魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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ヴァンパイア化した町や村の浄化は順調に進んでいた。
 グレンはいつものように派遣されていた村から戻り、エストルの執務室に向かった。
 ドア口に立つと、名前を呼ぶよりも先にドアが開いた。
「グレン、今帰ったのか?」
 さすがに人がいるとは思っていなかったようで、エストルも驚いた顔を見せる。だが、すぐに元のきりっと引き締まった表情に戻ってドアを閉めると、口元をほころばせて言った。
「ちょうどいい。ついてきてくれ」
「あ、はい」
 急に言われてとまどいながら、グレンはエストルの後をついていった。たどり着いたのはエストルの私室だった。
「グレン!」
 シャロンが立ち上がる。続いてゆっくりとした動作で横に座っていたウィンターも席を立った。
「シャロン、それにウィンター。元気にしてた?」
 満面の笑みを浮かべてグレンがテーブルの方に向かう。
「グレン、座ってくれ。ちょうど私もウィンターたちの報告を聞こうと思っていたところだったんだ」
「良かった、会えて。僕にも聞かせてよ。テルウィングの話」
 グレンが腰かけたのを確認しながら、エストルはカップを用意した。ポットから茶を淹れてグレンの前に置くと、そっと席に着いた。
 ウィンターとシャロンはまず出会ったヴァンパイアを浄化しながら、ウィンターがかつて活動の拠点にしていた村を目指した。すぐに自力で復興できそうな町や村の住人は、そのまま状況の説明をするだけで良かったが、もうヴァンパイア化してから年数が経ってしまった村の住人は、ウィンターの村に連れて行くこともあった。ヴァンパイア化した人の数が多く、荒れ果ててしまっている町は人間に戻っても生活が困窮する可能性が高いと判断し、やむを得ず、浄化を後回しにすることにした。
 村に帰ると、かつての仲間たちが迎えてくれた。そこでウィンターはテルウィング王がヴァンパイアに噛まれて絶命したことを知らされる。王に対して恨みを持っていた部下の陰謀だったらしい。危機感を抱いた王子が城から脱走を図った。城の状況を偵察していたウィンターの仲間がその王子を保護し、村に連れ帰った。王子はウィンターたちの活動に感銘を受け、村で暮らしながら剣術と魔術の鍛錬に励み、今では見回りなどの活動にも参加しているという。
「殿下はまだ十五歳だが、聡明な方だ。王都が落ち着いたら、戻って即位を宣言し、我々に協力してくれるとのことだ。ムーンホルン王ともなるべく早く話がしたいとおっしゃっている」
 ムーンホルンで上級ヴァンパイアを追っている間に、願ったり叶ったりの方向に事態は動いてくれていたらしい。
「王都には行ってみたか?」
 エストルが問うと、ウィンターはうなずいた。
「城の者たちはほとんどがヴァンパイア化していた」
 そこで、まずは宮廷魔術師から浄化して上級ヴァンパイアの開発のことについて聞き出した。上級ヴァンパイアたちを全てヴィリジアンで倒したことを話すと、魔術師たちは魂が抜けてしまったように呆然と立ち尽くしていた。しかし、しばらくすると、大方の者がほっと安堵したようなすがすがしい表情になり、ウィンターに協力してくれた。魔術師たちも人間だ。力を追い求める一方で、あまりにも強大な力を持つ存在に恐れを抱いていた。
「研究は続けていたが、試作などはもうしていなかったらしい」
「上級ヴァンパイアを倒せる者が現れるとは思っていなかったのだろう」
 エストルが言った。
 ウィンターは上級ヴァンパイアの開発に関わる記録を一ヶ所に集め、封印した。ヴィリジアンの力でしか発動しない封印にした。
「取りあえずヴァンパイアのいない世界に戻す準備が整ったね」
 グレンはほっとした表情を浮かべた。
「そうだな。では、早速陛下とテルウィングの新国王陛下の階段の場をセッティングしよう」
 エストルがいつもの良い姿勢で席を立つ。
「ああ。頼む。ムーンホルンの協力がなければ、ヴァンパイアの浄化を進めたところでテルウィングを立て直せない」
 ウィンターが言うと、エストルはさっと机の書類をまとめてドアの方に歩いていき、振り返った。
「陛下と話をしてくる。戻ってくるまでここでゆっくりしていてくれ」
「ありがとう、エストル」
 礼を言うウィンターにエストルは穏やかな笑みを見せて部屋を出ていった。
 ムーンホルンとテルウィング。二つの国の新しい時代が始まる。

