魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「分かった。みんなに伝えておくよ」
「アリサさんには尾行がついている。一人だけで研究所の人間だ。今のところ外出先をチェックしているだけらしい」
「なるほど」
 キリトはあごに手を添え、少し考えた。
「スイ、お前が尾行だったらどうする?」
「そうだな。アリサさんか子どもたち、三人のうちいちばん簡単に捕まえられそうな人を一人だけ拉致してハウルさんの口封じに利用するだろうな。ハウルさんの身代わりに監禁して、ハウルさんには普段どおり出勤してもらう。家族を人質に取られているので、兵器のことは口外できない」
「お前は根っからの悪人だな」
 即答したスイにキリトは苦笑する。
「やるならクラウス邸に入ってしまう前だな。クラウス邸に入ってしまうと手が出せなくなる。ただ一人で実行するなら、相当手際よくやらないといけない」
「お前にできても、そいつにはできる可能性は低そうだな」
 研究所の人間ということは魔術師だからいろいろ方法はあるだろうが、真っ昼間の街中なので、そうそう時間はかけられない。魔術を使ってその隙に、では時間がかかりすぎる。
「子連れだから馬車を使うだろうな」
「だとしたら、馬車から降りた瞬間が勝負かな」
 スイはうなずいた。
「念のため、いつでも飛び出していけるように門の後ろで待っていてくれ。私は向かいの建物の影にでも身を潜めていよう」
「了解。それで行こう。しばらくここで休んでいてくれ。俺は父上にアリサが来ること伝えてくるよ」
 キリトは部屋を出ていった。

 打ち合わせたとおり、スイはクラウス邸の斜め向かいの建物の影に身を潜めていたこういうことには慣れているので、さほど息を殺さなくても気配を消せる。
 すうっと人影が交差する狭い路地を駆け抜けていく。先ほどの尾行だ。やはり距離を多めに取って尾行している。そして、どこにアリサが向かっているのかある程度予測して先回りして動いている。素人にしては上出来だ。平行して二本先の通りから馬車が姿を現す。
 馬車がクラウス邸の前に止まる。尾行が動き出す気配はない。建物の壁にもたれかかっって休んでいるような振りをして横目でじっと様子を見ている。キリトが馬車に駆け寄り、馬車に向かって両手を出すと、うれしそうに甥のセシルが腕に飛び込んできた。
「よく来たな、セシル」
 頭を撫でながら、嬉しそうにキリトが迎えていた。セシルを降ろして、すぐに両手を広げ、妹のマノンを抱きかかえようとすると、むっとして右手を出してきた。

次回更新予定日:2019/09/21

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「つまり、リザレスの魔術兵器開発の事実をお前に伝えに行こうとしたハウルさんが研究所サイドの人間に拉致されたってことだな」
 キリトがため息をつく。
「それにしても驚いた。まさかリザレスで兵器が開発されていたなんて」
「研究所には度々査察に入るのだが。リザレスの研究所にも隠された空間があって、そこで開発を行っているのだろうか」
 スイががくっと肩を落とす。その事実を見破れなかったショックは大きい。メノウの助けになるたいとただそれだけを願って今の自分にたどり着いたのに。
「メノウに会わせる顔がないな」
 マーラルのことばかり追いかけて自国のことが見えていなかったなんて。スイは自嘲した。珍しくいちばん落ち込んでいるときの顔だ。気づいたキリトがぽんとスイの肩に手を載せる。
「事実関係を調べもしないで。らしくないぞ」
 指摘されてスイは考え直す。なぜ研究所はスイを欺くことができたのか。兵器を開発していないと判断していたのには根拠がある。そもそもできるはずがないのだ。
「ここ数年魔珠の輸入量は全く増えていないのに」
 兵器を作るには、今の輸入量の魔珠では全然足りない。マーラルのように国民の使用分から搾り取っているわけでもなく、余剰分を何年分かストックしておいたのだとしても、それは年間使用量を考えると、ごく微量でしかありえず、数年確保したところで兵器に必要な量には到底達しない。ぐるぐると思考を巡らせていると、肩にぎゅっと力を込められて軽く揺すられた。
「調べて裏を取るんだ。管轄外のことだから、できることは少ないかもしれないけど、できるかぎり俺も協力する」
 キリトに言われてスイの表情が柔らかくなる。
「ありがとう。とりあえずまずはアリサさんと子どもたちの安全を確保しよう」
「そうだな。その方が安心だ」
 具体的な話をするとなると、切り替えは早い。
 スイはキリトに手短に二時頃に来てもらい、夕食会、その後宿泊してもらうように打ち合わせたことを説明した。

