魔珠 第6章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「これは失礼いたしました、お嬢様」
 まだ四歳なのにちゃんとレディ扱いしてエスコートしろということか。なかなかのおませさんだ。しっかりしている。アリサも小さい頃はこんな感じだったのではないかと勝手に想像してスイはくすっと笑った。
 キリトが手を差し出すと、当たり前のような顔をして手をそっとおいて何の躊躇もなく飛び降りた。
「よく来てくれたね」
 マノンの頭も同じように撫でてやると、すっかり機嫌を直したらしく、笑顔になった。すぐに姉にも手を差し出す。
 尾行は突撃していく気配はない。
「おじいちゃんとおばあちゃんも待ってるよ」
 二人の子どもと手をつないだキリトの後ろ姿を見送る。家の中に四人が入ると、見張っていた人影が動き出した。スイは尾行することにした。
 黒いローブをまとった尾行の魔術師は、アリサの家の方には戻らなかった。大通りを横切ると、そのまま小さな通りを何度も右左折した。魔術研究所の方向でもない。大通りからはどんどん離れていく。やがて人通りのない場所に同じような黒いローブの魔術師の姿を見つけて、アリサがクラウス邸に移動したことを報告する。そのまま二人は別れ、尾行の魔術師の方は来た道を戻り始めた。
 スイは方向を受けた方の魔術師に尾行の標的を替えた。思ったとおり、魔術研究所にたどり着いた。
 魔術研究所には、平日の昼間は部外者も訪れるため、他の施設と同様に守衛が入口にいて、その場所で受付をして入る。特に図書室や資料室は一般にも開放されていて、研究所以外の魔術師や学生が多く利用するため、入口の扉は開いている。だが、今日は休日だ。守衛はいない。おそらく施錠されていて、用のある関係者が持っている鍵を開けて入ることになっている。
 魔術師は門から敷地内に入った。門には鍵がかかっていない。すでに研究所内に一人がいるということだ。魔術師が中庭の中央付近に差しかかった頃合いを見て、スイは門のすぐ横に誰かを待っているような振りをしてもたれかかる。通り側には人の気配はないが、念には念を入れておく。
 建物の入口に来ると、魔術師はそのまま扉を開けて中に入っていった。鍵はかかっていないらしい。スイはそのまま壁の外側を走っていった。建物の横に差しかかったそのときだった。違和感を覚えてスイは立ち止まる。
 結界?
 建物の壁に結界が張り巡らされている。夜間や休日に研究所の前を通ったこともあったが、今までこんなことはなかった。平日も結界が張られている場所はあるが、それは部外者が付き添いなしで立ち入ってはならない地下につながる階段の降り口だけだ。やはりハウルはこの建物にいる。脱出されたり誰かに侵入されたりするのを警戒しているとしか思えない。
 スイは建物の内部に侵入するのをあきらめ、壁伝いに建物の裏側に移動する。こちらの壁は建物に近い。そのまま建物の中央、つまり先ほどの魔術師が入った扉の方に向かう。
 中央にたどり着く前にかすかな揺らぎのようなものを感じて神経を集中させる。揺らぎは今来た方向、つまり東側に移動していた。どうやら結界を構成している魔力が、魔術師の魔力を引きつける力に反応しているらしい。入口の扉の正面が上り階段になっているのに対し、東側には地下に下りる階段がある。
 地下に下りたのだろう。少し揺らぎの反応が遠くなる。また建物の中央付近に戻ってくる。中央付近を通り過ぎたところで、非常に大きな揺らぎを感じる。上の方だ。この上の三階には確か所長室があったはずだ。ということは、所長のレヴィリンもここにいるということか。
 そのとき、スイは別の気配を感じて東側に戻る。東の壁と交差するところで、相手の様子をうかがう。東の壁にぴたりと貼りつくように近づいてくる。向こうはこちらの存在に気づいていない。
 角に近づいたとき、相手はスイの気配に気づいたらしく逃げる素振りを見せたが、スイが手首をひねりながら引き寄せ、口をふさいでしまう方が早かった。相手は抵抗しようと一瞬力を入れたが、すぐに抜いた。スイも相手の顔を見て驚きの表情を見せた。
 メノウだった。
 スイはメノウの手を引いたまま研究所を離れて人気のない裏道に向かった。誰もいないことを確認して初めて口を開く。
「メノウ。なぜあんなところに」
「スイこそ」
 しかし、会話は続かなかった。
「分かった。うちで聞こう」
 ここでは話しにくい理由がメノウにもあったのだろうと察し、スイが提案すると、メノウもうなずく。スイもここでは事情を話しにくい。
 スイは尾行を切り上げて、一度メノウと自宅に戻ることにした。尾行するという段階で予定外の行動で、その後もほったらかしで時間が経過しているので、キリトに先に報告をしに行きたかったが、こうなった以上は仕方がない。キリトとは長いつき合いだ。ある程度は察して気長に待ってくれるだろう。

