魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「私は新たな拠点はパイヤンなのではないかとにらんでいる。パイヤンを拠点にする理由は十二分にある」
 パイヤンはテルウィングとの行き来が最もしやすい場所。セレストの命とあれば、結界を自由に張ることもできる。他にも町の中がどのような状況になっているか分からない以上、敵に有利に働く要素を多分に含んでいる可能性が高い。
「では、パイヤンに参ります」
 ソフィアが毅然と言い放つと、エストルも真剣な表情でうなずいた。
「しっかり準備をしていくように」
 最後に、エストルは部隊長に告げた。
「各部隊でどのように情報を伝えるかは各部隊長に一任する。何もなければ以上で終わる」
 部隊長たちは席を立ったが、すぐには部屋を出なかった。何となく部屋の隅に集まってどのように対応するか話し合っている。
 エストルが書類を片づけていると、ウィンターが声をかけてきた。
「エストル、この後の予定は?」
「クレサックには先ほど伝えたのだが、夕食は今晩はみんなでと思って用意させている。無論、私が勝手に決めたことなので、休みたい者は部屋でゆっくりしてもらっていい」
「その後は空いているか?」
「ああ。空いている」
「一度あなたとゆっくり話がしてみたかったんだ」
 すると、エストルがにやりと笑った。
「奇遇だな。私もそう思っていたところだ」
「だったら、僕の部屋に来ない?」
 後ろからひょいとグレンが顔をのぞかせる。
「お前は早く休んだ方がいいのではないか?」
 心配してエストルが言う。まだ体が回復しきっていないはずだ。
「疲れたら先に横にならせてもらうよ」
「お前がそう言うなら」
「いいでしょ、ウィンター」
「分かった」
 やれやれといった表情でウィンターとエストルが顔を見合わせる。
「では、また後ほど」
 エストルはてきぱきと残っていた書類を重ねてそろえた。いつもながら手際がいいと見取れていると、どくん、と胸が異常な鼓動を打った。
「どうかしたのか、グレン?」
 エストルが急に顔を上げてグレンに聞いた。書類に集中していたとばかり思っていたのに。

次回更新予定日:2017/06/03

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「エストル様を、僕の手で葬らせるために」
 言葉にするだけで疲れがどっとあふれた。
「エストル様は僕にとって頼もしい上官だけど、それ以上に士官学校で共に学び、喜びや悲しみを分かち合ってきた大切な友人なんだ。僕だけを二階に招き入れたのはエストル様を僕を操って始末させ、大切な友人を手にかけた僕の反応を楽しむためだ」
 茫然自失としただろうか、狂っただろうか、泣きわめいただろうか。いずれにしても考えたくなかった。
「ヴィリジアンに助けられて何とか〈追跡者〉の呪縛を断った。そのまま〈追跡者〉と戦い、ヴィリジアンをカーマナイトのコアに突き刺すことに成功した。カーマナイトは砕け散り、〈追跡者〉は消滅した」
 ヴィリジアンの力。ヴァンパイアから人間を解放する唯一の力だ。
「私たちはすぐに陛下の部屋に向かった。陛下は謁見室にいらした。そして、隣には〈003 告知者〉が立っていた」
 エストルがグレンからバトンを引き継いで語り始める。
「陛下に〈告知者〉を引き渡すようにお願いした。だが、それを拒否し、〈告知者〉は陛下と共に消えた。どこかに空間転移したものと思われる」
「何ですって!」
 部隊長たちが驚きの声を上げる。
「おそらくテルウィングはどこか城ではない別の場所に拠点を移してムーンホルンをヴァンパイア化する計画を続けるつもりなのだろう。ヴァンパイアを増やし、適度にソードに討伐させる。陛下は操られている間は利用価値があるからそう簡単には手にかけないだろう。以上がヴァンパイアの真相と現状だ。何か質問がある者は?」
 エストルが問うたが、誰も口を開ける者はいなかった。あまりにも多くの情報を一気に詰め込まれてまだ頭が整理し切れていなかった。エストルは無理もないと苦笑した。
「気がついたことがあれば、いつでも教えて欲しい」
 そして、申し訳なく思いながらも話を次に進めた。
「それで、これからの対策だ。敵の新たな拠点を探し出して、ソフィアとグレンに突入してもらう。リネルから来てもらったクレサック、シャロン、ウィンターも協力してくれるそうだ」
「拠点を探し出すと言っても。やはり今まで通り地道に情報を集めるしかないのでしょうか?」
 ソフィアが不安そうに言う。
「それ以外に方法はない。だが、一つ、その前に確認しておきたいことがある」
 エストルがグレンの目を見た。グレンはうなずいて言った。
「パイヤン、ですね」
「そうだ。パイヤンがどうなっているのか見ておくべきだ。それに」
 エストルが鋭い目をする。

