魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「矛盾するところがないか確認していただいてもよろしいでしょうか」
 スイは手紙をレヴィリンに渡した。
 研究所でレヴィリンに会ったこと。現在進行中の実験に立ち会わせてもらえることになったこと。最大で一週間ほど研究所から戻らないこと。その間、家のことをよろしく頼むと締めくくられていた。
「この手紙は魔結晶が完成した段階で渡すのがいいだろう。研究所の者が直接届けるように手配しよう」
「お願いします」
 一つやるべきことが終わって一息つく。まだこの情報は誰にも明かさない。自分でどう利用するか判断するまでは。
「では、始めようか」
 誰もいない広いスペースにレヴィリンは魔法陣を描いた。
「その中に仰向けに横たわりたまえ。楽にしてくれていて構わない」
 スイは言われたとおり、まだ魔力の注がれていない黒い魔法陣の中に入って横たわった。
「まずは魔珠を体内に埋め込む」
 レヴィリンは横に屈み、魔珠をスイの胸に押し当てた。魔珠が光を放ちながら胸に吸い込まれるようにして入っていく。スイは締めつけられるような違和感を覚えて小さくうめき声を上げた。苦しい。うめき声が抑えきれなくなっていく。これだけでも相当な苦痛だ。
「これで君は〈器〉になった」
 そう言われたときには、もう呼吸がおかしくなっていた。全身に変な汗をかいている。
 ちゃんと見なければ。
 無理やりうっすらと目を開いてレヴィリンが魔法陣の外に出るのを確認する。
 魔法陣が光を帯び、その外周から透明のドームのようなシールドが展開される。スイはシールドに閉じ込められるような形になった。
「今から君に魔力を注ぐ。君という〈器〉の中で魔珠を短時間で溶かし、そのエネルギーをこのシールドに集める。そして、それを結晶化する。いいね?」
 声が出なかったので、小さく頷く。一瞬レヴィリンが残酷な笑いを浮かべたのが見えたような気がしたが、もうそれどころではなかった。身体の中ですさまじい魔力が暴走し始め、全身が砕けそうな感覚に襲われた。魔術師たちはこんな苦しみを我慢して――そう飛び飛びの意識の中でぼんやり考えていたときだった。絶叫が室内にこだまして研究員たちが思わず耳をふさぐ。
 黒いローブの上からもくっきり見えるくらい明るく、マーラル王につけられた呪術の痕が浮かび上がった。刻まれた呪術が魔力に強く反応して発動している。胸が様々な方向にねじれてそのままちぎられていくような激痛がじわりと身体をむしばんでいく。苦痛が強すぎて魔珠のエネルギーの暴走による苦痛がどこに行ったのか分からない。

次回更新予定日:2020/01/04

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「だったら」
 レヴィリンはにやりと気味の悪い笑いを口元に浮かべてスイの瞳をのぞき込んだ。
「君が〈器〉になるかね?」
 スイは驚いた表情でレヴィリンを見返した。
「私が、なれるのですか?」
 食いついてきたスイにレヴィリンは目を輝かせる。
「君なら魔力を蓄積するのに充分な容量がある。初めて君を見たとき、なぜ魔術師にならなかったのかと思ったよ」
 父にも魔術師の素質があると言われた。母方の家系からは宮廷魔術師が何人か出ている。おそらく遺伝的な要素も関係しているのだろう。魔力に対する耐性を剣術などと平行して鍛錬してきたが、それも関係あるのだろうか。魔術師になろうとは一度も考えたことはなかったので、魔力がどの程度体内に蓄積できるのかということは今まで考えたことはなかった。だが、〈器〉になれるということであれば、なってみる価値はある。
「どこまで意識を維持していられるかが問題だが、君ほどの精神力があれば心配ないだろう」
 周りの魔術師たちは一斉に驚いた顔をしてこちらを見た。魔術師たちが〈器〉になったとき、魔結晶ができあがるまで意識を維持するのは困難だったということなのだろう。できるだろうか。最後まで見られなくてもできるところまでこの目で見る。どれほどの苦痛を伴うのか、どれほどの犠牲を払えば魔結晶を手にできるのか知るだけでも、今後の判断材料になる。
「意識の回復には時間がかかるのでしょうか?」
 必要と思われることをあぶり出して訊いていく。
「個人差はあるが、だいたい二十四時間以内には一度回復する。ただ魔力と体力の回復には一週間ほどかかる。あと精神をやられる。一週間ほど悪夢と闘いながら寝たり覚めたりを繰り返す」
「では、その間は研究所からは出られませんね」
「そうだな。しばらく所内のベッドに横たわって休んでもらうことになる」
 キリトには今日は書庫に調べ物をしに行くとしか言っていない。午後には外務室に戻るつもりだった。シェリスにも同じように伝えた。いつも通り夜には帰ってくると思っているだろう。
「執事に一筆書いておこうと思うのですが」
 レヴィリンもスイの意図をすぐに理解し、ペンと紙を用意させた。スイはさらさらと流れるような手つきで手紙を書いた。

