魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「こんにちは。セシルも元気そうで何よりだ」
 挨拶しに来たセシルの頭の上に大きなてのひらを載せる。すると、マノンがスイの腕を引っ張った。
「ねえ、剣のお稽古」
「マノン、スイはキリトと大事なお話があるから、また後でお願いしましょう」
「いえ、構いませんよ」
 かがみ込んで諭すアリサにスイは笑いかける。
「いいだろ、キリト」
 すると、キリトも笑った。
「ああ。話は後でゆっくり聞こう。それにしても、どっかで聞いた台詞だな。誰に似たんだか」
 エミリのことか、と思いながらスイも苦笑する。
「セシルも来るだろ」
「はい」
 それまで礼儀正しく振る舞っていたセシルが子どもらしい満面の笑みを浮かべる。
「では、行こうか」
「ごめんなさいね、来たばかりなのに」
 五人は中庭に向かった。

 夕食後、しばらく談笑していると、子どもたちが目をこすり始めた。
「今日はそろそろ寝ましょうか」
「うん。寝る」
「じゃあみんなにおやすみ言って寝ましょう」
 二人は近くに来て眠そうな目で言った。
「おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
 スイは三人を戸口まで送りながら、アリサの耳元でささやいた。
「お話があるので、後ほど」
「分かったわ」
 アリサは子どもを寝かしつけて戻ってきた。
「何か分かったの?」
 落ち着いた表情で訊ねながら空いていたソファに座り、話の輪に加わる。スイは事務的な口調で話し始めた。
「あなたの見張りをしている者が動きを見せたので、尾行しました」
「そんなことだろうと思っていたよ」
 横からキリトが口を出す。やはりちゃんと分かってくれていたようだ。

次回更新予定日:2019/10/26

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「そうか。港か門まで送ろうか」
「ううん。いいよ」
 断られそうな気はしていたが、メノウの表情に気づかない振りをしていつもどおり穏やかな笑顔で訊いた。それがかえってつらかったのか、メノウは申し訳なさそうに言った。
「さっきは尾行の邪魔しちゃってごめん」
 スイは静かに首を横に振った。
「気をつけて」
 戸口でメノウを送ると、スイはすぐに家の中に入ってシェリスに伝えた。
「キリトの家に戻る。夕食に誘われているんだ」
 メノウと話していた部屋に戻って軽く片づけを済ませ、スイはクラウス邸に向かった。

 クラウス邸の前に来たときには、午後四時半頃になっていた。
 やはり先ほどの魔術師が戻ってきてクラウス邸を見張っている。
 スイは扉の前に着くと、チャイムを鳴らした。
「待っていたよ、スイ。もうアリサたちも来ているんだ。入って」
「セシルとマノンに会うのは随分久しぶりだな。元気にしていたかな」
 キリトが出迎えた。スイが話している途中で扉が閉まった。スイは大きくため息をついて笑う。
「何の小芝居だよ」
「門から少し距離があるからあんまり聞こえないとは思うけど、念のためな」
 先ほどスイが来たときには見張りはいなかったから、アリサと同じようにあたかも以前から夕食会に招待していたかのように振る舞ってみた。
「つき合わされる身にもなってみろ」
「お前はそういうの得意だろ」
 そんなやりとりをしていると、横からマノンが飛びかかってきた。スイは余裕のある動きで抱き留める。
「スイさん!」
「久しぶりだな、マノン」
「スイさん、剣のお稽古しよう」
「こら、マノン」
 アリサがセシルと姿を見せる。
「いろいろありがとう、スイ」
「こちらこそありがとうございます」
 リスクを冒してまで情報を伝えてくれた。アリサ夫婦には感謝してもしたりない。
「こんにちは、スイさん」

