魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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キリトは笑顔でうなずくと、薬瓶を手にしてドアを開け、スイを退室させた。そして、自分も退室すると、ドアを静かに閉めた。スイを気遣いながらゆっくりと歩を進める。いつもの姿勢良く優雅に歩くスイと比べると、いささか後ろ姿が疲れていて動きが機械的に見えるが、もうゆっくり歩くことはできるようだった。ただ、歩きながら話をしようとしないところを見ると、やはりまだ苦痛をこらえているのだろうとキリトは想像した。
 客室に入ると、キリトはスイを寝かせて自分は椅子に座った。薬瓶はいつでもすぐに取れるようにベッドのすぐ横に置いた。
「一人でゆっくりしたくなったら、いつでも言ってくれ」
「ありがとう」
 まだいつもの勢いはなかったが、安心したような声だった。
「とりあえず、話の続き、聞いてもらっていいか?」
「もちろんだ。でも、疲れたら途中でも休めよ」
「分かった」
 弱々しい笑みを口元に浮かべる。ひと呼吸置いて話を切り出す。魔術研究所に地下二階が存在し、その実験準備室にメノウと閉じ込められたこと。脱出に成功し、同じ階で兵器を見つけたこと。それを持って魔術研究所から抜け出し、忍びの者に渡したこと。そして、無事に予定の船に乗り込み、メノウを国外に逃がすことに成功したこと。
「そうか。証拠が里の手に渡ったということか。これでマーラルも言い逃れはできないな」
 腕を組んでキリトは考え込む。
「フローラのときのように魔珠の輸出を凍結するのだろうか」
「おそらくは」
 スイの回答にキリトはため息をついた。
「最初に打撃を受けるのは常に何の罪もない国民だ」
 すると、スイもそれに同調するように悲しげな目をした。その目はどこか遠くを見つめていて、唇だけが静かに動いて言葉を紡ぎ出しているかのようだった。
「フローラは国民の力で窮地を脱した。国民が声を上げ、王家の血筋を引く者がそれに応える形で即位した。今のマーラルの国民にはそんな力はあるだろうか」
 皆、マーラル王を恐れている。マーラル王に刃向かおうものならどのような仕打ちが待っているか分からない。だが、キリトは冷静に答えた。
「力があるかどうかじゃないんだよ。魔珠がなければ、生活できない。黙って朽ち果てていくよりは何か行動を起こすだろう」
 そうだ。きっとそうする。
「なあ、スイ」
 キリトが意地の悪い目でスイの顔をのぞき込む。
「お前がマーラル王だったら、どうする?」
 力が圧倒的でも、マーラル国民の大部分が相手となると、容易に潰せる人数ではない。これを
叩いていく展開になれば、厄介極まりない。その前に何か策を講じるべきだろう。

次回更新予定日:2019/08/17

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「覚えているか。以前マーラル王が政治犯などを魔術の実験に使っているという報告があっただろう」
 あった。外務室の諜報担当者が拾ってきた情報だ。
「城と魔術研究所を結ぶ地下通路があって、その中央部付近に囚人を監禁しておく牢獄があるんだ」
「メノウはそこに捕まっていたのか」
 台を拭いていた手を止めてスイの方を見ると、スイは険しい目でうなずいた。
「メノウを独房から出すことはできたのだが、運悪くマーラル王に出くわして」
「マーラル王に?」
 驚いた表情でキリトに訊かれて、スイは先を急いだ。
「それで」
 そう言いかけたときだった。スイがうめき声を上げ、右胸を押さえて倒れ込んできた。キリトはふきんを放り出して慌ててスイの体を支えた。素速く左手で瓶を取ると、先ほど閉めたばかりの蓋を開けてスイの口に押し当てた。半ば無理やり飲み込んだのを確認し、瓶を唇から離す。激痛はなくなったようだったが、呼吸がひどく乱れていた。
「少し、落ち着いてから話した方がいいんじゃないか」
 だが、スイは遮るように続けた。薬が効いている今のうちに。
「マーラル王に、呪いを……一度、刻まれた呪いは……」
「そうか」
 キリトは苦しそうな表情でスイの話を聞いた。
「いいように、もてあそばれて、激痛で、意識が、なくなって」
 またスイが胸を押さえてうめいた。薬のおかげか先ほどよりは軽そうだった。時間も一瞬で、すぐに直前の呼吸の乱れた状態に戻った。
「すまない。帰りの船で寝たときにも、うなされて……」
 キリトはスイの目をまっすぐ見てうなずいた。
 呪術が発動して激痛に襲われる夢を見ているときは、現実でも呪術が発動している。キリトは寮で同室だったとき、何度も夜中、スイのうめき声で目を覚ましたことがある。胸をはだけて確認すると、青く光る線がくっきりと現れている。帰りの船で疲れて仮眠を取ったときにもあのときのようになっていたに違いない。
「ちょっと待っていてくれ」
 言うと、さっと片づけの続きを済ませ、キリトはスイの前に戻ってかがみ込んだ。見上げるようにしてスイの顔をのぞき込むと、呼吸が少し落ち着いてきていた。
「客室に行かないか? 少し横になった方がいい。あまり眠れていないだろう?」
 客室は客が泊まるために用意されている部屋なので、ベッドがある。薬ができたので、安心して眠ってもらってもいいし、続きを話してもらってもいい。
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」

