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「もう直に回復する。いつまでも苦い思い出に浸っているわけにはいかないからな。他にやるべきことが多すぎる」
ヌビスの魔力を得るために先ほど話してくれた呪術を刻み込まれたときのことを思い出してくれたのだ。それによって呪術が発動し、魔力を得た。だが、いくら他のことに思いを巡らせなければならないからといって呪術による苦痛で異状を来した体がすぐに元に戻るとは思えなかった。
「どこから連れてこられた?」
「こっち」
構わず走り続けながらメノウに先を譲って先導してもらう。階段を上ると、扉があり鍵がかかっていたが、先ほど奪った鍵束の中から正しい鍵をすぐに見つけ、難なく開ける。再びスイが前に出て身を隠しながら、周囲に警戒しつつ走っていく。途中、見張りの兵士を二、三人ほど殴り倒して、二人は研究所から脱出した。そのままスイは森の北東部に向かった。
不意に気配を感じ、スイは立ち止まった。すると、音も立てずに忍びの者が木の上から降りてきた。
「これ、研究所で押収した証拠品」
その姿に気づき、すぐにメノウが魔珠を差し出す。
「分かりました。里に転送します」
転送の方法を部外者であるスイに見られてはまずいのだろう。忍びの者は魔珠を受け取ると、そのまま姿を消した。
「後は私たちがマーラルから出るだけだな。行くぞ」
「うん」
証拠品を手渡して肩の荷が軽くなったメノウは、少し元気が出てきたようだった。スイはいつも以上に呼吸が苦しかったが、メノウの笑顔で残った力を絞り出し、駆け出した。
「こっちだ」
何分間走っただろうか。暗闇にすっかり慣れた目に馬屋が映った。
「二頭ほど拝借しよう」
さすがに呪術によるダメージとそれなりの距離を走った疲れから、笑って見せた顔もゆがんでいた。メノウも息が上がっていたが、スイを励ますように笑ってうなずいた。
馬屋にたどり着くと、スイは何の迷いもなく、さっと馬を選んで首を叩くと、メノウに手綱を渡した。馬は一瞬警戒したような目をしたが、スイが目を合わせてもう一度首を叩くと、すぐに肩に入っていた力を抜いた。
「私についてきてくれ」
目をしっかり見たままメノウの馬に言うと、スイは自分用の馬を探して飛び乗った。メノウの方を振り返ると、メノウもうなずいてみせた。
スイが馬の腹を蹴ると、馬が勢いよく走り出した。メノウも後からついていく。
頭上には星が瞬いていた。
早く逃げなければ。敵に気づかれる前に。
次回更新予定日:2019/07/13
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ヌビスの魔力を得るために先ほど話してくれた呪術を刻み込まれたときのことを思い出してくれたのだ。それによって呪術が発動し、魔力を得た。だが、いくら他のことに思いを巡らせなければならないからといって呪術による苦痛で異状を来した体がすぐに元に戻るとは思えなかった。
「どこから連れてこられた?」
「こっち」
構わず走り続けながらメノウに先を譲って先導してもらう。階段を上ると、扉があり鍵がかかっていたが、先ほど奪った鍵束の中から正しい鍵をすぐに見つけ、難なく開ける。再びスイが前に出て身を隠しながら、周囲に警戒しつつ走っていく。途中、見張りの兵士を二、三人ほど殴り倒して、二人は研究所から脱出した。そのままスイは森の北東部に向かった。
不意に気配を感じ、スイは立ち止まった。すると、音も立てずに忍びの者が木の上から降りてきた。
「これ、研究所で押収した証拠品」
その姿に気づき、すぐにメノウが魔珠を差し出す。
「分かりました。里に転送します」
転送の方法を部外者であるスイに見られてはまずいのだろう。忍びの者は魔珠を受け取ると、そのまま姿を消した。
「後は私たちがマーラルから出るだけだな。行くぞ」
「うん」
証拠品を手渡して肩の荷が軽くなったメノウは、少し元気が出てきたようだった。スイはいつも以上に呼吸が苦しかったが、メノウの笑顔で残った力を絞り出し、駆け出した。
「こっちだ」
何分間走っただろうか。暗闇にすっかり慣れた目に馬屋が映った。
「二頭ほど拝借しよう」
さすがに呪術によるダメージとそれなりの距離を走った疲れから、笑って見せた顔もゆがんでいた。メノウも息が上がっていたが、スイを励ますように笑ってうなずいた。
馬屋にたどり着くと、スイは何の迷いもなく、さっと馬を選んで首を叩くと、メノウに手綱を渡した。馬は一瞬警戒したような目をしたが、スイが目を合わせてもう一度首を叩くと、すぐに肩に入っていた力を抜いた。
「私についてきてくれ」
