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「我々の任務はメノウがどうなるか監視して次の売人を指名するかどうか判断することでしたが」
忍びの者は意地の悪い笑いを浮かべて続けた。
「何年もかけて育ててきた腕の良い売人を簡単に失うのは、我々にとっても得策ではありません。あなたが助けたいと言うのなら情報くらいは提供しましょう」
「ありがたい」
忍びの者は売人個人がどうなろうと手出しはしない。里のために動くことはあっても個人のために動くことはない。今回のように売人が任務に失敗して捕らわれても、里としては帰還不能と判断された時点で次の売人を立てるだけである。里はメノウの命を守ってくれない。だからこそスイはここに来た。
忍びの者は懐から四つ折りになった紙を取り出した。紙を広げると、そこには送られてきたものと同じ見取り図が書かれていた。所々に書き込みが加えてある。
「現在、我々が把握している見取り図です」
研究所の二階にあるいちばん広い部屋には、「魔珠特殊実験室」の表記があった。忍びの者がその部屋を指差す。
「メノウはこの部屋に閉じ込められました。しばらくすると、衛兵たちが来てメノウを連行しました。今、メノウがいるのはここです」
研究所と城は地下通路でつながっているらしい。その通路の半ばよりも北側、つまり城に近い場所から東の方向に細い通路が延びている。そこからまた南に通路がつながっているらしい。通路の先には独房がいくつもあり、そのうちの一つにメノウは監禁されているとのことだ。
「よくここまで調べたな」
スイが感心すると、忍びの者は答えた。
「足音や話し声を頼りに。あと独房の南側、ここですね。ここの天井にあたる部分に換気用の窓があって、鉄格子から少しだけ中の様子がうかがえます」
「この格子は外せないよな」
「よほどの怪力でない限りは」
「では、こちらはどうだ?」
東の方向に延び/道の先に階段がある。非常用だろうか。
「この階段のある場所にも鉄格子がはめられていて、鍵がかかっています」
「鍵か。面倒だな。城か研究所から侵入したいところだが」
ため息をつくと、忍びの者にくすっと笑われた。
「でも、帰りのことを考えると、やはり逃走経路は短いに越したことはないですからね」
「仕方ない」
スイは北の方向に歩き出した。忍びの者もすっと姿を消した。
次回更新予定日:2019/02/23
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アインからマーラルの王都ラージュまでは徒歩で来た。馬を駆れば速いが、これからしようとしていることを考えると、なるべく足跡は残さない方がいい。
ラージュに到着したのは、もう夜だった。計算どおりだ。休む間もなく、城に向かう。
城壁の周りには研修に来たときと同じように兵士たちが何人か巡回している。城門には二人立っている。
確認が済むと、スイは城から離れた。
城の南側には森が広がっている。送られてきたあの見取り図を見てメノウが兵器製造の証拠をつかむため侵入するのは、城ではなく、この森の中にある魔術研究所だ。
魔術研究所は交換研修のときに見学したことがある。もちろん見せてもらえたのは施設の一部だったが、立派な設備と高度な技術力を擁する研究所だという印象を持った。マーラルが魔術や魔珠の研究にどれほど力を入れているか見せつけられたような気がした。
城からはかなり距離があった。スイはぐるりと回り込むように森の西側を歩いた。
十分ほど歩いただろうか。高い木々の間から石造りの建物が見えた。スイは建物を通り過ぎてさらに二分ほど歩き、ようやく森に入った。少し距離を空け、研究所の様子を注意深く観察しながら、足音をなるべく立てないように歩いていく。何となく木に身を隠すようなルートを通る。
もうすぐ研究所の入口の正面というところに差しかかったとき、スイは不意に身を翻した。そして、東、つまり研究所から離れる方向に進み始めた。