End

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「ここで兵士たちの指導でもしないか?」
 透かさずエストルが提案する。
「そうですね。考えておきます」
 クレサックは取りあえず保留にすることにした。
「クレサック」
 ウィンターに手を握られてクレサックは振り返った。
「あなたが私を信じてくれなければ、みんなとも巡り会えなかった。本当に感謝している」
「私もヴァンパイアの殲滅の役に立てて嬉しかった。礼を言うよ。シャロンを頼む」
 二人はぎゅっと握った手に力を込めて感謝の気持ちを示し、手を離した。
「ソフィア」
 隣にいたソフィアはにっこり笑って手を差し出した。
「ありがとう。あなたのおかげでムーンホルンは救われた」
「こちらこそ。短い間だったが、共に戦えて楽しかった。それに、ソードに良くしてくれてありがとう。また会おう」
 握手すると、次はエストルと言葉を交わした。
「あなたの協力がなければ何もなし得なかった。難しい役回りを押しつけられたにも関わらず、本当によく立ち回ってくれた。ありがとう」
「陛下とムーンホルンを救ってくれたことを感謝する。報告を待っている。そして」
 エストルはいたずらっぽい笑いを口元に浮かべる。
「手合わせありがとう。楽しかった」
 ウィンターは笑顔でうなずくと、最後にグレンの前に立った。ウィンターはグレンのヴィリジアンの瞳をじっと見つめた。もう見慣れた瞳なのに未だに吸い込まれそうになる。
「大変な目にあわせっぱなしでお前にはいくら感謝しても足りない。でも、お前にしかできなかった。グレン、お前に会えて本当に良かった。ありがとう」
「僕も君と出会わなかったら、ヴィリジアンと出会わなかったら、希望なんて持てずにただ苦しみを押し殺しながらヴァンパイア討伐をする毎日を送り続けていたと思う。決して平坦な道のりじゃなかった。でも、がんばって乗り越えてきて良かったと思う。みんなのおかげだよ」
 グレンは両手でウィンターの右手を強く握った。
「ありがとう、ウィンター」
 そして、シャロンの手を取った。
「ムーンホルンのヴァンパイアは僕に任せて」
「ありがとう、グレン。私、がんばってくる」
 空は穏やかに晴れていた。ウィンターとシャロンの後ろ姿が遠くなっていく。シャロンが振り返って手を振る。グレンはくすっと笑って大きく手を振り返した。一歩前に出たウィンターに声をかけられ、シャロンは手を振るのをやめて前を向いて再び歩き出した。グレンは心の中で祈った。
 ムーンホルンにもテルウィングにも、みんなが笑って暮らせるような日が早く来ますように。

次回更新予定日:2018/07/21
 
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エストルはグレンの緑色の瞳を真っ直ぐ捕らえた。
「お前はお前だけがなし得る方法で力を手に入れた。他の誰かがお前と同じように力を得るためにヴァンパイアに噛まれてもまずは意識を保つことさえかなわない。お前の培ってきた強靱な精神力や魔力があってこそなし得たことだ。それに」
 エストルは皮肉っぽい笑いを浮かべて言った。
「力自体には善も悪もない。人間の力であろうとヴァンパイアの力であろうと使い方次第で善にもなれば悪にもなる。結局は力をどう使うかだ」
 すっとエストルがグレンの手を取る。
「グレン、お前なら信用できる。お前にならどのような力であろうと託すことができる」
「うん。ありがとう、エストル。もう少し、この力を使わせてもらうことにする。だから、エストル。もうしばらくよろしくね」
 エストルは微笑んだ。グレンの力になれることがただただ嬉しかった。

 翌日、会議が行われた。
 会議では、二人になった王騎士の任務の分担が決められた。ソフィアは魔獣とゾンビの対応、グレンはヴァンパイアの浄化に専念することになった。
「情報はこれまでどおり収集する」
 基本的にやり方は今までとは変わらない。ヴァンパイアを斬りつける剣にヴィリジアンの力が加わっただけだ。それだけだが、それだけで人を救うことができるようになる。今まで討伐するしかなかったヴァンパイアを人に戻すことができる。
「時間はかかると思うが、地道にやっていこう」
 グレンはエストルにうなずいた。
 テルウィングの今後のことも議題に挙がった。ウィンターは昨晩話したようにテルウィングに行って仲間と合流し、情報交換をした後、テルウィング王に会うつもりだと会議の参加者たちに伝えた。それに加えて、テルウィングのヴァンパイアの浄化のために、ヴィリジアンの使い手であるシャロンの同行の許可を願い出た。ウィンターの提案は会議で承認され、二人は三日後に出発することとなった。

 ウィンターとシャロンの出発の日が来た。上級ヴァンパイアの討伐作戦に参加した面々が見送りに来ていた。
「しばらく顔が見られないと思うと寂しいものだな」
 クレサックがしみじみと言うと、シャロンが笑う。
「もう。何ヶ月かで報告に戻ってくるって」
「だが、確かに一人でリネルの小屋で暮らすというのは今までなかったことだから、寂しいかもしれないな」
 ウィンターが少し同情した。誰かが出かけてしまうことも多かったとはいえ、三人で賑やかに暮らしていたクレサックにはきっと物足りないことだろう。

