魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「陛下!」
 王騎士グレン。そして、その一歩後ろには宰相エストルが控えていた。エストルはセレストの横に少女がいるのを見て少し意外だったようだが、すぐに状況を理解し、ゆっくりと前に出た。
「陛下、その少女を我々に委ねていただきたいのですが」
「断る」
 即答だった。エストルの予想どおりだった。
「では、陛下を拘束させていただきます」
 エストルの言葉を聞いて、待っていたようにグレンが動き出そうとすると、少女がにやりと笑った。
「それは困るなあ」
 少女とセレストは一瞬にして消えた。阻止する時間もなかったが、阻止しようとも思わなかった。
「どこかに瞬間移動したみたいだね。良かったのかな?」
 グレンがエストルに聞いた。
「おそらく上級ヴァンパイアたちは今までどおり作戦を続けるつもりだと思う。私やお前、そしてソフィアを失ったが、拠点を変えてソードとヴァンパイア討伐を進め、ムーンホルンを壊滅させるつもりだろう」
 エストルは溜息をついた。
「あいつらはまだ陛下を利用するつもりだ。だが、利用されている間は、危害を加えられることはない。ここで無理やり操られている陛下を拘束して相手がどう出るかで頭を悩ませるよりもこの方がやりやすい」
「そうだよね。僕もそう思った」
 エストルも同じように考えていたと分かってグレンは安心した。そのとき、間隔の狭い足音が近づいてくるのに気づいた。
「エストル様!」
 ソフィアたちだった。今やっと結界が解けたということだろうか。ということは、結界を張っていたのは、〈追跡者〉ではなく、〈告知者〉だったということになる。
「ご無事でしたか。陛下は?」
 エストルが答えようとすると、グレンが先に口を開いた。
「エストル様、一度部屋に戻らせていただいてもよろしいでしょうか?」
 平静を装っていたが、エストルはすぐにグレンの異変に気づいた。
「分かった」
「後でまた来ます」
 グレンはそのまま謁見室を出て廊下を走っていった。

次回更新予定日:2017/01/14
 
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「上級、ヴァンパイアが……」
〈追跡者〉は跡形もなく消滅した。あんなに強かった上級ヴァンパイアがヴィリジアンにコアを傷つけられただけでその存在さえ絶たれた。
 まだ実感が湧かなかった。しばらくこの場所に留まってこの状況をはっきりと認識したかった。だが、まだやるべきことが残っていた。グレンはエストルの方に歩いていった。
「陛下を探しに行こう」
 グレンはエストルの前に屈み込んでいたずらっぽく尋ねる。
「走れる?」
 しかし、エストルは真剣な表情で返した。
「お前こそそんな体で大丈夫なのか」
「分からない。でも、行かなくちゃ」
 グレンはエストルの体を治癒した。〈追跡者〉による魔術の影響でぐったりしていた体がかなり楽になった。
「お前の体も魔法で治せればいいのだが」
「残念だけど、拒絶反応自体は治せるような性質のものじゃないから。どうするかは後で考える」
 毅然と言い放つと、グレンはエストルの手を取った。
「行こう」
 エストルは力強くうなずき、勢いよく床を蹴ってグレンの後から走っていった。

 セレストは謁見室の玉座にいつもどおり座っていた。横には少女が一人、控えていた。
「〈追跡者〉の気配が消えたよ」
〈告知者〉だった。
「どういうことだ?」
 セレストは眉をひそめる。
「消滅したっていうこと」
「〈追跡者〉を失ったということか?」
「そうだよ。ソードも、〈追跡者〉も、ヴィリジアンの確保に失敗したってことだね。もうすぐここに来るよ」
〈告知者〉はグレンたちの行動を予測していた。
「どうする?」
 セレストは少女に尋ねた。
「二人の出方を見てから決めようかな」
「任せた」
 セレストはそう言って肩の力を抜こうとした。そのとき、扉がばたんと開いた。

