魔珠 第9章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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二週間後。思っていたよりも早くその時は来た。
「メノウ様がお見えになっています」
 帰宅すると、シェリスにそう告げられた。スイはいつもどおり玄関の横の小さな応接室に入った。
「連絡してくれれば港まで迎えに行ったのに」
「あまり用意周到にされたら困るからね。不意討ちだよ」
 やはりメノウはやる気だ。情報の伝え方次第では大変な事態になってしまうかもしれない。動揺を見せないように余裕の表情で微笑んで返しながら気を引き締める。交渉を少しでも有利に持っていくための手段だと分かっていても、メノウを偽りの表情で誘導していくのは気分のいいものではない。
 なぜこんな事態になってしまったのか。
 研究所の動きに気づけなかったことが悔やまれる。
「私の部屋で話す? それとも取引の部屋?」
「取引の部屋で」
 即答だった。スイは心の中でため息をつきながらメノウを案内した。
「どうぞ」
 扉を開けて中に入ると、スイはいつもどおり訊ねた。
「お茶でいいか?」
「うん」
 茶の用意をしながら、スイはいつもどおり雑談を始めた。
「里には帰ったのか?」
「帰ったよ。偉い人たちと会っていろいろ話すことあったし」
 つまりメノウは里の幹部からリザレスへの対応の指示を受けているということだ。スイは話題をそらした。
「ヘキ様には会ったか?」
「うん。会った」
「元気にしておられる?」
「うん。元気そうだった」
 メノウもいつもどおり振る舞っているつもりらしかったが、返答が短くそっけない。余計なことを言わないように注意しているように見える。
 トレイにポットとカップを載せてそのままテーブルに置く。ポットから茶を注いでカップを並べると、スイも席についた。
「じゃあ仕入れた情報を聞かせてもらおうかな」
 スイはメノウと会った翌日、研究所の書庫にレヴィリンの論文を調べに行ったことを話した。書庫でレヴィリンに声をかけられ、研究室に招かれたことまで茶を飲みながら話した。メノウもいつもなら話を始める前から一口飲み出すのに、今日は一切手をつけない。警戒されているのだろうか。

次回更新予定日:2020/04/04

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翌日、確かめておきたいことがあってリザレス国王エトに面会を申し込んだ。エトには魔術研究所で起こったことが全てレヴィリンから報告されていたようで、スイが謁見の間に通されたときも室内は完全に人払いをし、傍らにはレヴィリンがいるだけだった。
 簡単に定型の挨拶を済ませ、スイはすぐに本題に入った。
「魔術兵器開発の件、レヴィリン博士からうかがいました」
「そのようだな」
「陛下」
 スイは顔を上げて毅然とした目つきでエトを見据えた。
「魔術兵器は同じく魔術兵器を持つマーラルを牽制するために開発するよう命ぜられたとうかがいました。ですが、マーラルの兵器はもう里が押収しました。破棄する、もしくは里に受け渡すという選択肢はないのでしょうか」
「ないな」
 横からレヴィリンが口を挟んだ。
「せっかく作ったものをみすみす手放せというのかね、君は」
「ですが、そうすれば、里と今までどおりの関係を続けられます。そして」
 スイは国王の方に向き直って訴えた。
「これ以上誰も犠牲にならずに済みます」
「そのとおりだ」
 意外な答えが返ってきた。
「だが、今すぐというわけにはいかないのだ。間もなくマーラルは魔珠の輸出停止の措置を取られる。そうなればどうなる?」
 キリトとも話した。周辺諸国に侵攻し、略奪することによって魔珠を確保しようとするかもしれない。
「マーラルは優れた魔術部隊を持ち、独自に開発した魔術を駆使して戦うと言われている。戦闘部隊もよく訓練され、魔術兵器がなくとも充分な軍事力があると見ていいだろう。そうなると、魔術兵器は抑止力となりうる」
 うつむいていたが、横で勝ち誇ったような笑いを浮かべているレヴィリンがスイは見える。
 マーラルが戦争を仕掛けてくるのが先か。リザレスが輸出停止を宣言されるのが先か。
 どうなるか分からないが、これがリザレス王の意向だ。リザレスの魔珠担当官である以上、国王の方針を考慮しないわけにはいかない。
「分かりました。最善を尽くします」
 言い残して、スイは静かに退室した。
 数分後、レヴィリンが退室した。廊下をしばらく歩いて曲がると、階段の前でスイが待っていた。
「博士、うかがいたいことがあるのです」
 二人は外務室の近くにある談話室に向かった。

