魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「〈告知者〉を倒したのか?」
 ウィンターに聞かれてグレンはうなずいた。
「やっと大広間の敵も片づいたけど……」
 ソフィアが心配そうにセレストの顔をのぞき込む。
「大丈夫だよ。しばらくしたら、お目覚めになる」
 グレンが余裕のある笑みを浮かべて言う。ソフィアはほっと肩の力を抜いた。ソフィアが安心したのを見て、グレンはすぐにきりっとした表情になる。
「どうしようか。この先にソードがいると思う」
 すると、真っ先にウィンターが口を開いた。
「同行しよう」
 強い意志の感じられる瞳がグレンを刺す。グレンは毅然とした表情のままうなずいて、エストルの方を向く。
「エストル様は陛下についていてください」
「分かった。大広間の神官たちはどうする?」
 グレンもいつ目を覚まさせようかと考えてはいたのだが、先ほどの戦いで頭の隅の方に追いやられてしまっていた。もう大広間の魔獣たちを倒したので、起こしてしまってもいいかもしれない。
「分かりました。目覚めさせます」
「ならば、ソフィア、リン、ルイで神官たちへの状況説明と神官たちからの情報収集を頼む。私は階段の横の客室を借りて陛下がお目覚めになるのを待とうと思う。神官長にはその部屋に来るよう伝えてくれ。私が直接話を聞く。それから、外敵などが来た場合のことを考えて陛下の警護も手伝って欲しい。もう大丈夫だとは思うが」
 エストルの指示に抜かりはない。
「じゃあ」
 グレンは目を閉じてヴィリジアンの柄を握った。
「目を覚ましてください、神官の皆さん」
「行ってくるわ」
 ソフィアが扉を開け、長い廊下を走っていく。リンとルイが後に続く。
「では、グレン、ウィンター、頼んだぞ」
 エストルはセレストを抱えたままゆっくり部屋を出た。
 グレンを失う恐怖が消え去ったわけではない。だが、圧倒的な力を手にし、全てを託したグレンに無茶はするなとか無事で帰ってこいとは言いづらかった。信頼して全てを託したのだ。ただ信頼して見送りたいとエストルは思った。
「任せて。陛下を頼んだよ」
 グレンは曇りのない笑顔でエストルに言った。
「行くぞ、グレン」
 背後で二人の走っていく音が聞こえる。
 エストルは穏やかな表情で眠っているセレストの顔を見た。

次回更新予定日:2018/03/10

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 すぐにセレストを瞬間移動させ、盾にする。しかし、剣は下りてこなかった。瞬間移動してきたセレストの膝裏に足を絡めてそのまま全力で蹴り飛ばし、一気にヴィリジアンを〈告知者〉の胸に突き刺す。蹴り飛ばされたセレストは教壇から放り出された。
「陛下!」
 階段の下に退避していたエストルは一歩踏み込んでセレストの体を受け止めた。
「まだ、だよ」
〈告知者〉が手を伸ばすと、セレストの全身が赤い光に包まれる。赤い瞳が輝き、素速い動作でエストルが携帯していた短剣を腰から奪った。
「エストル!」
 もう間に合わなかった。短剣は真っ直ぐにエストルの胸を狙った。しかし、短剣の先はエストルの胸に当たると、そのまま突き刺さることなく落下した。少し遅れてどさっとセレストの体が傾く。エストルはしゃがんで、倒れてきたセレストの体を支える。
「陛下、陛下?」
「気を失っておられるだけだと思う」
 いつの間にか横に駆けつけてきていたグレンに気づき、エストルは教壇の上を見た。誰もいなかった。
「グレン……そうか」
 エストルは起こったことを確認するように静かにつぶやいた。
「それよりも、エストル、怪我は?」
 グレンはエストルの胸を見た。少しだけ血がにじんでいるが、浅そうだ。
〈告知者〉はヴィリジアンを刺された後もセレストを操り、エストルの命を狙った。だが、一瞬遅かった。カーマナイトの核が消滅し、魔力が完全に切れる方が先だった。
 エストルは胸の傷口に手を当て、簡単に治療した。セレストを腕に抱えたまま、エストルは辺りを見回した。
「ソードはこの部屋にはいなかったな」
 最後の上級ヴァンパイアである〈告知者〉とムーンホルン侵略の大切な駒であるセレストを護衛すると読んでいたのに。
「でも、やっぱり神殿にいると思う」
「この奥か?」
 エストルはゲートに続く扉を見た。この扉を開けると、屋外だ。周りは海で、広い幅の橋が架かっている。ソードは封印を閉じることのできるセレストが相手の手に渡った以上、ゲートを死守しに来るに違いない。神殿の外にいるとは考えにくい。
「エストル様、グレン!」
 ソフィアが勢いよく背後の廊下から続く扉を開けた。二人が振り返る。
「陛下……」
 エストルが腕に抱えているセレストの姿を見つけてソフィアは歩み寄った。

