魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「どういうことだ?」
 何となく嫌な予感がよぎってスイは眉をひそめた。すると、メノウは皮肉っぽい笑いを浮かべて言った。
「昔は採掘して加工していたんだ。でも、もう百年以上も前に魔珠は取り尽くされてしまった」
「そんな。では、今は……」
「君たちと一緒だよ」
 少年のような顔立ちのメノウが悪魔のように口元を吊り上げる。
「人間を〈器〉にして生成するんだよ」
 スイは愕然とした。今、世界でエネルギー源として使用されている魔珠が全て人間の犠牲によって得られたものだったなんて。誰かを犠牲にすることでしかこの世界を維持できないなんて。
「つまり君たちは里と同じ方法で魔珠を手に入れることができりょうになってしまった。厳密に言うと〈器〉になる人の確保の仕方がちょっと違うんだけど、そんなことはどうでもいい。問題はそんなことをされたら、里の存続に関わるってことだよ」
 確かに魔珠の売買はこれまで里が独占してきた。魔珠の売買を独占できたからこそ大国と台頭に渡り合えた。しかし、リザレスにもその技術が知られてしまったとなると。
「見過ごすわけにはいかないんだよ。分かるよね?」
 スイは静かに頷いた。
「僕たちは魔珠の生成方法を知った全ての人たちと関係施設をこの世界から消さないといけない。魔術研究所、リザレス王とその側近、政務室の関係者。マーラルから没収した魔術兵器をクラークで使えば手っ取り早いかな。そうしたら、どうする?」
「そんなことは許さない。全力で阻止する」
 魔術兵器を使えば、おそらくクラークのほぼ全域が被害を受ける。関係のない人たちが巻き込まれ命を落とす。キリトやクラウス家の人々、シェリス、外務室の仲間、他にも生まれ育ったクラークには友人や知人が多く住んでいる。そうでなくても、自ら志願して兵士となったわけでもない一般の民衆が無差別に犠牲になる事態は何としてでも阻止すべきだ。
「そうだよね」
 きらりと光ったものを目が捉え、反射的に右に避けた。痛みを感じて左腕を押さえる。
「避けるとは思わなかった。意外と、信用されていなかったんだね」
 顔を上げると、メノウが血のついた短剣を握っていた。悪い顔をするときの冷酷な笑みを浮かべたままだったが、澄んだその瞳からは涙が一粒こぼれ落ちた。メノウも信じていて欲しかったのだと涙を見て理解し、スイはほっと胸を撫で下ろす。もやもやが晴れた心から穏やかな微笑みがこぼれる。
「信用していなかったら、避け切れていた」
 メノウは一瞬呆然となって、どこか影のある笑顔になる。

次回更新予定日:2020/04/18

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「一通り博士がエネルギーの抽出方法の話をして、最新技術を見せてくれると魔法陣から見たことのない施設に案内してくれた」
「見たことのない施設? どこにあるか見当つかない?」
 メノウが食いついてきた。
「残念だが、さっぱり。マーラルのように研究所の地下の空間かもしれないし、別の場所かもしれない」
「で、あったの?」
「ああ。あった。マーラルよりも高性能と思われる魔術兵器が」
「やっぱり……」
 メノウは目をそらした。スイも目をそらしたかったが、そうしたい気持ちを抑えてメノウの反応をそっと観察する。何も言葉が出てこないようなので、スイから口を開く。
「こんなことになって申し訳ない。私の目が行き届かなかったばかりに」
「ううん。スイは悪くないよ」
 慌ててメノウは首を振った。
「あの輸入量で兵器を作れるなんて考えられない。博士が……うまくやったんだよ」
 そう考えるのは妥当かもしれない。だが、何の慰めにもならない。
「それで、博士はどうやってそれだけのエネルギーを確保したの?」
「人間を……〈器〉にするんだ」
 スイは別の実験室に案内されて魔結晶を生成する工程を見せてもらうことになったことを話した。指名された魔術師の反応、そして。
「スイは〈器〉になったの?」
 メノウの顔が青ざめた。だが、その後の反応は冷静だった。魔結晶ができあがるまでの過程、その後〈器〉に襲いかかる真の恐怖。一通り話を聞き終わったメノウは薄気味悪い笑いを口元に浮かべた。
「そう……リザレスはそんなところまで辿り着いてしまったんだ」
 見たことのない笑い。スイは全ての思考が凍り付いたようになった。だが、すぐにメノウに質問されて無理やり思考を再開するはめになる。
「ねえ、スイ。魔珠ってどうやってできるものだと思う?」
 ずっと里だけの秘密にされてきたこと。だからスイには分からない。それでもこういうものなのではないかとずっと考えていることはあった。
「魔珠は鉱物で、採掘されて宝石のように加工された状態のものなのではないかと創造していたのだが」
「そう。そのとおりだよ。いや。そのとおりだった、という方が正しいかな」