次回更新予定日:2019/12/28

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スイははっとした。
 人間。
 そう。人間は空気中に漂っているエネルギーを集め、魔力として体内に蓄積し、それを利用して魔法を発動する。個人差はあるが、例えば魔術師ならば、蓄積できる容量は相当大きいはずだ。
 実験する必要さえない。人間こそが魔力を蓄積するのに最適な〈器〉なのだ。
「人間の体内に魔珠を埋め込み、大量の魔力を注いでやると、今まで魔珠から抽出できていたエネルギーの二、三倍程度のエネルギーを瞬時に抽出することが可能だ。ちょうどいい。エーベル君」
 五人で何かの装置の前でデータを見ながら言葉を交わしていた若い魔術師が振り返る。レヴィリンは途中にあった保管庫の扉のロックを魔力で解除し、中から魔珠を一つ取り出すと、ゆっくりとエーベルの方に近づけていった。
「魔結晶を生成する工程をスイ君に見てもらおうと思う。〈器〉になってくれないかね」
 それを聞いた瞬間、エーベルの顔が強ばり、体が動いた。一緒に話をしていた魔術師のうち、体格の良い二人がエーベルの腕をつかんだ。エーベルはうなだれてつぶやいた。
「やだ……やだ……」
 視点が定まっていない。
「待ってください」
 ただならぬ空気を察知してスイが魔珠を持ったレヴィリンとエーベルの間に素速く割り込む。
「〈器〉になった人に、何か影響が出るのですか?」
 すると、レヴィリンが平然と答えた。
「激しい苦痛に見舞われるのだよ。魔力を注がれたときにね」
 誰かに苦しみを負わせることも厭わず、魔結晶と呼ばれる魔珠の複製品を生成し、兵器を作っていたというのか。
「何の犠牲もなく、これだけのことを成し遂げることはできんよ」
 兵器を作るために誰かを犠牲にしているのであれば、マーラル王とやっていることは何ら変わりはない。
「では、続けるかね」
「やめてください」
 魔珠を手にしたレヴィリンをスイはもう一度止めた。レヴィリンは眉をひそめた。
「君は魔珠担当官だろう。その目でどのように魔結晶が作られるか見て、その情報をどう扱うのか決めるのが君の役目。違うかね?」
 そのとおりだ。だが。
「できるだけ正確な情報は欲しいです。ですが、この反応は尋常ではありません」
 もちろん時としてどうやってでも情報を手に入れなければならないこともあるが、今は違う。受ける苦痛と情報の重要性の程度で判断しても、エーベルの反応を見る限り、受ける苦痛の方が重そうだ。情報は実際にこの目で見なくても、工程さえ分かればそれでいい。どの程度の苦痛が〈器〉にかかるのかということと、本当にその工程で魔結晶ができるのかということはこの場で検証できないが。

