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「博士」
少し驚いた顔でスイは男を見た。
博士と呼ばれた男の名はレヴィリン。四十歳にして王立魔術研究所の所長である。研究所では魔術の研究の他、魔珠からの魔力供給などの研究も行われている。所長になったのは三十五のときだが、その前から研究所内の魔珠の管理を任されていた。そのため、レヴィリンとはセイラムの代からのつき合いになる。
「ダンスのことは素人だが、お二人の踊る姿は実に美しい」
「お褒めにあずかり光栄です」
スイが笑顔で返した。
やんわりとした口調で話すが、レヴィリンの眼光はいつも鋭い。相当の切れ者であることは経歴など聞かなくても分かる。それくらい鋭い目つきをしている。
「珍しいですね。このような場所で会うなんて」
じっと見つめている視線を逸らすように自分から話題を振ってみる。
「たまたま時間が空いたのでね。息抜きにちょっと顔を出してみたのだよ」
「そうでしたか」
「お邪魔したね。あまり知った顔がいないもので。では」
「ありがとうございます。博士も少し羽を伸ばしていってください」
レヴィリンが去っていった。スイはほっど胸を撫で下ろす。あまりあの目は得意ではない。
安堵の息をつくと、隣にエミリがいたことを思い出した。エミリはスイをじっと見上げている。
「ああ。魔術研究所の所長のレヴィリン博士だ」
エミリが知りたいと思っていたことをすぐに察して、問われる前に答える。
「あの方が」
エミリは何となくレヴィリンの顔を記憶した。セイラムの教えを受けると、気になる人物に出くわすとやんわりと記憶しようとする癖が自然に身につく。
「士官学校に特別講義にいらっしゃることもあるから、また顔を見る機会はあると思うよ」
多忙らしく、年に数回だが、スイも講義を聴いたことがある。
「それにしても驚いた。こんなにうまく踊れるなんて思わなかった」
エミリに踊りながら考えていたことを明かすと、得意げに返された。
「運動神経がいいのだけが取り柄です」
スイが苦笑していると、アリサが近づいてきた。
「悔しいわね。おいしいところ全部持っていかれちゃった感じ」
早速二人をからかう。
「さ、挽回狙うわよ、ハウル」
切り替えの早いアリサはハウルの手を引っ張ってダンスフロアに向かった。
「君も一曲どう?」
イオが優しく訊くと、アイリも嬉しそうに頷いてアリサたちの後を追った。
次回更新予定日:2018/10/13
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少し驚いた顔でスイは男を見た。
博士と呼ばれた男の名はレヴィリン。四十歳にして王立魔術研究所の所長である。研究所では魔術の研究の他、魔珠からの魔力供給などの研究も行われている。所長になったのは三十五のときだが、その前から研究所内の魔珠の管理を任されていた。そのため、レヴィリンとはセイラムの代からのつき合いになる。
「ダンスのことは素人だが、お二人の踊る姿は実に美しい」
「お褒めにあずかり光栄です」
スイが笑顔で返した。
やんわりとした口調で話すが、レヴィリンの眼光はいつも鋭い。相当の切れ者であることは経歴など聞かなくても分かる。それくらい鋭い目つきをしている。
「珍しいですね。このような場所で会うなんて」
じっと見つめている視線を逸らすように自分から話題を振ってみる。
「たまたま時間が空いたのでね。息抜きにちょっと顔を出してみたのだよ」
「そうでしたか」
「お邪魔したね。あまり知った顔がいないもので。では」
「ありがとうございます。博士も少し羽を伸ばしていってください」
レヴィリンが去っていった。スイはほっど胸を撫で下ろす。あまりあの目は得意ではない。
安堵の息をつくと、隣にエミリがいたことを思い出した。エミリはスイをじっと見上げている。
「ああ。魔術研究所の所長のレヴィリン博士だ」
エミリが知りたいと思っていたことをすぐに察して、問われる前に答える。
「あの方が」
エミリは何となくレヴィリンの顔を記憶した。セイラムの教えを受けると、気になる人物に出くわすとやんわりと記憶しようとする癖が自然に身につく。
「士官学校に特別講義にいらっしゃることもあるから、また顔を見る機会はあると思うよ」
