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クレサックは他の兵士たちが一ヶ所に固まって充分なスペースが確保できたことを確認すると、結界を張った。
「来い」
クレサックに言われてグレンは仕掛ける。助走をつけてクレサックに飛びかかる。
「いいぞ」
クレサックは手応えのある一撃を賞賛しながらはねのけたが、容赦なくすぐに次の一撃が来る。スピードもなかなかのものだ。クレサックも素速く対応して次々と襲いかかるグレンの刃を退けていく。渾身の力で大きく最後の一撃を払いのけると、クレサックは後退して距離を開き、ダイナミックな動作で空を斬った。すさまじいスピードで飛んできた閃光をグレンが剣で払いのけると、大きな爆発音がした。見ていた上級兵士たちが感嘆の声を上げる。
「見たか。クレサック将軍の攻撃を軽々と跳ね飛ばしたぞ」
グレンも大地を蹴って走り出し、剣で閃光を描いてクレサックに飛ばした。クレサックは素速く閃光をはねのけたが、先ほどに匹敵するほどの爆発音がした。しかもその後も爆発は小さくなったが、二回立て続けに閃光が飛び、距離が詰まると、グレンの剣がクレサックの剣を突き飛ばしに来た。クレサックは思い切りぶつかってその反動でもう一度大きく後退した。グレンもかなりの衝撃を受けたらしく、かなり遠くに着地した。ひと呼吸置こうと思ってクレサックは珍しく息が弾んでいるのに気づく。
「やるな」
口にした瞬間、またグレンの攻撃が飛んできた。とっさにこの若い上級兵士はどこまでできるのか試してみたくなって本気でぶつかってみる。全力で魔力をグレンに向かって放つと、クレサックはグレンの攻撃を交わした。つもりだったが、着地すると、左腕に赤い線が一筋入っていた。正面から爆音が聞こえた。砂埃が飛び散り、前がよく見えない。腕の傷をかばい、しばらく目を凝らしていると、ようやく砂が落ち、結界にもたれかかってぐったりとなっているグレンの姿が見えた。
「大丈夫か?」
クレサックが駆け寄ると、グレンは目を開けた。
「あ、はい。ちょっと……背中を、打ったようです」
身を起こそうとしたが、ぐらついた。クレサックは慌ててグレンの体を支える。
「やり過ぎたか?」
クレサックが苦い顔をする。だが、グレンは穏やかな微笑みで返した。
「大丈夫です。それよりも、将軍。腕、出血されてますね。手当てさせてください」
「いや。これくらい大したことない」
「困ります。将軍は大事な任務があるのに、私が怪我を負わせてそのままでは申し訳が立ちません」
お前だって仕事があるだろうと苦笑しながらもクレサックは左腕を出した。せっかくの機会なので、グレンの治癒の腕も見ておこうと思ったのだ。グレンが傷口に手を当て、光が現れた途端、クレサックは驚きで声が出なくなった。なんて優しくて暖かい光。
次回更新予定日:2017/03/25
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「来い」
クレサックに言われてグレンは仕掛ける。助走をつけてクレサックに飛びかかる。
「いいぞ」
クレサックは手応えのある一撃を賞賛しながらはねのけたが、容赦なくすぐに次の一撃が来る。スピードもなかなかのものだ。クレサックも素速く対応して次々と襲いかかるグレンの刃を退けていく。渾身の力で大きく最後の一撃を払いのけると、クレサックは後退して距離を開き、ダイナミックな動作で空を斬った。すさまじいスピードで飛んできた閃光をグレンが剣で払いのけると、大きな爆発音がした。見ていた上級兵士たちが感嘆の声を上げる。
「見たか。クレサック将軍の攻撃を軽々と跳ね飛ばしたぞ」
グレンも大地を蹴って走り出し、剣で閃光を描いてクレサックに飛ばした。クレサックは素速く閃光をはねのけたが、先ほどに匹敵するほどの爆発音がした。しかもその後も爆発は小さくなったが、二回立て続けに閃光が飛び、距離が詰まると、グレンの剣がクレサックの剣を突き飛ばしに来た。クレサックは思い切りぶつかってその反動でもう一度大きく後退した。グレンもかなりの衝撃を受けたらしく、かなり遠くに着地した。ひと呼吸置こうと思ってクレサックは珍しく息が弾んでいるのに気づく。