次回更新予定日:2020/03/28

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「スイ、お前がふらふらしていてどうする」
 強い調子だった。スイは涙で濡れた目を見開いた。
「お前は魔珠担当官だろ。お前がどうしたいのか考えて交渉するのがお前の仕事だ。メノウはもうどうするのか決めている。お前も決めて落としどころを探すんだ。そうしないと」
 キリトは優しく微笑んで言った。
「誰も幸せになれないだろ」
 そのとおりだ。豊かな生活ができるようにエネルギー源を確保する。身の安全を確保するために兵器を作る。生活が成り立つように資源を守る。全て誰かの幸せを願ってした行動なのだろう。だが、肝心なのは何なのか。全ての人が平穏な毎日を安心して過ごせる。そうなるように動くべきではないのか。
 不意にスイがくすっと笑った。
「なんだ、その黒そうな笑いは」
「いや、キリトが外務官のようなことを言っていると思って」
「のようなとはなんだ。のようなとは。俺は外務室長だ」
 強い調子で主張して二人でぷっと噴き出す。本当にキリトが側にいてくれて良かった。
「ありがとう、キリト。あまりにも問題が大きすぎて一人では抱えていられなかったんだ」
「だよな」
 二人は申し合わせたわけではなかったのだが、ほぼ同時に立ち上がった。キリトが薬の入った巾着に心配そうに目をやる。
「薬、調合して明日の朝持っていってやるけど、それで今晩の分足りるか? 足りなかったら、今すぐ調合するけど」
「大丈夫だ」
 スイはにこやかに笑った。
「ありがとう、いつも。感謝している」
「分かってるって」
 キリトはスイの肩をとんとんたたいてぎゅっとつかんだ。
「信じてやれよ。メノウのこと」
 一瞬固まったが、すぐに強く頷いた。
「そうそう。友達だもんな」
 満面の笑顔をキリトが浮かべて部屋を出る。二人で廊下を歩いて階段を下りて玄関の扉の前に着く。
「じゃあまた明日な」
「また明日」
 少しでも背負っていた荷は軽くなっただろうか。キリトはスイの真っ直ぐ伸びた背中が遠ざかっていくのを見ていた。月光に浮かぶその影は凜としていて美しかった。

次回更新予定日:2020/03/21

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「それに里から魔珠の供給を断たれても、魔術師を犠牲にすれば自前でエネルギーを確保できるということだ」
「でも」
 キリトは深刻な顔になった。
「魔術師はどうなるんだ?〈器〉になれるのが魔術師だけ。長期間その方法でエネルギーを確保していくとなると、〈器〉になるのが一度で済まなくなるだろう。そうなったら」
 壊れる。あんな苦痛一度味わっただけでもエーベルのようになる。二度目には苦痛だけではなく恐怖も加わり、魔術師たちの心を蝕んでいくはず。人間として正常に機能できなくなるだろう。
「私は、メノウにこの調査を任せて欲しいと言った」
「そうだったな」
「次会うとき報告する義務がある」
 二人はうつむいて黙り込んだ。しばらくしてやっとスイが口を開く。
「なあ、キリト。私が嘘をついて兵器などなかった、そんなものを作れるほどのエネルギーも確保できないとメノウに報告すれば」
「やめろよ、スイ」
 スイも分かっている。そんな報告をしたって里が動き出すだけだ。いずれ真実にたどり着く。その間、輸出が止められて魔術師たちが〈器〉にならなければならない事態は回避されるかもしれないが、所詮時間稼ぎにしかならない。
「お前、メノウのこと信じてるんだろ」
 スイははっと顔を上げた。
 信じている。いや、信じたい。
「でも、メノウは」
 涙が独りでに溢れてきた。
 メノウは信じてくれている、そう言える自信がない。
 揺らぐ。心の中で大きく揺らぐ。
「なんでだよ。メノウはお前が守るって決めた大切な友達なんだろう」
 そう。メノウを守るために魔珠担当官になった。でも。
「スイ」
 キリトが優しく肩に手を置く。
「友達なんだ。全部打ち明けて相談に乗ってもらえばいいじゃないか。二人でどうするか決めればいいじゃないか」
 そうだ。でも。
「私たちは……同じ方向に向いていない」
 キリトは立ち上がった。もう片方の肩にも手を載せて両手に力を込める。視線は鋭くスイの目を射抜いていた。

