローブをぎゅっと握った。
「たとえカプセルの中でもあなたと一緒にいたいとも思った。でも、あなたにもあなたの未来があるべきだ。そう信じてあなたをヘキに託した。
 一気に二十年以上言いたかったことを吐ききると、コウはゆっくりと顔を上げた。
「良かった。あなたが自分で選んだ道を歩いてくれていて」
「はい」
 スイは涙で濡れたコウの顔を優しく抱き寄せて、大きくなった手でしっかりとコウの身体を抱きしめた。
「母上の……おかげです」
 コウは声を上げて泣いた。スイはもう会うことが叶わないかもしれない母親の体温をしっかりと手に焼きつけた。

 次の日は長老に会うことになっていた。長老の屋敷は里の住民が最も多く暮らしているエリアの外れにある。スイが宿泊しているところも周囲の家屋と比べるとかなり大きく、部屋の数もあるが、長老の屋敷はそれ以上の広さで、長老会もこの屋敷の地下の一室で行われているという。
 メノウは慣れた口調で守衛に来訪を告げると、右側の客間に行くように言われた。メノウは迷う様子もなく、真っ直ぐに客間に向かった。
 座布団に正座して待っていると、白髪の物腰の柔らかそうな老人が入ってきた。魔珠の里という、大国も一目を置かざるを得ない集落を束ねるような人物だ。これまで里がしてきた感情に流されない断固とした決断などからもっと堅い感じの人をイメージしていたが、変に構えず、率直に話をした方がいいかもしれないとスイは思った。
 長老は座ると、手に持っていた剣を背後に置き、しゃんと背筋を伸ばした。
「長老のシンだ。長きにわたり里に協力してもらって、君とセイラム殿には感謝している」
「それは私と父の望んだことです。この度も難しい要求を受け入れていただいて感謝すべきは我々リザレスの方です」
 シンは庭の方に目をやった。スイも庭を見る。リザレスの庭と違い、背のあまり高くない木や植物が何種類も植えられている。異なる植物が何種類もあると雑然としそうなものだが、この庭は見事なまでに調和が取れている。

次回更新予定日:2020/07/04

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「それで里の期待通り訳に立ってくれているってことか」
 メノウが明るく笑いかけてきた。その傍らでコウは寂しそうにカプセルを見つめてぼそっとつぶやいた。
「恨んでいるわよね」
 スイがはっと顔を上げる。
「手放すことしかできなかったのに、母親だなんて言って目の前に現れて」
「いえ」
 スイはカプセルの上にあったコウの手を取って大きな両手で包み込むように握った。
「私は今、大好きなメノウの側にいられてとても幸せなのです。あなたが私を産んでくれなければ、ヘキ様に託してくれなければ、叶わなかったことです。メノウと出会って、セイラムに指導を受け、幼い頃から願っていたように魔珠担当官になってメノウの横にいる。カプセルの中では絶対になし得なかったことです」
 物心ついたときには剣を握っていた。セイラムは三歳から剣術の指導を始めたと言っていた。メノウに初めて会ったのは五歳のときだった。メノウは跡を継いで売人にならなくてはならないので、連れて回っているのだとヘキから教えられた。七歳のときだったと思う。いつものように中庭を駆け回って疲れて並んで寝転んだ。空が青く広がっていた。
「ねえ、メノウ。メノウはヘキ様の跡を継いで売人になるの?」
「そうだよ」
「他のことしたいとか思わないの?」
「だって、もう決まってるから」
 生まれたときから決められている。売人は魔珠を売るだけが仕事ではない。情報収集や場合によっては危険と隣り合わせの任務をこなさなければならないこともある。命が狙われることだってある。もうヘキの仕事を何年か見てきているし、継がせるつもりなら話も聞いているだろうから、売人がどれだけ大変な仕事かはセイラムから話を聞いたことしかないスイよりもずっと分かっているはずだ。
 そんな重圧を物ともせず、さらりと笑顔で返すメノウがスイにはまぶしかった。こんな大変な道を歩くことを定められているのに、メノウは天真爛漫に振る舞う。いつも明るく笑っていて、一緒にいるだけで楽しい。
 この笑顔を守りたい。二人で過ごす楽しい時間を守りたい。
「私も父上の跡を継ぐことはできますか?」
 ヘキとメノウを港まで送って家に戻ると、スイは訊いた。
「お前が望むのなら」

次回更新予定日:2020/06/27

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「そうだよ。だって、そっくりだもん」
 メノウも加勢する。
 疑いようもなかった。それに嘘をつく理由もない。
「驚いたでしょ」
 つかつかと美しい姿勢でゆっくりとコウが歩いていった。いちばん手前のカプセルの前で止まったのを見てスイとメノウも後に続く。三人はカプセルを囲んだ。
「スイ、どのようにして魔珠を生成するのか、メノウから聞いたかしら?」
「はい」
 スイはカプセルの中で眠っている自分と同じ顔を見た。
「適性のある者とそのクローンを〈器〉にして魔珠を生成するのだと」
「そう」
 コウも悲しげな表情に戻ってそっとカプセルを撫でた。
「レヴィリン博士のデモンストレーションのとおり、あなたはとても優れた適性を持っていた。だから〈器〉として選ばれた」
 コウは一度きゅっと口を結んでから続けた。
「〈器〉として選ばれたとき、あなたは首が据わったばかりの赤子だった。確かにあなたと過ごした時間はまだそんなに長くはなかったけど、あなたのことは愛しく思っていたし、私にとってもうかけがえのない存在になっていた。そんなあなたを一生この中に閉じ込めておくなんて私にはできなかった。だからクローンを一体多く作成して、あなたを売人で国外に出ることのできる兄のヘキに託したの」
「じゃあスイと僕は……」
「従兄弟ということになるわね」
 二人は顔を見合わせた。
 弟のように思ったことは何度もあるが、まさか本当に血がつながっていたなんて。だが、それが執拗にメノウを守ろうとする理由の一つなのかもしれない。
「ヘキはリザレスに行ったとき、信頼できるセイラムさんにあなたをお願いした。子どものいなかったセイラムご夫妻は快くあなたを引き取ってくださった」
「そんなこと忍びの者にばれないようにできるの?」
 ヘキが里から人を連れ出せば、必ず忍びの者の知るところとなるはず。いったいどうやってその目をかいくぐってセイラムのところまで辿り着いたのか。
「スイの父親は忍びなの」
 これまた大層な血筋だ。スイとメノウは苦笑した。
「とても仲間たちに慕われていたみたいで、みんな同情してくれて見て見ぬ振りを通してくれた。それで五、六年は隠し通せたのだけど、長老会の知るところになってしまって」
 強ばった顔になった二人に対し、コウは穏やかに笑ったままだった。
「でもね、あなたがセイラムさんの仕事に興味を示していてヘキにもなついている、それにまだ連れて行き始めたばかりのメノウをとりわけかわいがっているという報告を受けて、長老会はあなたの成長を静観することにしたの。セイラムさんには他に子どもがいなかったから、信頼できるセイラムさんの育ててくれたあなたが担当官になってくれた方が、他の誰かになってもらうよりも里には都合がいいのではないかって」

次回更新予定日:2020/06/20

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