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「ありがたくないな」
もうヌビスの実験台にされるのはごめんだ。あのときのような恐怖と苦痛はもう二度と受けたくない。それにメノウに絶対に受けさせたくない。
「どれくらいの時間眠っていた?」
いつもの冷静なスイに戻ってメノウに訊く。メノウは少し考えて答えた。
「一時間ちょっとだと思う。巡回している人がいるみたいで、十分くらいおきでこの部屋の前を通るんだ。六、七回通った」
ここに侵入した時間から現在の時間を概算する。
「せっかくここまで来たのだから兵器を拝まないで帰るわけにもいかないかな」
急に不敵な笑みを浮かべたスイを見てメノウは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに思い直して同じ悪い顔になる。
「僕はこのフロアが圧倒的に怪しいと思うね」
隠された地下二階。秘密裏に兵器の開発を行うには絶好のロケーションだ。
「向かいに結構広そうな実験室があったんだ。来るときに見た」
「決まりだな」
何が何でも証拠を手に入れて帰る。
「だが、まだ時間があるな」
「時間?」
不思議そうな顔をしてメノウは聞き返した。スイはゆっくりと壁にもたれかかった。
「お前も楽にしろよ。少し話でもしよう」
「話?」
よく分からなかったが、メノウは言われたとおりにした。何か考えがあるのだろう。今はスイに従う。何を話そうか少し考える。
「そうだ。どうして僕を助けに来たの?」
手紙を見たからといってこんなに急いでここに来る必要なない。今、ここにいるということは手紙を見てほぼすぐに来たということだ。
「お前の送ってきた見取り図に誤りがあったからだ」
メノウは少し考えて口を開いた。
「そっか。君、マーラルに研修に来たときに……でも、僕も何回か城に入ったけど、僕の見た場所には間違いはなかったよ」
「誤りがあったのは、王の寝室の周辺と東側の階段だ。外部の者は中央階段とその周りにある公的なスペースにしか用がないから立ち入らない」
「なんで王の寝室の場所なんて分かるの? 今まで誰も突き止められずにいた場所なのに」
ヌビスは猜疑心が強く、暗殺や襲撃を恐れ、異常なまでに自身の周辺の警備に気を遣う人物だ。また、反逆者として捕らえられた者を使って魔術の実験などをしているという情報もあり、寝室の場所は各国の密偵が探っても見つけられないほど厳重に管理されている場所だ。
次回更新予定日:2019/03/30
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もうヌビスの実験台にされるのはごめんだ。あのときのような恐怖と苦痛はもう二度と受けたくない。それにメノウに絶対に受けさせたくない。
「どれくらいの時間眠っていた?」
いつもの冷静なスイに戻ってメノウに訊く。メノウは少し考えて答えた。
「一時間ちょっとだと思う。巡回している人がいるみたいで、十分くらいおきでこの部屋の前を通るんだ。六、七回通った」
ここに侵入した時間から現在の時間を概算する。
「せっかくここまで来たのだから兵器を拝まないで帰るわけにもいかないかな」
急に不敵な笑みを浮かべたスイを見てメノウは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに思い直して同じ悪い顔になる。
「僕はこのフロアが圧倒的に怪しいと思うね」
隠された地下二階。秘密裏に兵器の開発を行うには絶好のロケーションだ。
「向かいに結構広そうな実験室があったんだ。来るときに見た」
「決まりだな」
何が何でも証拠を手に入れて帰る。
「だが、まだ時間があるな」
「時間?」
不思議そうな顔をしてメノウは聞き返した。スイはゆっくりと壁にもたれかかった。
「お前も楽にしろよ。少し話でもしよう」
「話?」
よく分からなかったが、メノウは言われたとおりにした。何か考えがあるのだろう。今はスイに従う。何を話そうか少し考える。
「そうだ。どうして僕を助けに来たの?」
手紙を見たからといってこんなに急いでここに来る必要なない。今、ここにいるということは手紙を見てほぼすぐに来たということだ。
「お前の送ってきた見取り図に誤りがあったからだ」
メノウは少し考えて口を開いた。