目をしっかり見たままメノウの馬に言うと、スイは自分用の馬を探して飛び乗った。メノウの方を振り返ると、メノウもうなずいてみせた。
スイが馬の腹を蹴ると、馬が勢いよく走り出した。メノウも後からついていく。
頭上には星が瞬いていた。
早く逃げなければ。敵に気づかれる前に。
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「持ち帰らないと」
メノウは兵器に近づいた。よく見ると、魔法陣の周りに結界が張られている。
「解除しないと触れられないみたいだね」
スイは辺りを見回した。壁に何やらスイッチのようなものがついている。
「これがロックになっているようだが」
メノウもスイッチを見る。
「鍵とかで開けるタイプじゃなくて魔力を注ぎ込んで開けるタイプだね」
「おそらくこれに触れることを許された人物の魔力だけが登録されていて、他の人の魔力を注いでも反応しないというやつだろうな」
「残念。証拠は持ち帰れないか」
この目で見たというだけでも収穫だが、できれば証拠品を没収していきたかった。
「いや。待て」
スイは首の後ろの紐を解き、右肩からローブを滑らせ、右腕を抜いた。はだけた右胸に左手を置き、目を閉じる。
「スイ?」
苦しそうな呻き声とともに右胸にくっきりと青白い光の筋が浮かび上がる。右手を壁につけて倒れそうになる体を支え、傷跡から放出される魔力を集める。呪いがまだ有効である以上、傷跡に刻み込まれた魔力は。
スイはゆっくりと胸から手を放し、スイッチに近づけた。長い指に先ほどと同じ青白い光が点る。背後で結界が消滅し、魔法陣が収縮する。
「迂闊でしたね、マーラル王。私に呪いを施した報いですよ」
人の悪い笑いを浮かべながら、スイはその場にくずおれた。呪術はその使用者の魔力によってその場所に固定されるため、考えるのもおぞましいことだが、スイの傷跡にはヌビスの魔力が潜んでいる。この計画の中心人物であるヌビスの魔力がこのスイッチに登録されていないはずはない。そう考えての行動だ。
「よく思いついたね。大丈夫?」
スイの体を心配しながら、メノウが訊くと、スイは荒くなった呼吸を整えながら笑顔で返した。
「それよりも兵器を」
「分かった」
メノウはスイから離れ、すっと手を伸ばして美しく輝く魔珠を取った。
「よし、行こう」
まだ右胸を押さえていたスイが体を起こし、走り出した。
「大丈夫なの?」
魔珠を抱えたまま追いかけてきたメノウはすぐに追いついてスイの様子をうかがう。立ち上がることもままならないくらい苦しそうにしていたのに。
次回更新予定日:2019/07/06
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メノウは兵器に近づいた。よく見ると、魔法陣の周りに結界が張られている。
「解除しないと触れられないみたいだね」
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「これがロックになっているようだが」
メノウもスイッチを見る。
「鍵とかで開けるタイプじゃなくて魔力を注ぎ込んで開けるタイプだね」
「おそらくこれに触れることを許された人物の魔力だけが登録されていて、他の人の魔力を注いでも反応しないというやつだろうな」
「残念。証拠は持ち帰れないか」
この目で見たというだけでも収穫だが、できれば証拠品を没収していきたかった。
「いや。待て」
スイは首の後ろの紐を解き、右肩からローブを滑らせ、右腕を抜いた。はだけた右胸に左手を置き、目を閉じる。
「スイ?」
苦しそうな呻き声とともに右胸にくっきりと青白い光の筋が浮かび上がる。右手を壁につけて倒れそうになる体を支え、傷跡から放出される魔力を集める。呪いがまだ有効である以上、傷跡に刻み込まれた魔力は。
スイはゆっくりと胸から手を放し、スイッチに近づけた。長い指に先ほどと同じ青白い光が点る。背後で結界が消滅し、魔法陣が収縮する。
「迂闊でしたね、マーラル王。私に呪いを施した報いですよ」
人の悪い笑いを浮かべながら、スイはその場にくずおれた。呪術はその使用者の魔力によってその場所に固定されるため、考えるのもおぞましいことだが、スイの傷跡にはヌビスの魔力が潜んでいる。この計画の中心人物であるヌビスの魔力がこのスイッチに登録されていないはずはない。そう考えての行動だ。
「よく思いついたね。大丈夫?」
スイの体を心配しながら、メノウが訊くと、スイは荒くなった呼吸を整えながら笑顔で返した。
「それよりも兵器を」
「分かった」
メノウはスイから離れ、すっと手を伸ばして美しく輝く魔珠を取った。
「よし、行こう」
まだ右胸を押さえていたスイが体を起こし、走り出した。
