魔珠 第4章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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夜になると、エルリックが迎えに来た。
 ヌビスに研修生が呼び出されたのは、これが初めてではない。これまでも何回もあったのだとエルリックは言った。
「将来マーラルにとって脅威となりうる優秀そうな研修生を見極めて呼び出すのです」
「それで、どうするのですか?」
 スイの問いに対してエルリックは目を伏せて唇をきゅっと結んだ。そして、吐き捨てるように答えた。
「ご自身の呪術の実験に使うのです」
「呪術?」
 反射的に返したものの、意外に驚きはなかった。ヌビスが大魔術師で、魔術や呪術の研究にのめり込んでいることは知っている。
「苦痛を伴う呪術です。どのような呪術なのかは私には詳しくは分かりませんが、呪術を受けた者は以後、恐怖のあまりマーラルに関わることはなくなると言われています」
 それほど激しい苦痛と恐怖を与える呪術だということか。漠然と考えていると、エルリックがスイの胸に顔を埋め、ぎゅっと体を強く引き寄せた。
「すみません。嫌ですよね。そんなの嫌に決まっています……」
 腕をつかんで顔を上げたエルリックの頬は涙で濡れていた。
「もう私も嫌なんです。こうやって何の罪もない教え子たちを苦しませるのは」
 この人は何人も研修生たちが苦しんでいるのを見てきているのか。スイは心を痛めた。
 エルリックは涙を拭いて立ち上がった。
「断ってきます」
「待ってください」
 慌ててスイが止める。
「先生にも……ご家族がおられるのでしょう?」
 スイの言葉にエルリックははっとなって動けなくなる。
「断れば……陛下に逆らえば、先生とご家族はどうなるのですか?」
 セイラムからもヘキからも聞いた。ヌビスに逆らって一族全員が収容所に送られて過酷な労働を強いられたり、処刑されたりした人の話は何度も聞いた。だからこそ問うことができた。エルリックもそれを鋭く見抜いた。
「なぜそんなことを知っているのです?」

次回更新予定日:2019/04/13

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「お前の言うとおり、昔、そう、士官学校に入ってすぐの頃だ。マーラルに交換研修に行くとお前にも話した」
 確かに行くという話は聞いた。だが、研修から帰ってきた後、詳しい話を聞いていない。
「マーラルに行ったんだよね。どうだった?」
「うん。勉強になった」
 そのあと、二言三言交わしたが、それで話は終わりになった。会ったのが研修から帰ってきてだいぶ立ってからだったため、もうあまり話したいこともないのかもしれないと思ってメノウもそれ以上聞こうとしなかった。
 スイは真剣な眼差しでメノウを見た。何か決意したような眼差しだ。
「そのときの話、聞いてくれないか」
 メノウはスイを見つめたまま、こくりとうなずいた。

 城に着いて他の研修生六名と合流した。講義室で今回の研修を担当する講師たちを紹介され、城を案内された。案内されたのは研修生たちが使用する棟と、城の窓口のような部屋の多い中央階段の周辺だった。一部の部屋は見学もさせてもらえた。
「エルリックと申します。研修の間、あなたの担当を務めます。よろしくお願いします」
 講師たちは一人ずつ担当する研修生も決まっていて、学習や生活の相談に乗るほか、城内を移動するときの事実上の監視役でもあった。
 エルリックは三十歳を少し過ぎたくらいの男性だった。物腰が柔らかそうで優しい目をしていた。講義はマーラル史の担当だった。笑顔も穏やかで、スイはすぐに打ち解けた。
 次の日の朝から講義が始まった。マーラルの歴史や文化などを担当の講師たちから一時間ずつ教わった。間に休憩時間もあり、他の研修生と話す機会にも恵まれた。
 夕方、講義が終わってエルリックと廊下を歩いていると、向こうから王冠を戴いた人物が護衛を従えて来たのが見えた。急に隣にいたエルリックが廊下の端に寄り、スイを自分の後ろに来るように引っ張った。
「今、隠そうとしたな」
 マーラル王ヌビスだった。鋭い眼光でエルリックを見つめている。
「申し訳ございません」
 無意識にしてしまった自分の行動を振り絞るようにして出した声で詫びる。しっかりした声にはなっていたが、震えが隠し切れていない。
 ヌビスは回り込むようにしてスイに歩み寄る。スイは何となく嫌な予感がして警戒していたが、それを表に出さないように無表情を装ってヌビスを見上げた。ヌビスはじっとスイの瞳を観察しながら訊ねた。
「研修生か?」
「はい」
「今夜、私の部屋に来い」
 あまりにも唐突な誘いで、返事ができなかった。もっともヌビスは回答など聞く気もなかったらしく、そのまま行ってしまった。
 否定などできるわけないのだ。