多忙らしく、年に数回だが、スイも講義を聴いたことがある。
「それにしても驚いた。こんなにうまく踊れるなんて思わなかった」
エミリに踊りながら考えていたことを明かすと、得意げに返された。
「運動神経がいいのだけが取り柄です」
スイが苦笑していると、アリサが近づいてきた。
「悔しいわね。おいしいところ全部持っていかれちゃった感じ」
早速二人をからかう。
「さ、挽回狙うわよ、ハウル」
切り替えの早いアリサはハウルの手を引っ張ってダンスフロアに向かった。
「君も一曲どう?」
イオが優しく訊くと、アイリも嬉しそうに頷いてアリサたちの後を追った。
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「スイ様、エスコートはいいので、明日の朝、お時間あったら、剣の腕少しは上達したか見ていただけませんか?」
「ドレスを着たレディが言うことか?」
透かさずスイに剣の手合わせを頼むエミリにキリトが呆れる。
「別にいいだろう。この衣装で手合わせするわけでもないし」
スイは冷静に仲裁に入ったつもりだったが、キリトに切り返される。
「お前はローブ着て手合わせするんだろうけどな」
「当然だ。他に何を着てくると言うんだ」
平然と言い放つスイを見て、アリサたちがくすくす笑う。
「せっかくだから、スイにダンスの相手してもらって、姉さんたちを困らせてこいよ。優雅な立ち振る舞いのスイ様にリードしてもらえば、お前でも少しはレディっぽく見えるぞ」
「失礼ね。でも、そんな暴挙をお姉様たちが許してくださるかしら?」
エミリは皮肉たっぷりに言って姉たちの方を見た。
「ええ。こんなチャンスなかなかないから相手してもらうといいわ。ご婦人方には『これは弟が私たちを陥れるために仕組んだ陰謀だ』って言っておくから」
本当にさらっとそう言って洗いざらい話してしまうのがアリサだ。アリサにかかると、嫉妬される前に巧みな話術で話を広め、先に危うい素材も笑い話に変えてしまう。
「では、スイ様、お願いしていいですか? 見てなさいよ、お兄様。さっきの発言、絶対に撤回してもらうんだから」
先ほどバカにされたのを根に持ったらしい。負けず嫌いなところもキリトとそっくりだ。スイは苦笑したかったが、ここは穏やかなよそ行きの笑顔を浮かべて右手を差し出す。エミリは何のためらいもなく、慣れたようにすっと自分の手を載せる。
演奏されていた曲が終わったのを見計らって、スイはエミリをダンスフロアに連れて行く。先ほど以上に視線がこちらに集まってくるのが分かった。
曲がスタートすると、スイはエミリの目を見てステップを踏み始めた。エミリは舞踏会になど滅多に来ないのに、余裕の表情で流れるように優雅にステップを踏み、ターンする。スイは最初エミリと息を合わせようと注意を払っていたが、その必要はないくらい息がぴったりだ。エミリとなら何も考えなくても踊れそうな気さえした。動作の一つ一つが心地よい。ダンスのうまいと言われる人とも何度か踊ったことはあるが、こんなに踊ることが楽しくて心地よいと感じたのは初めてだ。
踊っている人が一人また一人と足を止める。いつの間にか踊っているのはスイとエミリだけになった。誰もが二人の優雅に舞う姿に釘付けだ。
曲が終わって、二人が互いに礼をすると、大きな拍手が起こった。それが自分たちに向けられたものだと分かると、二人は誰もが見とれるような美しい姿勢で礼を返した。
「いやあ見事ですな」
ゆっくりと拍手をしながら、近づいてくる男がいた。
次回更新予定日:2018/10/06
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「ドレスを着たレディが言うことか?」
透かさずスイに剣の手合わせを頼むエミリにキリトが呆れる。
「別にいいだろう。この衣装で手合わせするわけでもないし」
スイは冷静に仲裁に入ったつもりだったが、キリトに切り返される。
「お前はローブ着て手合わせするんだろうけどな」
「当然だ。他に何を着てくると言うんだ」
平然と言い放つスイを見て、アリサたちがくすくす笑う。
「せっかくだから、スイにダンスの相手してもらって、姉さんたちを困らせてこいよ。優雅な立ち振る舞いのスイ様にリードしてもらえば、お前でも少しはレディっぽく見えるぞ」