次回更新予定日:2019/09/28

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「分かった。みんなに伝えておくよ」
「アリサさんには尾行がついている。一人だけで研究所の人間だ。今のところ外出先をチェックしているだけらしい」
「なるほど」
 キリトはあごに手を添え、少し考えた。
「スイ、お前が尾行だったらどうする?」
「そうだな。アリサさんか子どもたち、三人のうちいちばん簡単に捕まえられそうな人を一人だけ拉致してハウルさんの口封じに利用するだろうな。ハウルさんの身代わりに監禁して、ハウルさんには普段どおり出勤してもらう。家族を人質に取られているので、兵器のことは口外できない」
「お前は根っからの悪人だな」
 即答したスイにキリトは苦笑する。
「やるならクラウス邸に入ってしまう前だな。クラウス邸に入ってしまうと手が出せなくなる。ただ一人で実行するなら、相当手際よくやらないといけない」
「お前にできても、そいつにはできる可能性は低そうだな」
 研究所の人間ということは魔術師だからいろいろ方法はあるだろうが、真っ昼間の街中なので、そうそう時間はかけられない。魔術を使ってその隙に、では時間がかかりすぎる。
「子連れだから馬車を使うだろうな」
「だとしたら、馬車から降りた瞬間が勝負かな」
 スイはうなずいた。
「念のため、いつでも飛び出していけるように門の後ろで待っていてくれ。私は向かいの建物の影にでも身を潜めていよう」
「了解。それで行こう。しばらくここで休んでいてくれ。俺は父上にアリサが来ること伝えてくるよ」
 キリトは部屋を出ていった。

 打ち合わせたとおり、スイはクラウス邸の斜め向かいの建物の影に身を潜めていたこういうことには慣れているので、さほど息を殺さなくても気配を消せる。
 すうっと人影が交差する狭い路地を駆け抜けていく。先ほどの尾行だ。やはり距離を多めに取って尾行している。そして、どこにアリサが向かっているのかある程度予測して先回りして動いている。素人にしては上出来だ。平行して二本先の通りから馬車が姿を現す。
 馬車がクラウス邸の前に止まる。尾行が動き出す気配はない。建物の壁にもたれかかっって休んでいるような振りをして横目でじっと様子を見ている。キリトが馬車に駆け寄り、馬車に向かって両手を出すと、うれしそうに甥のセシルが腕に飛び込んできた。
「よく来たな、セシル」
 頭を撫でながら、嬉しそうにキリトが迎えていた。セシルを降ろして、すぐに両手を広げ、妹のマノンを抱きかかえようとすると、むっとして右手を出してきた。

次回更新予定日:2019/09/21

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「つまり、リザレスの魔術兵器開発の事実をお前に伝えに行こうとしたハウルさんが研究所サイドの人間に拉致されたってことだな」
 キリトがため息をつく。
「それにしても驚いた。まさかリザレスで兵器が開発されていたなんて」
「研究所には度々査察に入るのだが。リザレスの研究所にも隠された空間があって、そこで開発を行っているのだろうか」
 スイががくっと肩を落とす。その事実を見破れなかったショックは大きい。メノウの助けになるたいとただそれだけを願って今の自分にたどり着いたのに。
「メノウに会わせる顔がないな」
 マーラルのことばかり追いかけて自国のことが見えていなかったなんて。スイは自嘲した。珍しくいちばん落ち込んでいるときの顔だ。気づいたキリトがぽんとスイの肩に手を載せる。
「事実関係を調べもしないで。らしくないぞ」
 指摘されてスイは考え直す。なぜ研究所はスイを欺くことができたのか。兵器を開発していないと判断していたのには根拠がある。そもそもできるはずがないのだ。
「ここ数年魔珠の輸入量は全く増えていないのに」
 兵器を作るには、今の輸入量の魔珠では全然足りない。マーラルのように国民の使用分から搾り取っているわけでもなく、余剰分を何年分かストックしておいたのだとしても、それは年間使用量を考えると、ごく微量でしかありえず、数年確保したところで兵器に必要な量には到底達しない。ぐるぐると思考を巡らせていると、肩にぎゅっと力を込められて軽く揺すられた。
「調べて裏を取るんだ。管轄外のことだから、できることは少ないかもしれないけど、できるかぎり俺も協力する」
 キリトに言われてスイの表情が柔らかくなる。
「ありがとう。とりあえずまずはアリサさんと子どもたちの安全を確保しよう」
「そうだな。その方が安心だ」
 具体的な話をするとなると、切り替えは早い。
 スイはキリトに手短に二時頃に来てもらい、夕食会、その後宿泊してもらうように打ち合わせたことを説明した。

