魔珠 第4章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「無理だ、メノウ」
 絞り出すような声でスイが言った。
 その壁を作り出したのはあの方だ。あの方の魔力に勝てるはずがない。
 駆け寄ってくる複数の足音が止まると、つかつかと余裕のある足音が近づいてくる。嫌な予感しかしなくて顔は上げられなかった。
「メノウを捕らえろ」
 させない。低い声に反応して立ち上がろうとしたが、胸の痛みがさらに強くなって身動きすら取ることができない。背後で丸腰のメノウが二人の兵士に取り押さえられる。
 次の瞬間、スイの体がふらりと浮き、そのまま凄まじい圧力で透明の壁に突き飛ばされた。胸の痛みがいくらかは和らげられたようだが、もうすでに今の衝撃が駄目押しとなり、体に力が入らない。本来なら壁にもたれかかったまま、くずおれるのだろうが、背中が壁に磁石のように吸い寄せられてそれさえも許されない。壁に貼りついて立った姿勢のまま、スイは顔を横に向け、目を閉じ、苦しそうにあえいでいた。
 不意に顔を無理やり正面に向けられ、スイは薄目を開ける。
「やはりお前か」
 マーラル王ヌビス。なぜこんなところに現れたのか。
「お前、確か七、八年前にリザレスから交換研修で来ていたな」
「覚えていただいて光栄です」
 精一杯の皮肉っぽい笑みを浮かべてスイは答えた。すると、ヌビスも負けない冷酷な笑みで返した。
「覚えているさ。未だにお前以上の研修生は現れていないのだからな」
 記憶が蘇ってぞくっと悪寒が走る。
「随分背が伸びたな。私と同じくらいになった。大人になって少し色気も増したかな」
 じっくりと顔を観察しているヌビスをスイは直視できなかった。目を合わせるのが怖かった。どんな目をしているのか見たくもなかった。
「知っていたか? その胸に刻まれた呪いは一生解けない。遠くにいるときにはどうにもできないが、このように近くにいれば」
 胸の痛みがまた強くなってスイは呻き声を上げる。
「そうだ。その顔だ。何人もの研修生に同じ苦痛を与えたが、その顔以上に私を満足させる顔はまだないのだ」
 食い入るようにスイの美しく歪んだ顔をヌビスは見つめていたが、急にその口元に浮かべていた残酷な笑みが怒号に変わった。
「なぜだ! なぜこの城に戻ってきた!」
 意識が一瞬なくなるほどの激しい痛みが胸を突き刺し、すぐに退いた。スイは荒い呼吸の合間に何とか言葉を挟み込めそうなタイミングを探して答えた。
「メノウを……たす、ける、ため……」

次回更新予定日:2019/03/09

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忍びの者が言っていた独房の南側の窓をのぞいてみた。中は自然光の他にもろうそくが所々設置されているらしく、視界の確保はできそうだった。しんと静まり返っている。スイはさらに北東に向かい、階段を探した。鍵穴を見つけ、スイは針金を一本取り出す。ここまで来たら物音を立てられないので、心の中でため息をつく。
 鍵を針金で開ける方法もセイラムから教えてもらった。魔珠担当官は必要なことは一人で何でもしなければならないからと様々な知識と技術を叩き込まれた。教わったときにはそんなもの使うことがあるのかと思ったものだが、いざ担当官になってみると、どれも実際に役に立つものばかりだった。鍵は開けるのが苦手というわけではないのだが、こういった細かい作業はあまり好きではない。
 かちゃりと静かな音を立て、鍵が開く。鉄格子を開ければ、きしむ音がして看守も気づくはずだ。スイは一瞬で心の準備をして鉄格子を開く。看守が様子を見に来るタイミングをうかがって階段を駆け下り、鉢合わせた看守の脇腹に拳をめり込ませる。看守は小さくうなって倒れたまま意識を失った。スイは腰に下げてあった鍵の束を手にして通路を走った。途中で右手に一本北側に延びている道があるのを確認して独房の方に向かう。
 ほとんどの部屋が空だった。あまり長期間拘留される人はいないのだろう。
「スイ?」
 いちばん奥の独房にメノウはいた。疲れているようではあったが、幸い拷問などは受けてはいないようで、外傷はなかった。
「逃げるぞ。黙って私についてくるんだ」
 一瞬で鍵を探し当て、そのまま独房の扉を開ける。スイは下りてきた階段を目指した。メノウも後を追う。
 つい先ほど確認した北に延びる道のT字路の手前でかすかに足音と話し声が聞こえた。
 誰か来る。
 引き返してもどこかで挟み撃ちにされる。
「突っ切るぞ」
 走る速度を上げて前に進む。背後からも走ってくる音が聞こえてくるが、構わず走る。だが、数歩進むと、スイが急に小さな呻き声とともに胸を押さえて膝をついた。はっとしてメノウが立ち止まる。
「逃げ……ろ」
 息も絶え絶えに指示するスイにうなずいて走り出そうとしたが、一足遅かった。進もうとした方向に透明の壁が現れ、その向こうに行けなくなったのだ。
 壁からは強い魔力を感じるが、とにかくやってみるしかない。メノウは壁に右手を置き、神経を集中させた。右手に集めた魔力が充分であれば、壁は消滅してくれるはずなのだが。