「失礼ね。でも、そんな暴挙をお姉様たちが許してくださるかしら?」
エミリは皮肉たっぷりに言って姉たちの方を見た。
「ええ。こんなチャンスなかなかないから相手してもらうといいわ。ご婦人方には『これは弟が私たちを陥れるために仕組んだ陰謀だ』って言っておくから」
本当にさらっとそう言って洗いざらい話してしまうのがアリサだ。アリサにかかると、嫉妬される前に巧みな話術で話を広め、先に危うい素材も笑い話に変えてしまう。
「では、スイ様、お願いしていいですか? 見てなさいよ、お兄様。さっきの発言、絶対に撤回してもらうんだから」
先ほどバカにされたのを根に持ったらしい。負けず嫌いなところもキリトとそっくりだ。スイは苦笑したかったが、ここは穏やかなよそ行きの笑顔を浮かべて右手を差し出す。エミリは何のためらいもなく、慣れたようにすっと自分の手を載せる。
演奏されていた曲が終わったのを見計らって、スイはエミリをダンスフロアに連れて行く。先ほど以上に視線がこちらに集まってくるのが分かった。
曲がスタートすると、スイはエミリの目を見てステップを踏み始めた。エミリは舞踏会になど滅多に来ないのに、余裕の表情で流れるように優雅にステップを踏み、ターンする。スイは最初エミリと息を合わせようと注意を払っていたが、その必要はないくらい息がぴったりだ。エミリとなら何も考えなくても踊れそうな気さえした。動作の一つ一つが心地よい。ダンスのうまいと言われる人とも何度か踊ったことはあるが、こんなに踊ることが楽しくて心地よいと感じたのは初めてだ。
踊っている人が一人また一人と足を止める。いつの間にか踊っているのはスイとエミリだけになった。誰もが二人の優雅に舞う姿に釘付けだ。
曲が終わって、二人が互いに礼をすると、大きな拍手が起こった。それが自分たちに向けられたものだと分かると、二人は誰もが見とれるような美しい姿勢で礼を返した。
「いやあ見事ですな」
ゆっくりと拍手をしながら、近づいてくる男がいた。
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エミリはキリトの妹だ。士官学校に行きたいと言って、スイの父親セイラムの元で学問と剣術を勉強した。女性で士官学校に進学する者は珍しかったが、二人の姉がすでに社交界デビューし、名家に嫁いでいたため、父親には反対されなかった。
「これは一杯食わされたな。エスコートするご婦人ってエミリだったのか」
「私じゃだめなんですか?」
エミリが食いかかってくる。基本的にキリトの家、クラウス家のの人たちはこういう性格の遺伝子が組み込まれているらしい。アイリだけがこの遺伝子の被害者にならずに済んだに違いない。
「いや。珍しいから。こういう場所で会うのは」
「セイラム先生に言われているんです。こういう社交の場も勉強になることがたくさんあるから、たまには顔出してみるといいって」
セイラムの私邸は郊外にあるため、弟子は住み込みの者が多い。エミリも住み込みだった。さらに、今年になってからは士官学校に合格して王都に戻ったが、寮生活だ。もともと社交界でやっていく気などないはずなので、おそらく一度か二度しかこのような場所で会ったことはない。クラウス家やセイラムの私邸でなら何度も会ったことがあるが。
「どうせならお兄様じゃなくてスイ様にエスコートしていただけば良かった」
エミリが何食わぬ顔で言うと、アリサが真顔で返す。
「冗談じゃないわ。あなたはたまにしか顔出さないからいいけど、独身の妹が貴婦人たちが気になる独身男性ナンバーワンのスイ様にエスコートされてごらんなさい。一ヶ月くらいはご婦人方の冷たい視線に耐えて生きていかないといけなくなるわ。今、こうやってお話しさせていただいているだけでも視線が痛いのに」
スイは幼い頃から、常に周囲に気を配るように訓練されている。剣術の稽古のとき、セイラムは四方八方から攻撃をしかけてきた。その攻撃に対応しようと努力した結果、視野も他の人と比べて格段に広くなった。正面を向いたままでも、かなり真後ろに近い位置の人の動きを把握できる。士官学校時代、剣術実技の授業中にキリトから「お前、目、背中についてるんじゃねえのか」と言われたことも一度や二度ではない。だから、話をしながらも先ほどから会場にいた人たちの注目がいつも以上にこちらに集まっているのが気になってはいた。
