魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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 グレンはヴィリジアンと長年使ってきた自分の剣を持って、階段を下りた。日光が入らない地下は薄暗い。廊下をしばらく歩くと、エストルとウィンターが待っていた。グレンが来ると、エストルは何も言わずに研究所の扉を開いた。
「エストル様」
 ローブを身にまとった男が三人を迎える。
「ここの所長のヴィクターだ」
 エストルは手短にウィンターに紹介した。
 ヴィクターはソフィアの部下、リンとルイの父親でもある。
「どうぞ。こちらのお部屋です」
 グレンはエストルの横顔をのぞいた。手合わせした日のエストルはいつもより生き生きしている。
 昨夜約束したとおり、グレンはウィンターを迎えに行って、先日も手合わせをした士官学校の裏の敷地に案内した。この日も晴天に恵まれ、気持ちの良い風に吹かれながら、グレンはエストルとウィンターの手合わせを見た。初めてのテルウィングの剣技に最初はとまどっていたエストルだったが、すぐに慣れてウィンター相手に持ち前のセンスを発揮した。実力はウィンターには及ばないが、ウィンターも思った以上に良い練習になったようで、満足げだった。
「どうかしたか?」
 グレンの視線に気づいてエストルが聞く。
「ううん。手合わせ楽しかったんだなって」
 エストルは苦笑いした。
 こじんまりとした部屋だった。薬品の調合に使う器具などが最小限置いてある棚があるが、それ以外にはあまり物がない部屋だった。壁際に台が一つある。
「必要なものなどございましたら、お申しつけください」
 ヴィクターは一礼して下がった。
 グレンは壁に自分の剣を立てかけて、台の上にヴィリジアンを置いた。横でエストルが扉を閉めた。そのまま静かにグレンの背後、ウィンターの隣に移動する。
 グレンは大きく息を吐いた。緊張している。目を閉じて心を決めると、グレンはヴィリジアンの柄を右手で握りしめ、語りかけた。
「ヴィリジアン、君の力が必要なんだ」
 すると、緑色の石がグレンの言葉に反応するように淡い光を放った。
「ありがとう。僕の魔力を使って」
 今度は何の反応もなかった。
「分かってる。覚悟はしている。だから、必要なだけ使って」
 今、聞こえている以上に、見えている以上に、多くの言葉をグレンとヴィリジアンは交わしている、エストルは思った。言葉にしなくても心で通じ合っている。
「じゃあ、始めよう」
 グレンがヴィリジアンに声をかけると、青白い光がヴィリジアンとグレンの右手を包み込んだ。

次回更新予定日:2017/08/12

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グレンが言うと、ウィンターは意地の悪い笑みを浮かべた。
「お前は強すぎる。私では相手にならないだろう」
「だったら、僕が鍛えてあげるってことで。それでいいでしょ」
「悪くないな。では、先にエストルと一戦交えてから、グレンと鍛錬することにしよう」
 あまりにも食い下がってくるグレンに苦笑いしながらウィンターは了承した。
「あまり本気になってヴィリジアンに使う魔力がないとか言うなよ」
「ああ、そっか。そうだった」
 大事なことを思い出してグレンは少し考えた。ヴィリジアンにはどれほどの魔力が必要だろう。あれだけ高度な結晶を再現するとなると――そう考えると、やはり魔力は少しでも温存しておいた方が良いような気がしてきた。
「やっぱり明日は我慢する」
 すると、ウィンターも賛成した。
「そうだな。それがいい。お前は別に早朝でなくてもいつ鍛錬しても良いのだから、ヴィリジアンのことが終わって体力が余っていたらでもいいし、いつでもいいだろう」
「やはり、それくらい魔力を使うということか?」
 少し心配そうにエストルは尋ねる。
「分からないけど、僕はそれなりの量の魔力を要求されると思っている」
 何となく予測してはいたが、またグレンに難しい仕事を押しつけてしまったのかと思うと、必要だと分かっていても心苦しくなった。それを察したかのようにグレンは声をかける。
「やらせて、エストル。これは僕の望みでもあるんだ」
「ああ。分かっている。分かっているさ」
 いつも難しい仕事を押しつけている。だが、それはグレンにしかできない。信頼できるグレンだからこそ頼める。
「よし、やろう」
「ありがとう、エストル」
 こうやって信頼してもらえるのがグレンは何より嬉しかった。
「じゃあ、僕は明日の手合わせは見学で。ウィンター、明日の朝は僕が迎えに行くよ」
「分かった。待っている」
 その後も少し雑談をして夜が更けてくると、それぞれ次の朝の手合わせに備えて部屋に戻った。
 グレンは横になってこんなに疲れていたのかと驚いた。だが、体はもうすっかり軽くなって、心地よい疲れになっていた。グレンは目を閉じると、すぐに眠りについた。

