魔珠 第6章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「魔珠を力尽くで奪い取るしかないな。例えば、メノウを襲って輸送中の魔珠を手に入れるか」
 だが、メノウを尾行することは容易ではないと、スフィア山脈で思い知らされたはずだ。しかも、里の貴重な資源であり、財源でもある魔珠を強奪されるなどという事態になれば、死活問題だ。忍びの者も積極的に動き出すに違いない。それよりは。
「他国を占領して魔珠を確保する方が現実的かもしれないな」
 マーラルは兵器の開発に成功している。開発するためのノウハウを習得した。今すぐに行動すれば、必要な魔珠を国内だけで確保し、性能が多少劣っても周辺諸国を脅かすだけの戦力になり得るだけの兵器を作ることもできるだろう。占領に成功すれば、兵器に使用した分の魔珠が補填され、国内流通も安定する。
「頭の痛い話だ」
 キリトが苦笑する。相手がヌビスであることを考えると、戦争を回避するのは難しそうだ。であれば、被害を最小限にとどめるための筋書きをこちらで用意してうまく相手をその舞台に誘い込まなくてはならない。
「大丈夫だ。お前ならできる。それに、優秀な部下もついている」
 キリトは外務室でいつも顔を合わせている仲間たちや、各国で情報収集や諜報活動を行ってくれている者たちの顔を一人ずつ思い浮かべて笑顔になった。
「そうだな。お前もいるしな」
「私は面倒な話ばかり持ってきて、ただのトラブルメーカーだ」
「まあ確かに魔珠絡みの話は面倒な話が多いのは事実だけど」
 やんわりと同意してキリトは優しい目をする。
「お前がいると思うだけでちょっと大胆かなと思えるような行動も思い切って選択できるんだ。不思議だな」
 スイがついていてくれていると思うだけで、うまくいきそうな気がする。強い信頼。そう思わせる力をスイは持っている。
「私もお前がいてくれるから思ったように行動できる。お前が外務室長だから自由にやれる」
 そう言われて悪い気はしなかった。もっとも、スイだからこそ自由にやらせているのだが。
「とにかく情報収集を強化してみよう。特にマーラル関連は。お前も何か気になることがあったら、聞かせてくれ」
「分かった」
 その後、とりとめのない話をしているうちに安心して少し眠った。また呪いの夢にうなされたが、隣で読書をしていたキリトがすぐに気づいて薬を飲ませてくれた。しばらくはキリトの薬の世話にならなければならなさそうだ。

次回更新予定日:2019/08/24

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キリトは笑顔でうなずくと、薬瓶を手にしてドアを開け、スイを退室させた。そして、自分も退室すると、ドアを静かに閉めた。スイを気遣いながらゆっくりと歩を進める。いつもの姿勢良く優雅に歩くスイと比べると、いささか後ろ姿が疲れていて動きが機械的に見えるが、もうゆっくり歩くことはできるようだった。ただ、歩きながら話をしようとしないところを見ると、やはりまだ苦痛をこらえているのだろうとキリトは想像した。
 客室に入ると、キリトはスイを寝かせて自分は椅子に座った。薬瓶はいつでもすぐに取れるようにベッドのすぐ横に置いた。
「一人でゆっくりしたくなったら、いつでも言ってくれ」
「ありがとう」
 まだいつもの勢いはなかったが、安心したような声だった。
「とりあえず、話の続き、聞いてもらっていいか?」
「もちろんだ。でも、疲れたら途中でも休めよ」
「分かった」
 弱々しい笑みを口元に浮かべる。ひと呼吸置いて話を切り出す。魔術研究所に地下二階が存在し、その実験準備室にメノウと閉じ込められたこと。脱出に成功し、同じ階で兵器を見つけたこと。それを持って魔術研究所から抜け出し、忍びの者に渡したこと。そして、無事に予定の船に乗り込み、メノウを国外に逃がすことに成功したこと。
「そうか。証拠が里の手に渡ったということか。これでマーラルも言い逃れはできないな」
 腕を組んでキリトは考え込む。
「フローラのときのように魔珠の輸出を凍結するのだろうか」
「おそらくは」
 スイの回答にキリトはため息をついた。
「最初に打撃を受けるのは常に何の罪もない国民だ」
 すると、スイもそれに同調するように悲しげな目をした。その目はどこか遠くを見つめていて、唇だけが静かに動いて言葉を紡ぎ出しているかのようだった。
「フローラは国民の力で窮地を脱した。国民が声を上げ、王家の血筋を引く者がそれに応える形で即位した。今のマーラルの国民にはそんな力はあるだろうか」
 皆、マーラル王を恐れている。マーラル王に刃向かおうものならどのような仕打ちが待っているか分からない。だが、キリトは冷静に答えた。
「力があるかどうかじゃないんだよ。魔珠がなければ、生活できない。黙って朽ち果てていくよりは何か行動を起こすだろう」
 そうだ。きっとそうする。
「なあ、スイ」
 キリトが意地の悪い目でスイの顔をのぞき込む。
「お前がマーラル王だったら、どうする?」
 力が圧倒的でも、マーラル国民の大部分が相手となると、容易に潰せる人数ではない。これを
叩いていく展開になれば、厄介極まりない。その前に何か策を講じるべきだろう。