次回更新予定日:2018/07/14

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「喜んで」
 ウィンターは微笑んでグラスに残っていた酒を飲み干した。
「そうと決まったら、あまり夜更かしはできないな。今日はありがとう」
「こちらこそ」
 席を立ったウィンターをグレンは見送った。ドアを閉めると、エストルと二人きりになった。
「グレン」
 エストルに声をかけられてグレンは振り返る。エストルがいつも以上に真剣な目をしているのを見て何となく次に何を言われるのか察し、グレンは席に戻った。
「ありがとう、エストル。僕もそのことエストルに聞いてもらいたいと思っていた」
 エストルは優しい笑顔でうなずいた。
「では、聞こう。上級ヴァンパイアは全て撃破した。どのタイミングで人間に戻るつもりだ?」
「少なくともテルウィングの状況が分かるまでは今のままでいようと思う。完成間近の上級ヴァンパイアを隠し持っているかもしれないし……って感じの回答でどうかな?」
「期待通りの回答だ」
「もちろんヴァンパイアでいる間は誰かの血が必要になるから、エストルがよければ、だけど」
「少しでもお前の力になれることが私の望みだ。いいに決まっている」
 しかし、グレンは少し表情を曇らせてうつむいた。
「あのね、エストル。その後どうしようかって迷っているんだ。まだ上級ヴァンパイアほどではないけど強いヴァンパイアもいるかもしれない。きっと強い魔獣もいる。だから、まだこの力が必要なんじゃないかって。でもね」
 グレンは右手を開いて見つめた。
「いつまでもヴァンパイアから与えられた力に頼っていていいのかっていう気持ちもあるんだ」
 ヴァンパイアに噛まれて突然手に入った力。明らかにそれまで持っていた力よりも強大な力。鍛錬によって手に入れることがかなわない人間離れした力。そんな危険な力を持つ人間がいつまでも存在していていいのだろうか。
 エストルは黙ってグレンの話を聞いた。グレンの気持ちはよく分かる。
「本当はウィンターのように努力をして力を手に入れるべきなんだろうけど……」
「グレン」
 エストルが急に閉ざしていた口を開く。
「お前はウィンターではない。ウィンターは生まれながら魔術の素質に恵まれている。だからこそ鍛錬することであの強さを手に入れられたのだ。他の者が同じようにしてもあのレベルまで到達することはできない。力を手にする方法は人それぞれだ。そして、グレン」

次回更新予定日:2018/07/07

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「この時間まで仕事か? 忙しかったのだな」
 ウィンターが言うと、エストルは特に表情を変えずに答えた。
「明日、会議があるからな。ところで、ウィンター」
 ついでもらった酒を一口飲んで、エストルは続けた。
「今後どうするつもりだ?」
「明日の会議の予習か?」
「まあそんなところだ」
 エストルはいつでもできる準備は全て済ませて本番に臨んできた。セレストが戻ってきた明日の会議でもそれは変わらない。ウィンターはどう切り出そうかと少し考えてから話し始めた。
「まず、テルウィングに戻って向こうの仲間と情報交換をしようと思っている。その上でテルウィング王に会おうと思っている」
「うん」
「テルウィング王にもこれまでの経緯を話す。ヴィリジアンの力を手にし、上級ヴァンパイアを全て倒したことを伝えた上で作戦を断念するよう進言する」
「少なくともいったんは受け入れざるを得ないだろうな。テルウィング王と話す内容については我々も興味がある。こちらにもできるだけ早く連絡してくれないか?」
「もちろんだ」
「協力できることがあったら迅速に対応したい」
「それはありがたい」
 まだ何も決まっていないが、その言葉があるだけで安心感が違う。
「それで、クレサックとシャロンにはもう相談したのだが」
 ウィンターはひと呼吸置いてから、口を開いた。
「テルウィングにシャロンを連れて行きたい」
「ヴァンパイア化した人たちの浄化に必要なのだな」
 エストルはそう言われることを予想していたようで、大して驚きもせず、淡々と返した。
「シャロンが承諾しているなら、こちらからは何も言うことはない。ムーンホルンにはグレンがいる」
 すると、グレンも笑顔でうなずいた。
「うん。一日でも早くテルウィングにヴァンパイアがいなくなることは、僕たちの願いでもある」
「では、明日の会議でもそのように提案してくれ」
「ありがとう」
「ところで、ウィンター」
 急にエストルの表情が崩れる。
「テルウィングに帰る前にもう一度手合わせ願おうか。明日の早朝はどうだ?」

次回更新予定日:2018/06/30

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