次回更新予定日:2019/09/14

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「ありがとう」
 アリサはぎゅっとスイのローブの袖を握った。
「ハウルをお願い」
 スイは力強くうなずいてアリサを玄関まで送った。
「ごめんなさいね。急に訪ねてきて」
 扉を開くと、ひらりとアリサがスイの方に向き直って申し訳なさそうに言った。
「いつでもどうぞ。アリサさんなら歓迎しますよ」
「そんな素敵な笑顔で言われたら、ご婦人方に嫉妬されてしまうわ」
 こんな状況でも軽快な言葉のキャッチボールをしてのけるアリサに脱帽する。
「じゃあお願いね」
 スイの家にふらりと出かけていった夫を迎えに来たところ、来ていないことを知らされ、捜索を協力してもらう、そういう筋書きを演じる。誰か見張っているかもしれない。
 スイはアリサの姿が見えなくなるまで見送りながら、何気なく周囲に誰かいないか見回す。のんびりとした動作でドアを閉めると、そのまま走って二階に上がった。レースのカーテン越しからアリサをかなり距離を置いて尾行する人影が一つ見えた。

 キリトの部屋に姿を見せると、皮肉たっぷりに言われた。
「なんだ。またせっかくの俺の休みを邪魔しに来たのか?」
 だが、スイが真剣な表情をしているのにすぐに気づいて訊き直す。
「何かあったのか?」
「昨晩私に会いに行くと言って家を出たハウルさんが戻ってこられないそうだ」
「どういうことだ?」
 話が全く見えてこない。なぜハウルがスイに会いに行ったのか。
「うちには見えていない。そして、先ほどアリサさんがこの手紙をうちに持ってこられた。朝になっても戻らなかったら私に渡すようにとハウルさんから言われたそうだ」
 スイは先ほどの手紙をキリトに渡した。キリトはさっと受け取って一読する。

スイ君
 先日、魔術研究所の収支報告書に不審な点があって政務室の書庫で調査をしていたところ、偶然魔珠を利用した兵器開発に関する資料を見つけて、なぜこんな資料が政務室にあるのだろうと疑問に思いながら、ページをめくってみた。内容は、兵器開発の具体的な技術や方法、それに試作品の実験データなどだったが、驚くべきことにどれもリザレスの魔術研究所で記されたものだった。
 リザレスは秘密裏に兵器の開発を行っている。おそらく知っているのは、国王陛下、宰相、魔術研究所、そして政務室の一部の人間だけだろう。
 同僚が書庫に入ってきたので、急いで元の位置に戻したのだが、しばらくして見に行ったところ、その場所に資料はなかった。
 これからこのことを君に伝えに行くつもりなのだが、すぐに資料を持ち出されたことを考えると、その同僚も兵器開発に関わっている人間である可能性がある。無事に君の家にたどり着けないということもあるかもしれない。念のため、この手紙をアリサに託していこうと思う。
 この手紙が君の元に届く事態になっているようであれば、後はスイ君、よろしく頼む。