次回更新予定日:2018/03/03

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廊下を一気に駆け抜け、その勢いで集会室の扉を開けた。
「陛下の御前で荒々しい真似はやめて」
 集会室のいちばん奥の教壇にセレストは座っていた。周りよりも高いところに造られているので、少し距離はあったが、よく見える。そして、その隣には少女、〈告知者〉が立っていた。ロソー城で対峙したときと同じように。
「二度目だな。また空間転移で逃げるか?」
 エストルが〈告知者〉をキッとにらむ。冷静なエストルにしては結構な感情表現だ。すると、〈告知者〉はそれをあざ笑い、一蹴した。
「もう逃げないよ。私たちは守らなくちゃいけないから」
「守る?」
 グレンが半ば怒りに似た感情をむき出しにして、剣を構えた。
「そう。陛下に、守ってもらうの」
〈告知者〉の言葉とともにセレストは光に包まれた。青かったその瞳が赤に染まる。
「陛下?」
「エストル、下がって」
 ただならぬ敵意がセレストの中で煮えたぎっているのに危険を感じ、グレンはすぐにエストルに注意を促した。エストルは素直に従った。
 敵はヴァンパイアだ。
 グレンは目の前に立っているセレストを交わして〈告知者〉を狙った。しかし、振り下ろした剣は〈告知者〉に危害を加えることはなかった。代わりにグレンの剣は、間に入ったセレストの肩すれすれのところで止まっていた。
 そんなばかな。
 セレストは確かに先ほど〈告知者〉に強化魔法をかけられた。それでもこんなに素速く動けるはずがない。
「瞬間移動、させたのか?」
 あと一瞬剣を止めるのが遅れたら、セレストの肩を斬っていた。動揺している。セレストを自分の手で傷つけていたかもしれないと思うと、緊張で過呼吸になり、変な汗が出てくる。それを見て鈴の音のような声で〈告知者〉が笑う。
「陛下は私も守ってくれる。陛下を倒さない限り私は倒せない」
 いかに素速く動いても瞬間移動する人よりも先に動くのは無理だ。瞬間移動など空間を操る魔術は消費する魔力が多いので、術者を消耗させて速度を落としたり魔力を使い果たさせることも可能だが、上級ヴァンパイアなら元々持っている魔力が多いので、魔力を削っていくのに少し時間が必要になる。それに瞬間移動は術をかけられた方の体にも負担がかかる。何の訓練も受けていない普通の人間であるセレストの体に障るようなことはなるべく避けたい。ならば。
「こうだ!」
 グレンは素速く〈告知者〉の背後に回って剣を振り上げる。
「無駄だよ」