「それに贅沢言わないの。キリトだって貴婦人たちが結婚したい独身男性ナンバーワンなんだから」
「気になる」と「結婚したい」の差が何だかよく分からないが、おそらくキリトの外務室長というはっきりした地位と明るく取っつきやすい性格が結婚したくなるポイントなのだろう。
次回更新予定日:2018/09/29
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「私じゃだめなんですか?」
エミリが食いかかってくる。基本的にキリトの家、クラウス家のの人たちはこういう性格の遺伝子が組み込まれているらしい。アイリだけがこの遺伝子の被害者にならずに済んだに違いない。
「いや。珍しいから。こういう場所で会うのは」
「セイラム先生に言われているんです。こういう社交の場も勉強になることがたくさんあるから、たまには顔出してみるといいって」
セイラムの私邸は郊外にあるため、弟子は住み込みの者が多い。エミリも住み込みだった。さらに、今年になってからは士官学校に合格して王都に戻ったが、寮生活だ。もともと社交界でやっていく気などないはずなので、おそらく一度か二度しかこのような場所で会ったことはない。クラウス家やセイラムの私邸でなら何度も会ったことがあるが。
「どうせならお兄様じゃなくてスイ様にエスコートしていただけば良かった」
エミリが何食わぬ顔で言うと、アリサが真顔で返す。
「冗談じゃないわ。あなたはたまにしか顔出さないからいいけど、独身の妹が貴婦人たちが気になる独身男性ナンバーワンのスイ様にエスコートされてごらんなさい。一ヶ月くらいはご婦人方の冷たい視線に耐えて生きていかないといけなくなるわ。今、こうやってお話しさせていただいているだけでも視線が痛いのに」
スイは幼い頃から、常に周囲に気を配るように訓練されている。剣術の稽古のとき、セイラムは四方八方から攻撃をしかけてきた。その攻撃に対応しようと努力した結果、視野も他の人と比べて格段に広くなった。正面を向いたままでも、かなり真後ろに近い位置の人の動きを把握できる。士官学校時代、剣術実技の授業中にキリトから「お前、目、背中についてるんじゃねえのか」と言われたことも一度や二度ではない。だから、話をしながらも先ほどから会場にいた人たちの注目がいつも以上にこちらに集まっているのが気になってはいた。
「それに贅沢言わないの。キリトだって貴婦人たちが結婚したい独身男性ナンバーワンなんだから」
「気になる」と「結婚したい」の差が何だかよく分からないが、おそらくキリトの外務室長というはっきりした地位と明るく取っつきやすい性格が結婚したくなるポイントなのだろう。
次回更新予定日:2018/09/29
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舞踏会会場に到着すると、すでに多くの人がグラスを片手に歓談していた。入ったとたん、視線が一斉に集まってきたのを感じた。スイがいつもと違って一人であると気づくなり、声をかけようと何人かの女性が口を開きかけたが、それを遮るようによく通る声が響いた。
「あら、スイ」
少し離れた場所からだった。振り返ると、美しい女性が小さなテーブルの横でグラスを持ったまま笑顔で手を振っている。
「アリサさん。アイリさんも」
スイは見知った顔を見つけてそちらに向かった。
「スイ君。元気にしてたか?」
「ハウルさん、イオさん。お元気そうで」
アリサとアイリはキリトの姉だ。長女のアリサは明るくて社交的で、キリトとよく性格が似ていると思う。次女のアイリはおとなしい女性だ。いつも姉か夫の横で人の話を聞いている。ハウルはアリサの夫で、宰相の頭脳である政務室に勤めている。イオはアイリの夫で、士官学校の教官をしている。キリトの姉はいずれも生まれた家の名にふさわしい、名家の将来有望な男性に見初められ、結婚した。
「今日はキリトと一緒に来なかったのね。喧嘩でもしたの?」
アリサのキリトに負けず劣らずの遠慮ない物の言い方にスイは苦笑する。いつものことだが。
「いえ。エスコートするご婦人がいると言って振られまして」
「まあお気の毒」
容赦ない言葉の応酬に周りの者たちも苦笑する。
