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「朝から悪い冗談はやめてくれ。仕事に影響が出る」
優美な動作でドアを開けると、スイはそのまま隣の執務室に消えた。
「スイ様はいつもローブなんですね」
一連のやりとりを見ていたキリトの新人部下が言った。
リザレスの高官といえば、魔法学校か士官学校の卒業生だ。ローブの方がよりフォーマルな服装ではあるが、動きにくいので、最近はローブよりもパンツスタイルの人が増えてきている。士官学校を卒業した者は昔から比較的パンツスタイルが多かったが、最近では魔法学校の出身者でもローブを着なくなってきている。現在、士官学校出でローブを着る人は皆無に等しい。それでもスイはローブにこだわり続ける。士官学校でもほとんどローブで通したので、スイの軍服姿を見たことがあるのは、ごくわずかな限られた人間だけである。だが、ローブに腰まであるさらさらした髪のスイは、どう見ても知性に富んだ魔術師にしか見えない。
「ローブを着ているやつは剣術とか苦手な軟弱なやつだと思っているだろう?」
訊かれて士官学校出身の新人部下は少し慌てる。スイが「軟弱」だとは思ってはいないが、それでもやはりローブを着ているような人は、有事のときに剣を取りそうなイメージがないし、剣を持ってもあまりうまく扱えそうな感じが正直しない。
「だがな、スイは逆だ。ローブでも負けないからローブを着ているんだ」
普段使うことはないが、幼い頃から父に師事したスイの腕は、士官学校時代から学年では無論トップ、剣術の教官も唸るほどの腕だったという。
「今でも時々相手をしてもらう」
キリトが言うと、室内がざわめいた。キリトの剣術の腕が相当のものだということは外務室では有名な話である。
「さあ、仕事だ、仕事。今日は午後から昨日届いた報告の分析を全員に発表してもらうぞ」
「えっ! まだ全部読み終わってないです」
また外務室がバタバタとし出した。キリトの性格が影響しているのか、いつも活気がある。
キリトは慌てふためく部下たちを見て、くすりと意地の悪い笑いを浮かべた。
家に帰って急いで身支度を調える。魔珠が納品されると、何かと忙しい。
「スイ様、失礼してもよろしいでしょうか?」
「構わないが。何かあったか?」
襟を整えながら振り返ると、シェリスがドア口に立っていた。
「今、キリト様の使いの方がお見えになりまして、キリト様からエスコートするご婦人が現れたので、先に舞踏会に行って欲しいと」
「先を越されたか」
スイはにやりと悪戯っぽい笑いを浮かべた。昼間、互いにエスコートする女性がいないことをからかい合っていたのに。シェリスも何となく事情を察したようでいつもの人の良さそうな目元が一層緩んでいる。
「分かった。先に行っておく」
「はい。では、使いの方にそうお伝えしておきます」
「頼む」
スイは手早く上着を羽織り、もう一度おかしなところはないか鏡で確認して、部屋を出た。
次回更新予定日:2018/09/15
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優美な動作でドアを開けると、スイはそのまま隣の執務室に消えた。
「スイ様はいつもローブなんですね」
一連のやりとりを見ていたキリトの新人部下が言った。
リザレスの高官といえば、魔法学校か士官学校の卒業生だ。ローブの方がよりフォーマルな服装ではあるが、動きにくいので、最近はローブよりもパンツスタイルの人が増えてきている。士官学校を卒業した者は昔から比較的パンツスタイルが多かったが、最近では魔法学校の出身者でもローブを着なくなってきている。現在、士官学校出でローブを着る人は皆無に等しい。それでもスイはローブにこだわり続ける。士官学校でもほとんどローブで通したので、スイの軍服姿を見たことがあるのは、ごくわずかな限られた人間だけである。だが、ローブに腰まであるさらさらした髪のスイは、どう見ても知性に富んだ魔術師にしか見えない。
「ローブを着ているやつは剣術とか苦手な軟弱なやつだと思っているだろう?」
訊かれて士官学校出身の新人部下は少し慌てる。スイが「軟弱」だとは思ってはいないが、それでもやはりローブを着ているような人は、有事のときに剣を取りそうなイメージがないし、剣を持ってもあまりうまく扱えそうな感じが正直しない。
「だがな、スイは逆だ。ローブでも負けないからローブを着ているんだ」
普段使うことはないが、幼い頃から父に師事したスイの腕は、士官学校時代から学年では無論トップ、剣術の教官も唸るほどの腕だったという。
「今でも時々相手をしてもらう」
キリトが言うと、室内がざわめいた。キリトの剣術の腕が相当のものだということは外務室では有名な話である。
