魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「幅広い教養を身につけているようだな」
 自室に揃えたものの価値が正確に分かっていると見て取り、ヌビスはより一層スイを警戒した。この少年は成績優秀なだけでなく、実に多くの知識を吸収している。頭脳明晰なのは話しているだけでもよく分かる。危険な人物だ。早く葬らなければ。
「申し訳ございません。あまりにも素晴らしいお部屋でつい見とれてしまって」
 しかもこれからされることを分かっていてこの冷静さである。それとも冷静を装っているのだろうか。
「気になるものがあったら、近くに寄って見るといい」
「本当ですか。ありがとうございます」
 暖炉が気になっていたが、悟られないようにいちばん手前にあったテーブルからぐるりと部屋を回るように順番に見ていく。
「工芸品に興味があるのか?」
「特別あるというわけではないのですが、陛下がお持ちのものはそうそう目にすることができるものではございません」
 やはり冷静だ。
 スイは暖炉にたどり着いた。石に施された装飾をじっくり観察する振りをして周囲を見る。わずかだが、やはり不自然な亀裂がある。先ほどの「実験室」と呼ばれた部屋にもあったが、隠し通路か何かがあるのだろう。
「満足したか?」
「はい」
「では、こちらへ」
 暗闇の方に戻る。魔法陣を通り過ぎて再びベッドの方まで来て立ち止まった。
「暴れる者は魔法陣で呪縛して処置を施すのだが、お前は聡明そうだから暴れたりはしないな」
 丸腰で武器になりそうなものはない。素手でもいいが、いずれにしても強そうな魔術師が横に控えている。すぐに取り押さえられるだろう。そうでなくても、ヌビスの魔力があれば、スイの動きを止めるのは容易いことのはずだ。それに、抵抗してエルリックに何かあったら、ここに来た意味がない。
「やはりそうだな。ベッドに横たわりなさい。その方が楽だから」
 覚悟を決めた目を見てヌビスは言った。背中のローブの紐を解いて上半身をはだけさせる。冷たい指の感触に一瞬ぞくっとしたが、スイはおとなしくベッドに横たわった。視線が気になって目を背ける。

次回更新予定日:2019/05/04

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意外とこじんまりとした薄暗い部屋だった。燭台が所々にあり、ろうそくが点っている。部屋の隅に簡素だが、広くて寝心地の良さそうなベッドが一つあった。部屋の中央には円があり、古代文字や幾何学模様のようなものが彫られている。おそらく魔力を注ぎ込めば魔法陣として機能するのだろう。
「もうすぐお見えです。こちらに腰かけてお待ちください」
 スイは言われたとおり、戸惑いながらもベッドの端に腰かけた。他に腰かける場所もないからだろうが、違和感がある。真っ白なシーツに腰かけて背筋を伸ばしたまま、スイはヌビスが来るのを待った。ローブの男は少し離れて壁際に立っていた。
 しばらくすると、スイが入ってきたところとは違う扉が開いた。廊下には面していないはずなので、隣の部屋とつながっているということだ。スイは背筋を伸ばしたまま扉の方を向いてすくっと立ち上がった。扉の向こうから暖かそうな光が洩れた。隣の部屋には豪奢な家具類も確認できた。
「ようこそ、我が実験室へ」
「お招きいただき光栄です」
 型どおりの返答をした。感情が表に出ないように努めて無表情を装っていたが、かなり険しい目つきになっているような気がする。ヌビスはゆっくりとスイに近づいてきた。少し背の高いヌビスに合わせて、スイは顔を上げた。ヌビスは射抜くような鋭い視線でスイの瞳をのぞき込む。
「いい目だ。まるで挑むかのような」
 にやりと満足したようにヌビスは不気味な笑みを浮かべる。
「こんな部屋に連れてこられても動揺はないようだな。これから何をするのかすでに聞いているのか?」
 スイは答えなかった。そんな些細なことにヌビスが構うとは思えなかったが、何かの琴線に触れ、エルリックに災難が降りかかる可能性があることは極力避けたい。ヌビスもそれを察したようで、さらりと流して微笑んだ。
「隣は陛下のお部屋ですか?」
 刺すようなまなざしのまま問うてみる。ヌビスは警戒をする様子もなく、やんわりと答えた。
「そうだ。せっかくだから見てみるか?」
 ヌビスに招かれ、スイは王の寝室に入った。当然この部屋は研修生に案内されない極秘エリアだ。だが、呪術を施された者は以降マーラルに関わらなくなるとエルリックも言っていた。呪術に絶対の自信があるのだろう。どうせどのような情報を与えても利用することはもほやできない。警戒をしていないというよりは、むしろ自信と余裕を見せつけ、呪術に対する恐怖を煽るために部屋に入れたのだろう。
 だが、ヌビスの思惑どおりにはいかなかった。スイは至って冷静だった。
 いちばん最初に目についたのは、正面奥にあった金糸のタッセルに縁取られた深紅のベルベットとレースの天蓋のついた広いベッドだった。寝具はシルクの光沢を帯びていた。次に、右側の暖炉が目に入った。暖かい季節だったので、火はついていなかったが、真っ白な石に精巧な彫刻が施されていた。木製の家具類は全てスフィア地方のパイン材で、ソファの皮は上品な光沢を放ち、ソファの前の背の低いテーブルはマーラル産と思われる大理石特徴的な幾何学模様の絨毯はフローラ産。部屋にある品はどれも各地から集められた一級品だ。その美しさに目を奪われていると、隣に立ったヌビスが話しかけてきた。