次回更新予定日:2019/04/06

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「ありがたくないな」
 もうヌビスの実験台にされるのはごめんだ。あのときのような恐怖と苦痛はもう二度と受けたくない。それにメノウに絶対に受けさせたくない。
「どれくらいの時間眠っていた?」
 いつもの冷静なスイに戻ってメノウに訊く。メノウは少し考えて答えた。
「一時間ちょっとだと思う。巡回している人がいるみたいで、十分くらいおきでこの部屋の前を通るんだ。六、七回通った」
 ここに侵入した時間から現在の時間を概算する。
「せっかくここまで来たのだから兵器を拝まないで帰るわけにもいかないかな」
 急に不敵な笑みを浮かべたスイを見てメノウは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに思い直して同じ悪い顔になる。
「僕はこのフロアが圧倒的に怪しいと思うね」
 隠された地下二階。秘密裏に兵器の開発を行うには絶好のロケーションだ。
「向かいに結構広そうな実験室があったんだ。来るときに見た」
「決まりだな」
 何が何でも証拠を手に入れて帰る。
「だが、まだ時間があるな」
「時間?」
 不思議そうな顔をしてメノウは聞き返した。スイはゆっくりと壁にもたれかかった。
「お前も楽にしろよ。少し話でもしよう」
「話?」
 よく分からなかったが、メノウは言われたとおりにした。何か考えがあるのだろう。今はスイに従う。何を話そうか少し考える。
「そうだ。どうして僕を助けに来たの?」
 手紙を見たからといってこんなに急いでここに来る必要なない。今、ここにいるということは手紙を見てほぼすぐに来たということだ。
「お前の送ってきた見取り図に誤りがあったからだ」
 メノウは少し考えて口を開いた。
「そっか。君、マーラルに研修に来たときに……でも、僕も何回か城に入ったけど、僕の見た場所には間違いはなかったよ」
「誤りがあったのは、王の寝室の周辺と東側の階段だ。外部の者は中央階段とその周りにある公的なスペースにしか用がないから立ち入らない」
「なんで王の寝室の場所なんて分かるの? 今まで誰も突き止められずにいた場所なのに」
 ヌビスは猜疑心が強く、暗殺や襲撃を恐れ、異常なまでに自身の周辺の警備に気を遣う人物だ。また、反逆者として捕らえられた者を使って魔術の実験などをしているという情報もあり、寝室の場所は各国の密偵が探っても見つけられないほど厳重に管理されている場所だ。

次回更新予定日:2019/03/30

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メノウが心配そうに顔をのぞき込んでいる。うなされていたのだろうか。何か悪い夢を見ていたような気がする。
「気がついた?」
 手足を縛られたまま床に転がされていた。手首を後ろで縛られているため、身動きが取りにくい。体の状態を確かめながらゆっくりと起き上がる。倒れたときに打ったのだろう。所々に少し鈍い痛みを感じないこともないが、これからの行動に支障を来すような異状はないようだ。
「ここがどこか分かるか?」
 意識がはっきりとしたところで問うてみる。
「魔術研究所の地下二階みたい」
「そんな場所があったのか」
 メノウが送ってきてくれた見取り図には載っていなかった。地下のさらにしたにももうワンフロアあったということか。これはさすがに知らなかった。
「第九実験準備室って書いてあった」
 スイは辺りを見回した。箱がいくつも積み重なっていた。棚もある。実験に使用する器材や薬品などが入っているのだろう。実験道具の倉庫といった感じだ。ただ、木製の扉はどっしりと重厚な感じだ。マーラルでは処刑の対象となった政治犯などを魔術の実験に利用するという報告を見たことがある。おそらくこの部屋は物だけでなく、そういった人を閉じ込めておく部屋でもあるのだろう。
「マーラル王は僕を実験に連れて行こうと思って来たらしい。そこに運悪く君は出くわしたんだ」
 マーラル王ヌビスは才能に恵まれた大魔術師でもある。
 魔珠の力が漂っているこの世界では、誰でもその力を集めて火をつけたり、明かりを点したりすることができる。そういったわずかな魔力なら誰でも訳なく集めることができる。
 しかし、例えば攻撃魔法など戦闘に使う魔法や治癒魔法などには大量の魔力が必要となる。それだけの魔力を短時間で集めることができるかどうかは完全にその人の技量次第である。さらに、集めた魔力を効率よく使えるかどうかというのも大切だ。これらには素質の上に鍛錬が必要となる。
 ヌビスはその全てを持っている。生まれながらにして素質に恵まれ、幼い頃から魔術に興味を持ち、研究所から師を招き、知識を貪欲に蓄積し、その技を磨いてきた。いまや右に出る魔術師は研究所にもいないのではないかと言われるほどの実力だ。
「そして、私も道連れにされたわけか」
 スイは苦笑した。まさかあの場所にヌビスが現れるとは思っていなかった。
「実験は明日の夜に変更だって言ってた。道連れというか、メインディッシュはむしろ君の方みたいなかんじだったけど」