「さあ、仕事だ、仕事。今日は午後から昨日届いた報告の分析を全員に発表してもらうぞ」
「えっ! まだ全部読み終わってないです」
また外務室がバタバタとし出した。キリトの性格が影響しているのか、いつも活気がある。
キリトは慌てふためく部下たちを見て、くすりと意地の悪い笑いを浮かべた。
家に帰って急いで身支度を調える。魔珠が納品されると、何かと忙しい。
「スイ様、失礼してもよろしいでしょうか?」
「構わないが。何かあったか?」
襟を整えながら振り返ると、シェリスがドア口に立っていた。
「今、キリト様の使いの方がお見えになりまして、キリト様からエスコートするご婦人が現れたので、先に舞踏会に行って欲しいと」
「先を越されたか」
スイはにやりと悪戯っぽい笑いを浮かべた。昼間、互いにエスコートする女性がいないことをからかい合っていたのに。シェリスも何となく事情を察したようでいつもの人の良さそうな目元が一層緩んでいる。
「分かった。先に行っておく」
「はい。では、使いの方にそうお伝えしておきます」
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「そうだな。ちょうどいい時間だと思う」
「じゃあ、もう行くよ。近いうちにまた寄るよ。情報交換とかしたいし」
「ああ。また連絡してくれ。気をつけて」
「ありがとう。またね」
メノウは手を振りながら船に乗り込んだ。その姿を確認して帰ろうとすると、先ほど為替所に並んでいた男性とすれ違った。真っ直ぐ前を見て早足で歩いてはいたが、目が周囲を警戒するようにきょろきょろ動いていたのをスイは見逃さなかった。スイは何事もなかったかのように歩き続けながら、その男が船に乗り込むのを確認した。
あの男はメノウが為替所に入ってから五番目に来た男だ。為替所の手続きは、その種類にもよるものの、ある程度の時間を要する。手続きがあんなに早く終わるはずがない。現に、三番目に並んでいた女性が今、建物から出てきた。あの男は並んでいたのに手続きをしていない。船の出航までにはまだ時間はある。少なくとも手続きを済ませてから乗り込んでも充分な余裕がある。なぜわざわざ列を離れて船に乗り込んだのか。
つけられている。
確信は持てなかったが、あの男がメノウの後をつけている可能性はある。スイは記憶に男の顔と容姿を刻み込んだ。
外務室に資料を取りに行くと、キリトが声をかけてきた。
「無事に帰ったのか?」
「ああ。港まで送った」
「何か気になるような情報は入ったか?」
スイは見ていた資料から目を離し、いったん顔を上げた。
「やはりマーラルの動向は気になっているらしい」
やはりな、という表情をしてキリトは少し考えた。
「密偵をもう一人送ってみるか」
「何か分かったら教えてくれ」
そう言い残すと、スイは部屋を去ろうとした。
「あ、そうそう」
キリトに呼び止められて振り返る。
「今日、陛下主催の舞踏会行くんだろ? 一緒に行こう」
「誰かエスコートするご婦人はいないのか?」
冷ややかな笑いを浮かべながらスイは尋ねた。
「お互い様だろ。お前こそもてるくせに。嘘でもいいから誰か誘ってやれよ。喜ぶぜ」
スイ以上に意地の悪い顔でキリトが返す。そういうキリトだってスイには敵わないが、爽やかな好青年といった印象のなかなかの顔立ちと、巧みな話術で社交界の華である。
次回更新予定日:2018/09/08
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あの男はメノウが為替所に入ってから五番目に来た男だ。為替所の手続きは、その種類にもよるものの、ある程度の時間を要する。手続きがあんなに早く終わるはずがない。現に、三番目に並んでいた女性が今、建物から出てきた。あの男は並んでいたのに手続きをしていない。船の出航までにはまだ時間はある。少なくとも手続きを済ませてから乗り込んでも充分な余裕がある。なぜわざわざ列を離れて船に乗り込んだのか。
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「無事に帰ったのか?」
「ああ。港まで送った」
「何か気になるような情報は入ったか?」
スイは見ていた資料から目を離し、いったん顔を上げた。
「やはりマーラルの動向は気になっているらしい」
やはりな、という表情をしてキリトは少し考えた。
「密偵をもう一人送ってみるか」
「何か分かったら教えてくれ」
そう言い残すと、スイは部屋を去ろうとした。
「あ、そうそう」
キリトに呼び止められて振り返る。
「今日、陛下主催の舞踏会行くんだろ? 一緒に行こう」
「誰かエスコートするご婦人はいないのか?」
冷ややかな笑いを浮かべながらスイは尋ねた。