次回更新予定日:2019/04/27

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周知の事実であっても口外してはいけないこと。それをなぜこの少年は知っているのか。エルリックの目が険しくなる。
「リザレスはそんな情報までつかんでいるのですね。陛下にとってさぞかし恐ろしい国でしょう。あなたを封じようという陛下のご判断は賢明かもしれません」
 それを聞いてスイは曖昧な笑いを浮かべた。
「それがマーラルのやり方なら仕方がありません。情報を手に入れられなかった私の落ち度です」
 もっともそんなに恐ろしい呪術なら、他言する者がいるとは思えないが。
「先生を巻き込むわけにはいきません」
 父の跡を継いでメノウと仕事をすると決めた。メノウの力になると決めた。魔珠担当官になるなら、必然的に周辺各国と関わることは避けられない。マーラルも当然例外とはなりえない。ヌビスの力にひれ伏し、その道をあきらめるようなら、所詮その程度の人間だったということだ。魔珠担当官になってもメノウに迷惑をかけるだけだ。
 後悔しても始まらない。こうなってしまった以上は最悪の状況を回避すべく最善の努力をするのみだ。
「優しいのですね、あなたは」
 エルリックも温かい眼差しに戻る。その瞳には先ほどの涙がまだうっすらと残っている。
「案内してください」
 凛とした顔つきでスイが顔を上げると、エルリックもうなずいた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
 エルリックも本当につらいのだと思う。苦しいのだと思う。それでもヌビスに処罰されるよりはましだ。

 長い廊下をだいぶ歩いた。何回か曲がった。研修生全員で城を案内してもらったときには通らなかった場所だ。あまりきょろきょろして不審に思われるのはまずかったが、せっかくのチャンスだ。入手できる情報は何でも吸収したい。そう思ってスイは歩きながら途中どのような部屋があるのか、城がどのような構造になっているのか、どのような位置関係で何が並んでいるのか、さりげなく確認して記憶した。魔珠担当官になったとき、どこかで役に立つかもしれない。スイは貪欲に何でも吸収しようとした。
「エルリックです」
 扉の前で立ち止まってエルリックは名乗った。すると、扉が開いた。
「ご苦労様。あとはこちらで案内します。また迎えに来てください」
「分かりました」
 黒いローブの男がスイの背中に手を添え、部屋の中に入るように促した。部屋の内部を確認しようとすると、先に背中を強く押され、部屋に入れられた。背後でエルリックが素速く礼をした。扉が閉まった。

