魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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ウィンターも不気味なくらい静かな町を歩いていた。
 やはり人の影がない。
 家のドアは開いたままになっていたり、閉じていてもやはり鍵がかかっていない。そして、どの家も中には人がいない。
 ウィンターは半開きになっている家の中に入ってみた。
 誰もいない。テーブルが斜めになっている。椅子がいろいろな方向を向いて倒れている。
 ウィンターは家がヴァンパイアに襲われた日のことを思い出した。

 十歳のときだった。ウィンターは二つ年下の弟と森に木の実を採りに行っていた。母に頼まれたのだ。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
 日が少し傾き始めたのに気づいてウィンターが声をかける。木の実でいっぱいになったかごを弟は持ち上げた。ウィンターはちゃんと持ち上げられたのを確認してからひとまわり大きい自分のかごを持ち上げる。弟は負けず嫌いなので、時々木の実を自分の力で持ち上げられないくらい入れてひっくり返りそうになることがあるのだ。
 村が近づいてきたが、何か様子がおかしい。気配がいつもと違うのだ。
「お兄ちゃん」
 袖をつかむ弟の声で振り返ると、少し距離のある場所に女の人が男の人につかまっていた。親しくしている人ではないが、見覚えはある。男の人の方に生気が感じられない。
「この村に帰っちゃだめ。逃げて!」
 そう叫んだ女の人の首筋に男の人が噛みついた。牙がある。
「お兄ちゃん、これってもしかして……」
 祖父から話を聞いたことがある。この人はヴァンパイアなのではないだろうか。ヴァンパイアは人間を襲い、ヴァンパイアにしてしまう。まさかこんな何もない小さな村にヴァンパイアが来るなんて。
 ウィンターが呆然としていた一瞬の間に弟はかごを置いて駆け出し、村の中に入ってしまった。
「待て」
 中に入ったらそこはヴァンパイアの巣窟になっている可能性が高い。だが、家には母と人見知りの弟が唯一心を許す妹がいる。弟は母と妹を助けに行こうと思ったに違いない。いくら物心ついたときから魔術の修行をしているからといって、八歳の子どもがヴァンパイアから人を守れるはずがない。そもそそ母と妹がまだ無事だという保証もない。そんなことは考えもしなかったのだろう。こうなった以上放っておくわけにもいかない。ウィンターもかごを置いて弟を追いかけた。
 行く手を阻むヴァンパイアもいた。だが、ウィンターが魔法で蹴散らして道を空けさせた。弟は母と妹を助けること以外は考えずにただウィンターの空けた道を真っ直ぐ家に向かって走っていった。

次回更新予定日:2017/12/30

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「エストル、少し、町を歩いてみない?」
「もう大丈夫なのか?」
 急に体を起こしたグレンを慌てて後ろから追いかけるようにエストルは支えた。
「疲れも取れたし、少し体慣らしがてら」
 すっかり元気になったグレンを見てエストルも笑顔になる。
「分かった。少しその辺を歩こう」
 二人は人気のない町の中を歩き出した。
 グレンが積極的にどれもよく似た木製のドアをノックしていく。
「どなたかいらっしゃいませんか?」
 だが、どの家からも応答はなかった。
 何軒か回ってグレンはドアノブに手をかけた。ドアには鍵がかかっていなかった。
 誰もいないがらんどうの部屋。人が住んでいた形跡はある。本来あるべき風景から人だけが消えてしまったかのようだった。
 横でグレンが肩を落としたのに気づき、エストルが心配そうに声をかける。
「どうした、グレン」
 グレンは小さくつぶやいた。
「僕がヴァンパイア討伐に行った町や村も、こんな感じになっているのかな」
 ぐさりと何かがエストルの胸を貫く。
「僕は、いったい何人の人を……」
「やめろ」
 静かだったが、毅然とした口調でエストルが止める。
「私は、三人の王騎士のヴァンパイア討伐に加担した。お前の少なくとも三倍以上の人を死に追いやった。だが、それが最良の策だったと今でも信じている。被害を最小限に食い止めるには、やはりそれしかなかったと」
 肩が震えていた。グレンはびっくりしてエストルの横顔をのぞいた。エストルのぎゅっとつぶった目からは一筋の涙がこぼれていた。
「エストル?」
 信じられなかった。エストルの涙を見ている。あのいつも冷静で強いエストルの目から涙が。
「なぜ、こんなことになってしまったのだろう」
 歯を食い縛りながら口にするエストルは拳を強く握っていた。
「人間の欲望がヴァンパイアを生み出した。そして、何の罪もない多くの人が犠牲になった」
 多くの人を守れなかった自分の無力に対する悔し涙。事実上王がいなくなってしまって代わりに国を任された宰相にかかる重圧がどのようなものなのか、グレンは痛いほどに感じた。だが、それ以上にエストルは一人の人間として、人の大切な命がいとも簡単に奪われていくことに心を痛めていた。大切な人を失うこと。それがどれほど怖いことかをエストルは何度も想像して恐怖した。グレンに危険な任務を命じるたびに想像して恐怖した。
「行こう。私たちの手で止めるんだ。これ以上の犠牲は出させない」
 顔を上げて毅然と言い放つエストルにグレンも強くうなずいた。
 ヴィリジアンの力を得た以上、これ以上誰も悲しませたくない。
 そして、エストルをこの重圧から解放したい。