次回更新予定日:2019/03/23

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「年齢以上に落ち着きのある人物だと思っていたが、やることは大胆だな。肝が据わっているなとは思ったが」
「欲しいものがその手段でしか手に入らないのであれば、そうするでしょう」
 大きく息を吐いて呼吸の乱れを整えると、スイは不敵な笑みを浮かべて言った。
「あれだけの激痛を受けたのにもうそんな減らず口をたたけるのか。大した体力だな」
「体力がないと私という人間は務まりませんので」
 魔珠担当官は魔珠取引に関係する仕事全般が守備範囲だというのがリザレス、そしてセイラムの考え方だった。ただ取引をするだけではなく、円滑に取引できる環境を整えることも魔珠担当官の職務とする考え方だ。そのためには今回のように自ら行動しなければならないときもある。体力が必要だということはセイラムから言われたこともあるが、それ以上にセイラムを見ていて感覚的にそう考えるようになっていた。それだけではなく、セイラムがヘキにした以上にメノウに協力して実際に手足を使って行動することを望んだのが自分という人間だとスイは自負していた。
 すると、ヌビスは凍てつくような微笑を見せた。
「そうだな。すぐに意識がなくなるようでは私を満足させることはできない」
 思わぬ意味に言葉を捉えられた動揺もあったのだろうか、過去に受けた苦痛が鮮明に蘇る。胸に刻まれた傷痕がまた強く疼き出す。息苦しくなって大きく息を吐こうとしたその瞬間、また貫くような激しい痛みが胸を襲う。息は絶叫になった。
「ひと目見てお前は有能だと思った。マーラルを脅かす存在になる可能性があると思った。だからこそお前の胸に呪いを刻み、研修中毎夜耐えきれぬほどの苦痛を与えてきた」
 記憶がより鮮明に蘇って胸の鈍痛が走る。今度はヌビスの魔力によってではなく、自分の記憶が呼び覚まされたことによって。ヌビスの恐ろしさを思い出したことによって。
「そう。呪いを刻んだ研修生は皆そのように痛みを思い出して恐怖する。そして、その恐怖が現実の痛みとなり、さらなる恐怖をかき立てる。だから、その痛みを思い出さないようにするためにマーラルとは一切関わろうとしなくなる」
 心当たりはあった。確かにマーラルから戻って何年もその苦痛にうなされていた。
「なのに、なぜお前はマーラルに足を踏み入れ、しかも国家機密に触れようとして捕らえられた魔珠売人を助けに来た!」
 ヌビスの怒鳴り声と再び激痛を強要されたスイの絶叫が混ざり合い、回廊に響き渡る。
 激痛はなおも強まる。胸が苦しい。締めつけられたように。呼吸ができない。
「スイ!」
 意識を失ったスイの体から力が抜けていく。それを確認してヌビスは魔力からスイを解放した。スイの体がぱったりと倒れる。
「予定変更だ。メノウと一緒に準備室に放り込んでおけ。実験は明日の夜にする」
 言い残してヌビスは連れてきた護衛二人を従えて来た道を戻っていった。スイは意識が戻らないまま兵士に抱えられた。長い黒髪がさらさらと肩から落ちた。

次回更新予定日:2019/03/16

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