次回更新予定日:2020/03/14

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そのとき、急にスイが胸を押さえながら体を折って前に傾いた。長い髪で顔を隠したままソファの前に倒れ込む。髪が肩と背中に広がった。背中が激しく上下している。呼吸に苦しそうな声が混じり、はっきりと息が乱れているのが分かる。この状態のスイを何度も見たことがある。
 襟元を広げて中をのぞく。思ったとおり呪術の痕が光を帯びている。
「キリト……」
 スイの目がわずかに動いた。キリトはその方向を見た。腰につけていた巾着が目に入った。キリトはガッと巾着をつかんで中に手を入れた。小瓶が取れた。見覚えのある色の液体が入っていた。キリトはすぐにそれが青バラの薬だと分かって栓を開け、スイのあごをつかみ顔を無理やり上げさせて唇に押しつけて薬を流し込んだ。
 口に入れた液体を全部飲み込んだタイミングを見計らい、スイをソファに寄りかからせる。スイの体は荒い呼吸のまま、ぐったりとソファに沈んだ。少しずつ呼吸が落ち着いていくのをキリトは手を握りながら心配そうに見守っていた。
「ありがとう」
 呪術が発動して苦しそうにしているとき、手を握るだけでもスイの呼吸が随分落ち着くのだ。研修が終わってマーラルから帰ってきたとき、スイはわざわざ薬を調合してもらいに長期休暇中もキリトを訪ねてきた。自分で調合した薬よりもよく効くのだと言っていた。それに、キリトの魔力は呪術の効果を和らげるだけでなく心地よい、とも。
「すまない……魔力、注がれたとき……」
「まだしゃべるな。もう少し休め」
 無理を押して話を続けようとするスイをキリトは制する。スイは目を閉じて呼吸が整うのを静かに待った。
「呪術が……反応したんだな」
 顔色が少し回復した頃合いを見計らってキリトが手を離す。キリトは絨毯に座り込んだままソファの端で腕を組んでその上に頭を載せてスイを見上げた。
「呪術は博士がすぐに気づいて効果が和らぐように処置してくれた。その薬も博士が調合してくれたものなんだ。それでも少しでも気を抜いたら意識を持っていかれそうなくらい苦しかったけど」
 実際ほとんどの魔術師はこの時点で失神してしまうと博士も言っていたが。
「その魔力で魔珠を溶かし、そのエネルギーをシールドに集めてそれを結晶化する。そうすると、魔珠二、三個分の結晶ができる。研究所ではその結晶は魔結晶と呼んでいた」
「魔結晶か。それはどうやって使うんだ?」
「魔珠と全く一緒だ。魔珠と同じ方法で同等のエネルギーを放出できるし、魔結晶を〈器〉に埋め込んでまた二、三個魔結晶を生成できる」
「確かにそれができれば、魔珠の輸入量を増やさなくても兵器を作るだけのエネルギーが確保できるな」

次回更新予定日:2020/03/07

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