魔珠 第5章 魔術兵器(4) 複雑な思い 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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昨日と変わりない様子で講義を受けていたスイの言うことに誰も疑問を感じなかった。研修生たちは雑談を始めた。
 スイは急ぎ足で自室に向かった。
 自室の前で立ち止まり、周囲に誰もいないことを確認して中に入りドアを閉める。そのままドアにもたれかかり、我慢していたように苦しそうに目を閉じ、胸を押さえ、呼吸を乱す。
「やっぱり我慢していたのですね」
 思わぬところから声がしてスイは片目を開ける。
 左手の壁にエルリックが腕を組んでもたれかかっていた。
 迂闊だった。いつもなら気配だけで人がいることが分かるのに。だが、もうこの苦痛を抑えて何事もなかったかのように振る舞うのは限界だった。十五分だけでもいいから休みたかった。
 エルリックとしても心配になって様子を見に来てはみたものの、かけるべき言葉が見つからなかった。エルリックは真実を述べてスイを守ろうとした。それでもスイはエルリックをかばい、この苦痛に耐えることを選んでくれたのだ。呪術が刻まれてしまった以上、もうどうすることもできない。
 エルリックはスイの方に歩み寄って、スイをそっと自分の方に抱き寄せた。苦しそうに息をしているスイは全身に力を入れることができず、そのままエルリックの胸に倒れ込んできた。エルリックはスイの体を受け止めてそのまま一緒に屈み込んだ。
 大きな手がスイのさらさらとした黒髪に包み込むように触れる。温かい。この人を守れて良かったとスイは思った。
 しばらくすると、呼吸が落ち着いてきた。
「先生」
 スイが顔を上げた。
「どうしてもやりたいことがあるのです。ですから、すべきことはやり遂げます」
 つらかったら無理しないで講義を休んでもいい。見ているのが苦しくて何度もその言葉が喉元まで出かかった。その度に呑み込んだ。自分をかばってこんな状態になっているのにそんなことは言えない。言えなくて苦しんでいるエルリックの気持ちをスイは理解してくれていた。
「そろそろ時間ですね」
 やはり返す言葉が思い当たらなくて悩んでいると、スイがすっと立ち上がった。
「先生が担当で良かったです」
 スイはにっこり笑って出ていった。少しの時間休めたからといって苦痛が劇的に弱まるわけでも体力が戻るわけでもない。
 あの笑顔を見ているだけで胸が締めつけられるようだった。

次回更新予定日:2019/06/15

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