魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「とにかく無理はしないでね。疲れたらいつでも言って」
「お前もだ、グレン」
 エストルが釘を刺すと、クレサックがくすくす笑った。
 扉が開いてベテラン部隊長のドマーニが入ってくる。
「クレサック将軍?」
 驚いた表情のドマーニに気づいてクレサックは手を握りに行った。
「いやあ、ドマーニ。元気そうじゃないか」
「クレサック将軍……こんなところでお目にかかれるなんて」
 二人は昔話に花を咲かせた。その後も部隊長たちが次々と到着して、その中でクレサックが王騎士だった時代から続けている者たちがその輪に加わった。
 最後に到着したのはソフィアだった。開始時間五分前だった。
「クレサック将軍、なぜここに?」
 ソフィアも驚いた顔で声をかけた。
「ソフィアか。すっかり王騎士らしくなったな」
 一言二言言葉を交わすと、ソフィアの表情に安堵感が表れた。きっと昔もソフィアにとってクレサックは頼れる先輩王騎士だったのだろうとグレンは思った。
「そろそろ始めようか」
 エストルが優雅な動作で席を立つ。全員それぞれの席に戻って着席する。エストルはそれを確認するように一人一人の顔をぐるりと目で一周しながら見渡した。端まで終わると、エストルは淀みない口調で話を始めた。
「ここに集まってもらったのは、ムーンホルンの現状とここに至るまでの経緯についてここにいる全員で確認を取るためだ」
 出席者たちの表情が少し緊張する。エストルも真剣な面持ちを崩すことなく続けた。
「これから話すことの中には、諸事情のため伏せていたこともいくつかある。信じられないようなこともあるかもしれないが、冷静に受け止めてもらえればと思う」
 エストルはちらりと横を見た。
「また、この話をするにあたって、何人か客人を迎えている。クレサックは、知っている者もいるだろう。他の二名もいずれ紹介する。そして、共に今後のことについて考えたいと思う」
 もう一度全員の顔を一通り見て一息つく。
「では、なるべく順を追って話したいと思う」
 何となくグレンの方を見る。グレンはエストルの視線に気がついて力強くうなずく。それを見るだけで気持ちが落ち着く。
 頼りっぱなしだ。
 エストルは心の中で苦笑した。

次回更新予定日:2017/02/18

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穏やかな時が流れていた。こんなに笑ったのは久しぶりだとグレンは思った。エストルと今の状況について考えていたことを正直に話した。今まで伏せていたこともつかえていたことも全て話せてすっきりし、その話題について話すことは尽きた。その後は士官学校時代の思い出話をした。楽しい学校生活を送っていたのだということを今改めて思った。
「そろそろ時間かな」
 少し名残惜しそうに言ってエストルが立ち上がる。
「僕も、出席するよ」
 グレンが上半身を起こす。エストルはグレンの体調が順調に回復したのを見てにっこり笑った。
「先に行って準備をしておく。客人も迎えなければならないしな」
「うん。後で」
 グレンはエストルを見送ると、ベッドから出て身支度を調えた。まだ時間には少し早そうだったが、特にすることもないので、もう指定された部屋に向かうことにした。
 部屋の扉を開けようと手をかけると、反対側から引っ張られた。
「グレン」
 少し驚いたようなエストルの顔がのぞく。こんなに早く来るとは思わなかったのだろう。
「ごめん。早かったかな」
 誰か近くにいても聞こえないように小声で言った。
「いや、構わない。入ってくれ」
 入るなりグレンは知っている顔を見つけて嬉しそうに声をかける。
「クレサック将軍、ウィンター、それにシャロンまで」
 リネルの森の住人たちだった。
「シャロンから事態が急変したことを聞いて駆けつけた。もっともウィンターは出先で王都で何か起きているらしいと噂を聞いてこちらに向かっていたようだが」
「残念ながら間に合わなかったが」
 ウィンターは申し訳なさそうに言った。
「シャロン、大丈夫なの?」
 椅子に座ったままのシャロンをグレンは気遣う。この前ソードにやられて帰らせたものの、まだそれから日が経っていない。
「グレン将軍こそ。エストル様からうかがいましたよ」
 答えるよりも先に疑問が湧いて、グレンは何も考えずにそれを口にした。
「シャロン、言葉遣いいつもと違わない?」
「言葉遣い?」
 シャロンがぴくっと反応する横でエストルが不思議そうに聞く。
「いや、さすがにお城ではあまり馴れ馴れしいのもまずいなあ、なんて」
「そうだな。グレンはここでは王騎士という立場だからな」
 先にエストルの方が察して答える。それを聞いてグレンはやっと事情を呑み込む。今までは仲間のような関係だったので、あまり気にしたことがなかった。