次回更新予定日:2019/12/21

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不気味な笑みを浮かべたまま、レヴィリンはドアノブに手をかけた。
「では、話の核心に入るとするかね」
 また別の部屋に案内されるらしい。スイは黙ってレヴィリンの後をついていった。ここが研究所のどの辺りに位置する場所なのかは分からないが、取りあえずできるだけ多くの視覚情報を取り入れて、見たものの位置関係だけでも記憶する。レヴィリンが横から話しかけてくる。
「魔珠は魔法水に溶かしてエネルギーを抽出する。ところで、魔法水とはそもそもどういうものだね?」
「魔力を水に溶かしたもの、と記憶していますが。薬の調合などに使う市販品は、魔力が安定した状態で、魔術師でなくてもちょっと魔力を注げば、簡単に調合できるようになっています。魔法水は、魔術師が一般の人では集められない量のエネルギーを集めて魔力にしたものを水に溶かしたものだと、そう教わったと思います」
「そのとおりだ。それにしても」
 レヴィリンは続けた。
「不思議だと思わないかね? 魔珠のエネルギーを水に溶かしたもので魔珠を溶かす。水では魔珠は溶けない。つまり結局のところ魔珠は魔力で溶かしているとは考えられないかね?」
 確かにそうだ。魔珠は魔法水に溶かして使うものだということが常識過ぎて、それ以上深く考えることがない。魔法水という溶媒に目をつけたからこそレヴィリンはその濃度を調整するという発想に至った。
「魔珠からのエネルギー抽出量を決定する魔法水の濃度というのは、水が蓄積している魔力の量のことだ。水に溶ける魔力の量には限界がある。では、いかにしてエネルギー抽出量を増やすか。水よりも魔力を蓄積できる〈器〉を使えば良い」
「〈器〉、ですか?」
 そのとき、ちょうどある部屋の扉の前で止まった。レヴィリンが扉を開ける。ロックはされていないらしい。このエリア自体がおそらく先ほどのようなワープ装置など特殊な手段でしか入れないエリアになっているためだろうか。このエリアに入ることができる人物も限られていて、このエリアで行っている研究はその人物の間では共有されているのだろう。
 広い部屋だった。魔術師たちが四、五人ずつのグループに分かれて、魔法陣を囲んで作業したり何か議論したりしている。共同実験室といったところだろうか。
「そう。魔力を多く蓄積できる可能性のあるもの。何だと思う?」
 どのような条件のものであれば、魔力を蓄積しやすいのか。液体よりも固体の方がいいのだろうか。有機物よりも鉱物の方がいいのだろうか。そんなこと考えたこともなかったし、聞いたこともない。レヴィリン自身も実験して検証したのではないのか。
 考えていると、レヴィリンが横でにやりと笑った。
「人間だよ、スイ君」

次回更新予定日:2019/12/14

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「リザレスで魔珠を利用して開発した大量破壊兵器だよ」
 やはり開発されていたのだ。嘘であってほしい。そう願っていた。嘘であったら、誰も傷つかずに、傷つけないで済んだのに。
「どうした? あまりにも美しくて言葉が出なくなったかね」
 美しい。目の前の球体は悲しいほど美しい。マーラルで見た球よりも明るく力強い光を放っている。球の中にはきらきら光る砂のような粒子が漂っている。マーラルの兵器よりも強い魔力を感じる。
 覚悟はしていたはずだ。向こうもこちらの反応を見ている。しっかり訊くべきことを訊かなければ。
「博士、なぜ私にこれを?」
「無論、君がリザレスの魔珠担当官だからだ。輸入した魔珠が国内でどのように利用されているか、それを調査するのも君の仕事だろう」
 レヴィリンは平然と言い放った。スイはため息をつく。
「博士、魔珠を使って大量破壊兵器を作ることは契約違反です。契約違反があった場合、その対応をするのも魔珠担当官の仕事です」
「スイ君」
 レヴィリンはスイの苦手な蛇のような目つきをして顔を近づけてきた。
「魔珠担当官はどの組織にも属さない独立した役職ではあるが、国王の配下であり、リザレスという国の役人に過ぎない」
「つまり、兵器の開発は研究所が独断で行ったものではなく、陛下のご意志でもあったと?」
 そんなことはハウルから聞いてとっくに知っていたが、手紙のことはなかったことにして話を合わせておく。
「マーラルが兵器を開発しているのであれば、我々も対抗手段を用意しなければならない。マーラルはフローラと異なり、強固な独裁国家だ。フローラのときのように里がうまく対抗勢力や民衆の協力を得て兵器を破棄させることができるとは思えない。それに里はまずマーラルへの魔珠の輸出を止めるだろう。それなれば、どうなる? 強力な兵器があるのだから、それをカードに使って周辺諸国を占領せずとも魔珠を横取りするのが手っ取り早いのではないかね。であれば、それ以上の性能の兵器を開発するしかない。それが、陛下のお考えだ」
 筋は通っている。だが、兵器を持つことによってリザレスもまた、里の標的になる。
「リザレスも周辺諸国から魔珠を強奪するのですか?」
「まさか」
 レヴィリンはスイの問いを鼻で笑った。
「何の算段もなくこのような思い切ったことはしないよ」
「では、輸出を打ち切られたら、どのように魔珠を確保するのです? そもそも現在の魔珠の輸入量でこのような兵器を製造することは不可能だったはずです。どうやって兵器に必要なエネルギーを確保したのですか?」
 引き出してやる。ここまで来たらできる限りの情報を引き出してやる。
「そうだね。従来の技術では君の言うとおり不可能だった。魔珠の輸入量を増やせばマーラルのように嗅ぎつけられてしまうしね」

次回更新予定日:2019/12/07

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