次回更新予定日:2019/04/20

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夜になると、エルリックが迎えに来た。
 ヌビスに研修生が呼び出されたのは、これが初めてではない。これまでも何回もあったのだとエルリックは言った。
「将来マーラルにとって脅威となりうる優秀そうな研修生を見極めて呼び出すのです」
「それで、どうするのですか?」
 スイの問いに対してエルリックは目を伏せて唇をきゅっと結んだ。そして、吐き捨てるように答えた。
「ご自身の呪術の実験に使うのです」
「呪術?」
 反射的に返したものの、意外に驚きはなかった。ヌビスが大魔術師で、魔術や呪術の研究にのめり込んでいることは知っている。
「苦痛を伴う呪術です。どのような呪術なのかは私には詳しくは分かりませんが、呪術を受けた者は以後、恐怖のあまりマーラルに関わることはなくなると言われています」
 それほど激しい苦痛と恐怖を与える呪術だということか。漠然と考えていると、エルリックがスイの胸に顔を埋め、ぎゅっと体を強く引き寄せた。
「すみません。嫌ですよね。そんなの嫌に決まっています……」
 腕をつかんで顔を上げたエルリックの頬は涙で濡れていた。
「もう私も嫌なんです。こうやって何の罪もない教え子たちを苦しませるのは」
 この人は何人も研修生たちが苦しんでいるのを見てきているのか。スイは心を痛めた。
 エルリックは涙を拭いて立ち上がった。
「断ってきます」
「待ってください」
 慌ててスイが止める。
「先生にも……ご家族がおられるのでしょう?」
 スイの言葉にエルリックははっとなって動けなくなる。
「断れば……陛下に逆らえば、先生とご家族はどうなるのですか?」
 セイラムからもヘキからも聞いた。ヌビスに逆らって一族全員が収容所に送られて過酷な労働を強いられたり、処刑されたりした人の話は何度も聞いた。だからこそ問うことができた。エルリックもそれを鋭く見抜いた。
「なぜそんなことを知っているのです?」

次回更新予定日:2019/04/13

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「お前の言うとおり、昔、そう、士官学校に入ってすぐの頃だ。マーラルに交換研修に行くとお前にも話した」
 確かに行くという話は聞いた。だが、研修から帰ってきた後、詳しい話を聞いていない。
「マーラルに行ったんだよね。どうだった?」
「うん。勉強になった」
 そのあと、二言三言交わしたが、それで話は終わりになった。会ったのが研修から帰ってきてだいぶ立ってからだったため、もうあまり話したいこともないのかもしれないと思ってメノウもそれ以上聞こうとしなかった。
 スイは真剣な眼差しでメノウを見た。何か決意したような眼差しだ。
「そのときの話、聞いてくれないか」
 メノウはスイを見つめたまま、こくりとうなずいた。

 城に着いて他の研修生六名と合流した。講義室で今回の研修を担当する講師たちを紹介され、城を案内された。案内されたのは研修生たちが使用する棟と、城の窓口のような部屋の多い中央階段の周辺だった。一部の部屋は見学もさせてもらえた。
「エルリックと申します。研修の間、あなたの担当を務めます。よろしくお願いします」
 講師たちは一人ずつ担当する研修生も決まっていて、学習や生活の相談に乗るほか、城内を移動するときの事実上の監視役でもあった。
 エルリックは三十歳を少し過ぎたくらいの男性だった。物腰が柔らかそうで優しい目をしていた。講義はマーラル史の担当だった。笑顔も穏やかで、スイはすぐに打ち解けた。
 次の日の朝から講義が始まった。マーラルの歴史や文化などを担当の講師たちから一時間ずつ教わった。間に休憩時間もあり、他の研修生と話す機会にも恵まれた。
 夕方、講義が終わってエルリックと廊下を歩いていると、向こうから王冠を戴いた人物が護衛を従えて来たのが見えた。急に隣にいたエルリックが廊下の端に寄り、スイを自分の後ろに来るように引っ張った。
「今、隠そうとしたな」
 マーラル王ヌビスだった。鋭い眼光でエルリックを見つめている。
「申し訳ございません」
 無意識にしてしまった自分の行動を振り絞るようにして出した声で詫びる。しっかりした声にはなっていたが、震えが隠し切れていない。
 ヌビスは回り込むようにしてスイに歩み寄る。スイは何となく嫌な予感がして警戒していたが、それを表に出さないように無表情を装ってヌビスを見上げた。ヌビスはじっとスイの瞳を観察しながら訊ねた。
「研修生か?」
「はい」
「今夜、私の部屋に来い」
 あまりにも唐突な誘いで、返事ができなかった。もっともヌビスは回答など聞く気もなかったらしく、そのまま行ってしまった。
 否定などできるわけないのだ。

次回更新予定日:2019/04/06

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