魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「その体でいつまでもつかな?」
 せめて体力を必要以上に削っていく傷だけでも何とかしたかった。グレンは長くはもたないだろうと思いながらも、少しでも時間を稼ぎ、可能なだけでも傷を癒そうと渾身の魔力で結界を張った。
「無駄だ」
 結界はすぐに〈執行者〉の魔力に押され、爆音とともに消滅したが、その時間だけでも充分だった。
 グレンの体から光のナイフは消え、傷口は止血されていた。痛みは残っているし、まだいつ傷口が開くとも限らないが、取りあえずこれで体力の消耗だけは少し抑えられる。
「この短時間でそこまで回復できたか。だが、お前の運命は変わらん!」
 今まで以上の激しさで攻撃が飛んでくる。グレンは先ほどと同じように交わしたり剣ではねのけたりしながら、攻撃をやり過ごした。
 このままではこちらから攻撃できない。強大な魔力だが、魔力に対抗するにはやはり魔力をぶつけて競り勝つしかない。今の自分の魔力で上級ヴァンパイアの中でも最強と言われる〈執行者〉の魔力に競り勝つことができるのか。
 やるしかない。
 グレンは剣を収め、両手を前方に伸ばした。ありったけの魔力を両手に込めてぶつけていくと、〈執行者〉もとっさに気づき、同じように強大な魔力をぶつけてきた。
「愚かな」
 二人の魔力はちょうど中間地点付近で接触した。そのまま押し合い、前後にわずかに動いたが、それ以上の距離は動けずに、再び中心で止まった。魔力は高速で回転し、光を放ちながら激しい火花を散らしていた。どちらも譲る様子はなかった。
「人間が私に勝てるはずがない」
 精一杯の魔力を放出しても押し戻せないグレンの魔力に〈執行者〉がいらだちを感じ始めていた。すると、その言葉を聞いてグレンは〈執行者〉をにらみつけた。
「僕は人間じゃない。あなたと同じヴァンパイアだ。人間に戻らないことを選んだ。あなたを倒すために」
 だから、負けられない。
 あとちょっと。あとちょっと魔力があればねじ伏せることができるのに。
 そのときだった。一筋の閃光が飛んできてグレンの魔力をすさまじい勢いで後ろから押した。「ウィンター?」
 振り返る余裕はなかったが、グレンには分かった。そのはっきりとした迷いのない魔力は間違いなくウィンターのものだった。

次回更新予定日:2017/11/25

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「それは幻術だ。この空間もあなたの見たグレンの姿も全部ヴァンパイアの幻術だ」
 そう言われて初めてぶれていた意識がたぐり寄せられる。目の前にはウィンターが再び襲いかかってきた魔獣を剣で斬りつけて閃光とともに飛ばしていた。
「グレンもこの空間のどこかにいる。早くこいつを片づけて探すんだ」
 エストルはうなずいて剣を抜いた。その一歩前で剣を構えるウィンターは苦笑しながらつぶやいていた。
「こいつはさっき倒した奴よりだいぶ強いな」
 エストルは気を引き締めて魔獣の攻撃に備えた。

 光が消えて代わりにグレンの前に現れたのは、黒いマントを羽織った金色の瞳の男だった。宙に浮いているのかいないのか。だが、マントと長い髪は風になびいていた。
 その姿が現れるのと同時に隠れていた圧倒的な魔力を感じた。グレンはその魔力で相手が何者なのかすぐに理解した。
「あなた……〈執行者〉?」
 すると、男は目を細めた。
「そう。そのとおり」
「じゃあ、この空間は?」
「ここは私が自由に魔力を展開できる空間。無論、お前たちの世界でも自由に魔力を使うことはできるが、ここでは向こう以上に幻術が使いたい放題だ」
 言われて思い出したように忘れかけていた傷が痛み出す。
「ひょっとして見たことがあるかな。〈002〉もこのような空間を使うことができた」
 ある。だが、質問につき合っている暇はなかった。今は一刻も早く痛み出した傷を少しでも癒したかった。
「させるか」
〈005 執行者〉が冷笑すると、体に刺さっていた光のナイフがより深く食い込んできた。グレンは痛みのあまり絶叫した。
「苦しいか? 素直に殺されなかった己を呪え」
 そう言いながら〈執行者〉は巨大な光の球をぶつけてきた。グレンは激しく息を切らしながらも剣を手にし、光を退けようと力を込めて振り払おうとした。だが、〈執行者〉の魔力は圧倒的だった。振り払おうにも手が動かない。拮抗した状態で時間だけが経過する。腕がしびれてくる。傷口から血がにじみ出る。
 やられる。
 グレンはあきらめて高く飛び上がった。光の球はグレンの下を通過し、遠くの方からどこにあたったのか大きな爆発音がした。あまりの魔力の大きさに冷や汗が出た。
「交わしたか。賢明だな」
 不敵な笑みを浮かべると、〈執行者〉はすぐに攻撃を飛ばしてきた。先ほどよりは小規模の攻撃だった。これなら剣でも何とか払えそうだと思い、グレンは攻撃を払いのけた。重かったが、何とか払いのけられる。だが、攻撃は立て続けにやってきた。払いのけたり交わしたりで何とかやり過ごしたが、このままでは確実にやられる。