「そっか。君、マーラルに研修に来たときに……でも、僕も何回か城に入ったけど、僕の見た場所には間違いはなかったよ」
「誤りがあったのは、王の寝室の周辺と東側の階段だ。外部の者は中央階段とその周りにある公的なスペースにしか用がないから立ち入らない」
「なんで王の寝室の場所なんて分かるの? 今まで誰も突き止められずにいた場所なのに」
ヌビスは猜疑心が強く、暗殺や襲撃を恐れ、異常なまでに自身の周辺の警備に気を遣う人物だ。また、反逆者として捕らえられた者を使って魔術の実験などをしているという情報もあり、寝室の場所は各国の密偵が探っても見つけられないほど厳重に管理されている場所だ。
次回更新予定日:2019/03/30
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メノウが心配そうに顔をのぞき込んでいる。うなされていたのだろうか。何か悪い夢を見ていたような気がする。
「気がついた?」
手足を縛られたまま床に転がされていた。手首を後ろで縛られているため、身動きが取りにくい。体の状態を確かめながらゆっくりと起き上がる。倒れたときに打ったのだろう。所々に少し鈍い痛みを感じないこともないが、これからの行動に支障を来すような異状はないようだ。
「ここがどこか分かるか?」
意識がはっきりとしたところで問うてみる。
「魔術研究所の地下二階みたい」
「そんな場所があったのか」
メノウが送ってきてくれた見取り図には載っていなかった。地下のさらにしたにももうワンフロアあったということか。これはさすがに知らなかった。
「第九実験準備室って書いてあった」
スイは辺りを見回した。箱がいくつも積み重なっていた。棚もある。実験に使用する器材や薬品などが入っているのだろう。実験道具の倉庫といった感じだ。ただ、木製の扉はどっしりと重厚な感じだ。マーラルでは処刑の対象となった政治犯などを魔術の実験に利用するという報告を見たことがある。おそらくこの部屋は物だけでなく、そういった人を閉じ込めておく部屋でもあるのだろう。
「マーラル王は僕を実験に連れて行こうと思って来たらしい。そこに運悪く君は出くわしたんだ」
マーラル王ヌビスは才能に恵まれた大魔術師でもある。
魔珠の力が漂っているこの世界では、誰でもその力を集めて火をつけたり、明かりを点したりすることができる。そういったわずかな魔力なら誰でも訳なく集めることができる。
しかし、例えば攻撃魔法など戦闘に使う魔法や治癒魔法などには大量の魔力が必要となる。それだけの魔力を短時間で集めることができるかどうかは完全にその人の技量次第である。さらに、集めた魔力を効率よく使えるかどうかというのも大切だ。これらには素質の上に鍛錬が必要となる。
ヌビスはその全てを持っている。生まれながらにして素質に恵まれ、幼い頃から魔術に興味を持ち、研究所から師を招き、知識を貪欲に蓄積し、その技を磨いてきた。いまや右に出る魔術師は研究所にもいないのではないかと言われるほどの実力だ。
「そして、私も道連れにされたわけか」
スイは苦笑した。まさかあの場所にヌビスが現れるとは思っていなかった。
「実験は明日の夜に変更だって言ってた。道連れというか、メインディッシュはむしろ君の方みたいなかんじだったけど」
次回更新予定日:2019/03/23
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「気がついた?」
手足を縛られたまま床に転がされていた。手首を後ろで縛られているため、身動きが取りにくい。体の状態を確かめながらゆっくりと起き上がる。倒れたときに打ったのだろう。所々に少し鈍い痛みを感じないこともないが、これからの行動に支障を来すような異状はないようだ。
「ここがどこか分かるか?」
意識がはっきりとしたところで問うてみる。
「魔術研究所の地下二階みたい」
「そんな場所があったのか」
メノウが送ってきてくれた見取り図には載っていなかった。地下のさらにしたにももうワンフロアあったということか。これはさすがに知らなかった。
「第九実験準備室って書いてあった」
スイは辺りを見回した。箱がいくつも積み重なっていた。棚もある。実験に使用する器材や薬品などが入っているのだろう。実験道具の倉庫といった感じだ。ただ、木製の扉はどっしりと重厚な感じだ。マーラルでは処刑の対象となった政治犯などを魔術の実験に利用するという報告を見たことがある。おそらくこの部屋は物だけでなく、そういった人を閉じ込めておく部屋でもあるのだろう。