「大丈夫なの?」
魔珠を抱えたまま追いかけてきたメノウはすぐに追いついてスイの様子をうかがう。立ち上がることもままならないくらい苦しそうにしていたのに。
次回更新予定日:2019/07/06
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「すごいね、スイ」
自由になった両手を振りながらメノウは言った。
「父に勧められて練習した」
メノウに縄を解かれながらスイが笑う。本当に使うことがあるとは。
「さて」
体が完全に自由になったスイは、周りの箱を物色し始めた。
「この瓶ならいいかな」
少し大きめの薬品の瓶だ。調合に使う魔法水の瓶で、これだけでは何の効力も発揮しないただの液体である。
スイはドアの方の壁に体を接触させて聞き耳を立てた。
「これで無視されたら火薬を調合するはめになるのだが」
不敵な笑いを浮かべたスイは美しくも恐ろしい。やる気だ。メノウも疲れた体に気合いを入れて心の準備をする。
何分か耳を澄ましていると、足音が近づいてきた。いちばん近くなったと思ったところでドアの反対側に走り、用意していた瓶を思い切りドアに投げつける。瓶は派手な音を立てて割れた。
「何事だ!」
スイが思っていたとおり、巡回の兵士が駆けつけてきてドアを開けた。ドア口にいたスイが兵士をすさまじい力で室内に引っ張り、腹に拳をめり込ませた。兵士は気を失ってその場に倒れた。
「鍵を開けるのは面倒だからな」
スイは兵士の腰から鍵の束を拝借した。
「目、覚まさないかな?」
メノウが心配そうに兵士の顔をのぞき込む。
「しばらくは大丈夫だと思うけど。念のため縛って鍵をかけて閉じ込めておくか」
ものの何秒かで手際よく兵士の手足を縛ると、スイはメノウとドアを少し開け、物音がしないか確かめ、廊下を見回す。誰もいない。
「向かいの部屋だよ」
「確かに広そうな部屋だ」
スイはドアを探し、鍵穴の形を確認する。鍵束から合いそうな鍵を見つける。
「これかな?」
鍵を回すと、ドアが開いた。
「これは」
ドアを閉めて部屋の中央を見る。魔法陣の真ん中に水晶玉ほどの大きさの魔珠が浮いていた。複数の青い光が短く切ったリボンのように魔珠の中を舞っていた。息を呑むほど美しい物体。だが、これこそが多くの人間の命を奪うことのできる魔術兵器に他ならない。
次回更新予定日:2019/06/29
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「父に勧められて練習した」
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「この瓶ならいいかな」
少し大きめの薬品の瓶だ。調合に使う魔法水の瓶で、これだけでは何の効力も発揮しないただの液体である。
スイはドアの方の壁に体を接触させて聞き耳を立てた。
「これで無視されたら火薬を調合するはめになるのだが」
不敵な笑いを浮かべたスイは美しくも恐ろしい。やる気だ。メノウも疲れた体に気合いを入れて心の準備をする。
何分か耳を澄ましていると、足音が近づいてきた。いちばん近くなったと思ったところでドアの反対側に走り、用意していた瓶を思い切りドアに投げつける。瓶は派手な音を立てて割れた。
「何事だ!」
スイが思っていたとおり、巡回の兵士が駆けつけてきてドアを開けた。ドア口にいたスイが兵士をすさまじい力で室内に引っ張り、腹に拳をめり込ませた。兵士は気を失ってその場に倒れた。
「鍵を開けるのは面倒だからな」
スイは兵士の腰から鍵の束を拝借した。
「目、覚まさないかな?」
メノウが心配そうに兵士の顔をのぞき込む。
「しばらくは大丈夫だと思うけど。念のため縛って鍵をかけて閉じ込めておくか」
ものの何秒かで手際よく兵士の手足を縛ると、スイはメノウとドアを少し開け、物音がしないか確かめ、廊下を見回す。誰もいない。
「向かいの部屋だよ」
「確かに広そうな部屋だ」
スイはドアを探し、鍵穴の形を確認する。鍵束から合いそうな鍵を見つける。
「これかな?」
鍵を回すと、ドアが開いた。
「これは」
ドアを閉めて部屋の中央を見る。魔法陣の真ん中に水晶玉ほどの大きさの魔珠が浮いていた。複数の青い光が短く切ったリボンのように魔珠の中を舞っていた。息を呑むほど美しい物体。だが、これこそが多くの人間の命を奪うことのできる魔術兵器に他ならない。
次回更新予定日:2019/06/29
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「三日目からも毎日魔力を注がれて。呪術が深く刻み込まれて苦痛が大きくなっていった」
スイの話をメノウは青ざめた顔をして聞いていた。
