魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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青白い光が現れ、グレンの体を包み込むように膨張し始めた。
「それがお前の全力か?」
 ソードは拳に瞬間的に力を入れ、全ての魔力を集中させた。感覚がおかしくなるくらい強烈で鋭い痛みが全身に走ってグレンは絶叫した。青白い光が弾け、体が後方に吹っ飛んだ。全ての痛みや魔力から解放されたが、意識がもうろうとしている。
「なるほど。強い。マスターヴァンパイアの力を取り込んだだけのことはある。だが、そこまでではないのか?」
 ソードの声がすごく遠くで聞こえているような気がする。
 行ったり来たりしている意識をどうにかつなぎ止めようと必死になる。ここで意識をなくせば、ソードにやられる。もう二度と意識を取り戻すことはないだろう。ウィンターも抵抗のできる状態ではない。
 ここで、全てが終わる。
 荒くなった呼吸の音を聞く。音に集中することで意識が少しずつはっきりしてきた。力は湧かない。ソードの魔力に対抗するには全ての魔力をつぎ込む必要があった。体が空っぽで軽く感じる。
 意識は戻ったが、これでは戦えない。
 渇いた笑いが込み上げてくる。
 置かれた状況が少しずつ把握できるようになってくると、周りの情報も五感から入ってくるようになった。視界にソードが映る。そして、初めて気づく。
 ソードも息が上がっている。
 グレンは出せる力全て出し切った。それを抑えてあれだけの魔力を一気に放ったのだ。上級ヴァンパイアといえども魔力を消耗しないはずがない。
 グレンは弱々しい笑みを浮かべた。
「君も、もう魔力残ってないんじゃないの?」
「フッ、そうだな」
 答えるソードの表情にも余裕はなかった。
「あの最後の一撃で仕留めるつもりだった。よく意識を保ったな」
 上級ヴァンパイアたちの鼻をへし折ったグレンの精神力はだてではない。
「君は僕に勝って君の力を証明すると言った。でも、これ、引き分けなんじゃない?」
「引き分けか」
 ソードは嘲笑した。
「それではエルに申し訳が立たない」
 ソードの眼光が鋭くなった。
「どちらもまだ生きているしな」

次回更新予定日:2018/05/19

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「お前を倒さなければ力を証明できない。ウィンターにはその程度の力で充分だ」
「何……だと」
 悔しい気持ちしか湧かなかった。ソードの目の前で証明してみせたかった。人間が、どれほど強くなれるのかを。だが、グレンは首を横に振った。
「違うよ」
 そして、グレンは目を見開いて挑むように言った。
「今までずっと、僕にも本当の力を見せてくれたことがないでしょ」
 グレンは拳を握りしめて力を込める。
「上級ヴァンパイアの力はそんなものではない。それは僕が、いちばん知っている」
 すると、ソードが噴き出した。そして、それは狂気じみた笑いに変わった。
「そうだな。お前の言うとおりだ。さあ、お前の本気をぶつけてこい。どこまで力を解放できるか楽しみだ」
「いい加減にして!」
 グレンが走り出した。距離をつめると、剣ですっと弧を描いた。ソードは交わしたが、頬に一筋浅い傷が入った。構わず左手に魔力を集中させ、グレンにすさまじいスピードでぶつけてゆく。グレンが交わすと、足下で魔法が爆発した。
「君とは戦いたくない。でも、君がそこをどかないと言うのなら、君が最後の上級ヴァンパイアだというのなら、僕が、倒す!」
 宙に飛び上がり、魔力を込めて剣を振り上げる。だが、そのとき急に全身が赤い光に包まれ、空中に静止した。腕も動かない。
「く……体が」
 呪縛の魔法の一種だろうか。グレンは全身に魔力を行き渡らせ、解除を試みる。だが、体を縛りつけている魔力は想像以上に強力で、いつもの要領ではいかない。
「お前は強くなりすぎた。まずはその魔力を削らせてもらう。
 ソードが手をかざすと、光がゆらゆらと歪みだし、強い輝きを放った。
 体の内部から激痛が込み上げ、グレンは体をよじろうとしたが、それさえ叶わない。それでも、苦痛に対する体の反応が少しだけ呪縛の魔法を上回ったようで、わずかに体がぴくりと動いた。その瞬間、意識が遠のきそうになってあわてて引き留める。
「まだ……だめ」
 痛みが体を侵食していく。何とかしてこの痛みを断ち切らなくては。早くしないと、本当に意識を持って行かれる。もう一度先ほどよりも集中して、全身に大きな魔力を拡散してみる。中途半端な魔力では駄目だ。この痛みは上級ヴァンパイアのソードがこれまでセーブしていた力を解放して放った魔法によるものだ。それに対抗できるだけの魔力を放出しないとこの状態から抜け出すことはできない。
「あと、少し……」