「やるな」
口にした瞬間、またグレンの攻撃が飛んできた。とっさにこの若い上級兵士はどこまでできるのか試してみたくなって本気でぶつかってみる。全力で魔力をグレンに向かって放つと、クレサックはグレンの攻撃を交わした。つもりだったが、着地すると、左腕に赤い線が一筋入っていた。正面から爆音が聞こえた。砂埃が飛び散り、前がよく見えない。腕の傷をかばい、しばらく目を凝らしていると、ようやく砂が落ち、結界にもたれかかってぐったりとなっているグレンの姿が見えた。
「大丈夫か?」
クレサックが駆け寄ると、グレンは目を開けた。
「あ、はい。ちょっと……背中を、打ったようです」
身を起こそうとしたが、ぐらついた。クレサックは慌ててグレンの体を支える。
「やり過ぎたか?」
クレサックが苦い顔をする。だが、グレンは穏やかな微笑みで返した。
「大丈夫です。それよりも、将軍。腕、出血されてますね。手当てさせてください」
「いや。これくらい大したことない」
「困ります。将軍は大事な任務があるのに、私が怪我を負わせてそのままでは申し訳が立ちません」
お前だって仕事があるだろうと苦笑しながらもクレサックは左腕を出した。せっかくの機会なので、グレンの治癒の腕も見ておこうと思ったのだ。グレンが傷口に手を当て、光が現れた途端、クレサックは驚きで声が出なくなった。なんて優しくて暖かい光。
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ヴァンパイア討伐から戻ったクレサックは待機中だった。その日の午後、次の任務を命じられる予定だった。少し体を動かそうと訓練場に向かっている途中、デュランと会った。
「将軍、久しぶりに相手していただけませんか?」
「ちょうどいい。私も一汗かこうと思っていたところだ」
クレサックはデュランと雑談を交わしながら訓練場を目指した。
訓練場に着くと、多くの上級兵士たちがクレサックを待っていた。
「よろしくお願いします」
上級兵士たちは口々に言った。
クレサックは剣を構えた。
「よし。順番にかかってこい。一撃ずつだ。跳ね飛ばされたら次の者と交代だ」
果敢に兵士たちはクレサックに向かっていった。だが、クレサックの力は圧倒的で、ほとんどの兵士が剣の接触した瞬間はねのけられ、粘れた者でもほんの二、三秒だった。
ところが。
突然、腕に痺れが走るくらい重い一撃がクレサックを襲った。受け止めてはみたものの、払いのけることができない。驚いて顔を見て、さらに驚く。
青みがかった不思議な緑色の瞳。
気を取られたような気がして、手に力を入れ直す。完全に力が拮抗したまま時間が過ぎる。これでは事態が打開できない。クレサックは一瞬だけほんのわずかに剣先を退いた。そして、そのまま大きく剣を振った。風が起きて、その兵士の前髪をなびかせた。兵士はバランスを崩すことなく、さっと後ろに下がって次の兵士に順番を譲った。
一通り終わると、クレサックはその緑色の瞳の兵士を探した。
「見たことのない顔だな」
「はい。まだ上級兵士になって日が浅いので」
謙虚だが堂々としている。クレサックは緑色の瞳を真っ直ぐ見て尋ねた。
「名は?」
「グレンと申します」
すると、クレサックは再び剣を握る手に力を入れて微笑んだ。
「グレンか。なかなかの実力と見た。手合わせ願おう」
「お願いします」
グレンは頭を下げると、クレサックと距離を取った。
「魔法が飛ぶかもしれん。他の者は下がって見てろ」
次回更新予定日:2017/03/18
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「将軍、久しぶりに相手していただけませんか?」
「ちょうどいい。私も一汗かこうと思っていたところだ」
クレサックはデュランと雑談を交わしながら訓練場を目指した。
訓練場に着くと、多くの上級兵士たちがクレサックを待っていた。
「よろしくお願いします」
上級兵士たちは口々に言った。
クレサックは剣を構えた。
「よし。順番にかかってこい。一撃ずつだ。跳ね飛ばされたら次の者と交代だ」