次回更新予定日:2017/02/11

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「それでソードのことをあんなに信用していたんだな」
「信用は……全面的にしていたわけじゃないと思う。けど、頼れる人が、ソードしかいなかったから」
 グレンは寂しそうな顔をした。
「上級ヴァンパイアに吸血されたけど、命も意識も残った。しかも人では絶対に得られないような力を手に入れた。桁外れの強さを手に入れた。でも、生血を吸わないといけない体になった。多分体を維持するために必要なんだと思う。そんな僕にソードは自分の血を吸わせてくれたんだ」
 それはグレンを信用させるため、ソードがヴァンパイアに加担していないように見せかけるための行動だったのだろうと今は思う。グレンは騙して利用できるなら、利用する価値が充分ある人物だった。また、ヴィリジアンの瞳を持つ者として手元に置いておかなければ危険でもあった。
「それにしても、無茶をしてくれる」
 エストルは苦笑した。
「上級ヴァンパイアの血を吸うとは」
「エストルが教えてくれるまでヴィリジアンを使うなんて考え浮かばなかったよ。それに、怖くなかったの?」
「何が?」
「ヴィリジアンで回復できるにしても一度はヴァンパイアになるんだよ」
「あの状況でそんなこと考えていられるか」
 グレンが苦しんでいるのに何もしないで見ていられるわけがない。
「必要ならばいくらでも私の血を吸えばいい。これからも」
 エストルもこの力がまだ必要だということを理解してくれている。本当は認めたくないだろうけど。
「何回でもヴィリジアンに斬られてやる」
 不敵な笑みで言ってのける。
「ありがとう、エストル」
 グレンは穏やかに微笑んだ。
「僕もいつかヴィリジアンの力で人間に戻ろうとは思っている。ヴァンパイアの力が、必要なくなったら」
 エストルもうなずいた。その日をつかみ取ってみせる。この手で。
「ところで」
 グレンはずっと疑問に思っていたことを口にした。
「どうして上級ヴァンパイアはエストルがヴィリジアンやウィンターたちのこと知ってるってわかったんだろう」
「それは」
 エストルは一息入れて答えた。
「クレッチの記憶をのぞいたからだ」
「なんで、クレッチ?」
 クレッチはグレンの部下だ。なぜそんなことを知っているのか。訳が分からなくなってグレンは聞く。
「グレン、お前に一つ謝らなければならないことがある。お前に黙って我々はクレッチとデュランにヴァンパイアの情報収集と、クレサックとの情報交換の役割を頼んでいたんだ」
「全然、気がつかなかった」
「私の部屋と、兵舎のクレッチとデュランの部屋に直接魔法陣を置いて行き来してもらっていたからな。無理もない」
 エストルは少し笑った。
「すまないな。お前が一人で行動をすることが多いのをいいことに」
 それを聞いてグレンは苦笑した。だが、確かにクレッチとデュランは適任だった。二人ともクレサックが信頼してグレンの直属としてくれた部下だった。実力も申し分ない。
「会議にはクレサックたちも来る。それまでとりあえず休め。出席するかどうかは時間になってから考えればいい。席を外そうか?」
 エストルは立ち上がろうとしたが、グレンはエストルの手を握って引き留めた。
「ううん。良かったら、横にいて。昔の話でも何でもいい。エストルともって話がしたい」
 今このときを逃すと、しばらくゆっくり二人で話ができないような気がした。それにお互い話さないでいたことを全てさらけ出してしまった今、何のわだかまりもなく話ができる。その時間を楽しみたいとグレンは心から思った。