次回更新予定日:2020/04/11

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二週間後。思っていたよりも早くその時は来た。
「メノウ様がお見えになっています」
 帰宅すると、シェリスにそう告げられた。スイはいつもどおり玄関の横の小さな応接室に入った。
「連絡してくれれば港まで迎えに行ったのに」
「あまり用意周到にされたら困るからね。不意討ちだよ」
 やはりメノウはやる気だ。情報の伝え方次第では大変な事態になってしまうかもしれない。動揺を見せないように余裕の表情で微笑んで返しながら気を引き締める。交渉を少しでも有利に持っていくための手段だと分かっていても、メノウを偽りの表情で誘導していくのは気分のいいものではない。
 なぜこんな事態になってしまったのか。
 研究所の動きに気づけなかったことが悔やまれる。
「私の部屋で話す? それとも取引の部屋?」
「取引の部屋で」
 即答だった。スイは心の中でため息をつきながらメノウを案内した。
「どうぞ」
 扉を開けて中に入ると、スイはいつもどおり訊ねた。
「お茶でいいか?」
「うん」
 茶の用意をしながら、スイはいつもどおり雑談を始めた。
「里には帰ったのか?」
「帰ったよ。偉い人たちと会っていろいろ話すことあったし」
 つまりメノウは里の幹部からリザレスへの対応の指示を受けているということだ。スイは話題をそらした。
「ヘキ様には会ったか?」
「うん。会った」
「元気にしておられる?」
「うん。元気そうだった」
 メノウもいつもどおり振る舞っているつもりらしかったが、返答が短くそっけない。余計なことを言わないように注意しているように見える。
 トレイにポットとカップを載せてそのままテーブルに置く。ポットから茶を注いでカップを並べると、スイも席についた。
「じゃあ仕入れた情報を聞かせてもらおうかな」
 スイはメノウと会った翌日、研究所の書庫にレヴィリンの論文を調べに行ったことを話した。書庫でレヴィリンに声をかけられ、研究室に招かれたことまで茶を飲みながら話した。メノウもいつもなら話を始める前から一口飲み出すのに、今日は一切手をつけない。警戒されているのだろうか。