次回更新予定日:2019/03/02

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忍びの者は口元を吊り上げた。そこまで気づいていたとは。リザレスの情報力は侮れないと思い苦笑した。
「我々の任務はメノウがどうなるか監視して次の売人を指名するかどうか判断することでしたが」
 忍びの者は意地の悪い笑いを浮かべて続けた。
「何年もかけて育ててきた腕の良い売人を簡単に失うのは、我々にとっても得策ではありません。あなたが助けたいと言うのなら情報くらいは提供しましょう」
「ありがたい」
 忍びの者は売人個人がどうなろうと手出しはしない。里のために動くことはあっても個人のために動くことはない。今回のように売人が任務に失敗して捕らわれても、里としては帰還不能と判断された時点で次の売人を立てるだけである。里はメノウの命を守ってくれない。だからこそスイはここに来た。
 忍びの者は懐から四つ折りになった紙を取り出した。紙を広げると、そこには送られてきたものと同じ見取り図が書かれていた。所々に書き込みが加えてある。
「現在、我々が把握している見取り図です」
 研究所の二階にあるいちばん広い部屋には、「魔珠特殊実験室」の表記があった。忍びの者がその部屋を指差す。
「メノウはこの部屋に閉じ込められました。しばらくすると、衛兵たちが来てメノウを連行しました。今、メノウがいるのはここです」
 研究所と城は地下通路でつながっているらしい。その通路の半ばよりも北側、つまり城に近い場所から東の方向に細い通路が延びている。そこからまた南に通路がつながっているらしい。通路の先には独房がいくつもあり、そのうちの一つにメノウは監禁されているとのことだ。
「よくここまで調べたな」
 スイが感心すると、忍びの者は答えた。
「足音や話し声を頼りに。あと独房の南側、ここですね。ここの天井にあたる部分に換気用の窓があって、鉄格子から少しだけ中の様子がうかがえます」
「この格子は外せないよな」
「よほどの怪力でない限りは」
「では、こちらはどうだ?」
 東の方向に延び/道の先に階段がある。非常用だろうか。
「この階段のある場所にも鉄格子がはめられていて、鍵がかかっています」
「鍵か。面倒だな。城か研究所から侵入したいところだが」
 ため息をつくと、忍びの者にくすっと笑われた。
「でも、帰りのことを考えると、やはり逃走経路は短いに越したことはないですからね」
「仕方ない」
 スイは北の方向に歩き出した。忍びの者もすっと姿を消した。

次回更新予定日:2019/02/23

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クラークから船で海を渡り、アインという港からマーラルに入国した。リザレスからマーラルに行く一般的なルートだ。
 アインからマーラルの王都ラージュまでは徒歩で来た。馬を駆れば速いが、これからしようとしていることを考えると、なるべく足跡は残さない方がいい。
 ラージュに到着したのは、もう夜だった。計算どおりだ。休む間もなく、城に向かう。
 城壁の周りには研修に来たときと同じように兵士たちが何人か巡回している。城門には二人立っている。
 確認が済むと、スイは城から離れた。
 城の南側には森が広がっている。送られてきたあの見取り図を見てメノウが兵器製造の証拠をつかむため侵入するのは、城ではなく、この森の中にある魔術研究所だ。
 魔術研究所は交換研修のときに見学したことがある。もちろん見せてもらえたのは施設の一部だったが、立派な設備と高度な技術力を擁する研究所だという印象を持った。マーラルが魔術や魔珠の研究にどれほど力を入れているか見せつけられたような気がした。
 城からはかなり距離があった。スイはぐるりと回り込むように森の西側を歩いた。
 十分ほど歩いただろうか。高い木々の間から石造りの建物が見えた。スイは建物を通り過ぎてさらに二分ほど歩き、ようやく森に入った。少し距離を空け、研究所の様子を注意深く観察しながら、足音をなるべく立てないように歩いていく。何となく木に身を隠すようなルートを通る。
 もうすぐ研究所の入口の正面というところに差しかかったとき、スイは不意に身を翻した。そして、東、つまり研究所から離れる方向に進み始めた。
 研究所が見えなくなるくらい遠くまで来ると、歩を止めた。鋭い目だけを横に動かし、スイは低い声でつぶやいた。
「何か情報を持っているなら協力して欲しい」
 すると、木の上から人が降りてきた。
「やれやれ。気配を消しても駄目ですか」
 魔珠の里の忍びの者だった。
「魔珠の力で気配を消しても無駄だ。魔珠の力は察知できるように訓練されている」
 幼い頃からセイラムに魔珠の力を探し出す訓練を受けてきた。もともとそういった素質があったらしく、スイは魔珠の力を感知する能力には長けていた。セイラムにもその素質はあったようだが、スイほどではなかった。訓練はその能力を引き出すものでしかなかったが、魔珠担当官として必要な技能とみていたセイラムは、熱心にスイを指導した。
「あなたの目的は何ですか?」
 観念した忍びの者がスイに訊ねた。
「私はメノウを助けたい」
「助けたい、ということは、メノウがすでに捕まっているということをご存じなのですね」
 少し驚いた様子で忍びの者は訊いた。スイは冷静に答えた。
「あの見取り図は偽物だ」

次回更新予定日:2019/02/16

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