研究所が見えなくなるくらい遠くまで来ると、歩を止めた。鋭い目だけを横に動かし、スイは低い声でつぶやいた。
「何か情報を持っているなら協力して欲しい」
すると、木の上から人が降りてきた。
「やれやれ。気配を消しても駄目ですか」
魔珠の里の忍びの者だった。
「魔珠の力で気配を消しても無駄だ。魔珠の力は察知できるように訓練されている」
幼い頃からセイラムに魔珠の力を探し出す訓練を受けてきた。もともとそういった素質があったらしく、スイは魔珠の力を感知する能力には長けていた。セイラムにもその素質はあったようだが、スイほどではなかった。訓練はその能力を引き出すものでしかなかったが、魔珠担当官として必要な技能とみていたセイラムは、熱心にスイを指導した。
「あなたの目的は何ですか?」
観念した忍びの者がスイに訊ねた。
「私はメノウを助けたい」
「助けたい、ということは、メノウがすでに捕まっているということをご存じなのですね」
少し驚いた様子で忍びの者は訊いた。スイは冷静に答えた。
「あの見取り図は偽物だ」
次回更新予定日:2019/02/16
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大した時間は経っていないはずだったが、長い時間に感じられた。シェリスが頼まれた材料、薬の調合に必須の魔法水、薬瓶と小さなグラスを持ってきた。キリトは礼を言って受け取ると、すぐに材料と魔法水を薬瓶に入れる。魔力を加えて調合すると、グラスに少量、できた薬を注いだ。
「飲める?」
薄目を開けてうなずくスイの口から薬を流し込む。スイはごくりと音を立てて薬を飲み込んだ。数秒ほどすると、呼吸が少し穏やかになった。
「ありがとう、キリト」
キリトは無言のままうなずいて静かにスイの様子を観察した。二、三分ほどで痛みは治まったようで、疲労は見られたが、いつもどおりの呼吸に戻った。スイが落ち着いたのを確認すると、シェリスは一礼して退室した。
足音が聞こえなくなると、キリトは静かな口調で訊いた。
「どうしたんだ、その傷」
すると、疲れ切った顔をしていたスイが急に毅然として言った。
「この傷のことは誰にも話さないし、この先話すこともない」
「そうか」
何となく分かっていた。
「スイ」
キリトは穏やかに微笑んだ。
「話したくなったら、いつでも話してくれていいからな」
キリトはちゃんと分かってくれている。そう確信したスイは、キリトの優しさに甘えることにした。
「うん。ありがとう」
傷の理由を話してもらえたのは、キリトが外務室に勤めることが決まったときだった。
スイは冷静な目でキリトの反応を観察していた。
「納得してもらえたようだな」
「あ。ああ……」
若干動揺しながらキリトは答えた。スイは構わず続けた。
「マーラル王は猜疑心が強いから、王の寝室は万全の警備になっている。特殊な結界が張られていて、他にも侵入者を捕らえるために様々な仕掛けが施されている。そう簡単に場所を変えるわけにはいかないはずだ。それにこの右側」
スイは見取り図の王の寝室のある二階の右端を指差した。
「つまり東側の階段。これは存在しない」
仮に王の寝室の位置を変えたとしても、わざわざ階段を新たに作ったりするだろうか。階段を増やしても警備の手間が増えるだけでその必然性が感じられない。
「キリト」
スイは真っ直ぐキリトを見つめた。キリトはゆっくりと顔を上げる。
「明日の船でマーラルに行きたい」
罠に飛び込んだメノウを助けに行く。そのために危険を冒す。どんなことをしてでも止めたかったが、スイにとってメノウがどれほど大切な存在かはよく知っている。止めることはできない。交換研修のときの傷を思い出す。マーラルが怖くて仕方がない。スイだって怖いはずだ。それでも凛としたその目をそらさない。
「分かった。気をつけて行ってこいよ」
「ありがとう、キリト」
スイもキリトの気持ちは分かっていた。だから、自分の気持ちを理解してくれたキリトに感謝の言葉を述べる。これで何回目だろう。キリトには借りだらけだ。
次回更新予定日:2019/02/09
