魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「こっちはどう? 問題ない?」
 グレンは南西部の城壁を巡回していたクレッチに声をかけた。
「はい。異常なしです」
「もう体調は大丈夫なの?」
 グレンが聞くと、クレッチは明るく笑って返した。
「はい。もうすっかり元気です。ご心配おかけしました」
「それなら良かった」
 グレンも笑顔になる。
「グレン将軍、ずっと城の周りを回っておられるのですか?」
「いや、別にずっとってわけじゃないけど。できるだけと思って」
「少しは体を休める時間も取ってくださいね」
「うん。ありがとう」
 グレンの配下の兵士たちはクレッチに限らず本当によくグレンのことをよく気遣ってくれる。今まで遠征の任務が多くてずっと一人でいたせいで忘れかけていた感覚だ。城にいるときのこの仲間たちの暖かな雰囲気が心地よい。
 幸い何も起こらず三日が過ぎた。グレンはセレストに呼び出され、謁見室に向かっていた。
「久しぶり、グレン」
 後ろから声をかけられて振り返る。
「ソフィア。帰ってきたんだ」
「さっき戻ったばかりなの」
「そうか。お疲れ様。今回も遠かったね」
「そうね。何だかお城の空気が懐かしい感じがするもの」
 たわいない話をしているうちに謁見室に到着した。ソフィアは手短にヴァンパイア討伐の報告を済ませた。
「それでは、次の任務を命ずる」
 セレストはすぐに話を切り出した。
「グレン」
「はっ」
「城の警備をソフィアと替わって、スアという町に行け。町がヴァンパイア化したらしい。直ちにヴァンパイアを討伐せよ」
「はっ」
 憂いがよぎって一瞬返事が遅れる。だが、もうセレストもそんなグレンになれてきたようで、あまり気にもせず、続けた。
「今日中にソフィアに引き継ぎをするように」
「分かりました。会議室をお借りします」
 グレンとソフィアは謁見室を出た。

次回更新予定日:2016/09/03

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上級ヴァンパイアは強い。本当に何か目的があるのなら、どのような手段を用いてでも城に侵入する。その力を持ってすれば、強行突破することだって不可能ではない。
「もちろん全力は尽くす。だが、覚悟は決めた。もしヴァンパイアが城に侵入してきたら、これまで築いてきたことが一瞬にして崩れる。全く違う道をまた一から模索しなければならない」
「エストル、何を……?」
 訳が分からなくなってグレンが顔を上げる。エストルの言葉の真意を汲み取ろうと五感を研ぎ澄ますが、何も見えてこない。
「それでも、失ったものは必ず取り返す」
 こんなにエストルが自信のなさそうな発言をしたのは初めてだ。だが、全てを吐露してしまったエストルはどこかほっとした様子だった。
「何かを失ってもそこで立ち止まらないで欲しい。そこが出発点だと思ってまた歩き始めるんだ」
「何言ってるの? エストル、なんか変だよ」
 まるでこれから起きることを全部知っているような。
「何なの? ヴァンパイアにひれ伏して要求を全て受け入れるつもり?」
「諦めるつもりはない。だが、奴の実力もお前もよく知っているだろう。だから、必要になったとき、思い出して欲しい」
 エストルにはグレンに見えていないことが見えている。だが、今はまだ言えないのだろう。いずれ明かされる時が来る。不安で仕方がないが、どうすることもできないのだろう。
「エストル、何だかよく分からないけど、君を信じる。今の僕にはそれしかできないけど」
 全てを明かしてもらって少しでも支えになることができたらいいのに。
「ありがとう、グレン。私もお前を信じている」
 グレンは曖昧な微笑みを浮かべた。不安感は拭えないが、今はエストルに信頼されることがただ嬉しかった。それが何よりも前に進む力になるような気がした。どのような未来が待っているのかグレンには分からなかったが。

 翌日から城周辺の警備が強化された。
「問題はなさそうですか、ドマーニ隊長」
 南門で部下たちに指示を与えるドマーニを見つけてグレンは声をかける。
「はい。滞りなく進んでいます。特に異常もないようですな」
「そうですか。引き続きよろしくお願いします」
「了解です」
 グレンはそのまま城壁の上を歩いて行った。時々立ち止まって城壁の外側の景色を眺める。青い空が広がっていて特に変わったところはない。

次回更新予定日:2016/08/27

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会議が終わったのは、ちょうど日没の頃だった。すっかり書き込みだらけになった城の見取り図を抱えて執務室に向かうと、ちょうどエストルが出てきた。
「終わったか?」
「あ、はい」
 エストルはゆっくりと執務室に鍵をかけた。予定されていた公務は一通り終わったのだろう。
「遅くまでご苦労だった。部屋で聞こう」
 グレンはエストルの後ろを黙ってついていった。部屋に入って鍵を閉めると、エストルはグレンの手から見取り図を取って、さっさとテーブルに広げた。
「さあ、聞こうか」
「う、うん」
 グレンは抜けているところがないか確認しながら、エストルに城の警備案を説明する。各方面の人員の配置、パトロールの経路や方法。非常時の各部隊の対応についても細かく決めた。エストルは見取り図を見つめながら、静かにそれを聞いていた。
「これで行こうと思うんだけど」
 グレンは心配そうな顔をしてエストルの鋭い瞳をのぞいた。エストルは顎に手を当てたまま黙っている。グレンも目を伏せて押し黙った。
「グレン」
 やがてエストルが口を開く。
「お前が今、何を考えているか当ててやろうか」
 グレンはびくっとして目をそらした。
「嫌だ。やめて、エストル。言葉にしたら……」
 全てが壊れる。だが、エストルは無視して続けた。
「これだけ警備を強化しても、その気になれば容易く侵入されてしまうのではないか、そう考えているんだろう」
「そんなことは……侵入を許すような警備案は王騎士として出せない」
 険しい目つきでエストルをにらむ。だが、エストルはつかつかと歩み寄ると、その手をグレンの肩に載せた。
「こんなところで意地を張るな、グレン」
 グレンはがくんと肩を落とした。
「私も、そう思っている」