果敢に兵士たちはクレサックに向かっていった。だが、クレサックの力は圧倒的で、ほとんどの兵士が剣の接触した瞬間はねのけられ、粘れた者でもほんの二、三秒だった。
ところが。
突然、腕に痺れが走るくらい重い一撃がクレサックを襲った。受け止めてはみたものの、払いのけることができない。驚いて顔を見て、さらに驚く。
青みがかった不思議な緑色の瞳。
気を取られたような気がして、手に力を入れ直す。完全に力が拮抗したまま時間が過ぎる。これでは事態が打開できない。クレサックは一瞬だけほんのわずかに剣先を退いた。そして、そのまま大きく剣を振った。風が起きて、その兵士の前髪をなびかせた。兵士はバランスを崩すことなく、さっと後ろに下がって次の兵士に順番を譲った。
一通り終わると、クレサックはその緑色の瞳の兵士を探した。
「見たことのない顔だな」
「はい。まだ上級兵士になって日が浅いので」
謙虚だが堂々としている。クレサックは緑色の瞳を真っ直ぐ見て尋ねた。
「名は?」
「グレンと申します」
すると、クレサックは再び剣を握る手に力を入れて微笑んだ。
「グレンか。なかなかの実力と見た。手合わせ願おう」
「お願いします」
グレンは頭を下げると、クレサックと距離を取った。
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「ウィンターはまずヴァンパイアの出現情報をたどりながらムーンホルンの状況を調べ始めた。そこで、陛下が王騎士たちにヴァンパイア討伐をさせていることを知る」
「王騎士たちがヴァンパイア討伐をしている様子を何度か観察しているうちに、クレサックに協力をしてもらえないかと考えるようになった。クレサックであれば、私の話を理解してもらえるような気がした」
「ウィンターは私に接触してきた。陛下のヴァンパイア討伐の命に違和感があった私は、ウィンターに協力することにした。まず最初に信頼できる協力者を選ぶことにした」
クレサックはウィンターの席を離れ、ゆっくりと歩き出した。そして、二人の上級兵士の席の間で足を止めた。
「最初に協力者になってもらったのは、そのときヴァンパイア討伐に同行していたクレッチとデュランだ。二人ともなかなかの実力で、信頼ができる部下で、何よりも肝がすわっている。二人に情報収集や伝達を担ってもらうことにした」
クレッチとデュランはクレサックを見上げてにっこり微笑んだ。
「その後、しばらくしてエストル様に話を持ちかけた。エストル様は陛下を幼い頃から見てこられた方。異変に気づかれていないはずがない。それに宰相になられてからずっと何かと私を信頼して、助言などにも謙虚に耳を傾けていただいていた。陛下がテルウィングに操られていることもウィンターに会ってお話しすれば、信じていただけると思った」
クレサックの洞察力も素晴らしいと思ったが、そのような賭けに出る思い切りがすごいとグレンは思った。エストルの性格から考えると、真実よりも国王の忠臣であることを優先し、セレストにクレサックの話したことを報告する可能性だって充分にあった。グレンも何度もウィンターやヴィリジアンのことをエストルに話したいと考えたが、結局実行に移す勇気は出なかった。エストルは宰相として国王に忠実であろうとするよりも、セレストという一人の人間を救うことを選んだ。セレストがそれほどエストルにとって大切な存在であるということをクレサックは見抜いていたのである。
「私はクレサックの話に興味を持ち、折を見てウィンターに会った。話を聞いて、強く陛下とムーンホルンをヴァンパイアの手から、テルウィングから解放したいと思った。どこまで力になれるか分からなかったが、私は協力を申し出た」
「私たちはその一方で手分けをしてヴァンパイア化した人間を元に戻す、つまり浄化することのできるその剣、ヴィリジアンについて調べていた。それで分かったことがいくつかある。一つはヴィリジアンがエリーの洞窟に封印されていること。そして、もう一つはヴィリジアンの封印を解き、真の力を引き出せるのは、ヴィリジアンの瞳、すなわちヴィリジアンにはめ込まれた石と同じ色の瞳をした者だけだということだ。ヴィリジアンには青みがかった不思議な緑色の石がはめ込まれていると記されていた。私はすぐにぴんときた。ヴィリジアンの瞳を見たことがあると思った。一人は」