次回更新予定日:2017/02/04

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「時間があるうちに休んでおくといい」
 そう言ってエストルはグレンに肩を貸した。グレンを背負うと、ベッドまで運び、寝かせた。
「ありがとう、エストル」
 寝かせてもらうと、呼吸が落ち着いてきた。エストルはベッドの横に椅子を持ってきて座った。
「何もできないが、せめて側にいさせてくれ」
「いいの? こんなときに僕についてくれていて」
「事態を部隊長たちに説明するために招集をかけた。まだ会議までに時間がある」
「僕も、出席するのかな?」
「体調次第だな。無理はしなくていい」
 言われてグレンは肩の力を抜いた。
「それに、その前にお前と二人だけで話がしたかった」
 エストルが言った。
「そうだね。お互い、隠していたことがたくさんあったから」
 二人とも憤りや苛立ちは湧かなかった。話すタイミングが来たら話すつもりだった。それまでは話さない方が良かった。エストルがウィンターたちに与していたことをもっと早い段階で知っていたとしてそれを隠し通し、何も知らない振りを演じ続けることができたとは思えなかった。すでに多くを抱え込みすぎている。これ以上は無理だった。また、逆に、ヴィリジアンを手にする前の段階でグレンがヴァンパイアであることを伝えても、それはエストルを困惑させるだけだっただろう。今、グレンを人間に戻す手段を手にしているからこそ、冷静でいられるのである。
「まさかお前がヴァンパイア化していたとは思わなかった」
「そう、だよね」
 やはりヴァンパイアになっていたことを告白するのは心苦しかった。
「いつ吸血された? やはり初めて上級ヴァンパイアに遭遇したときか?」
 グレンはうなずいた。
「あの上級ヴァンパイア。〈002 追跡者〉。そういえば、〈追跡者〉は、上級ヴァンパイアのこと、マスターヴァンパイアって言っていたね」
「上級ヴァンパイアがテルウィングの生物兵器だということは、お前も知っているな。テルウィングでは最初に人間の手で開発したヴァンパイア、つまり上級ヴァンパイアのことをマスターヴァンパイアと呼んでいる」
 エストルは言った。やはりエストルは全て知っているのだ。
「そのとき、ソードが見ていて、自分も小さい頃噛まれてヴァンパイアになったことを打ち明けた上でヴァンパイアになった僕の面倒を見てくれたんだ。話を聞いたり、吸血させてくれたり」

次回更新予定日:2017/01/28

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「グレン将軍?」
 デュランの体が反射的に動いたが、エストルの目を見ていたクレッチがそれを制した。
「エストル様、グレンは……」
 グレンの後ろ姿を心配そうに見送っていたソフィアは、エストルの方に向き直って聞いた。
「少し休ませてやってくれ。本来なら立っていることもままならない状態なんだ」
 努めて冷静に答える。
「後ほど部隊長も集めて説明をするが、先に少し状況を話しておこう。聞いてくれるか?」
 ソフィア、リン、ルイ、クレッチ、デュランの五人はうなずいた。
「隣の応接室に行こう」
 六人は応接室に向かった。ここでエストルから真実を聞かされることになる。

 グレンは部屋に入ると、乱暴にドアを閉めた。我慢していたようにドアに寄りかかると、歯を食い縛ったが、結局耐えきれず声を上げて体を折る。先ほど遮断した苦痛の感覚が限界になり、解放されたのだ。グレンは胸を押さえて息を整えようとした。しかし、乱れた呼吸はグレンの言うことを聞いてくれなかった。この苦痛が去るまで待つしかない。上級ヴァンパイアの血をこの体が完全に受け入れるのを待つしかない。
 強大な力を手に入れた、その代償。
 グレンは一人、苦痛と闘った。

 どのくらいの時間が経っただろうか。とりあえず苦痛は収まったようだ。再発する可能性はあるが、グレンはひとまず壁にもたれかかったまま座り込んだ。体力を消耗したのか、疲労が大きかった。
 ドアの向こうから声がした。
「入るぞ」
 答えを待たずにエストルが入ってきた。ドアを閉めて、その横に座り込んでいたグレンの前に屈み込む。
「大丈夫か、グレン」
 呼吸がまだ整っていなかった。大丈夫だと答えようとしたが、声が出なかった。エストルは注意深くグレンを観察した。拒絶反応はもうないようだった。
「収まったようだな。水でも飲むか?」
 エストルはテーブルの上に置いてあったグラスに水を注いだ。グレンは差し出されたグラスを受け取ると、一気に飲み干した。まだ胸は大きく上下しているが、飲む前と比べて格段に呼吸の間隔が延びた。
「少しは楽になったか?」
 エストルが顔をのぞき込むと、グレンも弱々しい笑いを浮かべた。

次回更新予定日:2017/01/21

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