「エルリック先生が優しく接してくださらなかったら、もうその時点で駄目になっていたかもしれない」
スイはうつむいた。
「先生でなければ、何も言わずに私をマーラル王の実験室に連れて行っただろうし」
口元をほころばせ、スイは顔を上げた。
「エルリック先生だけが心の救いだったんだ」
「そっか」
メノウも少しほっとしてずっと強ばっていた表情が緩んだ。
「マーラルから帰ってきても何度も呪術に苦しめられた。ただ、帰ってきた翌日からキリトがいい薬を調合してくれたんだ。それが効いて早い段階で生活に支障が出ないようになった。それに」
スイは真っ直ぐメノウを見つめた。
「何よりも父のように魔珠担当官になってお前と仕事したいって思っていた。だから、耐えられた」
「僕もリザレスの魔珠担当官はスイが良かったから、すごく嬉しいよ」
メノウの言葉を聞いてスイは満足したように笑った。今までがんばってきて良かった。今の言葉が何よりのご褒美だ。
「キリトにも感謝しないとね。それでも」
メノウの表情が曇る。
「呪術を完全に無効化することはできないんだね」
「そうだな」
積み上げられた箱に寄りかかったまま、スイは聞き耳を立てた。ドアまで距離があるため、よく分からないが、そんなに近くにはいないようだ。
「でも、マーラル王の思惑に反してこうしてマーラルにお前を助けに来ることはできた。問題は助けることができるかどうかなんだが」
急にあっさりとしたしゃべり方になる。
「まずはこの手足を何とかしないといけないな」
箱によりかかっていた上半身をスイは初めて起こす。
「メノウ、私と背中合わせになれるか?」
「うん」
二人とも縛られたままの足を床に擦りつけてスイの指示どおり背中合わせになった。背中合わせになる前の瞬間、スイはメノウの手首の縄の結び目を素速く確認する。
「しばらくそのままにしていてくれ」
記憶と手の感触で結び目を探し当て、解き始める。かなり固く頑丈に結んである上に、きつめに手首を縛られていたため、少し手先の感覚が麻痺していて力が入りにくい。解くことには成功したものの、思った以上に手こずってスイは苦笑いした。
次回更新予定日:2019/06/22
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スイの話をメノウは青ざめた顔をして聞いていた。
「エルリック先生が優しく接してくださらなかったら、もうその時点で駄目になっていたかもしれない」
スイはうつむいた。
「先生でなければ、何も言わずに私をマーラル王の実験室に連れて行っただろうし」
口元をほころばせ、スイは顔を上げた。
「エルリック先生だけが心の救いだったんだ」
「そっか」
メノウも少しほっとしてずっと強ばっていた表情が緩んだ。
「マーラルから帰ってきても何度も呪術に苦しめられた。ただ、帰ってきた翌日からキリトがいい薬を調合してくれたんだ。それが効いて早い段階で生活に支障が出ないようになった。それに」
スイは真っ直ぐメノウを見つめた。
「何よりも父のように魔珠担当官になってお前と仕事したいって思っていた。だから、耐えられた」
「僕もリザレスの魔珠担当官はスイが良かったから、すごく嬉しいよ」
メノウの言葉を聞いてスイは満足したように笑った。今までがんばってきて良かった。今の言葉が何よりのご褒美だ。
「キリトにも感謝しないとね。それでも」
メノウの表情が曇る。
「呪術を完全に無効化することはできないんだね」
「そうだな」
積み上げられた箱に寄りかかったまま、スイは聞き耳を立てた。ドアまで距離があるため、よく分からないが、そんなに近くにはいないようだ。
「でも、マーラル王の思惑に反してこうしてマーラルにお前を助けに来ることはできた。問題は助けることができるかどうかなんだが」
急にあっさりとしたしゃべり方になる。
「まずはこの手足を何とかしないといけないな」
箱によりかかっていた上半身をスイは初めて起こす。
「メノウ、私と背中合わせになれるか?」
「うん」
二人とも縛られたままの足を床に擦りつけてスイの指示どおり背中合わせになった。背中合わせになる前の瞬間、スイはメノウの手首の縄の結び目を素速く確認する。
「しばらくそのままにしていてくれ」
記憶と手の感触で結び目を探し当て、解き始める。かなり固く頑丈に結んである上に、きつめに手首を縛られていたため、少し手先の感覚が麻痺していて力が入りにくい。解くことには成功したものの、思った以上に手こずってスイは苦笑いした。
次回更新予定日:2019/06/22
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昨日と変わりない様子で講義を受けていたスイの言うことに誰も疑問を感じなかった。研修生たちは雑談を始めた。