次回更新予定日:2016/08/20

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「今のお前なら、追い返すことくらいはできると思う」
「とにかく城に入れないようにしっかり周囲の監視をすることだよね」
「同じ意見だ。城壁の外側で叩くのがいい。お前が駆けつけるまでの時間程度なら兵士何人かで結界を張るなりして時間を稼げるだろう」
「そうだね。やってみるよ」
 ソードに後押ししてもらって少し自信がついた。やはりソードのような経験豊富な戦士にそう言ってもらえると安心する。
「ソードも気をつけて」
「ありがとう」
 二人は別れた。再会の形を想像することもなく。

 グレンはクレッチとデュランを執務室に招いた。外出することが多いため、あまり使うことのない執務室だ。非常にシンプルな作りで、飾り気もない。魔道書、戦術書、歴史書などといった本が収まっている本棚があることだけが特徴だ。
「部隊長たちを集めて欲しいんだ。城の警備について相談したい」
「会議ですね。集まり次第、お呼びします。しばらくここでお待ちになっていてください」
 小一時間ほどで二人がグレンを呼びに来た。グレンは城の見取り図を持って会議室に向かった。
「将軍自ら知恵を貸していただけるとは。心強い限りです」
 南門の部隊長を務めるドマーニが最初に口を開いた。白髪交じりの老練な部隊長である。
「城壁を見張る兵士の数を通常より増やしたいんだ。どれくらい回せるかな」
 各部隊長の回答を聞いて少しずつ整理していく。どの場所にどのように配置するか。城壁だけは手薄になる箇所がないようにしなければならない。会議が始まったときは全員席についていたはずだったが、もう座っている者はいなかった。全員真剣な表情で見取り図を見ながら議論を交わしていた。
「どうだ、良い案は出たか?」
「エストル様!」
 突然の宰相の登場に一同驚いた様子だったが、グレンはすぐに落ち着いた表情に戻ってエストルを招き入れて席を用意しようとする。椅子に手をかけると、その上にエストルが手を載せた。
「いや、このままでいい。少し様子を見に来ただけだ」
 一緒にテーブルの前に立ち、これまで出た案をまとめながら、エストルに説明してみる。出席者全員の理解の確認の意味もあった。
「何かお気づきの点があれば」
「そうだな」
 城の構造を知り尽くしたエストルが明晰な頭脳で細かい修正を加えていく。室内に感嘆の声が上がる。
「これで検討してみてはいかがだろうか。まとまったら私のところに報告しに来てくれ。こちらの方でも把握しておきたい」
 エストルはそう言って会議室を去った。

次回更新予定日:2016/08/13

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「分からない。けど、クレッチの記憶をのぞいたって」
 ソードはしばらく無言のまま考えているようだったが、謁見室の扉の前まで来ると、立ち止まって呟いた。
「最初からクレッチがターゲットだったのか、城の兵士だったら誰でも良かったのか、それともただの戯れだったのか、そもそも他に目的があったのか。全く分からんな」
 扉が目の前で開く。二人は揃った足並みで静かに玉座の方に歩いていった。ぴたっと止まって跪くタイミングにも全くずれがなく美しい。
「急な呼び出しになってすまない。上級ヴァンパイアの出現を受けてエストルと次の任務について相談したのだが」
 セレストはまずソードの方を向いた。
「ソード、アウグスティンにヴァンパイア討伐に向かえ」
「はっ」
「そして、グレン」
 セレストはグレンの緑色の瞳をのぞき込んだ。
「昨夜、森に上級ヴァンパイアが出現したそうだな」
「はい」
 エストルがちゃんと報告してくれているようだ。
「何が狙いか分からないが、森だけでなく城の内部に侵入してくる可能性もなくはない。念のため、しばらく城に残って警備を強化してもらいたい」
 エストルの考えていることが当たっているようであれば、グレンがいない方が安全なような気もしなくもないが、城の内部に潜り込んで何か行動を起こそうとしているというのは十分考えられることである。ソードが推測したように、単に城の内部の状況を知るために一兵士であるクレッチの記憶をのぞいたのが、たまたまグレンの部下だった、という線も捨てきれない。
 話が終わると、二人は謁見室を出た。
「アウグスティンか。今回は遠いね」
 ソードがヴァンパイア討伐を命じられたアウグスティンは、ムーンホルンの南西部に位置する。国土が若干縦長で、城のある王都ロソーが中心よりも北東部に位置することを考えると、かなり距離のある町と言える。
「長旅になりそうだ。しっかり準備しなくては」
 いつもどおりの淡々とした口調でソードが呟く。
「城は頼む」
「うん」
 覇気のない返事のグレンの横顔をソードはちらっと見た。
「不安なのか? いや。不安だろうな」
 実際、上級ヴァンパイアが現れても打つ手がある気がしない。

次回更新予定日:2016/08/06

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