次回更新予定日:2019/09/07

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それからひと月は外務室に持ち込まれたマーラルを始めとする周辺諸国の情報の分析に努めたが、目立った動きはなかった。
 いつものように剣術の鍛錬をしていると、休日の早朝だというのにシェリスに来客を告げられた。
「アリサさんが?」
「はい。ひどく慌てておられてハウル様がこちらにお見えになっていないかと。お見えになっていないとお答えすると、スイ様に会わせて欲しいとおっしゃって。応接室でお待ちです」
「ありがとう。すぐ行く」
 あのアリサが慌てているとは珍しい。なぜハウルがここに来ていないかなどと思ったのだろう。スイは剣を近くの柱に立てかけて急いで応接室に向かった。
「アリサさん?」
 ドアを開けながら声をかけると、ソファに腰かけて待っていたアリサはすっと立ち上がった。
「やはりハウルは来ていないのね」
 気丈に振る舞ってはいるが、その目に不安の色が浮かんでいるのをスイは見逃さなかった。鋭いアリサはそれに気づいたのだろうか。大きく息を吐き出して緊張を解くと、落ち着いた足取りでスイの方に歩み寄った。
「昨晩、あなたに話したいことがあるからここに来るって出ていったのよ。そして、朝までに帰らなかったら、これを渡すようにと」
 アリサは大切そうに抱えていたバッグから封筒を取り出してスイに渡した。
 帰らなかったらなどと言われてこんなものまで渡されたのだ。ハウルが危険なことに首を突っ込んでしまったことに聡明なアリサが気づかないはずがない。それでもハウルはアリサを信じてこの手紙を託した。そして、アリサもその信頼を裏切らず、何も言わずにハウルを見送った。
 事情を話さなかったのは、アリサや子どもたちに危険が及ばないようにしたかったからだろう。スイは封を切り、アリサに見えないように中に入っていた手紙を一読してすぐに封筒に戻した。
「アリサさん」
 スイはアリサの方に手を載せた。
「私はこれからキリトとどうするか相談します。アリサさんもお子さんを連れて一度ご実家の方に来てください。時間を決めておきましょうか」
「そうね。二時頃でどうかしら? 今日はお父様から夕食会にお呼ばれしているという設定。でも、ハウルが戻ってこないから泊めてもらうことにするわ」
 毎度アリサの頭の回転の速さには感心させられる。提案しようとしていたことが全て先読みされていた。スイは仕方なく苦笑した。
「では、キリトにそうしてもらえるように伝えておきます」

次回更新予定日:2019/08/31

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「魔珠を力尽くで奪い取るしかないな。例えば、メノウを襲って輸送中の魔珠を手に入れるか」
 だが、メノウを尾行することは容易ではないと、スフィア山脈で思い知らされたはずだ。しかも、里の貴重な資源であり、財源でもある魔珠を強奪されるなどという事態になれば、死活問題だ。忍びの者も積極的に動き出すに違いない。それよりは。
「他国を占領して魔珠を確保する方が現実的かもしれないな」
 マーラルは兵器の開発に成功している。開発するためのノウハウを習得した。今すぐに行動すれば、必要な魔珠を国内だけで確保し、性能が多少劣っても周辺諸国を脅かすだけの戦力になり得るだけの兵器を作ることもできるだろう。占領に成功すれば、兵器に使用した分の魔珠が補填され、国内流通も安定する。
「頭の痛い話だ」
 キリトが苦笑する。相手がヌビスであることを考えると、戦争を回避するのは難しそうだ。であれば、被害を最小限にとどめるための筋書きをこちらで用意してうまく相手をその舞台に誘い込まなくてはならない。
「大丈夫だ。お前ならできる。それに、優秀な部下もついている」
 キリトは外務室でいつも顔を合わせている仲間たちや、各国で情報収集や諜報活動を行ってくれている者たちの顔を一人ずつ思い浮かべて笑顔になった。
「そうだな。お前もいるしな」
「私は面倒な話ばかり持ってきて、ただのトラブルメーカーだ」
「まあ確かに魔珠絡みの話は面倒な話が多いのは事実だけど」
 やんわりと同意してキリトは優しい目をする。
「お前がいると思うだけでちょっと大胆かなと思えるような行動も思い切って選択できるんだ。不思議だな」
 スイがついていてくれていると思うだけで、うまくいきそうな気がする。強い信頼。そう思わせる力をスイは持っている。
「私もお前がいてくれるから思ったように行動できる。お前が外務室長だから自由にやれる」
 そう言われて悪い気はしなかった。もっとも、スイだからこそ自由にやらせているのだが。
「とにかく情報収集を強化してみよう。特にマーラル関連は。お前も何か気になることがあったら、聞かせてくれ」
「分かった」
 その後、とりとめのない話をしているうちに安心して少し眠った。また呪いの夢にうなされたが、隣で読書をしていたキリトがすぐに気づいて薬を飲ませてくれた。しばらくはキリトの薬の世話にならなければならなさそうだ。

次回更新予定日:2019/08/24

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