スイは急ぎ足で自室に向かった。
自室の前で立ち止まり、周囲に誰もいないことを確認して中に入りドアを閉める。そのままドアにもたれかかり、我慢していたように苦しそうに目を閉じ、胸を押さえ、呼吸を乱す。
「やっぱり我慢していたのですね」
思わぬところから声がしてスイは片目を開ける。
左手の壁にエルリックが腕を組んでもたれかかっていた。
迂闊だった。いつもなら気配だけで人がいることが分かるのに。だが、もうこの苦痛を抑えて何事もなかったかのように振る舞うのは限界だった。十五分だけでもいいから休みたかった。
エルリックとしても心配になって様子を見に来てはみたものの、かけるべき言葉が見つからなかった。エルリックは真実を述べてスイを守ろうとした。それでもスイはエルリックをかばい、この苦痛に耐えることを選んでくれたのだ。呪術が刻まれてしまった以上、もうどうすることもできない。
エルリックはスイの方に歩み寄って、スイをそっと自分の方に抱き寄せた。苦しそうに息をしているスイは全身に力を入れることができず、そのままエルリックの胸に倒れ込んできた。エルリックはスイの体を受け止めてそのまま一緒に屈み込んだ。
大きな手がスイのさらさらとした黒髪に包み込むように触れる。温かい。この人を守れて良かったとスイは思った。
しばらくすると、呼吸が落ち着いてきた。
「先生」
スイが顔を上げた。
「どうしてもやりたいことがあるのです。ですから、すべきことはやり遂げます」
つらかったら無理しないで講義を休んでもいい。見ているのが苦しくて何度もその言葉が喉元まで出かかった。その度に呑み込んだ。自分をかばってこんな状態になっているのにそんなことは言えない。言えなくて苦しんでいるエルリックの気持ちをスイは理解してくれていた。
「そろそろ時間ですね」
やはり返す言葉が思い当たらなくて悩んでいると、スイがすっと立ち上がった。
「先生が担当で良かったです」
スイはにっこり笑って出ていった。少しの時間休めたからといって苦痛が劇的に弱まるわけでも体力が戻るわけでもない。
あの笑顔を見ているだけで胸が締めつけられるようだった。
次回更新予定日:2019/06/15
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スイは急ぎ足で自室に向かった。
自室の前で立ち止まり、周囲に誰もいないことを確認して中に入りドアを閉める。そのままドアにもたれかかり、我慢していたように苦しそうに目を閉じ、胸を押さえ、呼吸を乱す。
「やっぱり我慢していたのですね」
思わぬところから声がしてスイは片目を開ける。
左手の壁にエルリックが腕を組んでもたれかかっていた。
迂闊だった。いつもなら気配だけで人がいることが分かるのに。だが、もうこの苦痛を抑えて何事もなかったかのように振る舞うのは限界だった。十五分だけでもいいから休みたかった。
エルリックとしても心配になって様子を見に来てはみたものの、かけるべき言葉が見つからなかった。エルリックは真実を述べてスイを守ろうとした。それでもスイはエルリックをかばい、この苦痛に耐えることを選んでくれたのだ。呪術が刻まれてしまった以上、もうどうすることもできない。
エルリックはスイの方に歩み寄って、スイをそっと自分の方に抱き寄せた。苦しそうに息をしているスイは全身に力を入れることができず、そのままエルリックの胸に倒れ込んできた。エルリックはスイの体を受け止めてそのまま一緒に屈み込んだ。
大きな手がスイのさらさらとした黒髪に包み込むように触れる。温かい。この人を守れて良かったとスイは思った。
しばらくすると、呼吸が落ち着いてきた。
「先生」
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「どうしてもやりたいことがあるのです。ですから、すべきことはやり遂げます」
つらかったら無理しないで講義を休んでもいい。見ているのが苦しくて何度もその言葉が喉元まで出かかった。その度に呑み込んだ。自分をかばってこんな状態になっているのにそんなことは言えない。言えなくて苦しんでいるエルリックの気持ちをスイは理解してくれていた。
「そろそろ時間ですね」
やはり返す言葉が思い当たらなくて悩んでいると、スイがすっと立ち上がった。
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千月志保
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