次回更新予定日:2019/10/19

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「その理論を使うと、リザレスの輸入量でも充分に開発ができるんだ」
「どうやって?」
「方法はいろいろある。どんな方法でやっているのかまでは分からない。もっともそれを調べたくて来たんだけど」
 今度はスイの方が少し考え込んだ。何秒かの沈黙の間に情報を整理し、スイはやっと口を開いた。
「その調査、私に任せてもらえないか?」
 メノウは顔を上げた。
「研究所に出入りするにも時々利用していて身分のはっきりしている私の方が動きやすい。それに」
 スイはきりっとした目でメノウを見つめた。
「失踪した知人はリザレスが兵器を開発していることを示す資料を見たらしい」
「じゃあ、その人は」
「口封じのために連れ去られたのかもしれない」
 驚いたような表情をしていたメノウだったが、すぐに冷静になってスイの目を真っ直ぐ見た。強い眼差しだった。
「分かった。君に任せよう」
 すると、スイはにっこり笑った。
「ありがとう」
「信じてるよ」
 メノウも笑顔になる。
 この笑顔のためにがんばろうと誓った。ずっとそうありたいと願ってきた。
 今回も力になりたい。メノウのためにできることがあるなら、何でもやってのけたい。
「泊まっていくだろう?」
 席を立ちながら、いつものようにスイは訊いた。訊いたというより確認したつもりだった。だが、メノウは首を横に振った。
「今日は君に話を聞こうと思って寄っただけなんだ。今聞けるだけの情報は聞けたから、今日はもう帰るよ」
 初めてだった。メノウが泊まっていかないなんて。笑顔を浮かべているが、どこか影がある。何か努めて距離を置こうとしているように見える。あくまでもメノウは里の人間、スイはリザレスの人間。調査の結果や成り行きによってはリザレス、あるいはスイに厳しく対処するように求められる。先ほどの「信じてる」はメノウにとって願望なのかもしれない。
 裏切りたくない。メノウの期待を踏みにじるような真似はしたくない。メノウの支えになりたくて魔珠担当官になったのだから。

次回更新予定日:2019/10/12

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自宅に戻ると、いつもどおりシェリスが迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。おや、お二人ご一緒で」
 シェリスが扉を閉めると、メノウが口を開いた。
「実はさっき一回ここに来て君が出かけてるって聞いて町に出たんだ。荷物もシェリスに預けてあるんだ」
「そうだったのか」
 いつもの魔珠の取引や情報交換に使う部屋にメノウを迎える。二人示し合わせたようにソファに腰かけると、スイが早速切り出した。
「で、どちらから質問しようか」
「君からでいいよ」
「では」
 なんとなくスイもその方が良いような気がしていたので、遠慮なく訊ねた。
「なぜ魔術研究所に?」
 質問の内容は予想していたはずだと思ったが、なぜかひと呼吸置いてからメノウは話し出した。
「実は」
 メノウの表情が曇る。
「リザレスが魔術兵器を開発しているんじゃないかって疑いがかけられているんだよ」
 驚いた。もう里は事態を把握している。
「それで君と話したいと思ってここに来たんだけど、出かけているって聞いて。ここで待っているよりも少しでも情報が仕入れられるかもしれないと思って」
 なるほど。行動派のメノウらしい。
「君は?」
「知人が失踪して。知人宅の周辺を見張っていた者を尾行していたら研究所にたどり着いたんだ。それで所内に監禁されているのではないかと思って探っていたんだ」
 話す情報を瞬時に取捨選択して、スイは適切と思われる情報だけを提示した。
「失踪? その人、どういう人なの?」
「政務室の人間だ」
 メノウは何か火投げ込むようにしていたが、スイがそれを遮った。
「メノウ、リザレスの輸入量ではどうやっても兵器を作ることは不可能だ。それでも疑う理由は何だ?」
「レヴィリン博士の『魔珠から効率的にエネルギーを抽出する方法』。理論くらいは知ってるよね」
「魔珠を溶かす魔法水の濃度を上げると、抽出できるエネルギー量が増える」
「そう。それ」
 レヴィリン博士を天才と言わしめた論文。この技術によって一つの魔珠から抽出できるエネルギー量が一割ほど上がった。貴重な魔珠という資源の消費量が大幅に節約できたことは輸入国のリザレスにとってだけではなく、資源が無限ではない以上、長い目で見れば輸出する里にとっても、そのメリットは大きい。