次回更新予定日:2018/02/24

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「これ倒してもまた補充されるパターンですよね」
〈告知者〉を倒さない限りは、リンの言うとおりだ。
「集会室に行かないように私たちが足止めするから、先に行って」
「うん。分かった」
 ソフィアに言い残して、グレンはエストルの方を向いた。
「行こう」
「また後で会おう」
 ウィンターもそう言って、扉の前に立ち、剣を振るう。
 グレンはうなずいて扉を開いた。ウィンターが魔獣を追い払ってくれている間にエストルと素速く廊下に出て扉を閉める。
 長い廊下が眼前に広がる。
 ここを抜ければ集会室だ。
「グレン」
 エストルに声をかけられ、グレンは振り向く。すると、エストルは真っ直ぐ集会室の扉の方を力のある目でにらんでいた。
「私は必要であれば自らをなげうっても陛下をお助けしたい」
 その言葉を聞いてグレンはエストルに負けない強い決意をその表情ににじませた。
「僕は何があっても必ず陛下とエストルを守るよ。君が自らをなげうつとしたら、それは僕が斃れてからだ」
 グレンは優しい顔になって微笑んだ。
「国王や宰相を守るのは、王騎士の仕事だから。それに」
 エストルの目をじっと見つめたままグレンは続けた。
「君は大切な友達だから。守りたいんだ。君も、君の大切な人も」
「ならば」
 エストルはにやりと意地の悪い笑いを浮かべた。
「お前自身の身も守ってくれ。私の大切な友人なのだからな」
「うん。分かってる」
 まだここで終わってはいけない。ここでセレストを救出できても上級ヴァンパイアたちを全滅させることができても、ムーンホルン各地にヴァンパイア化したままの人たちがさまよっている。ヴィリジアンの使い手としてまだなすべきことがある。
「よし、行こう」
 目の前に見える扉に向かって二人は走り出した。

次回更新予定日:2018/02/17

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リンは全員大広間の方に行ったことを確認すると、広範囲に攻撃魔法を放ち、一気に外の魔獣を全滅させた。すぐに剣を握りしめ、大広間に突入する。
 ウィンターはバッサバッサと敵をなぎ倒し、前進していく。眼前に善戦するエストルの姿を見て、敵を斬りながら苦笑いを浮かべる。
「素晴らしい動きだな。実戦慣れした戦士のようだ」
 すると、エストルも大きく剣を振って答えた。
「実戦経験は皆無だ。ただイメージしていた感じとだいたい一致している」
「大した想像力だ」
「宰相はこのように現場に来ることはほとんどないからな。現場から来た者たちの報告を聞き、正確なイメージをすることは大切なんだ」
 近くにいた最後の魔獣を斬りながら、エストルは言った。
「これも全部グレンのおかげだ」
 二人はグレンの方を見た。グレンは大広間から廊下につながる扉の前でやはり最後のヴァンパイアに剣を振るっていた。
「グレンは天才だったから、士官学校にいた頃から実に多様な技や魔術をものにしていた。お目にかかったことのない技もよく飛び出した」
 エストルは奥の扉の方に向かって歩き出した。
「実技でトップの成績を修めるには、そんなグレンの次の動きをイメージする力が不可欠だった。それでもこちらの技術が追いつかなくて、結局勝てなかったが」
「どうかしたの、エストル?」
 エストルの気配に気づいて、グレンがヴィリジアンを持ったまま振り返る。
「いや、お前には感謝している」
 怪訝そうな顔をされるのではないかと思ったが、グレンはにっこり笑って返した。
「僕もだよ、エストル」
 ほほえましい光景を見て、ウィンターは口元を緩める。
 ソフィアたちの方を見ると、ちょうど魔物たちを片づけ終わったところだった。
「進みますか?」
 ソフィアが向こうの方から大きな声で聞いてくる。
 そのときだった。上から大量の魔獣が降ってきたのだ。
「どこから湧いてきたんだ!」
 天井に異常があるわけではない。
「空間転移か」
 それしかない。〈告知者〉の仕業だ。
「無視して先に進んでも良さそうだけど、これが集会室になだれ込んだりすると厄介ね」
 ソフィアが言うと、ルイが剣を構えた。
「それに浄化した神官たちが倒れています。危害を加えさせるわけにはいきません」

次回更新予定日:2018/02/10

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