魔珠 第7章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「リザレスで魔珠を利用して開発した大量破壊兵器だよ」
 やはり開発されていたのだ。嘘であってほしい。そう願っていた。嘘であったら、誰も傷つかずに、傷つけないで済んだのに。
「どうした? あまりにも美しくて言葉が出なくなったかね」
 美しい。目の前の球体は悲しいほど美しい。マーラルで見た球よりも明るく力強い光を放っている。球の中にはきらきら光る砂のような粒子が漂っている。マーラルの兵器よりも強い魔力を感じる。
 覚悟はしていたはずだ。向こうもこちらの反応を見ている。しっかり訊くべきことを訊かなければ。
「博士、なぜ私にこれを?」
「無論、君がリザレスの魔珠担当官だからだ。輸入した魔珠が国内でどのように利用されているか、それを調査するのも君の仕事だろう」
 レヴィリンは平然と言い放った。スイはため息をつく。
「博士、魔珠を使って大量破壊兵器を作ることは契約違反です。契約違反があった場合、その対応をするのも魔珠担当官の仕事です」
「スイ君」
 レヴィリンはスイの苦手な蛇のような目つきをして顔を近づけてきた。
「魔珠担当官はどの組織にも属さない独立した役職ではあるが、国王の配下であり、リザレスという国の役人に過ぎない」
「つまり、兵器の開発は研究所が独断で行ったものではなく、陛下のご意志でもあったと?」
 そんなことはハウルから聞いてとっくに知っていたが、手紙のことはなかったことにして話を合わせておく。
「マーラルが兵器を開発しているのであれば、我々も対抗手段を用意しなければならない。マーラルはフローラと異なり、強固な独裁国家だ。フローラのときのように里がうまく対抗勢力や民衆の協力を得て兵器を破棄させることができるとは思えない。それに里はまずマーラルへの魔珠の輸出を止めるだろう。それなれば、どうなる? 強力な兵器があるのだから、それをカードに使って周辺諸国を占領せずとも魔珠を横取りするのが手っ取り早いのではないかね。であれば、それ以上の性能の兵器を開発するしかない。それが、陛下のお考えだ」
 筋は通っている。だが、兵器を持つことによってリザレスもまた、里の標的になる。
「リザレスも周辺諸国から魔珠を強奪するのですか?」
「まさか」
 レヴィリンはスイの問いを鼻で笑った。
「何の算段もなくこのような思い切ったことはしないよ」
「では、輸出を打ち切られたら、どのように魔珠を確保するのです? そもそも現在の魔珠の輸入量でこのような兵器を製造することは不可能だったはずです。どうやって兵器に必要なエネルギーを確保したのですか?」
 引き出してやる。ここまで来たらできる限りの情報を引き出してやる。
「そうだね。従来の技術では君の言うとおり不可能だった。魔珠の輸入量を増やせばマーラルのように嗅ぎつけられてしまうしね」

次回更新予定日:2019/12/07

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「博士の発見のおかげでリザレスの人口は増加しているにも関わらず、魔珠の使用量が抑えられ、リザレスの経済的な負担が軽減されただけではなく、資源保護の観点から里からもこの技術は評価されています」
「里にとって魔珠は貴重な財産だからね」
 レヴィリンはにこやかな表情のまま席を立った。
「それでは、マーラルの研究所を見学してきたという君に、我が国の最新技術を少し見てもらおうかな」
「はい。ぜひ」
 スイも笑顔で立ち上がったが、警戒心は最高レベルになっていた。ハウルを拉致してまで兵器の存在を隠し通そうとした研究所がそう簡単に手の内を明かすはずがない。それともスイには隠し通せないと踏んで、真実を明かして対応を決めようと方針転換したのか。そうだとしても、勝算がなければ相手もそんな出方はしない。何かの罠が潜んでいると考えて間違いない。だが、罠だと分かっていても今のスイには飛び込んでいくしかなかった。これは情報を得て真実を確かめる絶好の機会になるかもしれない。少なくとも今はこれ以上の手を思いつかない。それに罠にはまったときは解除すればいい。解除できなくなるような事態にさえならないようにすればいい。
「こちらへ」
 レヴィリンに案内されて窓際にあるデスクの前まで来ると、本棚の影になって見えていなかったが、両サイドの壁に隣の部屋につながっていると思われる扉があった。レヴィリンは左側の扉を開け、中に入った。窓のない狭い部屋で、成人男性なら五人も入れば身動きが取りにくくなるだろうとスイは思った。部屋の中心に人が一人立てるくらいの大きさの魔法陣が赤く光っていた。レヴィリンはそれを倍程度の大きさに広げると、魔法陣の中に立って、スイにも入るように言った。
「研究室の近くまでワープできる魔法陣だ。準備はいいかね?」
「はい」
 スイが答えると、一瞬で景色が変わった。正確な場所は分からないが、この時間でワープできたということは研究所内であるということはまず間違いない。おそらく一般人が自由に立ち入ることのできない地下だろう。
 レヴィリンが扉を開けると、廊下が広がっていて、向かいにも扉があった。地下一階に何度か行ったことがあるが、見覚えのある風景ではなかった。マーラルのようにさらに下のフロアが存在しているのか、あるいは別のエリアがあるのかもしれない。廊下も他の場所と違って直線になっていない。
 二人はいくつか交差点を曲がって扉の前で止まる。扉にレヴィリンが手をかざすと、ロックは解除された。
 扉を開けると、青く明るい光が洩れた。中に入ってスイは目を疑った。部屋の中央に青く光る水晶玉のような物体が浮いていた。これは。