次回更新予定日:2017/08/05

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「私が考えているのは、その変換した魔力を逆に抽出して結晶化できないかということだ」
 エストルの説明を聞いて初めてウィンターは納得する。
「なるほど。確かに手法としてはありだな」
 ウィンターも魔術師の一族に生まれ、基礎は叩き込まれている。魔力を結晶化するという技術は昔から伝わる技術で、魔術師が自分で使うことはないが、魔力のない者が護身用に携帯したり、簡単な魔法武器を作るために使われてきた。また、応用として魔獣などの生物兵器に使われることもある。
「ヴィリジアンが認めてくれたら、できるような気がする」
 ヴィリジアンを見つめるグレンは真剣な表情だ。
「ヴィリジアンが認めてくれたら、か」
 エストルはつぶやいた。
「不思議だな。剣と意志の疎通ができるなんて」
 ウィンターがかすかに笑った。
「なんでだろ。分かるんだ。何となく」
 そう言うグレンは少し嬉しそうだった。
「お前が魔力に対して感受性が高いからというのもあるだろうが、それ以上にヴィリジアンと波長が合っているような感じだな」
 ウィンターの言葉を聞いて、そうなのかもしれないとグレンは思った。
「お互いいい相棒にめぐり会えたということだな」
 エストルも自分のことのように喜んでくれている。グレンはまっすぐエストルの目を捕らえて言った。
「明日、試してみる」
「体調は大丈夫なのか?」
 エストルが心配する。
「うん。さっきの拒絶反応のあと、すごく体調が安定してきているのが自分でも分かるんだ」
 それは、つまり、グレンの体が上級ヴァンパイアの血を受け入れたということだ。受け入れるまでの過程を見てきたエストルは素直には喜べなかったが、ただグレンの言葉を信じて一言事務的な口調で言った。
「分かった。明日、研究室を一室取っておこう」
 ロソーの城の地下には、魔術研究所がある。その名のとおり、宮廷魔術師たちが様々な魔術を研究している。魔術の中には危険なものや周りの環境に影響を及ぼすものもあるので、あらかじめ結界を張った部屋など目的別に様々な部屋が用意されている。
「だが、その前に手合わせ頼むぞ、ウィンター」
 ウィンターはにやりと笑った。
「いいだろう。お相手しよう」
「僕も相手してよ」

