魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「ねえ、エストル」
 グレンが緑色の優しい眼差しでエストルを見つめる。
「一つぐらいエストルよりもできること持っていてもいいでしょ」
 エストルはきょとんとした。すると、グレンがエストルの手を取って握った。
「一つぐらい僕に任せてよ。そうしないと、エストル、一人で全部背負っちゃうでしょ」
「グレン……」
 これだけたくさんのことを背負っているのに、まだ人のことを背負うのか。エストルは思った。こんなにたくさんのことを背負わせているのに。
 手がとても暖かい。グレンの持っている魔力と同じ暖かさ。この暖かさはグレンだけが持っている、グレンだけが育めた暖かさなのだろう。
「ありがとう」
 手をぎゅっと握り返し、エストルが体を起こした。
「さあ、もう一戦お願いしようか」
「いいよ。いつでもかかってきて」
 小気味良い金属音が風に乗って響く。二人は青空の下、二人だけの時間を楽しんだ。

 呼び出しがあったので、謁見室の方に歩いていると、長い廊下の途中で少し前を歩くソードの姿を見つけた。
「ソード」
 走って距離をつめて、後ろから声をかける。
「グレンか」
 気がついてもソードは表情も歩く速度も変えない。
「次の任務かなあ」
「そうだろう」
 数歩そのまま歩くと、グレンは口を開く。
「昨日の夜、クレッチが上級ヴァンパイアに襲われたんだ」
「何?」
 ここでソードは初めて足を止めた。
「どこで?」
「森で」
「森って、城内の森か?」
「そう」
 頭の片隅で謁見室に行く途中だったことを思い出し、ソードは再び歩き出した。
「何をしに来たんだ?」

次回更新予定日:2016/07/30

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「さすが王騎士だ。速い」
「よくついてくるね。兵士でもこのレベルだとついてこれる人の方が少数派だよ」
「それは光栄だな」
 嬉しそうに言いながら、エストルはグレンの剣を押し退ける。間髪入れずに次の一撃が飛んでくる。
 かなり長い時間手合わせは続いた。グレンはエストルの攻撃をぴしゃりと払うと、後ろに跳んで剣の届かない距離に着地した。透かさずそのまま踏み込み、エストルの剣を狙う。エストルはその一撃は払いのけたが、力が足りなかった。剣を構え直す前にグレンの剣先はエストルの喉元に来ていた。
「あ、ごめん。つい熱くなっちゃって」
「大人げないな。相手は文官だぞ」
「士官学校を首席で卒業しているだろ」
 エストルが肩を激しく上下させているのを見て、グレンは剣を下ろした。揺れが大きく、速く剣を引っ込めないと、どこかに当たって怪我をさせてしまいそうだった。
「少し休もうか」
「ああ。そうさせてもらおう」
 グレンが最初いた場所に戻って草の上に座ると、横にエストルが仰向けになって寝そべった。両腕を気持ちよさそうに広げている。らしくない行動にグレンは目を丸くする。まだ息切れしているようで、胸が大きく動いていた。エストルは鼓動を全身で聴くように目を閉じていた。
「ここは変わらず気持ちいいな」
 ここは士官学校の裏の敷地だった。生徒たちがくつろいだり鍛錬したりできるフリースペース。今日は休みで誰もいないが、休み時間や放課後は生徒たちの姿が見られる。
「よくここでこうやって手合わせしたよね」
「実力の差はあの頃とは比べものにならなくなってしまったがな」
 それを聞いて、グレンは少し悲しくなった。エストルが思っている以上に強くなってしまっているのだ。人間でなくなって。
「私はゆくゆくは国王陛下の次に高い地位の人物にならなくてはならないのだから、陛下の通われていない学校では、当然何でも一番でなくてはならないと考えていた。だから、実技でお前に負けたとき、悔しいのと同時に、これではいけないと強く思った」
「それで、あんなに手合わせを?」
 すると、エストルはくすっと笑った。
「最初はそうだった。でも、何回か手合わせをするうちに、お前の技や魔力、それに人柄に惹かれていった。それを少しでも身につけたいと」
 グレンも、あまり感情を表に出さないエストルだったが、手合わせを重ねるうちに、その人柄がよく分かってきた。昔から会話をする以上に、相手の技や魔力の波長のようなものでその性格をつかむのが得意だった。凛としながらも仲間を思いやる心を持ったエストルをグレンも慕った。自然に二人は心を通わせるようになった。