次回更新予定日:2017/01/07

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〈追跡者〉の強さはその圧倒的な素速さだ。先ほどのように一振りでは振り払えないようにより重い攻撃力の魔法を最大限のスピードで連続して繰り出した。だが、グレンは全く怯む様子なく、そのスピードについてきて、完璧に全ての攻撃をヴィリジアンに吸収させた。
「速い……」
 横で見ていたエストルが息を呑む。そのときだった。グレンが胸を押さえて悶えだした。
「まだ私の血が完全に受け入れられていないようだな」
 すぐに先ほど吸血した血に対する拒絶反応だと察し、〈追跡者〉はその姿を面白がるように眺めた。そして、眺めながら手だけを素速く横に動かして一撃放った。攻撃はエストル目がけて真っ直ぐ飛んでいった。だが、その攻撃はエストルには当たらなかった。息も絶え絶えのグレンが前に突き出したヴィリジアンに吸収された。グレンは軽く突き飛ばされ、エストルにぶつかった。エストルは後ろからグレンの体を抱き留めた。苦しそうな呼吸が全身を通して伝わってきてエストルは動けなくなった。痛々しくてかけてやる言葉も出ない。
「防いだか。エストルを失い、狂う夢が現実になる絶好の機会だったと思ったのだが」
 グレンは呻き声しか返せなかった。このままでは戦えない。苦痛を是が非でも封じ込める必要がある。自分の体の状態が分からなくなるのは怖かったが、グレンは苦痛の感覚を遮断した。
「グレン……」
 すっと苦しそうだった表情が退いていくのを見て、エストルはすぐにグレンのしたことを理解した。
 もういい。やめてくれ。
 今度こそ声に出して言いたくなるのを必死で堪える。
 グレンは立ち上がって〈追跡者〉にヴィリジアンで襲いかかる。〈追跡者〉は魔術で光の剣を作り出してそれでグレンの一撃を受け止めた。この狭い空間では攻撃魔法よりも剣の方が確実に危険なく相手を仕留められると判断したらしい。素速さは相変わらずなので、攻撃手段が剣に変わったからといって手強い相手であることには変わりないのだが。
 二人は交差したまま動きの止まった剣を離し、再び交えた。素速く繰り出される〈追跡者〉の攻撃をグレンは光の弧を描きながら正確にはねのける。
「私の血を取り込んでまた強くなったようだな」
 グレンもそれは感じていた。体が不思議なくらい軽い。〈追跡者〉のスピードに全く後れを取る気がしない。それどころかほんの一瞬の隙さえ見つければ、自分の方から仕掛けているような気がした。グレンはそのタイミングを剣を裁きながらじっと待った。必ず来る。
 来た。
 少し甘い一撃が来た瞬間を捉えて、力いっぱい剣を払いのける。〈追跡者〉がバランスを崩した一瞬の隙を突き、グレンはヴィリジアンを真っ直ぐ〈追跡者〉の胸に刺した。〈追跡者〉は緑色の光に包まれた。光は少し膨張して小さくなっていき、最後には消滅した。ヴィリジアンの剣の先には黒ずんだカーマナイトの結晶が刺さっていた。上級ヴァンパイアのコアであったものだ。ヴィリジアンの刺さった場所のひびから亀裂が入り、カーマナイトが砕け散った。