「お互い様だろ。お前こそもてるくせに。嘘でもいいから誰か誘ってやれよ。喜ぶぜ」
スイ以上に意地の悪い顔でキリトが返す。そういうキリトだってスイには敵わないが、爽やかな好青年といった印象のなかなかの顔立ちと、巧みな話術で社交界の華である。
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予想どおりの回答だった。
魔珠の話が終わると、いつも二人はすぐに中庭に向かうのだ。
スイとメノウは青々と茂った芝生に並んで寝転んだ。
「いい大人が何やってんだか」
メノウが笑う。
「でも、ここにお前といるのがいちばん落ち着く」
限りなく続く空の青を見る。昔と同じように無限の持つ不思議な魅力に取りつかれる。
「変わらないね、スイは」
ちらりと横に首を動かすと、メノウも同じように空を見ている。
「メノウだって」
「いや、僕は」
言いかけて、メノウは口をつぐんでしまった。少し悲しげな表情になる。
「僕は、大人になりたくなかったんだなあ」
まだ少年のような話し方をするのもそのせいなのかもしれない。
「ごめん。スイみたいな立派な大人にこんな話したら笑われるね」
「いや、私はまだ未熟だ。父のような落ち着きのある人間には一生かかってもなれそうもない」
「見かけ倒し?」
メノウがくすっと笑う。
ローブと長髪という姿で静かに歩くスイは、確かに落ち着きがあるように見えるのかもしれない。余裕のある仕草には色香さえ漂う。大人になったからではなく、子どものときからそうだった。あまり抑揚のない話し方も冷静そうに見える要因かもしれない。だが、実際はキリトに密偵を派遣してもらうたびに自分の目で確かめたいという衝動が抑えられない。自分で動きたい性分なのだ。自分からは言わないが、長いつき合いのキリトはそれをよく分かっていて「今回だけは」とスイが思っているときには必ずそれを察して留守を引き受けてくれる。外務室長がキリトで本当に良かったと思う。
港に着くと、メノウは早速決済の手続きをしに行った。船の出る前の為替所には列ができる。用のないスイはいつものとおり建物の脇のベンチでメノウが出てくるのを待っていた。メノウが出てくるまでに客が五人ほど為替所に入っていった。
「お待たせ」
しばらくすると、メノウが姿を現した。
「風が気持ちいいね」
メノウが伸びをする。
「もう船に乗った方がいいかな?」
メノウに訊かれて、スイは時計を確認する。
次回更新予定日:2018/09/01
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スイとメノウは青々と茂った芝生に並んで寝転んだ。
「いい大人が何やってんだか」
メノウが笑う。
「でも、ここにお前といるのがいちばん落ち着く」
限りなく続く空の青を見る。昔と同じように無限の持つ不思議な魅力に取りつかれる。
「変わらないね、スイは」
ちらりと横に首を動かすと、メノウも同じように空を見ている。
「メノウだって」
「いや、僕は」
言いかけて、メノウは口をつぐんでしまった。少し悲しげな表情になる。
「僕は、大人になりたくなかったんだなあ」
まだ少年のような話し方をするのもそのせいなのかもしれない。
「ごめん。スイみたいな立派な大人にこんな話したら笑われるね」
「いや、私はまだ未熟だ。父のような落ち着きのある人間には一生かかってもなれそうもない」
「見かけ倒し?」
メノウがくすっと笑う。
ローブと長髪という姿で静かに歩くスイは、確かに落ち着きがあるように見えるのかもしれない。余裕のある仕草には色香さえ漂う。大人になったからではなく、子どものときからそうだった。あまり抑揚のない話し方も冷静そうに見える要因かもしれない。だが、実際はキリトに密偵を派遣してもらうたびに自分の目で確かめたいという衝動が抑えられない。自分で動きたい性分なのだ。自分からは言わないが、長いつき合いのキリトはそれをよく分かっていて「今回だけは」とスイが思っているときには必ずそれを察して留守を引き受けてくれる。外務室長がキリトで本当に良かったと思う。
港に着くと、メノウは早速決済の手続きをしに行った。船の出る前の為替所には列ができる。用のないスイはいつものとおり建物の脇のベンチでメノウが出てくるのを待っていた。メノウが出てくるまでに客が五人ほど為替所に入っていった。
「お待たせ」
しばらくすると、メノウが姿を現した。
「風が気持ちいいね」
メノウが伸びをする。
「もう船に乗った方がいいかな?」
メノウに訊かれて、スイは時計を確認する。