次回更新予定日:2016/07/23

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「そうか。それなら良かった」
 安堵したような穏やかな顔になったエストルの横顔をグレンはうかがった。
「僕の部下のことまで心配してくれるんだね、エストルは」
「当然だ。お前の部下は私の部下でもある」
 茶番だな。そう思うと少し笑えてくる。
「報告は以上か?」
「うん。以上」
「では」
 エストルは剣を持って立ち上がった。
「早速手合わせ願おうか」
 グレンもうなずいて剣を手に取る。エストルと少し距離を取るために歩き始める。
「それにしても珍しいね。手合わせに誘うなんて」
「昨日、お前がソードと勝負しているところを見ていたら、体が疼いてな」
「宰相になっても体は忘れてないんだ。実技もトップだったもんね」
「お前さえいなければな」
 士官学校でもエストルは当たり前のように常に首席だった。どの科目でもトップの成績を修めた。だが、二科目、「剣術実技」と「魔術実技」でだけは常に二位だった。それまで二位などという成績を取ったことのないエストルにとっては衝撃だった。しかし、二つの実技ではどうやってもグレンに勝てなかった。
 二人は立ち止まって向かい合わせになった。そよ風が草を撫でる。
「いつでもいいよ」
 グレンは剣を抜いて構えた。すると、素速い動作でエストルも剣を抜き、グレンにかかってきた。想像していた速度と違う。リズムが崩れて一瞬出遅れるが、すぐに正確に間合いを計り、最初の一撃を剣で受け止める。その一撃も想像を遥かに超える重さだった。
「なめられたものだ」
 グレンの思考を読み取ったかのようにエストルは笑う。
「全然腕が落ちてないんだね。むしろ上がっている」
「これでも毎朝鍛錬は欠かせない。時間があれば、兵士を捕まえて相手してもらうこともある」
「やっぱりエストルはすごいね」
 穏やかな表情のまま、すっとエストルの剣を振り払う。
「もう少し本気を出してもらっても大丈夫だ」
「言ったね」
 にやりと笑って今度はグレンから仕掛ける。エストルが跳ね返すと、すぐに次の攻撃を繰り出した。速いテンポで金属音が響き渡る。ひときわ鋭い音が響いて剣が交差し、動かなくなる。

次回更新予定日:2016/07/16

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「それが狙いか?」
 エストルは重い溜息をついた。
「何だかその上級ヴァンパイアは執拗にお前をつけ回しているような気がする」
「僕の魔力が欲しいから? でも、それだったら、ただ僕を見つけて魔力を奪えばいい。モーレでしたみたいに」
「きっとそれだけじゃない」
 グレンはびくっと身震いした。上級ヴァンパイアよりもエストルの鋭い勘が少し怖くなって。
「お前は何か重要な情報を握っていると思われているんじゃないか? 何か奴らにとって必要な情報を」
 グレンはエストルの瞳をそっとのぞき込む。何か知らせていないことまで見通しているような気がする。
「心当たりはないけど」
 エストルのフェイントを交わすようにさらっと言ってみる。しかし、エストルの面持ちは真剣だ。
「お前に心当たりがなくても、その情報を握っている可能性もあるし、握っていないとしても握っていると思われている可能性もある」
 エストルの口調がいつになく険しくなっている。エストルもそれに気づいたようにはっとする。
「心配、してくれてるの?」
 エストルの顔をのぞき込んで、グレンが微笑む。
「ありがとう。気をつける」
「気をつけて何とかなるものでもないが」
 エストルは苦笑する。
「前にも言ったが、上級ヴァンパイアはただ渇きを満たすために吸血しているわけではないような気がする。全ての人間をヴァンパイア化しようとしているように思える。お前はそれを妨げる要因になっている何かと関わっていると考えられていて、それを引き出そうとしている。考えすぎか?」
 エストルの言っていることはだいたい当たっている。エストルはやはりグレンが語ったこと以上のことを推測している。だが、ヴィリジアンやウィンターのことを話すのは、まだ早すぎるような気がする。グレンは曖昧に返答した。
「それは、ありうるかもしれない」
 そう答えるしかないだろうな、とエストルは一度話を打ち切る。
「ところで、その部下はどうしている?」
「うん。小一時間ほどで意識は戻って普通に生活できる程度まで回復した。魔力がまだ戻っていないから今日の仕事は休むみたいだけど。一日休めばもう元通りになる」

次回更新予定日:2016/07/09

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渇いている。
 潤したい。
「いいよ、グレン」
 優しい声がした。グレンは振り返ってそのまま反射的に噛みつく。エストルが微笑みながら目を閉じていく。
「また……まただ」
 グレンはベッドの中で頭を抱えた。
「嫌だ。どうして」
 どこまでもまとわりついてくる幻覚。取れたはずの疲労がずっしりとのしかかる。
「あ、そうだ」
 だるい体を無理やり引きずり、ベッドから出る。
 約束していたんだった。

 気持ちのいい風が吹いていた。空も抜けるように青い。見上げるとどこまでも無限に続く青。吸い込まれそうになる。この場所から見る空は広い。それはここがちょっとした草原のようになっているからだ。昔から変わらないこの景色。
「済まないな、こんな朝早くから」
 エストルだった。手には懐かしい剣を持っている。久しぶりに手にしているのを見る。
 一瞬、エストルに噛みつくイメージが脳裏をよぎったが、すぐに振り払う。
「どうかしたか?」
 敏感に察知したエストルにグレンは首を振る。
「ううん。僕もちょうど報告したいことがあって。どっちにしても君に会いに行くつもりだったんだ」
 昨日の夜、部屋に帰ると、手紙が投げ込まれてあった。エストルからだった。明日の朝六時から手合わせをして欲しいと。
「報告? 先に聞こう」
 エストルは不審がりながらも柔らかい草の上に腰かけて剣を置いた。グレンも横に座った。
「昨日の夜、城内の森に上級ヴァンパイアが現れたんだ」
「上級ヴァンパイア?」
 この報告はすでにデュランから聞いているが、エストルはいつもと変わらない反応をするよう努めた。あまり驚かず怪訝そうな表情をする。
「部下が森のパトロールから戻ってこないから探しに行ったんだ。そしたら、突然現れて」
「何をしに来たんだ?」
 初めて聞いたような振りをし続ける。グレンはもちろん気づかない。
「僕の部下の記憶をのぞいたと言っていた」

次回更新予定日:2016/07/02

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