次回更新予定日:2019/08/10

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来客があると伝えられたのは午前十時を少し回ったくらいだった。キリトは眉をひそめたが、すぐに読書をしていた書斎に通すように使用人に言った。
「どうかしたのか? せっかくの休日なんだから、ゆっくり休んでいればいいのに」
 本を閉じて机に置き、キリトは立ち上がった。
「とはいえ、この時間にここにいるということは目的は無事達成できたと考えて良さそうだな。お疲れ」
 キリトは疲れた顔をスイの手を取ると、ぎゅっと握って祝福した。スイは弱々しい笑顔を返した。
「それで?」
「薬を調合してもらいたいんだ」
 さらりとスイは答えた。キリトは顔が青ざめる。
「薬って……まさか再発したのか?」
「もう大丈夫だと思っていたんだが」
 スイは苦笑した。
「分かった。とにかく薬を作ろう。お前も来るだろ?」
 この部屋に残って一人で休んでいてもらってもよかったが、誰かといたり何かをしたりして気を紛らされているときの方が、呪術の引き金となる記憶を呼び起こしにくいということは経験的に分かっている。いちばん危ないのは、マーラルに関する事柄に接しているとき、そして眠っているとき。マーラルから帰ってきて何ヶ月かはよく呪術を刻み込まれたときのことを夢に見てうなされていた。
 キリトの後をついて階段を下りていく。
「そこにでも座って待っていてくれ」
 あまり広くない調合室に入るなり、部屋のいちばん奥にある椅子をスイに勧める。スイは静かに腰かけて、手際よく棚から青バラの花びらとユキヒイラギの実と魔法水の瓶を取り出すキリトを見ていた。
 材料を瓶に入れてふわっと魔力を込める。その光を見ているだけでも心地よいとスイは感じた。キリトの魔力はヌビスの呪術の力を抑える力が強い。側にいるだけでも体が楽になる気がする。
 瓶の中の液体にぶくぶくと気泡ができて消えた。花びらも実も液体に溶けてなくなっていた。
「じゃあ話を聞こうかな。明日でもいいけど」
「いや。聞いてくれ」
 遮るようにスイは言った。キリトは瓶の蓋を閉めた。スイは話を切り出した。
「予定どおり、暗くなってから城の敷地内に入った。魔術研究所の様子を見て回っていたとき、忍びの者がいるのに気がついて情報交換をした」
 キリトはてきぱきと後片づけをしながら苦笑した。魔珠の里の忍びの者をめざとく見つけるなんて。相変わらず鋭い。