次回更新予定日:2020/04/04

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翌日、確かめておきたいことがあってリザレス国王エトに面会を申し込んだ。エトには魔術研究所で起こったことが全てレヴィリンから報告されていたようで、スイが謁見の間に通されたときも室内は完全に人払いをし、傍らにはレヴィリンがいるだけだった。
 簡単に定型の挨拶を済ませ、スイはすぐに本題に入った。
「魔術兵器開発の件、レヴィリン博士からうかがいました」
「そのようだな」
「陛下」
 スイは顔を上げて毅然とした目つきでエトを見据えた。
「魔術兵器は同じく魔術兵器を持つマーラルを牽制するために開発するよう命ぜられたとうかがいました。ですが、マーラルの兵器はもう里が押収しました。破棄する、もしくは里に受け渡すという選択肢はないのでしょうか」
「ないな」
 横からレヴィリンが口を挟んだ。
「せっかく作ったものをみすみす手放せというのかね、君は」
「ですが、そうすれば、里と今までどおりの関係を続けられます。そして」
 スイは国王の方に向き直って訴えた。
「これ以上誰も犠牲にならずに済みます」
「そのとおりだ」
 意外な答えが返ってきた。
「だが、今すぐというわけにはいかないのだ。間もなくマーラルは魔珠の輸出停止の措置を取られる。そうなればどうなる?」
 キリトとも話した。周辺諸国に侵攻し、略奪することによって魔珠を確保しようとするかもしれない。
「マーラルは優れた魔術部隊を持ち、独自に開発した魔術を駆使して戦うと言われている。戦闘部隊もよく訓練され、魔術兵器がなくとも充分な軍事力があると見ていいだろう。そうなると、魔術兵器は抑止力となりうる」
 うつむいていたが、横で勝ち誇ったような笑いを浮かべているレヴィリンがスイは見える。
 マーラルが戦争を仕掛けてくるのが先か。リザレスが輸出停止を宣言されるのが先か。
 どうなるか分からないが、これがリザレス王の意向だ。リザレスの魔珠担当官である以上、国王の方針を考慮しないわけにはいかない。
「分かりました。最善を尽くします」
 言い残して、スイは静かに退室した。
 数分後、レヴィリンが退室した。廊下をしばらく歩いて曲がると、階段の前でスイが待っていた。
「博士、うかがいたいことがあるのです」
 二人は外務室の近くにある談話室に向かった。

次回更新予定日:2020/03/28

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「スイ、お前がふらふらしていてどうする」
 強い調子だった。スイは涙で濡れた目を見開いた。
「お前は魔珠担当官だろ。お前がどうしたいのか考えて交渉するのがお前の仕事だ。メノウはもうどうするのか決めている。お前も決めて落としどころを探すんだ。そうしないと」
 キリトは優しく微笑んで言った。
「誰も幸せになれないだろ」
 そのとおりだ。豊かな生活ができるようにエネルギー源を確保する。身の安全を確保するために兵器を作る。生活が成り立つように資源を守る。全て誰かの幸せを願ってした行動なのだろう。だが、肝心なのは何なのか。全ての人が平穏な毎日を安心して過ごせる。そうなるように動くべきではないのか。
 不意にスイがくすっと笑った。
「なんだ、その黒そうな笑いは」
「いや、キリトが外務官のようなことを言っていると思って」
「のようなとはなんだ。のようなとは。俺は外務室長だ」
 強い調子で主張して二人でぷっと噴き出す。本当にキリトが側にいてくれて良かった。
「ありがとう、キリト。あまりにも問題が大きすぎて一人では抱えていられなかったんだ」
「だよな」
 二人は申し合わせたわけではなかったのだが、ほぼ同時に立ち上がった。キリトが薬の入った巾着に心配そうに目をやる。
「薬、調合して明日の朝持っていってやるけど、それで今晩の分足りるか? 足りなかったら、今すぐ調合するけど」
「大丈夫だ」
 スイはにこやかに笑った。
「ありがとう、いつも。感謝している」
「分かってるって」
 キリトはスイの肩をとんとんたたいてぎゅっとつかんだ。
「信じてやれよ。メノウのこと」
 一瞬固まったが、すぐに強く頷いた。
「そうそう。友達だもんな」
 満面の笑顔をキリトが浮かべて部屋を出る。二人で廊下を歩いて階段を下りて玄関の扉の前に着く。
「じゃあまた明日な」
「また明日」
 少しでも背負っていた荷は軽くなっただろうか。キリトはスイの真っ直ぐ伸びた背中が遠ざかっていくのを見ていた。月光に浮かぶその影は凜としていて美しかった。

次回更新予定日:2020/03/21

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