魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「エス、トル……良かっ……」
 グレンはそのまま大量の血を吐いて目を閉じた。全身の力が抜けて、がくんとその体の重みがエストルにのしかかってきた。
「なぜ……なぜ」
 グレンは息絶えていた。
 エストルの中で何かが砕け散る。全てを失ったような気がした。もう全てがどうでも良くなった。絶望がエストルを蝕む。支えを失った意識の鍵が音もなく開かれる。
「面白い。実に面白い。微動だにしなかった精神がたった一つの虚像でいとも簡単に砕かれるとは」
 エストルは幻覚を見ていた。だが、あまりの衝撃にそれが幻覚であるということが分からなくなった。グレンの存在はエストルの中ではそれほど大きいものだった。
「それでは始めようか」
〈追跡者〉がエストルの額に手を置くと、その手から光が発せられた。〈追跡者〉は静かに目を閉じてエストルの記憶に干渉した。

 目の前にエストルがいる。また欲しいという激しい衝動が込み上げてきて抑えきれなくなる。またあの夢。グレンはエストルの首筋に食いついた。だが、その後の展開がこれまでと違っていた。
「助、けて……たす、け、て」
 エストルが目を見開いて右手を伸ばしている。
 血を啜ることなくグレンは目覚めた。
「何? なんで?」
 いつもと違う。エストルが助けを求めた。グレンは違和感を感じて息を切らしながら考える。不意にこれまでの夢とは異質の胸騒ぎがした。何か違うものを感じる。
「何だろう」
 嫌な胸騒ぎだ。引っかかりながらもグレンは浅い眠りにつき、途中何度も悪夢にうなされて目が覚めた。

 一回の入口のすぐ右側にある大広間が兵士たちの待機場所として確保された。ルイはソフィアを部屋の隅に寝かせた。
「大丈夫か、ルイ?」
 一旦状況を確認しに戻ってきたクレッチが声をかける。横にはデュランもいる。
「僕は大丈夫だ。ソフィア将軍の意識がない。少しすればお目覚めになるとは思うけど」
「リンは?」
 すると、壁にもたれかかったまま弱々しい声で答える。
「魔力を、使い切っちゃって……少し、休ませて」
 クレッチは頷いた。そのとき、扉が開いて三人兵士が入ってくる。

次回更新予定日:2016/10/08

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呪術を放とうとしたが、それよりも先にエストルが短剣を抜いて〈追跡者〉を斬りつけた。〈追跡者〉が咄嗟に避けると、その場所に青く輝く魔法陣が現れた。〈追跡者〉は呪縛された。
「ほう。まるでこうなることを予測していたみたいだな。用意が周到だ」
 すると、エストルは不敵な笑みを浮かべた。
「当然だ。クレッチが記憶をのぞかれたのに手をこまねいて見ているわけにはいかない」
「なるほど。さすがムーンホルン王国宰相。だがな」
 〈追跡者〉は抗う腕を力尽くで上げ、宙をかき切る動作をした。腕の骨が折れる音がしたが、そんなことはかまわなかった。魔術を行使するにはさほど影響はない。一直線の光が飛んで、魔法陣の呪縛を断ち切り、そのままエストルを狙った。エストルは短剣を剣に持ち替えてそれをはね除けた。
「くっ、効かぬか」
 魔法陣の呪縛を強引に破られて、エストルは下唇を噛む。だが、すぐに連続して光が飛んでくる。エストルは何とか全てはね除けた。
「剣裁きもなかなかのものだな」
 感心したように言いながら、最後の光を放ち、〈追跡者〉は魔法陣を瞬時にしてエストルの方に移動させた。最後の魔法は威力が大きく、エストルの剣ではかなわなかった。エストルは吹き飛ばされ、魔法陣に放り出された。今度は逆にエストルの方が動けなくなる。
「なかなか強力な魔法陣だ。お前が作ったのだとしたら、相当な術士だな。いいできだ。せっかくなので、使わせてもらおう」
 青かった魔法陣の光の色が赤に変わった。頭が何かに圧迫されたように重くなる。
「さあ、見せてもらおう。全てを知るお前の記憶を」
 激しい頭痛がエストルを襲う。エストルは歯を食い縛った。負けてはいけない。できるだけのことはするとグレンと約束した。グレンのように耐えきれるかどうかは分からないが、とにかくできるところまでやってみる。
「抵抗するか。無駄なことを」
 頭痛が一層激しくなった。あまりの痛みに意識が遠のきかける。そのときだった。目の前に銀色の刃がきらりと光った。刺される、そう思ったその瞬間だった。
「エストル!」
 何が起こったのか一瞬分からなかった。理解するのに時間がかかった。自分をかばうようにして覆い被さってきた体。その背中に刃が妖しい輝きを放ちながら刺さり、真紅の血が溢れてきた。
「そん……な」
 頭が真っ白になる。胸に倒れ込んで苦しそうに息をしているのは紛れもなくグレンだった。