次回更新予定日:2017/07/29

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グレンはウィンターを見た。ウィンターの強さもテルウィングをヴァンパイアから解放したいという強い思いが育んだものに違いない。だからこそウィンターは分かるのだ。ソードを説得することがいかに困難なことかが。
「そうだね。ソードも自分の道を信じて歩いているんだ。だったら……」
 受け入れなくてはならない。ソードの信念もまた、揺るぎないものであることを。何がソードをそうさせたのかは分からないが。
「つらいか、グレン?」
 エストルが優しい目でグレンの顔をのぞき込む。すると、グレンは淡い笑みを浮かべて答えた。
「つらいよ。今まで心の支えだった人に裏切られるのは」
 スアで起こったことを思い出すと、自然に壁に立てかけてあったヴィリジアンに目が行った。エストルもグレンの視線を追いかけた。その先にヴィリジアンを見つけ、ふと思い出す。
「そういえば、ちょっと考えていたことがあるのだが」
「何?」
 グレンがヴィリジアンから目を離し、エストルの方を向く。エストルはゆっくり話し出した。
「現在、ヴィリジアンの使い手が二人いる。だが、私たちの手元にヴィリジアンは一つしかない」
 ウィンターが少し驚いたような顔をする。しかし、グレンは凛とした表情で大きくうなずいた。
「ヴィリジアンを増やすことはできないか、でしょ? 僕も同じことを考えていた」
「ヴィリジアンを増やす、だと?」
「そうだ」
 驚きで開いた口が塞がらなくなっているウィンターにエストルが平然と言い放つ。
「ヴィリジアンがもう一つあれば、グレンがパイヤンに偵察に行っている間もシャロンに浄化をしてもらうことができる。原因である上級ヴァンパイアを仕留めることも大事だが、ヴァンパイアの数を少しずつでも減らしていかなければ、この被害を止めることはできない」
「それはそうだが」
「ヴィリジアンの石は、おそらく魔力の結晶のようなものなのではないかと思う。そして、使い手の魔力を取り込んで自分の魔力に変換し、その力で攻撃したり浄化したりする。そうだろう、グレン?」
 グレンはうなずいた。スアでもエストルの執務室でもヴィリジアンのその能力を見てきた。

次回更新予定日:2017/07/22

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「それにしても、ヴァンパイアだったんだな。強いわけだ」
 三人は苦笑いした。皮肉なことだ。ヴァンパイアに吸血されることによってヴァンパイアを倒す力を得るなんて。
「ウィンター、気がついているんじゃないかと思って、ずっとどきどきしていて」
「考えもしなかった」
 そうだったんだ。怯えすぎていただけか。
「ごめんね。自分でもなかなかヴァンパイアになった事実を受け入れることができなくて。一生誰かの血を吸って生きていかないといけないのかとか考えていたら」
 かけてやれる言葉がなかった。今そこに存在する現実が重すぎる。
「だから、ソードには感謝しているんだ。ソードが血を吸わせてくれなかったら、きっと生きていくために誰かを犠牲にしなければならないって考えて……僕、駄目になっていたと思う」
 考えるだけで苦しそうな表情になる。
「ソードにとって僕は駒の一つでしかなかったかもしれない。でも、僕にとって、ソードは、どこかに行ってしまいそうだった心をつなぎ止める最後の糸だった。ヴィリジアンの存在を知るまでは」
 すると、ウィンターが優しい目をして言った。
「ソードも、お前と向き合ったことで、何か感じたことがあると思う。お前の優しさに触れて一瞬だったかもしれないけど、ほっとできる瞬間があったはずだ。あいつだってあいつなりの信念があってテルウィング王に従っているのだろうから」
「ねえ、ウィンター」
 真っ直ぐグレンがウィンターを見つめる。
「やっぱり、ソードを説得することはできないのかな」
 一旦は引き下がった。だが、ソードにはグレンと同じようにまだしっかりとした自分の意識がある。人間の心がある。
「そうだな」
 ウィンターは重そうに口を開いた。
「ソードがどれだけ強いかはお前がいちばんよく知っているだろう」
「それは……そうだと思う」
 すると、ウィンターは言った。
「強くなるには揺るぎない信念が必要だ。強くなるにはいくつもの試練を乗り越えなければならない。そのときに揺るぎない信念がなければ途中で心が折れる。そうだろう?」
 そのとおりだ。グレンにもそれはよく分かる。強くなるために多くの試練を克服してきた。厳しい練習にも耐えた。何度も負傷して痛い思いをした。強い魔獣やヴァンパイアと命がけで戦った。ヴァンパイアに吸血された。苦しい思いもした。幻覚にもうなされた。上級ヴァンパイアの血を吸って先ほども苦痛と闘った。だが、それでも大切な人たちを守りたい。

次回更新予定日:2017/07/15

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