「マーラル王は僕を実験に連れて行こうと思って来たらしい。そこに運悪く君は出くわしたんだ」
マーラル王ヌビスは才能に恵まれた大魔術師でもある。
魔珠の力が漂っているこの世界では、誰でもその力を集めて火をつけたり、明かりを点したりすることができる。そういったわずかな魔力なら誰でも訳なく集めることができる。
しかし、例えば攻撃魔法など戦闘に使う魔法や治癒魔法などには大量の魔力が必要となる。それだけの魔力を短時間で集めることができるかどうかは完全にその人の技量次第である。さらに、集めた魔力を効率よく使えるかどうかというのも大切だ。これらには素質の上に鍛錬が必要となる。
ヌビスはその全てを持っている。生まれながらにして素質に恵まれ、幼い頃から魔術に興味を持ち、研究所から師を招き、知識を貪欲に蓄積し、その技を磨いてきた。いまや右に出る魔術師は研究所にもいないのではないかと言われるほどの実力だ。
「そして、私も道連れにされたわけか」
スイは苦笑した。まさかあの場所にヌビスが現れるとは思っていなかった。
「実験は明日の夜に変更だって言ってた。道連れというか、メインディッシュはむしろ君の方みたいなかんじだったけど」
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「年齢以上に落ち着きのある人物だと思っていたが、やることは大胆だな。肝が据わっているなとは思ったが」
「欲しいものがその手段でしか手に入らないのであれば、そうするでしょう」
大きく息を吐いて呼吸の乱れを整えると、スイは不敵な笑みを浮かべて言った。
「あれだけの激痛を受けたのにもうそんな減らず口をたたけるのか。大した体力だな」
「体力がないと私という人間は務まりませんので」
魔珠担当官は魔珠取引に関係する仕事全般が守備範囲だというのがリザレス、そしてセイラムの考え方だった。ただ取引をするだけではなく、円滑に取引できる環境を整えることも魔珠担当官の職務とする考え方だ。そのためには今回のように自ら行動しなければならないときもある。体力が必要だということはセイラムから言われたこともあるが、それ以上にセイラムを見ていて感覚的にそう考えるようになっていた。それだけではなく、セイラムがヘキにした以上にメノウに協力して実際に手足を使って行動することを望んだのが自分という人間だとスイは自負していた。
すると、ヌビスは凍てつくような微笑を見せた。
「そうだな。すぐに意識がなくなるようでは私を満足させることはできない」
思わぬ意味に言葉を捉えられた動揺もあったのだろうか、過去に受けた苦痛が鮮明に蘇る。胸に刻まれた傷痕がまた強く疼き出す。息苦しくなって大きく息を吐こうとしたその瞬間、また貫くような激しい痛みが胸を襲う。息は絶叫になった。
「ひと目見てお前は有能だと思った。マーラルを脅かす存在になる可能性があると思った。だからこそお前の胸に呪いを刻み、研修中毎夜耐えきれぬほどの苦痛を与えてきた」
記憶がより鮮明に蘇って胸の鈍痛が走る。今度はヌビスの魔力によってではなく、自分の記憶が呼び覚まされたことによって。ヌビスの恐ろしさを思い出したことによって。
「そう。呪いを刻んだ研修生は皆そのように痛みを思い出して恐怖する。そして、その恐怖が現実の痛みとなり、さらなる恐怖をかき立てる。だから、その痛みを思い出さないようにするためにマーラルとは一切関わろうとしなくなる」
心当たりはあった。確かにマーラルから戻って何年もその苦痛にうなされていた。
「なのに、なぜお前はマーラルに足を踏み入れ、しかも国家機密に触れようとして捕らえられた魔珠売人を助けに来た!」
ヌビスの怒鳴り声と再び激痛を強要されたスイの絶叫が混ざり合い、回廊に響き渡る。
激痛はなおも強まる。胸が苦しい。締めつけられたように。呼吸ができない。
「スイ!」
意識を失ったスイの体から力が抜けていく。それを確認してヌビスは魔力からスイを解放した。スイの体がぱったりと倒れる。
「予定変更だ。メノウと一緒に準備室に放り込んでおけ。実験は明日の夜にする」
言い残してヌビスは連れてきた護衛二人を従えて来た道を戻っていった。スイは意識が戻らないまま兵士に抱えられた。長い黒髪がさらさらと肩から落ちた。