次回更新予定日:2018/05/12

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「目覚める……前?」
 セレストは記憶をたどった。
「森に、狩りに行って、少女に出会って……」
 少女は森の中で迷ったと言った。だから、森の出口まで送った。そして――
「少女を送られた後、どうされました?」
 セレストは愕然となった。急に記憶が途切れている。
「やはり、覚えておられないようですね」
 エストルは表情を緩めた。思っていたとおりだ。セレストは操られていた間、意識がなかったのだ。
「私が今からお話しします。驚くようなことや心の痛むようなお話もあると思います。ですが、落ち着いて聞いていただきたいのです」
 エストルはじっとセレストの目を見つめた。
「我々は最善を尽くし、全ては、解決の方向に向かっています」
 セレストも不安にさいなまれながらエストルの目を見ていたが、やがて決心したように毅然と答えた。
「分かった。話してくれ」
 穏やかな表情でうなずいて、エストルはこれまでの経緯を話し始めた。

 ウィンターは力が完全に尽きて動けなくなっていた。
 エルのことが好きだった。ソードと同じように好きだった。エルを失って悲しかった。だが、ウィンターはそれを言葉にできた。言葉にして出会ったばかりの人にも話せた。ソードにはそれができなかった。それがうまくできるだけの年齢に至っていなかった。それがうまくできる正確の人間ではなかった。
 そして、そのソードを救うことさえ、できなかった。
「私が……私の手で止めたい。止めたいのに」
「止めるだけの力もないくせに。償え、その死をもって!」
 完全にうちひしがれたウィンターにソードが渾身の魔力を放つ。ウィンターは避けることもできず、その場で呆然としていた。頭の中は真っ白になっていた。
 しかし、目の前でまばゆい光が広がり、大きな破裂音がして、ウィンターは我に返る。
「大丈夫、ウィンター?」
 クリアブルーの美しい結界がウィンターの目の前で消滅する。まだかすかに煙がふわふわと舞っていた。
「グレン」
 堂々とした姿勢でグレンは立っていた。
「手加減、してたでしょ」
 ヴィリジアンの瞳が静かに輝く。ソードはにやりと冷酷な笑みを返した。

次回更新予定日:2018/05/05

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すると、顔面蒼白になっているグレンに追い打ちをかけるようにソードは答えた。
「上級ヴァンパイアだからだ。私が」
「何、だと?」
 先ほどまでの快進撃が嘘のような苦しそうな表情でウィンターがつぶやく。ソードは不気味な笑みを口元にたたえる。
「開発に失敗したマスターヴァンパイア〈004〉。その核をヴァンパイアに埋め込んだらどうなるのか。何体かのヴァンパイアで試した。そのまま消滅する者もいたが、何体かは強力な力を得た。魔力や戦闘能力が飛躍的に向上し、マスターヴァンパイアには及ばないものの、それに匹敵する強さが得られることが分かった」
「まさか、お前……」
「そう。私はテルウィング王にその核を埋め込んで欲しいと申し出た。必ずや陛下のお役に立ちます、と」
「ソード、お前、なんてことを」
 激しい怒りが込み上げてくる。だが、それがソードに向けられた怒りなのかウィンターには分からなかった。
「人間であることを捨て、挙げ句の果てに生物兵器になるなんて」
 悔し涙があふれてきて、ようやく気づく。
「私のせいだ。全て、私のせい」
 怒りの矛先は自分に向けられていた。最初からずっと自分に向けられていた。ソードが上級ヴァンパイアになったことを知ってもその思いは変わらなかった。