次回更新予定日:2017/05/27

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「こざかしい」
 これでは相手が疲れるまで埒が明かないと感じたソードは、シャロンの素速い動きを魔力で封じようとした。広範囲に魔法を展開され、避けることはできなかった。シャロンはヴィリジアンで跳ね返そうと試みる。両手で柄を握り、何秒間かは耐えたが、圧倒的なソードの魔力にはそれが限界だった。衝撃で後方に押しやられたかと思うと、体が宙に浮き、がくんと四方から体にものすごい重力がのしかかる。シャロンは何とかして術の解除をしようと、魔力を全身から解き放ってみるが、ソードの呪縛はびくともしない。ソードは満足げに微笑すると、容赦ない渾身の一撃をシャロンにぶつけた。シャロンの体は吹っ飛ばされ、地に打ちつけられた。地面にひびが入るほどの衝撃だった。全身に痛みが走っていたが、まだ意識はある。シャロンは放してしまったヴィリジアンに手を伸ばして取ろうとした。体を少し前に引きずれば取れる距離だった。だが、体の感覚が全くつかめない。足には力が入らないし、左腕を支えにして体を前に出そうとしても腕にも力が入らない。目の前で冷笑をたたえたソードがヴィリジアンを拾い上げる。ソードはくるりと背を向けてその場から立ち去ろうとした。

「これが、ヴィリジアンだよ」
 グレンは鞘からヴィリジアンを抜いて前に掲げた。威厳のある、鋭い輝きを放つ銀の刃。そして、柄には神秘的な青緑色の光をたたえる宝石が埋め込まれている。
「ソードはヴィリジアンを破壊しようとしたけど、ヴィリジアンは自分の身を守るため、僕を使い手として選んでくれた。おかげで、協力して何とかソードの手から取り戻せた」
「不思議な剣だ。まるで意思を持っているかのような」
 エストルがつぶやいた。
「何か心が通じ合っているように感じるのです」
 グレンはヴィリジアンを見つめた。ヴィリジアンの輝きは静かな微笑みをたたえているようだった。
「シャロンに早く城に戻るように言われてヴィリジアンと急いで戻った」
「ソード将軍がスアに現れて、何か事態が急変したんじゃないかと思ったんです」
 シャロンはソードがテルウィング側の人間だということを知っていたから、すぐにスアに浄化に来ている情報が何らかの形で敵に渡っているのではないかと察した。
「〈追跡者〉は残忍な性格のヴァンパイアだ。人の心をもてあそんで楽しむ。僕もその標的になった。モーレで会ったときから恐ろしい幻覚を植えつけられ、それを実現させて僕を破滅させようとした。そのために、〈追跡者〉はエストル様を拘束したまま僕が来るのを待った」
 幻覚の映像が目の前にちらつき、心にずっしりとのしかかる。もう〈追跡者〉は倒したのに幻覚は亡霊のようにまとわりついている。

次回更新予定日:2017/05/20

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「だが、失敗した」
「でも、僕がヴィリジアンやヴァンパイアのことを知っていることを突き止めた」
「そこで、グレンの部下から何か引き出せないかとクレッチを捕らえてその記憶をのぞいた。そのときは判断がつかなかったが、やはり〈追跡者〉は最初からお前の部下を狙っていたんだと思う。クレッチもがんばってくれたが、私とのラインが引き出された。次は私の番だと思い、覚悟は決めたが、相手の出方が読めず、結局あのような形で敵を迎え入れることになってしまった」
 出方が読めたとしても相手が上級ヴァンパイアでは手の施しようがない。
「〈追跡者〉はソフィアたちの攻撃を受け、一旦退いたように見せかけた。だが、実際にはすでに陛下の部屋に忍び込んでいた〈告知者〉が〈追跡者〉を城内に瞬間移動させ、計画通り私を拘束した。〈追跡者〉は私から全ての情報を引き出し、シャロンがヴィリジアンを持ってスアに向かい、ヴァンパイア化した人々を浄化しようとしていることを知る。それをアウグスティンに行っているように見せかけて実はロソーの近くにひそんでいたソードに伝え、すぐにスアに行き、ヴィリジアンを確保するよう指示する」
「ソードはテルウィング王の配下の者だ。ムーンホルン国王陛下がパイヤンを訪れたときに連れてきたのは覚えているだろう」
 ウィンターに指摘されて部隊長たちははっとなる。
「ソードはワイバーン型の魔獣を使って先回りして僕より前にスアに入った」
「私がスアに到着すると、もうすでに人の姿もヴァンパイアの姿もなくて」
 シャロンが口を開いた。
「ソード将軍が現れたのです。そして、急に攻撃を仕掛けてきて」