クレサックはまたゆっくり歩いて若い女性の席の後ろで止まった。
「姪のシャロンだ。私の家はファビウスという町で代々剣術や魔術を教えている。今は兄が家を継いでいる。シャロンはその娘で、兄から剣術や魔術の指導を受けていた。私はシャロンを引き取って指導したいと兄に相談した。兄もシャロンも喜んで申し出を受けてくれた。ヴィリジアンの封印を解き、ヴァンパイアの浄化ができるようになってもらうため、私は人目につかない場所でシャロンを指導しようと考えた。そのためには王騎士の色を辞さなければならない。ちょうどその頃、類いまれな実力で注目を浴びていた若い上級兵士がいた」
次回更新予定日:2017/03/11
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「王騎士たちがヴァンパイア討伐をしている様子を何度か観察しているうちに、クレサックに協力をしてもらえないかと考えるようになった。クレサックであれば、私の話を理解してもらえるような気がした」
「ウィンターは私に接触してきた。陛下のヴァンパイア討伐の命に違和感があった私は、ウィンターに協力することにした。まず最初に信頼できる協力者を選ぶことにした」
クレサックはウィンターの席を離れ、ゆっくりと歩き出した。そして、二人の上級兵士の席の間で足を止めた。
「最初に協力者になってもらったのは、そのときヴァンパイア討伐に同行していたクレッチとデュランだ。二人ともなかなかの実力で、信頼ができる部下で、何よりも肝がすわっている。二人に情報収集や伝達を担ってもらうことにした」
クレッチとデュランはクレサックを見上げてにっこり微笑んだ。
「その後、しばらくしてエストル様に話を持ちかけた。エストル様は陛下を幼い頃から見てこられた方。異変に気づかれていないはずがない。それに宰相になられてからずっと何かと私を信頼して、助言などにも謙虚に耳を傾けていただいていた。陛下がテルウィングに操られていることもウィンターに会ってお話しすれば、信じていただけると思った」
クレサックの洞察力も素晴らしいと思ったが、そのような賭けに出る思い切りがすごいとグレンは思った。エストルの性格から考えると、真実よりも国王の忠臣であることを優先し、セレストにクレサックの話したことを報告する可能性だって充分にあった。グレンも何度もウィンターやヴィリジアンのことをエストルに話したいと考えたが、結局実行に移す勇気は出なかった。エストルは宰相として国王に忠実であろうとするよりも、セレストという一人の人間を救うことを選んだ。セレストがそれほどエストルにとって大切な存在であるということをクレサックは見抜いていたのである。
「私はクレサックの話に興味を持ち、折を見てウィンターに会った。話を聞いて、強く陛下とムーンホルンをヴァンパイアの手から、テルウィングから解放したいと思った。どこまで力になれるか分からなかったが、私は協力を申し出た」
「私たちはその一方で手分けをしてヴァンパイア化した人間を元に戻す、つまり浄化することのできるその剣、ヴィリジアンについて調べていた。それで分かったことがいくつかある。一つはヴィリジアンがエリーの洞窟に封印されていること。そして、もう一つはヴィリジアンの封印を解き、真の力を引き出せるのは、ヴィリジアンの瞳、すなわちヴィリジアンにはめ込まれた石と同じ色の瞳をした者だけだということだ。ヴィリジアンには青みがかった不思議な緑色の石がはめ込まれていると記されていた。私はすぐにぴんときた。ヴィリジアンの瞳を見たことがあると思った。一人は」
クレサックはまたゆっくり歩いて若い女性の席の後ろで止まった。
「姪のシャロンだ。私の家はファビウスという町で代々剣術や魔術を教えている。今は兄が家を継いでいる。シャロンはその娘で、兄から剣術や魔術の指導を受けていた。私はシャロンを引き取って指導したいと兄に相談した。兄もシャロンも喜んで申し出を受けてくれた。ヴィリジアンの封印を解き、ヴァンパイアの浄化ができるようになってもらうため、私は人目につかない場所でシャロンを指導しようと考えた。そのためには王騎士の色を辞さなければならない。ちょうどその頃、類いまれな実力で注目を浴びていた若い上級兵士がいた」