次回更新予定日:2019/03/16
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大きく息を吐いて呼吸の乱れを整えると、スイは不敵な笑みを浮かべて言った。
「あれだけの激痛を受けたのにもうそんな減らず口をたたけるのか。大した体力だな」
「体力がないと私という人間は務まりませんので」
魔珠担当官は魔珠取引に関係する仕事全般が守備範囲だというのがリザレス、そしてセイラムの考え方だった。ただ取引をするだけではなく、円滑に取引できる環境を整えることも魔珠担当官の職務とする考え方だ。そのためには今回のように自ら行動しなければならないときもある。体力が必要だということはセイラムから言われたこともあるが、それ以上にセイラムを見ていて感覚的にそう考えるようになっていた。それだけではなく、セイラムがヘキにした以上にメノウに協力して実際に手足を使って行動することを望んだのが自分という人間だとスイは自負していた。
すると、ヌビスは凍てつくような微笑を見せた。
「そうだな。すぐに意識がなくなるようでは私を満足させることはできない」
思わぬ意味に言葉を捉えられた動揺もあったのだろうか、過去に受けた苦痛が鮮明に蘇る。胸に刻まれた傷痕がまた強く疼き出す。息苦しくなって大きく息を吐こうとしたその瞬間、また貫くような激しい痛みが胸を襲う。息は絶叫になった。
「ひと目見てお前は有能だと思った。マーラルを脅かす存在になる可能性があると思った。だからこそお前の胸に呪いを刻み、研修中毎夜耐えきれぬほどの苦痛を与えてきた」
記憶がより鮮明に蘇って胸の鈍痛が走る。今度はヌビスの魔力によってではなく、自分の記憶が呼び覚まされたことによって。ヌビスの恐ろしさを思い出したことによって。
「そう。呪いを刻んだ研修生は皆そのように痛みを思い出して恐怖する。そして、その恐怖が現実の痛みとなり、さらなる恐怖をかき立てる。だから、その痛みを思い出さないようにするためにマーラルとは一切関わろうとしなくなる」
心当たりはあった。確かにマーラルから戻って何年もその苦痛にうなされていた。
「なのに、なぜお前はマーラルに足を踏み入れ、しかも国家機密に触れようとして捕らえられた魔珠売人を助けに来た!」
ヌビスの怒鳴り声と再び激痛を強要されたスイの絶叫が混ざり合い、回廊に響き渡る。
激痛はなおも強まる。胸が苦しい。締めつけられたように。呼吸ができない。
「スイ!」
意識を失ったスイの体から力が抜けていく。それを確認してヌビスは魔力からスイを解放した。スイの体がぱったりと倒れる。
「予定変更だ。メノウと一緒に準備室に放り込んでおけ。実験は明日の夜にする」
言い残してヌビスは連れてきた護衛二人を従えて来た道を戻っていった。スイは意識が戻らないまま兵士に抱えられた。長い黒髪がさらさらと肩から落ちた。
次回更新予定日:2019/03/16
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「無理だ、メノウ」
絞り出すような声でスイが言った。
その壁を作り出したのはあの方だ。あの方の魔力に勝てるはずがない。
駆け寄ってくる複数の足音が止まると、つかつかと余裕のある足音が近づいてくる。嫌な予感しかしなくて顔は上げられなかった。
「メノウを捕らえろ」
させない。低い声に反応して立ち上がろうとしたが、胸の痛みがさらに強くなって身動きすら取ることができない。背後で丸腰のメノウが二人の兵士に取り押さえられる。
次の瞬間、スイの体がふらりと浮き、そのまま凄まじい圧力で透明の壁に突き飛ばされた。胸の痛みがいくらかは和らげられたようだが、もうすでに今の衝撃が駄目押しとなり、体に力が入らない。本来なら壁にもたれかかったまま、くずおれるのだろうが、背中が壁に磁石のように吸い寄せられてそれさえも許されない。壁に貼りついて立った姿勢のまま、スイは顔を横に向け、目を閉じ、苦しそうにあえいでいた。
不意に顔を無理やり正面に向けられ、スイは薄目を開ける。
「やはりお前か」
マーラル王ヌビス。なぜこんなところに現れたのか。
「お前、確か七、八年前にリザレスから交換研修で来ていたな」
「覚えていただいて光栄です」