次回更新予定日:2019/08/03

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「こう見えても今ではそこそこ名の通った貿易商なんだ」
 グラファトの父親は士官学校を受験させるつもりで知り合いのセイラムにグラファトの剣術の指導を依頼したのだが、グラファトは商売に興味を持ち、結局その道に進んだ。その後、めきめきと才能を開花させ、独立し、自分の船を持つようになり、周辺各国からも信頼される貿易商に成長した。
 スイはグラファトの空いている方の手を握った。
「協力感謝するよ」
「こちらこそ。この海が平和でないとこちらも商売にならないしな」
 グラファトは相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべている。
「それにお前に頼まれたら断れないもんな」
 グラファトが豪快に笑うと、スイも目を細めた。
「こんなところで悪いが、港に着くまで辛抱してくれ」
 ランプを木箱の上に置いて、グラファトは部屋の入口の方に戻った。ブランケットを脇に抱えて持ってきて二人に渡す。
「港に着いたら知らせに来るから、すぐに降りてくれよ。積み荷下ろし始める前に出てもらわないと邪魔になるから」
「ありがとう」
 スイがブランケットを受け取ると、グラファトは部屋を出た。
「最初からこの船に乗るつもりで動いていたんだ」
 メノウは感心しながら、元の位置に座って木箱に寄りかかった。
「そうでなければ、あんなこと怖くてできない」
 スイは笑った。
「クラークに着くまでに眠れたら少し眠っておくといい。すぐにマシュー行きの船に乗れるように手配してあるから」
「そこまでしてくれているんだ」
 マシューはリザレスの北に位置する国、パウンディアの北部の港町だ。
「リザレスからは早く離れた方がいいだろ」
 スイがリザレス人であることが知られている以上、マーラルが手がかりを求めて追っ手を送り込む可能性もある。リザレス国内でスイに手を出すのは難しいだろうが、外国人であるメノウであれば、見つけてうまく連れ戻しても足跡が残りにくい。長くクラークに留まれば、それだけ目撃情報が多くなる。メノウの足取りをつかみにくくするためにも迅速に行動した方が賢明だ。
「そうだね。一度里にも戻らないといけないし」
 スイはうなずいて、優しくメノウにブランケットをかけた。メノウは両手でブランケットを首までたぐり寄せた。ふんわり温かい感触がして、初めて体が冷えていたことに気づく。
 隣にスイが座って、左上半身を木箱にくっつけた。ブランケットを胸までかけてメノウに微笑むと、そのまま目を閉じた。しばらくはその顔を眺めていたはずだったが、疲れが出たのか、メノウもいつの間にか眠っていた。

 メノウが目を覚ましたのは、横から呻き声が聞こえたからだった。
「スイ?」
 右胸を押さえて歯を食い縛っている。この反応、先ほども見た。呪術が発動している。
「心配、いらない……すぐ、治まる」
 吐き出すように言うと、スイはすぐに短い呻き声を上げた。右胸を押さえていた手に力が入る。呻き声が不規則な呼吸に変わる。
 思考できる程度に苦痛が和らぐには少し時間を要した。
 久しぶりだ。もう忘れかけていたのに。この呪術が体に刻み込まれたときの記憶を忠実に再現する夢。そして、その記憶を思い起こすたびに現実でも発動する呪術。
 再発するなんて。
 乱れる呼吸を整えながら、スイは心の中で苦笑した。

次回更新予定日:2019/07/27

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アインの町に入る前に馬を乗り捨てると、まだ夜明け前の人気のない通りを駆け抜け、港に向かった。
 そのまま何の迷いもなく、一隻の船に乗り込む。階段を降りると、木箱や樽がぎっしりと積んであった。スイは座り込み、木箱にもたれかかった。見たことがないくらいぐったりしている。呪術にそんなに体力を奪われていたのかとメノウは今更ながら驚く。
「お前も座るといい」
 メノウは素直に従った。疲れて目を伏せているスイの横顔を見る。
「貨物船?」
「そうだ」
 しばらくすると、甲板の方が騒がしくなり、やがて船が動き出した。
 疲れていたからかもしれないが、スイが木箱にもたれかかって目を伏せたまま、話しかけてこないので、メノウも横で息をひそめていた。
 足音が聞こえてきた。近づいてくる。スイが目を開ける。警戒するときのぴんと張り詰めた面持ちではない。
「うまくいったようだな」
 ランプを持った精悍な顔立ちの男が立っていた。どこかで見たことのあるような顔だと思ってメノウは疲れた頭をフル回転させて記憶をたどる。ぐったりしていたはずのスイが優雅な動作で起き上がる。
「ああ。何とか」
 そのとき、メノウがはっとして叫んだ。
「もしかして、グラファト?」
 すると、男はにやりと白い歯を見せて笑った。
「もう長い間合っていなかったから分からないかと思ったが」
 確かに最後に会ったのは十三歳のときだったはずだから、長い年月が経っている。スイが士官学校に入る前だったから、グラファトも十四歳だったはずだ。あの頃と比べると、随分背も伸びて、何よりも筋肉がついてがっしりした体格になっている。当時から引き締まった体だったが、どちらかというと細身な感じの印象だった。
 グラファトは十歳から週一回ほど、セイラムが休みの日に剣術を習いに来ていた。メノウもリザレスに来ると、セイラムに剣術を教えてもらっていたので、年に二回ほどだったが、グラファトと稽古したことがあった。
「どういう、こと?」
 目の前に立っている男がグラファトだと判明したものの、事態がまだ理解しきれない。戸惑うメノウを見てグラファトは頭をかいた。

次回更新予定日:2019/07/20


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