次回更新予定日:2016/10/01

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「撤退、したようね」
 ソフィアは確認して目を閉じる。意識がそのまま落ちた。
「将軍、将軍!」
 ルイはソフィアの体を揺すったが、返事はなかった。
「ルイ?」
 よろけながらリンが近づいてくる。
「大丈夫。意識を失っただけ」
 あのとき咄嗟に結界を張っていなかったら、どうなっていただろうと考えると、背筋がぞくっとした。
「そう。良かった」
「リンは大丈夫?」
「うん。魔力、使いすぎただけ。将軍、お願いね」
「分かった」
 ルイはソフィアをおぶった。城壁を目指してゆっくり歩き出す。リンが後ろからよろよろとついてきた。

 エストルは執務室にいた。先ほど上級ヴァンパイアが城壁の外側に出現したとの報告を受けた。指揮は基本的にソフィアに任せてある。応戦中なのだろう。正直どのような結果になるかは分からない。だが、エストルにはその戦闘があまり意味のあるものに思えなかった。ヴァンパイアの真の目的は他にある。
 不意にエストルは妙な気配を感じる。ペンを走らせていた手を止め、すくっと立ち上がった。
「やはり来たか」
 背後に〈追跡者〉の姿が現れる。先ほど負った傷はもう塞がっている。
「ムーンホルン王国宰相エストル。全てを知る者、そしてグレンが大切に思っている友」
 エストルがぴくりと最後の言葉に反応する。
「お前、グレンの記憶ものぞいたのか?」
 すると、〈追跡者〉は楽しそうに笑った。
「少しだけな。我々の欲しかった情報は落としてくれなかった。例えば」
 〈追跡者〉の表情が険しくなった。
「ヴィリジアンはどこにあるのか、そしてその情報をグレンに与えたのは誰か」
 エストルは押し黙った。ひんやりとした汗が額に滲んだ。
「グレンは意識と記憶を閉ざした。解答を引き出すことに我々は失敗した。だが、大したことではない」
 〈追跡者〉は右手を伸ばして言い放った。
「お前に聞けばいい」