 シャロンはスアに着いた。スアはすでにヴァンパイアの町と化しているはず。ヴィリジアンを鞘から抜いて、いつものように駆け出そうとする。だが、何かがおかしい。ヴァンパイアの気配さえしない。まるで誰もいないような、廃墟のような静けさしか感じられない。
 不審に思い、シャロンはヴィリジアンを手にしたまま辺りを見回しながら歩き出した。すると、急に光弾が飛んできた。シャロンはとっさにヴィリジアンで弾いた。光弾は地に落ち、爆発して煙を上げる。煙が消えると、そこには一人の男が立っていた。
「それがヴィリジアンか」
 男は無表情に口を動かした。
「あなたは?」
 シャロンは男の腕に王騎士の紋章を見つけてはっとする。
「まさか」
 その男――ソードは眉をひそめたが、すぐに二つ目の光弾を放ってきた。シャロンが地を蹴って飛び上がり交わしたと見るや否やすさまじい速度で次の光弾を、そんなやりとりが何回か繰り返された。

次回更新予定日:2017/05/13

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「他の王騎士にもグレンの実力を見てもらった。異論はなかった。実力的にも人格的にもグレンほど王騎士にふさわしい者はいなかった。私はすぐにグレンに引き継ぎをし、クレッチとデュランを直属の部下にするよう勧め、滞りなく王騎士の職を辞した」
 クレサックは一息つくと、また切り出した。
「その後、隠れやすそうな森を見つけて外部からの侵入者を欺けるような結界を張り、隠れ家を建ててシャロンの指導をした。充分な実力がついたところで、エリーの洞窟に向かった。エリーのドラゴンは強かったが、ウィンターと三人で協力して何とか倒せた」
 エリーにドラゴンがいなかったのは、そのためだったのかと今更ながらグレンは思った。
「そして、シャロンにヴィリジアンの封印を解いてもらった。そのままシャロンにはヴァンパイア化した人たちの浄化に当たってもらった。クレッチやデュラン、ウィンター、そしてエストル様からヴァンパイアの出現情報をいただいてね」
 そこまで話し終わると、今度はエストルが続きを引き継いだ。
「その後、テルウィング側でもヴィリジアンの存在に気づき、調べ始めたらしい。陛下からヴィリジアンの捜索の命が下る。かなり正確な情報を把握していたらしく、グレンを指名してエリーに派遣するように命じられた。私たちにはヴァンパイアの力を増幅する魔剣だと説明し、見つけ次第、持ち帰るか破壊するように命じられた」
 テルウィングの計画の妨げになる可能性のあるヴィリジアンを何とかして排除しようとしたわけだ。
「でも、ヴィリジアンはなかった。すでにシャロンの手にあったから」
 グレンはつぶやいた。すると、エストルはにやりと笑った。
「そう。テルウィングは焦ったのだろう。引き続きヴィリジアンの捜索を陛下に命じさせる。一方で、テルウィングはヴィリジアンがエリーにないと報告したグレンに疑いの目を向け始める。まさか先にドラゴンを討伐してヴィリジアンの封印を解く者がいるとは思わなかったから」
「思わぬところから綻びが生じる形になったが、まあそろそろ潮時だったな」
 ウィンターがいたずらっぽく笑う。すると、エストルも苦笑した。
「このところ、王騎士の派遣先とシャロンの浄化先がかぶってきていて、王騎士を派遣したものの、町がヴァンパイア化していなかったという事態が何件か出ている。これ以上この状況を続けるのは困難だ。振り返ってみると、ちょうどいい頃合いだったのだろう。とにかく、そうなると、グレンが虚偽の報告をした可能性を考えるようになる。そう考えると、グレンが以前、パイヤンから魔物が発生している可能性を指摘して自ら調査に行きたいと志願したことなどが疑わしく見えてきたのだろう。グレンが何か突き止めているかもしれないと思って、テルウィング側は罠を仕掛けてみた」
 それがモーレでの出来事だ。
「僕はモーレに魔獣討伐に行くように命じられた。でも、行ってみると、そこには〈追跡者〉が待っていて、僕の意識を操ってヴィリジアンのことやウィンターたちのことを聞き出そうとした」

次回更新予定日:2017/05/06

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