次回更新予定日:2019/11/30

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メノウの言っていた魔珠のエネルギーをより効率よく抽出する方法のことだろうか。ハウルが連れ去れたということは、スイの動きを警戒しているということだ。兵器開発の根拠になり得る技術の存在をスイに明かしてしまうつもりなのだろうか。
 レヴィリンと和やかに会話を交わしながら廊下を歩いている間、いろいろな憶測が頭の中をよぎっては消えていた。できるだけ多くの可能性を考えてこれから起こる事態に備える。
 研究所の扉には鍵穴があったが、レヴィリンは手をかざして魔力で扉を開けた。よくある鍵と魔力、どちらで開閉しても構わないタイプの扉だ。鍵を持っていなくても魔力でロックすれば、その魔力を認識してロックを解除することができる。
「そこにかけたまえ」
 座り心地の良さそうなソファを示しながら、レヴィリンが言った。自身はその奥、窓際にある木製の机に持っていた本を置いて、代わりに両サイドにある本棚から厚みのある本を一冊取ってスイの正面に座った。
「では、早速だが」
 レヴィリンは鋭い眼差しでスイの黒い瞳をのぞき込んだ。
「外務室の報告では、兵器が見つかったという事実しか伝えてもらえなくてね。私は兵器の外観や形状がどのようなものだったか興味があるのだよ」
 魔珠を研究する宮廷魔術師ならば当然だ。隣国がどのような技術を持っているのか、それは重要な情報だ。スイはできる限りの言葉を尽くして兵器の形や大きさ、球の中の美しい光の運動やその速度、色彩、明るさなどを思い出しながら描写した。レヴィリンは深く頷きながらスイの話を聞いていた。一通り話が終わって初めてレヴィリンは口を開いた。
「だいたい私の予想していたとおりの外観だ。大きさは水晶玉程度か。なるほど」
 しばらく何かを考えていたようだったが、スイの姿が目に映り、現実に引き戻された。
「いや。大変興味深い話だった。感謝するよ」
「お役に立てたようでしたら幸いです」
 スイは穏やかな笑顔を浮かべる。
「では、私からもエネルギー抽出の話をするとしようか」
 レヴィリンは前のめりになっていた姿勢を起こし、ソファに座り直した。
「こんな話は君は耳にたこができるほど聞いているだろうが、まずは基本だ。魔珠は魔法水に溶かしてエネルギーを抽出する。魔珠を魔法水に入れると、ゆっくりとその成分が溶け出し、我々の魔力の元となるエネルギーが空気中に放出される。魔法を使うとき、我々はそのエネルギーを集めて魔力に変えて使っているわけだ」
 スイは頷いた。ここまでは学校の授業でも習うことだ。
「そして、濃度の高い魔法水で魔珠を溶解すると、放出されるエネルギー量が大きくなる。そこでリザレスでは可能な限り高い濃度の魔法水で魔珠を溶解し、一つの魔珠からできるだけ多くのエネルギーを抽出する方法が実用化されている」