次回更新予定日:2017/03/11
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当時から職務に就いていた部隊長たちがはっと顔を見合わせた。
「そう。噂で一度くらいは耳にしたことがあるだろう。その日から王太子殿下のご様子がおかしいと。お優しかった王太子殿下が人が変わられたようだと」
吐き出すようにエストルは言った。平静を装おうと努めてはいるようだったが、怒りの感情が完全には抑え切れていなかった。
「〈告知者〉は陛下の優しさにつけ込んで陛下を操ろうとした。意のままに操り、ムーンホルンの征服に利用しようとした。そして、二年後、前国王が崩御されて陛下が即位された」
セレストは動揺することもなく、淡々と葬儀と即位式を済ませた。テルウィングは機が熟したとばかりにセレストを動かし始めた。
「少し落ち着くと、陛下は歴代国王がしてきたように国内の主要都市を見て回られた。そのとき、テルウィングに通じるゲートのあるパイヤンにも訪れている」
「まさか」
部隊長の一人が息を呑む。
「そう。陛下がゲートの封印を解かれたのはそのときだ。ヴァンパイアの出現情報が報告されるようになったのはその直後だ」
確かにそのとおりだ。参加者たちは記憶をたどりながら確認をした。
「陛下はすぐに兵士たちに情報を集めさせた。そして、ヴァンパイアになった人間が他の人間を吸血し、吸血された人間をヴァンパイアにしてしまうことが報告されると、すぐに王騎士たちに討伐を命じられた。事実を知らない王騎士たちはヴァンパイアの被害を最小限に抑えるためと考え、陛下の命令に従った。それでも、ヴァンパイアの出現情報を絶やすことはできなかった。そんな中、当時王騎士だったクレサック将軍の前にゲートを通ってテルウィングからやってきたという人物が現れる。それがこのウィンターだ」
エストルに紹介されると、ウィンターは立ち上がった。
「テルウィングから来たウィンターという者だ。テルウィングでヴァンパイア化していない人たちを町や村に集め、外部から不可視になる特殊なシールドを展開する活動を続けてきた。人々はシールド内では普通の生活が送れるが、その外に出ることはできない。ひとたびシールドの外に出れば、そこはヴァンパイアのさまよう世界だ。だが、ある村を訪れたとき、テルウィング王の下でヴァンパイアの開発に携わっていた学者に出会った。その学者から人をヴァンパイア化するカーマナイトの成分を中和することのできる魔力を持つ剣があるという話を聞いた。その剣でヴァンパイア化した人間を斬りつければ、ヴァンパイア化した人間は元に戻れると」
少しざわついたが、すぐにそれを断ち切るようにウィンターは続けた。
「その剣はここムーンホルンにあると聞いて私は来た。その剣を、手に入れるために」
ウィンターは真っ直ぐな瞳で一同を見た。すると、クレサックがウィンターの肩に手を載せて着席させた。
次回更新予定日:2017/03/04
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「そう。噂で一度くらいは耳にしたことがあるだろう。その日から王太子殿下のご様子がおかしいと。お優しかった王太子殿下が人が変わられたようだと」
吐き出すようにエストルは言った。平静を装おうと努めてはいるようだったが、怒りの感情が完全には抑え切れていなかった。
「〈告知者〉は陛下の優しさにつけ込んで陛下を操ろうとした。意のままに操り、ムーンホルンの征服に利用しようとした。そして、二年後、前国王が崩御されて陛下が即位された」
セレストは動揺することもなく、淡々と葬儀と即位式を済ませた。テルウィングは機が熟したとばかりにセレストを動かし始めた。
「少し落ち着くと、陛下は歴代国王がしてきたように国内の主要都市を見て回られた。そのとき、テルウィングに通じるゲートのあるパイヤンにも訪れている」
「まさか」
部隊長の一人が息を呑む。
「そう。陛下がゲートの封印を解かれたのはそのときだ。ヴァンパイアの出現情報が報告されるようになったのはその直後だ」