次回更新予定日:2017/11/18

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エストルは目を開いた。
 なんだ。ここは。
 そう思ったのとほぼ同時に少し距離を置いたところに人が倒れているのが見えて、転がるように駆け出す。
「グレン? グレン!」
 近づいてみると、倒れていたのは血まみれになったグレンだった。
「エストル……良かった」
 安心したような表情でグレンがつぶやく。
「もう、大丈夫だよ。魔獣……倒したから」
 そう言いながらグレンは手をエストルの肩に伸ばし、つかまる。肩にかかった体重はずっしりと重かった。エストルは反射的にグレンの体を支えた。
「早く、みんなを探さなくちゃ」
 そんな体で探しに行けるわけがない。エストルが手当てをしようとすると、グレンの口からうめき声が漏れた。
「グレン?」
 異変を察知し、その原因を探そうとすると、うめき声が絶叫に変わり、グレンの背中から黒い翼が生えてきた。
「グレン……」
 黒翼のグレンは光に包まれ、光は瞬く間に膨張した。光が消えると、そこには巨大な魔獣が現れた。
「グレン」
 呆然とつぶやくエストルに魔獣が襲いかかる。だが、ショックのあまり座り込んだままのエストルは動くことすらできなかった。何が起こったのか分からなかった。
 目の前で突如爆発音が響く。魔獣の巨体がすさまじい勢いで吹っ飛ばされる。
「大丈夫か、エストル」
 ウィンターだった。だが、まだエストルの目の焦点は合っていなかった。
「グレンは?」
 虚ろな瞳のまま唇だけが動いている。すると、ウィンターは何となく事態を理解し、やんわりと聞いた。
「グレンを見たのか?」
「グレンが……魔獣に」

次回更新予定日:2017/11/11

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「ルイに決まってるだろ」
 言いながら指から閃光を放つ。リンはとっさに避けた。だが、次から次へと閃光が飛んでくる。
「ルイなわけないでしょ」
 全て正確に交わしながらリンは返す。
「だったら」
 攻撃が止まった。
「なんで僕に攻撃をしないの?」
 気がつくと、目の前にルイの姿をしたものがリンの喉元に剣を突きつけている。いつの間にここまで移動したのだろう。
「それは……」
 痛いところを突かれてリンは歯を食い縛る。
「終わりだ」
 どうにか避けられないかと考えたが、体が動かない。強い魔力で呪縛されている。間に合いそうもないが、とにかく解除を試みる。そのときだった。鈍い音がしてリンは目を見開く。
「大丈夫、リン?」
 目の前でぱっとルイの姿をしたものが消滅した。そして、その後ろには剣を持ったルイが立っていた。ルイは自分と同じ姿をしていたものを刺した剣を鞘に収め、リンを呪縛している魔術を解除した。
「ありがとう、ルイ。助かった」
 ほっと安堵の溜息をつきながら、リンは立ち上がった。
「相手は幻術を使うみたいだね。僕たちを異空間に引きずり込んで各個撃破できるように散り散りにしたんだろう」
「みんなを探さないと」
 リンは辺りを見回した。辺りは先ほど目覚めたときと同じようにただ赤黒く歪んだ空間があるだけだ。境界がなく、どこまで続いているのかも、だいたい自分がどこに立っているのかさえよく分からない。
「どうやって私を見つけた?」
 リンが聞いた。
「魔力が感じられる方向をたどるしかない。でも、いろんな方向から魔力を感じるから、誰か一人の魔力に絞ってその魔力を追うんだ。
「一人の、魔力?」
「とりあえずソフィア将軍を探して合流しよう」
「分かった」
 リンは集中してソフィアの魔力だけを探した。
「こっちだ」
「うん」
 ルイの示した方向にリンもソフィアの魔力をかすかに感じてうなずいた。
 二人は歪んだ空間の中を走り出した。

次回更新予定日:2017/11/04

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エストルはうなずいて立ち上がろうとしたが、右足に重心をかけた瞬間、グレンの背中に倒れ込んだ。グレンはすぐにエストルを座らせ、ローブをめくって右足を見た。赤く腫れ上がっている。グレンと同じようにここに放り出されたときにぶつけたのだろう。
「待って」
 治療しようと手を当てた瞬間、グレンは妙な気配を感じて半ば反射的に左に避けた。それでも避けきれず、右胸に激痛を感じた。
「エス……トル?」
 右胸にはエストルの五本の指が刺さっていた。
「外したか」
 指を抜くと血が溢れてきた。動揺していると、四方から光のナイフのようなものが何本も飛んできて体に突き刺さった。
「あなた……」
 苦痛に顔を歪めたままグレンは目の前のエストルの姿をしたものに聞いた。
「何者なの……?」
 冷笑をたたえていたエストルはまばゆい光に包まれた。

「……リン。リン」
 弱々しい声がしてリンは目覚める。
「ルイ? ルイ!」
 横に血まみれになった弟がいた。魔力がほとんど感じられない。
「ルイ、どうしたの? ここは?」
 無残な弟の姿に加え、辺りの異様な空間に気づき、リンは慌てた。
「異空間に送られたみたいだね」
 ぽつりと小声でつぶやく。
「リン、僕は、もうだめだ」
 ルイは淡い笑みを浮かべる。
「先に、みんなを探して……」
「何、言ってるの?」
 リンのその言葉に憐れみは微塵もなかった。あるのは驚きだけだった。
「ルイは……ルイはそんなこと言わない」
 生まれたときからずっと一緒に過ごしてきた。だから、分かる。ルイは、リンの知っているルイは這いつくばってでも仲間を探しに行く。仲間の力になるために、仲間を守るために最後まであきらめない。
「あなた、誰なの?」
 すると、血まみれのルイはすくっと立ち上がって、凍てつくような笑みを口元に浮かべた。

次回更新予定日:2017/10/28

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