そのとき、会場でざわめきがあった。スイたちも気になって扉の方を見ると、華やかな衣装を身にまとった若い美男美女が立っていた。会場中の注目が集まっている。当然だ。社交界で貴婦人たちの注目の的の一人であるキリトが見たことのない可憐な少女を連れているのだから。
「エミリ」
驚きのあまりスイが声を上げる。
「お久しぶりです、スイ様」
気品溢れる笑顔でその少女――エミリが返す。気品は溢れているが、その笑顔はどこかやんちゃだ。
次回更新予定日:2018/09/22
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「あら、スイ」
少し離れた場所からだった。振り返ると、美しい女性が小さなテーブルの横でグラスを持ったまま笑顔で手を振っている。
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スイは見知った顔を見つけてそちらに向かった。
「スイ君。元気にしてたか?」
「ハウルさん、イオさん。お元気そうで」
アリサとアイリはキリトの姉だ。長女のアリサは明るくて社交的で、キリトとよく性格が似ていると思う。次女のアイリはおとなしい女性だ。いつも姉か夫の横で人の話を聞いている。ハウルはアリサの夫で、宰相の頭脳である政務室に勤めている。イオはアイリの夫で、士官学校の教官をしている。キリトの姉はいずれも生まれた家の名にふさわしい、名家の将来有望な男性に見初められ、結婚した。
「今日はキリトと一緒に来なかったのね。喧嘩でもしたの?」
アリサのキリトに負けず劣らずの遠慮ない物の言い方にスイは苦笑する。いつものことだが。
「いえ。エスコートするご婦人がいると言って振られまして」
「まあお気の毒」
容赦ない言葉の応酬に周りの者たちも苦笑する。
そのとき、会場でざわめきがあった。スイたちも気になって扉の方を見ると、華やかな衣装を身にまとった若い美男美女が立っていた。会場中の注目が集まっている。当然だ。社交界で貴婦人たちの注目の的の一人であるキリトが見たことのない可憐な少女を連れているのだから。
「エミリ」
驚きのあまりスイが声を上げる。
「お久しぶりです、スイ様」
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次回更新予定日:2018/09/22
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「朝から悪い冗談はやめてくれ。仕事に影響が出る」
優美な動作でドアを開けると、スイはそのまま隣の執務室に消えた。
「スイ様はいつもローブなんですね」
一連のやりとりを見ていたキリトの新人部下が言った。
リザレスの高官といえば、魔法学校か士官学校の卒業生だ。ローブの方がよりフォーマルな服装ではあるが、動きにくいので、最近はローブよりもパンツスタイルの人が増えてきている。士官学校を卒業した者は昔から比較的パンツスタイルが多かったが、最近では魔法学校の出身者でもローブを着なくなってきている。現在、士官学校出でローブを着る人は皆無に等しい。それでもスイはローブにこだわり続ける。士官学校でもほとんどローブで通したので、スイの軍服姿を見たことがあるのは、ごくわずかな限られた人間だけである。だが、ローブに腰まであるさらさらした髪のスイは、どう見ても知性に富んだ魔術師にしか見えない。
「ローブを着ているやつは剣術とか苦手な軟弱なやつだと思っているだろう?」
訊かれて士官学校出身の新人部下は少し慌てる。スイが「軟弱」だとは思ってはいないが、それでもやはりローブを着ているような人は、有事のときに剣を取りそうなイメージがないし、剣を持ってもあまりうまく扱えそうな感じが正直しない。
「だがな、スイは逆だ。ローブでも負けないからローブを着ているんだ」
普段使うことはないが、幼い頃から父に師事したスイの腕は、士官学校時代から学年では無論トップ、剣術の教官も唸るほどの腕だったという。
「今でも時々相手をしてもらう」
キリトが言うと、室内がざわめいた。キリトの剣術の腕が相当のものだということは外務室では有名な話である。
「さあ、仕事だ、仕事。今日は午後から昨日届いた報告の分析を全員に発表してもらうぞ」