精一杯の皮肉っぽい笑みを浮かべてスイは答えた。すると、ヌビスも負けない冷酷な笑みで返した。
「覚えているさ。未だにお前以上の研修生は現れていないのだからな」
記憶が蘇ってぞくっと悪寒が走る。
「随分背が伸びたな。私と同じくらいになった。大人になって少し色気も増したかな」
じっくりと顔を観察しているヌビスをスイは直視できなかった。目を合わせるのが怖かった。どんな目をしているのか見たくもなかった。
「知っていたか? その胸に刻まれた呪いは一生解けない。遠くにいるときにはどうにもできないが、このように近くにいれば」
胸の痛みがまた強くなってスイは呻き声を上げる。
「そうだ。その顔だ。何人もの研修生に同じ苦痛を与えたが、その顔以上に私を満足させる顔はまだないのだ」
食い入るようにスイの美しく歪んだ顔をヌビスは見つめていたが、急にその口元に浮かべていた残酷な笑みが怒号に変わった。
「なぜだ! なぜこの城に戻ってきた!」
意識が一瞬なくなるほどの激しい痛みが胸を突き刺し、すぐに退いた。スイは荒い呼吸の合間に何とか言葉を挟み込めそうなタイミングを探して答えた。
「メノウを……たす、ける、ため……」
次回更新予定日:2019/03/09
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その壁を作り出したのはあの方だ。あの方の魔力に勝てるはずがない。
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「メノウを捕らえろ」
させない。低い声に反応して立ち上がろうとしたが、胸の痛みがさらに強くなって身動きすら取ることができない。背後で丸腰のメノウが二人の兵士に取り押さえられる。
次の瞬間、スイの体がふらりと浮き、そのまま凄まじい圧力で透明の壁に突き飛ばされた。胸の痛みがいくらかは和らげられたようだが、もうすでに今の衝撃が駄目押しとなり、体に力が入らない。本来なら壁にもたれかかったまま、くずおれるのだろうが、背中が壁に磁石のように吸い寄せられてそれさえも許されない。壁に貼りついて立った姿勢のまま、スイは顔を横に向け、目を閉じ、苦しそうにあえいでいた。
不意に顔を無理やり正面に向けられ、スイは薄目を開ける。
「やはりお前か」
マーラル王ヌビス。なぜこんなところに現れたのか。
「お前、確か七、八年前にリザレスから交換研修で来ていたな」
「覚えていただいて光栄です」
精一杯の皮肉っぽい笑みを浮かべてスイは答えた。すると、ヌビスも負けない冷酷な笑みで返した。
「覚えているさ。未だにお前以上の研修生は現れていないのだからな」
記憶が蘇ってぞくっと悪寒が走る。
「随分背が伸びたな。私と同じくらいになった。大人になって少し色気も増したかな」
じっくりと顔を観察しているヌビスをスイは直視できなかった。目を合わせるのが怖かった。どんな目をしているのか見たくもなかった。
「知っていたか? その胸に刻まれた呪いは一生解けない。遠くにいるときにはどうにもできないが、このように近くにいれば」
胸の痛みがまた強くなってスイは呻き声を上げる。
「そうだ。その顔だ。何人もの研修生に同じ苦痛を与えたが、その顔以上に私を満足させる顔はまだないのだ」
食い入るようにスイの美しく歪んだ顔をヌビスは見つめていたが、急にその口元に浮かべていた残酷な笑みが怒号に変わった。
「なぜだ! なぜこの城に戻ってきた!」
意識が一瞬なくなるほどの激しい痛みが胸を突き刺し、すぐに退いた。スイは荒い呼吸の合間に何とか言葉を挟み込めそうなタイミングを探して答えた。
「メノウを……たす、ける、ため……」
次回更新予定日:2019/03/09
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忍びの者が言っていた独房の南側の窓をのぞいてみた。中は自然光の他にもろうそくが所々設置されているらしく、視界の確保はできそうだった。しんと静まり返っている。スイはさらに北東に向かい、階段を探した。鍵穴を見つけ、スイは針金を一本取り出す。ここまで来たら物音を立てられないので、心の中でため息をつく。