次回更新予定日:2017/12/23

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「疲れが取れたら少しこの辺を見て回ってから僕たちも神殿に向かうよ」
 グレンがエストルの腕にもたれかかったまま口を開いた。吸血する前よりもしっかりした声だ。
「あまり無理はしないでね」
 少し安心したような表情をきゅっと引き締めてソフィアはグレンを気遣う。
「では、行きましょうか」
 リンとルイは短い返事をしてすぐにソフィアの左右についた。
「では、また後で」
 ウィンターはそう言い残してしばらく真っ直ぐ前進して右折した。
 大通りから人の姿が完全に消えた。
 グレンは全身に魔力を行き渡らせ、先ほどの戦闘で負った傷を癒した。
「どうだ、気分は?」
 エストルはグレンに聞いた。
「おかげでだいぶ元気になったよ」
「良かった」
 エストルは笑顔になった。
「エストルは? エストルも戦ったんでしょう? 怪我とかない?」
「ウィンターがすぐに来てくれて、補佐する程度だったから、大した傷はない。もう治した。魔力もそんなに使っていない」
「そうか。良かった」
 グレンも笑うと、首を少し動かして目の前に広がる景色を見た。
「それにしても……まるで廃墟だね。この町」
 エストルも顔を上げて大通りを見た。静かすぎる町。人の気配が全くしない不気味な空気。
「やっぱり、誰もいなくなっちゃったのかな」
 この町の正確な情報がずっとつかめなかったのは、おそらくゲートの封印を解いたときからこの町が封鎖された状態になっていたからだ。町を封鎖し、訪れる者にはもうそこにはすでにないそれまでと同じ風景を見せ、旅人たちはそれまでと同じようにパイヤンでの時間を過ごし、それまでと同じように帰っていった。それがヴァンパイアの創り出した幻想だということにさえ気づかずに。
 現実のパイヤンでは、封印を解かれたゲートからは上級ヴァンパイアが送り込まれ、すぐに神殿、そして町の人を吸血し、ヴァンパイア化した。ヴァンパイア化した人が他の人たちを襲い、町にヴァンパイアが溢れる。町が完全にヴァンパイア化したところで、ヴァンパイア化した人たちを町の外に放ち、他の町のヴァンパイア化に貢献してもらう。町に残ったヴァンパイアはこの様子だと殺したのだろう。