「えっ! まだ全部読み終わってないです」
また外務室がバタバタとし出した。キリトの性格が影響しているのか、いつも活気がある。
キリトは慌てふためく部下たちを見て、くすりと意地の悪い笑いを浮かべた。
家に帰って急いで身支度を調える。魔珠が納品されると、何かと忙しい。
「スイ様、失礼してもよろしいでしょうか?」
「構わないが。何かあったか?」
襟を整えながら振り返ると、シェリスがドア口に立っていた。
「今、キリト様の使いの方がお見えになりまして、キリト様からエスコートするご婦人が現れたので、先に舞踏会に行って欲しいと」
「先を越されたか」
スイはにやりと悪戯っぽい笑いを浮かべた。昼間、互いにエスコートする女性がいないことをからかい合っていたのに。シェリスも何となく事情を察したようでいつもの人の良さそうな目元が一層緩んでいる。
「分かった。先に行っておく」
「はい。では、使いの方にそうお伝えしておきます」
「頼む」
スイは手早く上着を羽織り、もう一度おかしなところはないか鏡で確認して、部屋を出た。
次回更新予定日:2018/09/15
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優美な動作でドアを開けると、スイはそのまま隣の執務室に消えた。
「スイ様はいつもローブなんですね」
一連のやりとりを見ていたキリトの新人部下が言った。
リザレスの高官といえば、魔法学校か士官学校の卒業生だ。ローブの方がよりフォーマルな服装ではあるが、動きにくいので、最近はローブよりもパンツスタイルの人が増えてきている。士官学校を卒業した者は昔から比較的パンツスタイルが多かったが、最近では魔法学校の出身者でもローブを着なくなってきている。現在、士官学校出でローブを着る人は皆無に等しい。それでもスイはローブにこだわり続ける。士官学校でもほとんどローブで通したので、スイの軍服姿を見たことがあるのは、ごくわずかな限られた人間だけである。だが、ローブに腰まであるさらさらした髪のスイは、どう見ても知性に富んだ魔術師にしか見えない。
「ローブを着ているやつは剣術とか苦手な軟弱なやつだと思っているだろう?」
訊かれて士官学校出身の新人部下は少し慌てる。スイが「軟弱」だとは思ってはいないが、それでもやはりローブを着ているような人は、有事のときに剣を取りそうなイメージがないし、剣を持ってもあまりうまく扱えそうな感じが正直しない。
「だがな、スイは逆だ。ローブでも負けないからローブを着ているんだ」
普段使うことはないが、幼い頃から父に師事したスイの腕は、士官学校時代から学年では無論トップ、剣術の教官も唸るほどの腕だったという。
「今でも時々相手をしてもらう」
キリトが言うと、室内がざわめいた。キリトの剣術の腕が相当のものだということは外務室では有名な話である。
「さあ、仕事だ、仕事。今日は午後から昨日届いた報告の分析を全員に発表してもらうぞ」
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また外務室がバタバタとし出した。キリトの性格が影響しているのか、いつも活気がある。
キリトは慌てふためく部下たちを見て、くすりと意地の悪い笑いを浮かべた。
家に帰って急いで身支度を調える。魔珠が納品されると、何かと忙しい。
「スイ様、失礼してもよろしいでしょうか?」
「構わないが。何かあったか?」
襟を整えながら振り返ると、シェリスがドア口に立っていた。
「今、キリト様の使いの方がお見えになりまして、キリト様からエスコートするご婦人が現れたので、先に舞踏会に行って欲しいと」
「先を越されたか」
スイはにやりと悪戯っぽい笑いを浮かべた。昼間、互いにエスコートする女性がいないことをからかい合っていたのに。シェリスも何となく事情を察したようでいつもの人の良さそうな目元が一層緩んでいる。
「分かった。先に行っておく」
「はい。では、使いの方にそうお伝えしておきます」
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千月志保
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