次回更新予定日:2016/12/31

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「それでいい……」
 さらさらした髪に触れていたエストルの指が力を失って離れていく。満たされる。心も体もエストルの温かい血で。意識を失ったエストルを支えながらもなおも吸血していく。背後から〈追跡者〉の勝ち誇ったような笑いが聞こえた。
「どうだ、夢が現実になった感じは?」
 グレンはエストルの傷口から魔力を送り、牙の痕を消した。そして、そっと座らせた。鞘から剣を抜くと、一気にエストルに斬りつけた。
「何?」
〈追跡者〉は予想と異なる展開に驚きを見せた。一瞬の迷いもなかった。一瞬の迷いもなくエストルを斬った。刃はエストルの皮膚には触れていなかった。エストルの胸から血ではなく、赤く光る粉末が飛び散った。それは砕け散ったカーマナイトの結晶だった。
「夢は夢。現実は、この手で動かす!」
 グレンは〈追跡者〉の方に振り返って剣を構え直した。目は真っ直ぐ〈追跡者〉を見据えたまま、グレンは優しくエストルに声をかけた。
「目を覚ましていいよ、エストル」
 エストルは目をゆっくりと開けた。そのとき、やっと〈追跡者〉がソードからの報告を思い出した。
「そうか。ヴィリジアンはお前の手にあったんだな」
 一度ヴァンパイア化した人間の体内に流れ込んだカーマナイトの成分を浄化して元の人間に戻すことのできる唯一の剣、ヴィリジアン。その剣がヴィリジアンの瞳を持つグレンの手に握られている。
「ちょうどいい。お前を倒してヴィリジアンをいただこう」
「ヴィリジアンは僕を相棒として選んだ。もう誰の手にも渡らない」
 不敵な笑みを浮かべた〈追跡者〉にグレンは毅然と返した。
「行くよ、ヴィリジアン」
 声をかけると、それに反応するように緑色の石が光る。
 最初に仕掛けてきたのは〈追跡者〉だった。グレンは周囲に被害が及んで壁や天井が崩れたりしないように結界を張った。
「こんな狭い場所じゃ使える技も限られてくるね」
 立て続けに放ってきた細かい高速の光弾を全てヴィリジアンの一振りで吸収したグレンが余裕の笑みを浮かべる。モーレで対戦したときのように大きな爆発を起こすような魔法の使い方をすれば、この狭い空間では自分も巻き込まれる。結界は魔力を跳ね返すため、流れ弾が当たってそのまま消滅しなければ、魔力の強さによっては反射して自分の方に跳ね返ってくる可能性もある。
「派手な演出だけが技術ではないということを見せてやる」

次回更新予定日:2016/12/24

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「生血が欲しくてたまらないだろう。もうソードから吸血してだいぶ経つはずだからな」
「吸……血?」
 壁に立ったまま寄りかからされている状態のエストルが聞こえないほど小さな声でつぶやく。肩をつかんだままのグレンは目をぎゅっとつぶって下を向いている。
 抑えられない。今すぐにでもエストルの喉元に噛みついてしまいそうだった。夢の中と同じように理性が利かなくなってきている。
「エストル……」
 グレンはエストルを見つめた。エストルは怯えた目をしていなかった。驚いたような目をしていなかった。いつもの冷静な目でもなかった。疲れ切ったような、何かを諦めてしまったような目だった。抵抗する気はないようだった。
 鈍い音がした。
「何?」
 グレンの手を離れたエストルの体はそのまま壁伝いに倒れて、壁にもたれかかって座る姿勢になった。驚いたのは〈追跡者〉の方だった。
 グレンは〈追跡者〉の首筋に噛みついていた。だが、驚いたのも束の間、〈追跡者〉はグレンを振り払うことはせず、にやりと笑った。
「マスターヴァンパイアの血を吸ってただで済むと思っているのか」
 そう言われた瞬間、飲み込んだはずの血が逆流してきた。体がヴァンパイアの血を拒絶している。このままだとせっかく飲み込んだ血を全部吐き出してしまう。グレンは口を塞ぐように再び〈追跡者〉の首筋に食らいついた。そして、強引にその血を飲み込んだ。
「何、だと」
 グレンは苦しくなって〈追跡者〉の体を放り出し、もがき始めた。その姿を〈追跡者〉は楽しそうに眺めた。
「ほう。人間が純粋なマスターヴァンパイアの血を取り入れるとこうなるのか」
 足りない。まだ足りない。
 グレンはもがきながらも〈追跡者〉の喉元目がけて飛びかかろうとした。そのとき、エストルが後ろからグレンの腰に手を回し、ぐいっと自分の方に引っ張った。グレンはそのままエストルを背に壁に引きずられた。
「もういい。やめてくれ、グレン」
 苦しそうな声でエストルが言う。
「私の、血を吸え」
 エストルがグレンの右手を握り、腰に携帯している剣の鞘に導いた。グレンは苦痛のため息を切らしながらもエストルの言葉を理解した。
 エストルは気づいている。
 グレンは迷わず振り返ってエストルの喉元に牙を突き立てようとした。すると、先にエストルがグレンの頭を引き寄せ、首筋を噛ませた。エストルは少しいたそうな表情をしただけで声を上げなかった。グレンは構わず血をすすり始めた。

次回更新予定日:2016/12/17

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