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メノウはいつものケースを取り出すと、ロックを解除して開いた。ケースも特殊な合金でできているようだが、研究所などに分析をさせても不明の成分が出てくる。やはり魔珠の里でしか採れない金属が使われているのだろう。
中には美しく輝く透き通った球がつめられている。一粒の大きさはビー玉程度だ。この小さな球体に膨大なエネルギーが眠っているのである。スイは慣れた要領で魔珠を数えた。
「確かに」
「次の注文票も用意してある?」
「ああ、これだ」
注文票を受け取り、さっさと目を通すとメノウは微笑んだ。いつもとあまり変わらない数量だ。
「分かった。また持ってくるよ。決済はいつもどおり港の銀行でできるんだよね?」
「ああ。いつもどおりな。ところで」
スイは切り出した。
「マーラルの魔珠の輸入量が最近かなり増えているとの噂を聞くのだが」
すると、メノウがくすっと笑った。
「スイは何でも知っているんだね。そう。僕たちもちょっとマークしている」
「メノウ」
スイは席を離れて窓辺に歩いていった。レースのカーテン越しからちらっと中庭を見て、くるりとメノウの方に振り返った。
「マーラル王にあったことはあるか?」
「見たことはある」
メノウは腰かけたまま不思議そうにスイを見上げた。しかし、スイはすぐにメノウから目をそらし、窓の方に向き直った。
「マーラル王は何をするか分からないお方だ。気をつけた方がいい」
その目は遠い空を見ていた。
重要な任務から解放されると、二人は部屋を出た。雑談をしながら廊下を歩いていると、シェリスと会った。
「スイ様、何かお飲み物をお持ちしましょうか」
念のため訊いてみる。
シェリスはセイラムの頃からこの屋敷に仕える執事で、セイラムが郊外に移るときには引き続き仕えたいと願い出たが、セイラムの方からスイの面倒を見て欲しいと頼まれ、快く引き受けた。シェリスはスイよりもよく家のことが分かっており、セイラムの仕事も多少手伝っていたため、まだ若いスイにはなくてはならない相談相手でもあった。教えてもらうこともまだまだ多い。
「ありがとう。また後でお願いするよ」
次回更新予定日:2018/08/25
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中には美しく輝く透き通った球がつめられている。一粒の大きさはビー玉程度だ。この小さな球体に膨大なエネルギーが眠っているのである。スイは慣れた要領で魔珠を数えた。
「確かに」
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「ああ、これだ」
注文票を受け取り、さっさと目を通すとメノウは微笑んだ。いつもとあまり変わらない数量だ。
「分かった。また持ってくるよ。決済はいつもどおり港の銀行でできるんだよね?」
「ああ。いつもどおりな。ところで」
スイは切り出した。
「マーラルの魔珠の輸入量が最近かなり増えているとの噂を聞くのだが」
すると、メノウがくすっと笑った。
「スイは何でも知っているんだね。そう。僕たちもちょっとマークしている」
「メノウ」
スイは席を離れて窓辺に歩いていった。レースのカーテン越しからちらっと中庭を見て、くるりとメノウの方に振り返った。
「マーラル王にあったことはあるか?」
「見たことはある」
メノウは腰かけたまま不思議そうにスイを見上げた。しかし、スイはすぐにメノウから目をそらし、窓の方に向き直った。
「マーラル王は何をするか分からないお方だ。気をつけた方がいい」
その目は遠い空を見ていた。
重要な任務から解放されると、二人は部屋を出た。雑談をしながら廊下を歩いていると、シェリスと会った。
「スイ様、何かお飲み物をお持ちしましょうか」
念のため訊いてみる。
シェリスはセイラムの頃からこの屋敷に仕える執事で、セイラムが郊外に移るときには引き続き仕えたいと願い出たが、セイラムの方からスイの面倒を見て欲しいと頼まれ、快く引き受けた。シェリスはスイよりもよく家のことが分かっており、セイラムの仕事も多少手伝っていたため、まだ若いスイにはなくてはならない相談相手でもあった。教えてもらうこともまだまだ多い。
「ありがとう。また後でお願いするよ」
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「ありがとう」
書斎に寄って荷物を置き、すぐに応接室に向かう。
「待たせたな、メノウ」
ドアを開けると、ソファに座っていたメノウが振り向いた。小柄だが、どこか凛としたところがある青年だ。
「いらない荷物は先に部屋に置いてきちゃった。泊めてくれるんでしょ」
「ああ。取りあえず先に話を済ませようか」
「うん。そうだね」