鍵を針金で開ける方法もセイラムから教えてもらった。魔珠担当官は必要なことは一人で何でもしなければならないからと様々な知識と技術を叩き込まれた。教わったときにはそんなもの使うことがあるのかと思ったものだが、いざ担当官になってみると、どれも実際に役に立つものばかりだった。鍵は開けるのが苦手というわけではないのだが、こういった細かい作業はあまり好きではない。
かちゃりと静かな音を立て、鍵が開く。鉄格子を開ければ、きしむ音がして看守も気づくはずだ。スイは一瞬で心の準備をして鉄格子を開く。看守が様子を見に来るタイミングをうかがって階段を駆け下り、鉢合わせた看守の脇腹に拳をめり込ませる。看守は小さくうなって倒れたまま意識を失った。スイは腰に下げてあった鍵の束を手にして通路を走った。途中で右手に一本北側に延びている道があるのを確認して独房の方に向かう。
ほとんどの部屋が空だった。あまり長期間拘留される人はいないのだろう。
「スイ?」
いちばん奥の独房にメノウはいた。疲れているようではあったが、幸い拷問などは受けてはいないようで、外傷はなかった。
「逃げるぞ。黙って私についてくるんだ」
一瞬で鍵を探し当て、そのまま独房の扉を開ける。スイは下りてきた階段を目指した。メノウも後を追う。
つい先ほど確認した北に延びる道のT字路の手前でかすかに足音と話し声が聞こえた。
誰か来る。
引き返してもどこかで挟み撃ちにされる。
「突っ切るぞ」
走る速度を上げて前に進む。背後からも走ってくる音が聞こえてくるが、構わず走る。だが、数歩進むと、スイが急に小さな呻き声とともに胸を押さえて膝をついた。はっとしてメノウが立ち止まる。
「逃げ……ろ」
息も絶え絶えに指示するスイにうなずいて走り出そうとしたが、一足遅かった。進もうとした方向に透明の壁が現れ、その向こうに行けなくなったのだ。
壁からは強い魔力を感じるが、とにかくやってみるしかない。メノウは壁に右手を置き、神経を集中させた。右手に集めた魔力が充分であれば、壁は消滅してくれるはずなのだが。
次回更新予定日:2019/03/02
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鍵を針金で開ける方法もセイラムから教えてもらった。魔珠担当官は必要なことは一人で何でもしなければならないからと様々な知識と技術を叩き込まれた。教わったときにはそんなもの使うことがあるのかと思ったものだが、いざ担当官になってみると、どれも実際に役に立つものばかりだった。鍵は開けるのが苦手というわけではないのだが、こういった細かい作業はあまり好きではない。
かちゃりと静かな音を立て、鍵が開く。鉄格子を開ければ、きしむ音がして看守も気づくはずだ。スイは一瞬で心の準備をして鉄格子を開く。看守が様子を見に来るタイミングをうかがって階段を駆け下り、鉢合わせた看守の脇腹に拳をめり込ませる。看守は小さくうなって倒れたまま意識を失った。スイは腰に下げてあった鍵の束を手にして通路を走った。途中で右手に一本北側に延びている道があるのを確認して独房の方に向かう。
ほとんどの部屋が空だった。あまり長期間拘留される人はいないのだろう。
「スイ?」
いちばん奥の独房にメノウはいた。疲れているようではあったが、幸い拷問などは受けてはいないようで、外傷はなかった。
「逃げるぞ。黙って私についてくるんだ」
一瞬で鍵を探し当て、そのまま独房の扉を開ける。スイは下りてきた階段を目指した。メノウも後を追う。
つい先ほど確認した北に延びる道のT字路の手前でかすかに足音と話し声が聞こえた。
誰か来る。
引き返してもどこかで挟み撃ちにされる。
「突っ切るぞ」
走る速度を上げて前に進む。背後からも走ってくる音が聞こえてくるが、構わず走る。だが、数歩進むと、スイが急に小さな呻き声とともに胸を押さえて膝をついた。はっとしてメノウが立ち止まる。
「逃げ……ろ」
息も絶え絶えに指示するスイにうなずいて走り出そうとしたが、一足遅かった。進もうとした方向に透明の壁が現れ、その向こうに行けなくなったのだ。
壁からは強い魔力を感じるが、とにかくやってみるしかない。メノウは壁に右手を置き、神経を集中させた。右手に集めた魔力が充分であれば、壁は消滅してくれるはずなのだが。
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千月志保
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