次回更新予定日:2017/12/16

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「グレン」
 エストルの腕の中で苦しそうに息をしているグレンを見つけて、ソフィアは心配そうに声をかけた。
「グレンが〈執行者〉を倒してくれた」
 ウィンターが報告すると、ソフィアはグレンの手を握った。
「よくやったわ、グレン」
 グレンは力なくうなずいた。
「回復しましょうか?」
 ルイが心配そうな顔をして聞く。グレンに回復できるだけの魔力が残っているようには思えなかった。しかし、エストルがグレンの代わりに答えた。
「いや。時間がない。それにお前も魔力は温存しておいた方がいい」
 いずれにしてもグレンの魔力を回復しなければならなかった。自然に回復するのを待っている時間はない。ここは敵地で、いつ敵が襲ってくるか分からない。この場所に長く留まっているのは得策ではない。できるだけ迅速に行動することを考えなければならない。
「それにもっと手っ取り早い方法がある」
「エストル?」
 グレンは不敵な笑みを浮かべるエストルが何となく何を考えているのかが分かって、確認するように聞き返す。エストルは何も言わず、ぐいっとグレンの頭を引き寄せて首筋を噛ませた。噛まれて痛みがないはずはないのだが、エストルは眉一つ動かさず、穏やかな表情をしていた。
 これが今できること。
 グレンも少しとまどった。吸血するのはどうしても我慢できないときだけだった。我慢できない状態でもないのに吸血するなんて。だが、これがエストルの言うとおり体の傷と魔力をいちばん効率よく回復できる方法であることは間違いない。グレンはエストルの首筋に噛みついた。
 これが今なすべきこと。
 静かに時間が経過していく。ソフィアは気遣うような表情で見守っていたが、グレンが唇を離すと、気持ちを切り替えてさばさばと言った。
「私たちちょっと待ちを偵察してくるわ。グレンは少し休んでいて」
 すると、ウィンターが振り返って背後に広がる町を見渡しながら言った。
「私は東側から回ろう。ソフィアたちは西側から行ってくれ。神殿の前で合流しよう」
「分かったわ。エストル様」
 ソフィアはグレンを腕に抱いたままのエストルの方に向き直った。
「グレンについていてくださいますか?」
 すると、エストルは軽くうなずいた。
「もちろんだ」
 ソフィアはそれを聞いてにっこり微笑んだ。

次回更新予定日:2017/12/09

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「何だと?」
 自分の魔力が高速で押し戻されて目の前まで接近していた。グレンとウィンターの魔力と同化し、巨大な光の球となってしまった今、〈執行者〉のスピードを持ってしても避けきることは不可能だった。
〈執行者〉の体は光の球と激しい音を伴って衝突して跳ね飛ばされた。後ろにはいつの間にか見えない壁ができていて、〈執行者〉はそこに激突して少し跳ね返ったが、そのまま落下し、壁にもたれかかって座るような姿勢で静止した。
「終わりだ」
 意識が戻る前に胸を剣で刺される。
「ばか……な」
 カーマナイトのコアを貫いていたのは、緑色に光る刃。グレンのヴィリジアンだった。
〈執行者〉は緑色の光に包まれ、光とともに消滅した。剣に刺さった黒ずんだカーマナイトの結晶もやがて消滅した。
「やっ……た」
「グレン!」
 どさりとくずおれるグレンをエストルが走り寄って腕に抱える。傷跡が痛々しいが、倒れたのはおそらく魔力を使い果たしてもう体を支える力さえ残っていないからだろう。
「ありがとう、ウィンター。助かったよ」
 ゆっくりと近づいてきたウィンターに、エストルの腕の中でうっすらと目を開けたグレンは言った。
「間に合って良かった」
 ウィンターとエストルは手こずりながらも魔獣を倒し、グレンの魔力の方向を探しながらやっとのことでここまでたどり着いた。ウィンターの考えていたとおり、グレンは〈執行者〉と戦闘中だった。すぐに魔力がぶつかり合って拮抗している状態であることを見て取ったウィンターは、素速く剣で弧を描き、ありったけの魔力を閃光にしてグレンの魔力にぶつけた。
「〈執行者〉と互角にやり合ったか。大したものだ」
 そのとき、周りの空間がねじれて消えた。そして、曇ってはいたが、光のある世界に戻った。
 辺りを見回すと、しんと静まり返った町がある。人はいない。空も建物も灰色で色彩がなく、生命の気配が感じられない。
「エストル様」
 向こうから声がして、ソフィアたちが駆け寄ってくる。かなり消耗はしているようだったが、三人とも大きな負傷はないようだった。
「良かった。三人とも無事だったか」
 エストルが穏やかな笑みを浮かべる。

次回更新予定日:2017/12/02

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