次回更新予定日:2019/08/17

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「覚えているか。以前マーラル王が政治犯などを魔術の実験に使っているという報告があっただろう」
 あった。外務室の諜報担当者が拾ってきた情報だ。
「城と魔術研究所を結ぶ地下通路があって、その中央部付近に囚人を監禁しておく牢獄があるんだ」
「メノウはそこに捕まっていたのか」
 台を拭いていた手を止めてスイの方を見ると、スイは険しい目でうなずいた。
「メノウを独房から出すことはできたのだが、運悪くマーラル王に出くわして」
「マーラル王に?」
 驚いた表情でキリトに訊かれて、スイは先を急いだ。
「それで」
 そう言いかけたときだった。スイがうめき声を上げ、右胸を押さえて倒れ込んできた。キリトはふきんを放り出して慌ててスイの体を支えた。素速く左手で瓶を取ると、先ほど閉めたばかりの蓋を開けてスイの口に押し当てた。半ば無理やり飲み込んだのを確認し、瓶を唇から離す。激痛はなくなったようだったが、呼吸がひどく乱れていた。
「少し、落ち着いてから話した方がいいんじゃないか」
 だが、スイは遮るように続けた。薬が効いている今のうちに。
「マーラル王に、呪いを……一度、刻まれた呪いは……」
「そうか」
 キリトは苦しそうな表情でスイの話を聞いた。
「いいように、もてあそばれて、激痛で、意識が、なくなって」
 またスイが胸を押さえてうめいた。薬のおかげか先ほどよりは軽そうだった。時間も一瞬で、すぐに直前の呼吸の乱れた状態に戻った。
「すまない。帰りの船で寝たときにも、うなされて……」
 キリトはスイの目をまっすぐ見てうなずいた。
 呪術が発動して激痛に襲われる夢を見ているときは、現実でも呪術が発動している。キリトは寮で同室だったとき、何度も夜中、スイのうめき声で目を覚ましたことがある。胸をはだけて確認すると、青く光る線がくっきりと現れている。帰りの船で疲れて仮眠を取ったときにもあのときのようになっていたに違いない。
「ちょっと待っていてくれ」
 言うと、さっと片づけの続きを済ませ、キリトはスイの前に戻ってかがみ込んだ。見上げるようにしてスイの顔をのぞき込むと、呼吸が少し落ち着いてきていた。
「客室に行かないか? 少し横になった方がいい。あまり眠れていないだろう?」
 客室は客が泊まるために用意されている部屋なので、ベッドがある。薬ができたので、安心して眠ってもらってもいいし、続きを話してもらってもいい。
「ありがとう。お言葉に甘えさせてもらうよ」

次回更新予定日:2019/08/10

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来客があると伝えられたのは午前十時を少し回ったくらいだった。キリトは眉をひそめたが、すぐに読書をしていた書斎に通すように使用人に言った。
「どうかしたのか? せっかくの休日なんだから、ゆっくり休んでいればいいのに」
 本を閉じて机に置き、キリトは立ち上がった。
「とはいえ、この時間にここにいるということは目的は無事達成できたと考えて良さそうだな。お疲れ」
 キリトは疲れた顔をスイの手を取ると、ぎゅっと握って祝福した。スイは弱々しい笑顔を返した。
「それで?」
「薬を調合してもらいたいんだ」
 さらりとスイは答えた。キリトは顔が青ざめる。
「薬って……まさか再発したのか?」
「もう大丈夫だと思っていたんだが」
 スイは苦笑した。
「分かった。とにかく薬を作ろう。お前も来るだろ?」
 この部屋に残って一人で休んでいてもらってもよかったが、誰かといたり何かをしたりして気を紛らされているときの方が、呪術の引き金となる記憶を呼び起こしにくいということは経験的に分かっている。いちばん危ないのは、マーラルに関する事柄に接しているとき、そして眠っているとき。マーラルから帰ってきて何ヶ月かはよく呪術を刻み込まれたときのことを夢に見てうなされていた。
 キリトの後をついて階段を下りていく。
「そこにでも座って待っていてくれ」
 あまり広くない調合室に入るなり、部屋のいちばん奥にある椅子をスイに勧める。スイは静かに腰かけて、手際よく棚から青バラの花びらとユキヒイラギの実と魔法水の瓶を取り出すキリトを見ていた。
 材料を瓶に入れてふわっと魔力を込める。その光を見ているだけでも心地よいとスイは感じた。キリトの魔力はヌビスの呪術の力を抑える力が強い。側にいるだけでも体が楽になる気がする。
 瓶の中の液体にぶくぶくと気泡ができて消えた。花びらも実も液体に溶けてなくなっていた。
「じゃあ話を聞こうかな。明日でもいいけど」
「いや。聞いてくれ」
 遮るようにスイは言った。キリトは瓶の蓋を閉めた。スイは話を切り出した。
「予定どおり、暗くなってから城の敷地内に入った。魔術研究所の様子を見て回っていたとき、忍びの者がいるのに気がついて情報交換をした」
 キリトはてきぱきと後片づけをしながら苦笑した。魔珠の里の忍びの者をめざとく見つけるなんて。相変わらず鋭い。

次回更新予定日:2019/08/03

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