次回更新予定日:2016/09/24

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急に空を暗い雲が覆い出す。ソフィアは気になってふと空を見上げる。そのときだった。異様な気配を前方に感じた。次の瞬間、もう周りの兵士たちに指示を飛ばしていた。
「敵だ。撃て!」
 兵士たちは矢や閃光を放った。空間が裂け、〈追跡者〉の姿が現れる。
「くっ」
 集中砲火を浴び、少し後退を迫られる。
「攻撃をやめてシールドを展開して」
 ソフィアが指示すると、すぐに兵士たちが従う。指揮系統は完璧だ。
「リン、ルイ、行くわよ」
 三人は〈追跡者〉に向かって走り出した。
「ルイ、シールド解除!」
 距離をつめると、ソフィアの指示が飛ぶ。ルイが左手を広げて宙に水平線を描くと、シールドは瞬く間に消えた。ソフィアがすぐに最初の一撃を放つ。〈追跡者〉は軽々と避けたが、次のリンの攻撃は避けきれなかった。すっと浅い傷がつき、細く赤い線が腕に現れる。だが、休んでいる暇はなかった。続いてルイが、そしてまたソフィアが、三人の剣が次々と容赦ない攻撃を加える。〈追跡者〉は少し後退した。
「なかなかやる」
 にやりと笑うと、手に光をまとった剣が現れる。実物の剣ではない。魔力で作った剣だ。
「ふうん。魔法だけじゃなくて剣も使うのね」
 ソフィアが言うと、〈追跡者〉は口元を吊り上げた。
「そのときの気分次第だ。来い!」
 言われて三人が再び襲いかかる。〈追跡者〉は的確に三人の剣の攻撃を光の剣で跳ね返してくる。
「きりがない!」
 ソフィアは後ろに下がったヴァンパイアを狙って助走する。
「リン、ルイ、下がって!」
 ソフィアは渾身の魔力を剣に込めて宙に大きく弧を描いた。それを見て〈追跡者〉も同じ動作をした。二つの弧は高速でぶつかることなく上下で交差し、それぞれの標的に凄まじい爆音を立てながら衝突した。間髪を入れず、リンが巨大な光の球を放った。ルイはソフィアの前に結界を張った。
「将軍!」
 ソフィアは結界を張ってもらったにもかかわらず、ルイの方まで吹き飛ばされた。〈追跡者〉はソフィアの攻撃を胸に食らい、よろめいた。傷はそれほど深くなかったが、次に襲ってきたリンの魔法がその傷を深くえぐり出した。多量の血が噴き出す。〈追跡者〉は力なく宙に浮きながら胸に手を当てた。
「そんな、ばかな……人間、ごときに……」
 〈追跡者〉はマントで全身を覆い、消えた。

次回更新予定日:2016/09/17

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「ソフィア、疲れてない?」
 長旅から帰ってきたばかりのソフィアをグレンが気遣う。
「大丈夫。しばらくここにいられるみたいだしね」
「ソードが帰ってきたらまた交代かな」
「多分そんな感じでしょうね」
 ソードと自分のどちらが早く帰ってくるだろうとグレンは考えた。スアの方が距離的には近いので、同時くらいになるかもしれない。
「部隊長を集める。十一時に会議室だ」
「十一時ね」
 二人は別れた。グレンはクレッチとデュランに手伝ってもらい、部隊長を集めた。十一時には会議が始まり、全員で警備の確認をしながら一通り説明をし、引き継ぎを行った。会議が終了すると、グレンとソフィアは部屋から出た。二人で一度城壁を巡回して状況を見て回ることにした。
「大丈夫そう?」
 グレンが心配して尋ねる。
「そうね。あなたやソードでも苦戦する相手なんだから、手強いけど」
 ソフィアが深刻な顔をする。
「私には、リンとルイがついているから大丈夫。何とかする」
 リンとルイはソフィアの部下だ。二人は双子で、リンが姉、ルイが弟だ。ソフィアはグレンやソードとは対照的に部下を積極的に任務に連れて行く。ほとんど一緒に行動していると言っても過言ではない。絶対的な信頼を置き、立てる作戦も全て二人がいることを前提としている。
「すごいね、ソフィアは。僕もソフィアくらい部下をうまく使いこなせたらいいのに」
 グレンが羨ましがると、ソフィアは笑った。
「できる。あなたなら。連れて行かないから、そう思うだけ」
 城の周囲を一周ぐるりと回り終わると、グレンはソフィアに言った。
「それじゃあ、任せたよ」
 ソフィアはグレンを安心させるように大きくうなずいた。
 ソフィアと別れると、急にまたヴァンパイア討伐を命じられたことを思い出して憂鬱な気分になった。それを振り払うように早足で自室に向かい、旅支度を始めた。さっさと行ってさっさと終わらせてしまおう。グレンはその日のうちにエストルに任務の詳細を聞きに行き、翌朝には城を出た。

次回更新予定日:2016/09/10

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