確かにそのとおりだ。参加者たちは記憶をたどりながら確認をした。
「陛下はすぐに兵士たちに情報を集めさせた。そして、ヴァンパイアになった人間が他の人間を吸血し、吸血された人間をヴァンパイアにしてしまうことが報告されると、すぐに王騎士たちに討伐を命じられた。事実を知らない王騎士たちはヴァンパイアの被害を最小限に抑えるためと考え、陛下の命令に従った。それでも、ヴァンパイアの出現情報を絶やすことはできなかった。そんな中、当時王騎士だったクレサック将軍の前にゲートを通ってテルウィングからやってきたという人物が現れる。それがこのウィンターだ」
エストルに紹介されると、ウィンターは立ち上がった。
「テルウィングから来たウィンターという者だ。テルウィングでヴァンパイア化していない人たちを町や村に集め、外部から不可視になる特殊なシールドを展開する活動を続けてきた。人々はシールド内では普通の生活が送れるが、その外に出ることはできない。ひとたびシールドの外に出れば、そこはヴァンパイアのさまよう世界だ。だが、ある村を訪れたとき、テルウィング王の下でヴァンパイアの開発に携わっていた学者に出会った。その学者から人をヴァンパイア化するカーマナイトの成分を中和することのできる魔力を持つ剣があるという話を聞いた。その剣でヴァンパイア化した人間を斬りつければ、ヴァンパイア化した人間は元に戻れると」
少しざわついたが、すぐにそれを断ち切るようにウィンターは続けた。
「その剣はここムーンホルンにあると聞いて私は来た。その剣を、手に入れるために」
ウィンターは真っ直ぐな瞳で一同を見た。すると、クレサックがウィンターの肩に手を載せて着席させた。
次回更新予定日:2017/03/04
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だが、すぐに姿勢を正し、真っ直ぐ向き直って話を続けた。
「まず120年前に度重なる戦争のため、テルウィングとのゲートを互いに封印したことは周知の通りだ。その後テルウィングでは各地で内乱が起こった。テルウィング王は鎮圧に乗り出したが、一ヶ所鎮圧に成功したと思えば他の場所で、その場所の鎮圧に成功したと思えばまた他の場所で、と手がつけられない状態になった。そこで、戦争のとき、ムーンホルンに投入しようと開発を進めていた魔獣の開発を再開した。魔獣は国王軍にとって多少の戦力とはなったが、いずれも各地の兵士や冒険者に撃退された。そんな中、国王軍は強力な生物兵器の開発に着手し始める。そして、とうとうその実現に成功する。その生物兵器は、ヴァンパイアと名づけられた」
どよめきが起こる。ヴァンパイアの正体が初めて明かされたのだ。無理もない。エストルは場が少し収まるのを待ってなおも続けた。
「ヴァンパイアは人間の血管に牙を食い込ませ、血を吸う。牙にはヴァンパイアの核となっているカーマナイトという鉱物の毒素が含まれていて、吸血された人間をヴァンパイア化する。ヴァンパイア化した人間は一般的に意識がなくなり、人間の生血を吸血するように行動する。テルウィング王はこの生物兵器を内乱の起こった地域に派遣した」
エストルは溜息交じりに言った。
「町の住人はヴァンパイアに噛まれ、噛まれた住人が他の住人を噛み、町はヴァンパイアで溢れかえった。内乱の起こった各地にヴァンパイアは派遣され、町はヴァンパイア化した。人々はヴァンパイアの力を恐れ、内乱は鎮静化した。それを見たテルウィング王は考えた。ヴァンパイアの力でムーンホルンを支配できるのではないかと」
室内がざわつく。一同息を呑んで聞き耳を立てた。
「テルウィングは三体のヴァンパイアの開発に成功した。この三体のヴァンパイアはヴァンパイア化した人間と区別するためにテルウィングでは〈マスターヴァンパイア〉と呼ばれている。ムーンホルンでは、王騎士など一部の者しかその存在を知らなかったが、〈上級ヴァンパイア〉と呼んでいる。三体ともそれぞれ異なる容姿と能力を持つ。テルウィングでは試験段階まで開発が成功した魔獣にコードナンバーをつけていく。ヴァンパイアは0から始まる三桁のナンバーだ。最初に開発に成功したのは〈002〉。コードネームは〈追跡者〉。先日この城に現れた上級ヴァンパイアだ。男性の姿をしていて、素速さを活かした攻撃を得意とする。その次に開発に成功したのは〈003〉。コードネームは〈告知者〉。少女の姿をし、遠隔操作などの空間操作を得意とする。そして、三体目は〈005〉。コードネームは〈執行者〉。男性の姿をしていて、強力な魔力による破壊力が特徴だ」