「陛下!」
 目が開いた瞬間、エストルは声を上げた。
「へ……陛下?」
 セレストは聞き慣れない響きの言葉にとまどっている。エストルは状況をすぐに把握し、脳内で修正した。いくつかの確認と説明をしなければならない。口を開こうとすると、セレストに先行される。
「お前は……エストル? エストルなのか?」
 確かにエストルの顔だ。だが、セレストの知っているエストルよりもたくましく、大人びている。
「そうです。陛下はムーンホルン国王セレスト陛下、そして私は陛下にお仕えする宰相エストルです」
「そんな……何かの間違いだ。私は王太子。国王は父上だ。それに、エストル。宰相はお前の父君が」
 困惑した様子のセレストの言葉を静めるようにエストルは落ち着いた口調で聞いた。
「陛下。陛下は今お目覚めになりましたね。お目覚めになる前、何をされていましたか?」

次回更新予定日:2018/04/28

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グレンは何か言いかけて飲み込んだ。涙があふれてきたが、もう言葉にはできなかった。
 強くなるための揺るぎない信念。
 どれだけ強い力を手に入れても、もうエルを守ることはできない。その事実を受け入れることができないほどソードの悲しみは深いということだろう。ショックで時間がそこで止まったままなのだろう。
 力があれば。
 それしか考えられなかったのだろう。だから、がむしゃらに力を求めた。強くなることだけを考えて日々を過ごした。きっとそうすることでしか乗り越えられなかったのだ。
「ソード」
 つぶやくと、視界にくっきりと青い一筋の光が赤い光を真っ二つに切り裂き、消滅させる光景が入った。グレンは目を疑った。明らかにウィンターの魔力の限界を超えた一撃だ。
「倒す。必ずお前は私が倒す!」
 そのまま閃光を飛ばしながらウィンターは突進していった。体のあちらこちらに飛びかかり、全身を傷だらけにしていくソードの魔法など物ともしない勢いだ。
「何?」
 ソードもウィンターの予想外の魔力に驚きをあらわにした。だが、すぐに攻撃することをやめ、無抵抗でウィンターを迎えた。
「絶望するが良い」
 ソードがそう言い放ったのとウィンターが剣をソードの胸に突き立てたのは、ほぼ同時だった。
 金属が何かにぶつかる音がして、剣は胸を貫くことなく止まった。
「どういう、ことだ?」
 ソードは人間ではない。ヴァンパイアだ。だが、ヴァンパイアであっても、人間と同じように心臓を貫くことはできる。そして、心臓を貫けば、消滅するはず。
 ウィンターはソードの顔を見た。
 笑っている。
 余裕の笑みを浮かべている。
 ウィンターは先しか刺さっていない剣を抜いた。すると、抜いた場所から赤い光が漏れた。
「まさか」
 ウィンターは今まで感じていなかった傷の痛みが急に一気に来てその場にくずおれた。
 ソードの笑みは完全に勝ち誇った笑いに変わった。
「そんな……カーマ、ナイト?」
 見覚えがある。あの輝きはカーマナイトの核だ。
「どうして? ヴァンパイア化はしたけど、元々君は人間。カーマナイトの核を持つのは、上級ヴァンパイア。生物兵器の上級ヴァンパイアだけのはずなのに、どうして」

次回更新予定日:2018/04/21
 
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