次回更新予定日:2019/10/05

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「これは失礼いたしました、お嬢様」
 まだ四歳なのにちゃんとレディ扱いしてエスコートしろということか。なかなかのおませさんだ。しっかりしている。アリサも小さい頃はこんな感じだったのではないかと勝手に想像してスイはくすっと笑った。
 キリトが手を差し出すと、当たり前のような顔をして手をそっとおいて何の躊躇もなく飛び降りた。
「よく来てくれたね」
 マノンの頭も同じように撫でてやると、すっかり機嫌を直したらしく、笑顔になった。すぐに姉にも手を差し出す。
 尾行は突撃していく気配はない。
「おじいちゃんとおばあちゃんも待ってるよ」
 二人の子どもと手をつないだキリトの後ろ姿を見送る。家の中に四人が入ると、見張っていた人影が動き出した。スイは尾行することにした。
 黒いローブをまとった尾行の魔術師は、アリサの家の方には戻らなかった。大通りを横切ると、そのまま小さな通りを何度も右左折した。魔術研究所の方向でもない。大通りからはどんどん離れていく。やがて人通りのない場所に同じような黒いローブの魔術師の姿を見つけて、アリサがクラウス邸に移動したことを報告する。そのまま二人は別れ、尾行の魔術師の方は来た道を戻り始めた。
 スイは方向を受けた方の魔術師に尾行の標的を替えた。思ったとおり、魔術研究所にたどり着いた。
 魔術研究所には、平日の昼間は部外者も訪れるため、他の施設と同様に守衛が入口にいて、その場所で受付をして入る。特に図書室や資料室は一般にも開放されていて、研究所以外の魔術師や学生が多く利用するため、入口の扉は開いている。だが、今日は休日だ。守衛はいない。おそらく施錠されていて、用のある関係者が持っている鍵を開けて入ることになっている。
 魔術師は門から敷地内に入った。門には鍵がかかっていない。すでに研究所内に一人がいるということだ。魔術師が中庭の中央付近に差しかかった頃合いを見て、スイは門のすぐ横に誰かを待っているような振りをしてもたれかかる。通り側には人の気配はないが、念には念を入れておく。
 建物の入口に来ると、魔術師はそのまま扉を開けて中に入っていった。鍵はかかっていないらしい。スイはそのまま壁の外側を走っていった。建物の横に差しかかったそのときだった。違和感を覚えてスイは立ち止まる。
 結界?
 建物の壁に結界が張り巡らされている。夜間や休日に研究所の前を通ったこともあったが、今までこんなことはなかった。平日も結界が張られている場所はあるが、それは部外者が付き添いなしで立ち入ってはならない地下につながる階段の降り口だけだ。やはりハウルはこの建物にいる。脱出されたり誰かに侵入されたりするのを警戒しているとしか思えない。
 スイは建物の内部に侵入するのをあきらめ、壁伝いに建物の裏側に移動する。こちらの壁は建物に近い。そのまま建物の中央、つまり先ほどの魔術師が入った扉の方に向かう。
 中央にたどり着く前にかすかな揺らぎのようなものを感じて神経を集中させる。揺らぎは今来た方向、つまり東側に移動していた。どうやら結界を構成している魔力が、魔術師の魔力を引きつける力に反応しているらしい。入口の扉の正面が上り階段になっているのに対し、東側には地下に下りる階段がある。
 地下に下りたのだろう。少し揺らぎの反応が遠くなる。また建物の中央付近に戻ってくる。中央付近を通り過ぎたところで、非常に大きな揺らぎを感じる。上の方だ。この上の三階には確か所長室があったはずだ。ということは、所長のレヴィリンもここにいるということか。
 そのとき、スイは別の気配を感じて東側に戻る。東の壁と交差するところで、相手の様子をうかがう。東の壁にぴたりと貼りつくように近づいてくる。向こうはこちらの存在に気づいていない。
 角に近づいたとき、相手はスイの気配に気づいたらしく逃げる素振りを見せたが、スイが手首をひねりながら引き寄せ、口をふさいでしまう方が早かった。相手は抵抗しようと一瞬力を入れたが、すぐに抜いた。スイも相手の顔を見て驚きの表情を見せた。
 メノウだった。
 スイはメノウの手を引いたまま研究所を離れて人気のない裏道に向かった。誰もいないことを確認して初めて口を開く。
「メノウ。なぜあんなところに」
「スイこそ」
 しかし、会話は続かなかった。
「分かった。うちで聞こう」
 ここでは話しにくい理由がメノウにもあったのだろうと察し、スイが提案すると、メノウもうなずく。スイもここでは事情を話しにくい。
 スイは尾行を切り上げて、一度メノウと自宅に戻ることにした。尾行するという段階で予定外の行動で、その後もほったらかしで時間が経過しているので、キリトに先に報告をしに行きたかったが、こうなった以上は仕方がない。キリトとは長いつき合いだ。ある程度は察して気長に待ってくれるだろう。

次回更新予定日:2019/09/28

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