スイはメノウをいつもの部屋に案内した。スイが手をかざすと、ドアが開いた。魔珠の取引のためだけに使用する特別な部屋で、関係書類と魔珠を一時的に保管する金庫なども置かれている。
「お茶でもどうだ?」
「うん。もらう」
慣れた手つきでてきぱきと茶を淹れるスイをメノウはじっと見ている。
「何でも自分でやるんだね、スイは」
「あまりここには人を入れない方がいいだろ。もっとうまく淹れられるといいのだが」
「僕はスイの淹れたお茶好きだよ」
「そう言ってもらえると助かる」
クールだと言われているスイもメノウの屈託のない笑顔を見ると、つい笑いがこぼれる。
「セイラム様はお元気にしておられる?」
「父上か。ああ、元気だ。相変わらず母と静かに暮らしているよ。貴族の子息を何人か引き受けていて学問や剣術を教えているらしいが」
スイの父、セイラムは魔珠の担当官で、メノウの父、ヘキも売人だった。二人は非常に親しく、ヘキがリザレスに来たときには必ず当時はセイラムの私邸だったこの家に泊まっていった。スイという名前もセイラムがヘキに頼んでつけてもらった名前である。売人は世襲制であるため、生まれたときから跡を継ぐことになっていたメノウも幼い頃から父に同行していた。一歳年下のメノウは、一人っ子のスイにとって友達のような弟のような存在だった。いつからかスイはメノウが来るのを楽しみにするようになった。いつも側にいるわけではないが、いちばん何でも正直に話せる間柄だった。
「いいなあ。親父も引退したらそんな生活がしたかったんだろうなあ」
セイラムはあまり宮廷の生活というのが好きではなかったらしく、スイが跡を継げるようになったと判断するやいなやすぐに引退した。職を辞しても宮廷に残り、行事などに参加する者の多い中で、私邸を子に譲って郊外で隠居生活を始めたセイラムはかなり異例といってもよい。一方、ヘキは引退した売人らしく、里の外れで一人寂しく暮らしている。
「早速だけど、注文の品の確認してもらってもいい?」
「ああ」
次回更新予定日:2018/08/18
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「待たせたな、メノウ」
ドアを開けると、ソファに座っていたメノウが振り向いた。小柄だが、どこか凛としたところがある青年だ。
「いらない荷物は先に部屋に置いてきちゃった。泊めてくれるんでしょ」
「ああ。取りあえず先に話を済ませようか」
「うん。そうだね」
スイはメノウをいつもの部屋に案内した。スイが手をかざすと、ドアが開いた。魔珠の取引のためだけに使用する特別な部屋で、関係書類と魔珠を一時的に保管する金庫なども置かれている。
「お茶でもどうだ?」
「うん。もらう」
慣れた手つきでてきぱきと茶を淹れるスイをメノウはじっと見ている。
「何でも自分でやるんだね、スイは」
「あまりここには人を入れない方がいいだろ。もっとうまく淹れられるといいのだが」
「僕はスイの淹れたお茶好きだよ」
「そう言ってもらえると助かる」
クールだと言われているスイもメノウの屈託のない笑顔を見ると、つい笑いがこぼれる。
「セイラム様はお元気にしておられる?」
「父上か。ああ、元気だ。相変わらず母と静かに暮らしているよ。貴族の子息を何人か引き受けていて学問や剣術を教えているらしいが」
スイの父、セイラムは魔珠の担当官で、メノウの父、ヘキも売人だった。二人は非常に親しく、ヘキがリザレスに来たときには必ず当時はセイラムの私邸だったこの家に泊まっていった。スイという名前もセイラムがヘキに頼んでつけてもらった名前である。売人は世襲制であるため、生まれたときから跡を継ぐことになっていたメノウも幼い頃から父に同行していた。一歳年下のメノウは、一人っ子のスイにとって友達のような弟のような存在だった。いつからかスイはメノウが来るのを楽しみにするようになった。いつも側にいるわけではないが、いちばん何でも正直に話せる間柄だった。
「いいなあ。親父も引退したらそんな生活がしたかったんだろうなあ」
セイラムはあまり宮廷の生活というのが好きではなかったらしく、スイが跡を継げるようになったと判断するやいなやすぐに引退した。職を辞しても宮廷に残り、行事などに参加する者の多い中で、私邸を子に譲って郊外で隠居生活を始めたセイラムはかなり異例といってもよい。一方、ヘキは引退した売人らしく、里の外れで一人寂しく暮らしている。
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プロフィール
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千月志保
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