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「あと今日は一日部屋で休ませて欲しい。そうだな。風邪で熱が出たことにでもしておいてくれ」
マーラルで何かあったのだろうとシェリスは察した。だが、そのことはクレアにもシェリスにも話したくないのだろう。
「かしこまりました。またご様子を見にうかがいます」
「シェリスさんのおっしゃるとおり、マーラルで何かあったのは間違いなさそうですね」
脳の片隅で無数の可能性を追いながら、キリトはシェリスに感想を述べた。ひとしきり話し終えたシェリスはほっとしたように一度ため息をついたが、すぐに背筋を伸ばした。
「キリト様。お願いがあります」
切り出すと、キリトは先回りした。
「そうですね。私になら話してくれるかもしれませんね。案内してください」
「ありがとうございます」
シェリスは深々と頭を下げ、扉を開いた。
案内されたのは、二階の部屋だった。眠っているかもしれないと思ったのだろう。シェリスは何も言わずにそっと扉を開けた。
「キリ……」
突然のキリトの訪問に驚いたスイの声は呻き声に変わった。昨夜と同じ右胸を押さえて苦痛で顔を歪めている。
「スイ? スイ!」
キリトは胸までかけられていたブランケットを乱暴にスイの左手ごとはねのけた。
「これは」
スイの胸部に刃物で切り裂いたような線状の切り傷が青白く光っている。全部で七本。魔力を感じる。無造作に描かれた線は所々で交差している。それがいちばん集中している場所がスイが昨夜から押さえていた右胸だった。
「シェリスさん、青バラの花びらとユキヒイラギの実はありますか?」
「すぐにお持ちします」
シェリスはてきぱきとしたキリトの指示を聞いて急いで部屋から出ていった。
扉が閉まった途端、スイの呻き声が絶叫に変わった。我慢していたのが耐えられなくなったのだろう。
「スイ、大丈夫だよ。もうすぐ薬作るから」
キリトが右手を握りながら言い聞かす。
詳しい原因は分からないが、呪術の類いであることに間違いはない。取りあえず魔力を弱めて呪術の効果を和らげる薬を調合してみることにする。
次回更新予定日:2019/02/02
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「その後、カップを片づけたのですが、どうしてもスイ様のご様子が気になって」
二階に上がって右側の廊下に出ると、スイが壁を支えにしながらふらふらと歩いていた。肩を激しく上下させながら、危なっかしい足取りで歩を進めている。シェリスは足音を立てずにスイの横に駆け寄ってなるべく耳元に近づくように顔を寄せ、小声で囁いた。
「スイ様?」
左手で右胸を押さえている。呼吸は荒く、苦しそうだ。
「お部屋まで肩をお貸しします」
「ありがとう」
消え入りそうな声で礼を言って、左手をシェリスの肩に伸ばす。シェリスはスイを脇から抱えた。部屋まではもうそんなに距離はなかった。ドアを開けると、シェリスはスイをベッドまで運んだ。
スイはそのまま目を閉じた。呼吸は少し落ち着いたようだったが、名前を呼んでも反応がなかった。
かすかに音がしてシェリスは目を覚ました。
「スイ様?」
「シェリス……」
うっすらと目を開けたスイは、か細い声で答えて手を伸ばした。シェリスはその手をつかんだ。まだ力がなかった。
「もう……朝か?」
シェリスは時計を見た。
「五時前でございます」
夏だったので、日はもう昇っていた。
「シェリス」
「はい」
シェリスはじっとスイを見つめて次の言葉を待った。できることがあるならば、力になりたかった。昨夜もそう思って椅子を借りてスイの横で仮眠を取った。目が覚めたらすぐに気づけるように。しかし、スイの要望はシェリスが考えていたような類いのものではなかった。
「昨夜のことは誰にも話さないで欲しい」
次回更新予定日:2019/01/26
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