次回更新予定日:2019/09/14

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「ありがとう」
 アリサはぎゅっとスイのローブの袖を握った。
「ハウルをお願い」
 スイは力強くうなずいてアリサを玄関まで送った。
「ごめんなさいね。急に訪ねてきて」
 扉を開くと、ひらりとアリサがスイの方に向き直って申し訳なさそうに言った。
「いつでもどうぞ。アリサさんなら歓迎しますよ」
「そんな素敵な笑顔で言われたら、ご婦人方に嫉妬されてしまうわ」
 こんな状況でも軽快な言葉のキャッチボールをしてのけるアリサに脱帽する。
「じゃあお願いね」
 スイの家にふらりと出かけていった夫を迎えに来たところ、来ていないことを知らされ、捜索を協力してもらう、そういう筋書きを演じる。誰か見張っているかもしれない。
 スイはアリサの姿が見えなくなるまで見送りながら、何気なく周囲に誰かいないか見回す。のんびりとした動作でドアを閉めると、そのまま走って二階に上がった。レースのカーテン越しからアリサをかなり距離を置いて尾行する人影が一つ見えた。

 キリトの部屋に姿を見せると、皮肉たっぷりに言われた。
「なんだ。またせっかくの俺の休みを邪魔しに来たのか?」
 だが、スイが真剣な表情をしているのにすぐに気づいて訊き直す。
「何かあったのか?」
「昨晩私に会いに行くと言って家を出たハウルさんが戻ってこられないそうだ」
「どういうことだ?」
 話が全く見えてこない。なぜハウルがスイに会いに行ったのか。
「うちには見えていない。そして、先ほどアリサさんがこの手紙をうちに持ってこられた。朝になっても戻らなかったら私に渡すようにとハウルさんから言われたそうだ」
 スイは先ほどの手紙をキリトに渡した。キリトはさっと受け取って一読する。

スイ君
 先日、魔術研究所の収支報告書に不審な点があって政務室の書庫で調査をしていたところ、偶然魔珠を利用した兵器開発に関する資料を見つけて、なぜこんな資料が政務室にあるのだろうと疑問に思いながら、ページをめくってみた。内容は、兵器開発の具体的な技術や方法、それに試作品の実験データなどだったが、驚くべきことにどれもリザレスの魔術研究所で記されたものだった。
 リザレスは秘密裏に兵器の開発を行っている。おそらく知っているのは、国王陛下、宰相、魔術研究所、そして政務室の一部の人間だけだろう。
 同僚が書庫に入ってきたので、急いで元の位置に戻したのだが、しばらくして見に行ったところ、その場所に資料はなかった。
 これからこのことを君に伝えに行くつもりなのだが、すぐに資料を持ち出されたことを考えると、その同僚も兵器開発に関わっている人間である可能性がある。無事に君の家にたどり着けないということもあるかもしれない。念のため、この手紙をアリサに託していこうと思う。
 この手紙が君の元に届く事態になっているようであれば、後はスイ君、よろしく頼む。

次回更新予定日:2019/09/07

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それからひと月は外務室に持ち込まれたマーラルを始めとする周辺諸国の情報の分析に努めたが、目立った動きはなかった。
 いつものように剣術の鍛錬をしていると、休日の早朝だというのにシェリスに来客を告げられた。
「アリサさんが?」
「はい。ひどく慌てておられてハウル様がこちらにお見えになっていないかと。お見えになっていないとお答えすると、スイ様に会わせて欲しいとおっしゃって。応接室でお待ちです」
「ありがとう。すぐ行く」
 あのアリサが慌てているとは珍しい。なぜハウルがここに来ていないかなどと思ったのだろう。スイは剣を近くの柱に立てかけて急いで応接室に向かった。
「アリサさん?」
 ドアを開けながら声をかけると、ソファに腰かけて待っていたアリサはすっと立ち上がった。
「やはりハウルは来ていないのね」
 気丈に振る舞ってはいるが、その目に不安の色が浮かんでいるのをスイは見逃さなかった。鋭いアリサはそれに気づいたのだろうか。大きく息を吐き出して緊張を解くと、落ち着いた足取りでスイの方に歩み寄った。
「昨晩、あなたに話したいことがあるからここに来るって出ていったのよ。そして、朝までに帰らなかったら、これを渡すようにと」
 アリサは大切そうに抱えていたバッグから封筒を取り出してスイに渡した。
 帰らなかったらなどと言われてこんなものまで渡されたのだ。ハウルが危険なことに首を突っ込んでしまったことに聡明なアリサが気づかないはずがない。それでもハウルはアリサを信じてこの手紙を託した。そして、アリサもその信頼を裏切らず、何も言わずにハウルを見送った。
 事情を話さなかったのは、アリサや子どもたちに危険が及ばないようにしたかったからだろう。スイは封を切り、アリサに見えないように中に入っていた手紙を一読してすぐに封筒に戻した。
「アリサさん」
 スイはアリサの方に手を載せた。
「私はこれからキリトとどうするか相談します。アリサさんもお子さんを連れて一度ご実家の方に来てください。時間を決めておきましょうか」
「そうね。二時頃でどうかしら? 今日はお父様から夕食会にお呼ばれしているという設定。でも、ハウルが戻ってこないから泊めてもらうことにするわ」
 毎度アリサの頭の回転の速さには感心させられる。提案しようとしていたことが全て先読みされていた。スイは仕方なく苦笑した。
「では、キリトにそうしてもらえるように伝えておきます」

次回更新予定日:2019/08/31

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