次回更新予定日:2019/11/23

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魔術師と同じ黒いローブの裾を優雅な動作で翻して、スイは書庫の方に向かった。途中、辺りを見回してみたが、いつもと変わった様子もなかった。
 書庫に入った。正面にはずらりと本棚が並んでいる。右手を見た。奥の方に机と椅子がいくつかあり、調べ物をしている魔術師が一人いた。研究所の魔術師だろう。見渡す限り、今のところ他に人はいないようだ。
 スイは目的の文献を探した。ついでに書庫のいちばん奥まで行って窓の外を見た。中庭と、その向こうに研究所に面した通りが見える。スイが先ほどここに来るときに通った道だ。中庭には人は見当たらなかったが、通りには先ほどと同じく、人が何人か行き交っている。
 いつも閲覧するのは大抵魔珠関係の資料なので、どの辺りにあるのかは知っている。その一体からレヴィリンの文献を探す。
 何冊もある図書の中から論文集を見つけて、長くしなやかな指で取り出すページを繰ると、メノウの言っていた論文があった。理論自体は有名なので、他の本にもよく取り上げられていて何度も目にしていたが、オリジナルの論文を読むのはこれが初めてだ。
 本棚の前に立ったまま読み進めていると、扉が開き、閉まる音がした。続いて椅子を動かす音がした。先ほど調べ物をしていた魔術師が立ち上がって、入ってきた人物に一礼したのだろう。スイは顔を上げずに論文を読み続けた。足音がこちらの方に近づいてきても気づかぬ振りをして読み続けた。
「おや。珍しいね。こんなところで会うなんて」
「レヴィリン博士」
 初めて気づいたかのように驚いた表情を作ってみせた。レヴィリンはあまり気にすることもなく、話を始めた。
「調べ物かな?」
「調べ物というか、エネルギー抽出法の復習です」
「勉強熱心だね」
 いかにも人の良さそうな柔らかな笑顔がどれほどレヴィリンの心を動かしたかは分からなかったが、レヴィリンも満足げに頷いてはくれた。
「そうだ。良かったら私の研究室に来ないかね。少しエネルギー抽出法の講義をしよう。ちょうど最新技術も確立されつつあってね。せっかくの機会だから紹介しよう。君からマーラルの兵器についても詳細をぜひ聞きたいしね」
「本当ですか。博士から直々にご指導いただけるなんて。マーラルのことは技術的なことはよく分かりませんが、この目で見たことでしたら」
「充分だ。では、行こうか」
 マーラルの魔術兵器のことは、おそらく御前会議で外務室長であるキリトが報告をしたが、事実を簡潔に述べただけのはずだ。
 それよりも最新技術。

次回更新予定日:2019/11/16

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「そうか」
 キリトは反射的に短く返して顔を上げた。スイと目が合ったとたん、驚きの表情を浮かべる。
「スイ、お前……泣いているのか?」
 訊かれてスイは初めて視界がぼやけていることに気づく。長い指で頬に触れてみた。濡れている。
 メノウが泊まらないと言ったことがこんなにショックだったのか。メノウに距離を置かれることがこんなに不安だったのか。いや。不安だ。先が見えない。どうなるのか分からない。自分の力で何とかできるという自信がない。この先に、メノウの力になりたいと願う自分を阻もうとするものがある。それがあまりにも大きくて漠然としていて越えられるという自信がない。
「先のことまで考えすぎだ、スイ。状況は刻一刻と変化するんだ。いつもどおり目の前で起きたことを一つ一つやっつけていこう」
「そうだな」
 スイは涙を拭いて笑顔を作ってみた。表面だけでも取り繕って最初になすべきことを考える。時間がない。
「明日、研究所の書庫に行ってみる。もう一度レヴィリンの論文を読んでみたい。何か真相に近づく手がかりがあるかもしれない。ついでに研究所内の様子も見てくる」
 できれば、明日の夜にでもハウルを救出したい。そのための下準備の一つだ。
「そうこなくっちゃ。協力できることがあったら何でも言ってくれ。できることはあまりないかもしれないが」
 キリトがいてくれる。それだけで力になる。キリトが外務室長だからこそ動きたいように動ける。キリトという相談相手がいてくれるから難しい任務のプレッシャーも一人で背負わずに済む。
「充分だよ。ありがとう」
 これから実行すべき任務に不安はない。メノウのことだけが不安だった。

 翌朝、スイは朝一番で魔術研究所に向かった。門から中庭に入ったが、閑散としていた。まだ時間が早いせいか、スイ以外に人影はなかった。
 平日の昼間ということで入口の扉は開いていた。入ると、すぐ右手に受付がある。
「おはようございます」
「スイ様。おはようございます。今日はどのようなご用件でしょうか」
 受付の魔術師が応対する。これまでも何度も調査や実験の見学、魔珠関係の蔵書の閲覧など用があって来ているので、顔は覚えられている。
「書庫で調べものをしたくて」
「もう鍵も開いておりますので、そのままいらしてください」
「ありがとうございます」
 魔術師が帳簿にスイの名前と訪問目的を書いている。

次回更新予定日:2019/11/09

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