部隊長たちは険しい表情をしながら耳を傾けていた。そのような強い生物兵器を相手に戦っているのかと今更ながら思い知らされる。
「テルウィング王はまず〈告知者〉の能力を使って、少女の姿をした〈告知者〉のホログラムをここ、王都ロソーの森に送った。そして、森の中で迷子になった少女を装い、当時王太子だったセレスト国王陛下に接触した」
次回更新予定日:2017/02/25
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「まず120年前に度重なる戦争のため、テルウィングとのゲートを互いに封印したことは周知の通りだ。その後テルウィングでは各地で内乱が起こった。テルウィング王は鎮圧に乗り出したが、一ヶ所鎮圧に成功したと思えば他の場所で、その場所の鎮圧に成功したと思えばまた他の場所で、と手がつけられない状態になった。そこで、戦争のとき、ムーンホルンに投入しようと開発を進めていた魔獣の開発を再開した。魔獣は国王軍にとって多少の戦力とはなったが、いずれも各地の兵士や冒険者に撃退された。そんな中、国王軍は強力な生物兵器の開発に着手し始める。そして、とうとうその実現に成功する。その生物兵器は、ヴァンパイアと名づけられた」
どよめきが起こる。ヴァンパイアの正体が初めて明かされたのだ。無理もない。エストルは場が少し収まるのを待ってなおも続けた。
「ヴァンパイアは人間の血管に牙を食い込ませ、血を吸う。牙にはヴァンパイアの核となっているカーマナイトという鉱物の毒素が含まれていて、吸血された人間をヴァンパイア化する。ヴァンパイア化した人間は一般的に意識がなくなり、人間の生血を吸血するように行動する。テルウィング王はこの生物兵器を内乱の起こった地域に派遣した」
エストルは溜息交じりに言った。
「町の住人はヴァンパイアに噛まれ、噛まれた住人が他の住人を噛み、町はヴァンパイアで溢れかえった。内乱の起こった各地にヴァンパイアは派遣され、町はヴァンパイア化した。人々はヴァンパイアの力を恐れ、内乱は鎮静化した。それを見たテルウィング王は考えた。ヴァンパイアの力でムーンホルンを支配できるのではないかと」
室内がざわつく。一同息を呑んで聞き耳を立てた。
「テルウィングは三体のヴァンパイアの開発に成功した。この三体のヴァンパイアはヴァンパイア化した人間と区別するためにテルウィングでは〈マスターヴァンパイア〉と呼ばれている。ムーンホルンでは、王騎士など一部の者しかその存在を知らなかったが、〈上級ヴァンパイア〉と呼んでいる。三体ともそれぞれ異なる容姿と能力を持つ。テルウィングでは試験段階まで開発が成功した魔獣にコードナンバーをつけていく。ヴァンパイアは0から始まる三桁のナンバーだ。最初に開発に成功したのは〈002〉。コードネームは〈追跡者〉。先日この城に現れた上級ヴァンパイアだ。男性の姿をしていて、素速さを活かした攻撃を得意とする。その次に開発に成功したのは〈003〉。コードネームは〈告知者〉。少女の姿をし、遠隔操作などの空間操作を得意とする。そして、三体目は〈005〉。コードネームは〈執行者〉。男性の姿をしていて、強力な魔力による破壊力が特徴だ」
部隊長たちは険しい表情をしながら耳を傾けていた。そのような強い生物兵器を相手に戦っているのかと今更ながら思い知らされる。
「テルウィング王はまず〈告知者〉の能力を使って、少女の姿をした〈告知者〉のホログラムをここ、王都ロソーの森に送った。そして、森の中で迷子になった少女を装い、当時王太子だったセレスト国王陛下に接触した」
次回更新予定日:2017/02/25
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