魔珠 第11章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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始まりの合図と共にキリトが飛びかかる。カミッロが滑らかに突き出した剣に弾かれると、すぐに次の一撃を繰り出す。互いに様子を探りながら対応する。少し二人のやりとりを見ていると、キリトが重い一撃を仕掛けてきた。カミッロはバランスを崩した。倒れないように後ろにジャンプして移動し、助走をつけて反撃を試みる。キリトが交わして再び剣がぶつかると、また拮抗した状態になった。二人とも息が上がり始めたところでカミッロが隙を衝き、絶妙な角度でキリトの剣を弾きにきた。
 勝負あったな。
 次の瞬間、完全にバランスを崩して柔らかな芝生の上に倒れ込んでいるキリトの姿があった。
「上達したな」
 手を差し伸べながらカミッロが微笑む。
「やっぱり先生強いなあ」
 悔しそうな表情を浮かべながらキリトがカミッロの手を取った。
「驚いたよ。外務室でデスクワークばかりしていたと思っていたのに」
「できるだけ鍛錬はするようにしていますよ。スイにつき合ってもらうこともありますし。あと一時期妹の練習にだいぶつき合わされました」
「エミリだな。実技の特別講義で手合わせさせてもらったが、なかなかの逸材だな」
「本当ですか?」
 キリトが驚く。
「スイには及ばないが、今まで見てきた中でも五本の指には入る」
 上達は早いとは思っていたが、あいつそんなに才能あるのか、とキリトがスイに目で訊ねる。スイはいたずらっぽい笑みで返して肯定した。
「なるほど。上達するわけだ」
 かつての教え子を満足げな微笑みを浮かべながら見つめる。予想以上に立派に育ってくれたものだ。頼もしい。
「さて、お相手願おうか」
 カミッロはスイの方に向き直る。
「お願いします」
 スイはすっと立ち上がって始めの位置についた。まだカミッロには負けたことはない。
 目で互いに始めのタイミングを確認すると、すぐに二人とも攻めの姿勢に入った。高く隙渡った金属音がこれでもかというスピードで連続して響く。芯のあるきれいな音だとキリトは思った。
 思い出した。
 初めて講義で二人の手合わせを見たとき、二人の身のこなしに感動した。こんなに美しい動きができるのだと。そして、本当にうまい人同士で剣を交えると、音も周りの空気までも一変させてしまうのだと。そんな不思議な感覚に捕らわれたのだ。

次回更新予定日:2020/09/05

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「それがいい。ただその予定少しずらしてもらえないか?」
「何かあるのか?」
「カミッロ先生から呼び出し喰らったんだよ」
 カミッロは士官学校で剣術実技や戦術などの講師だった。確か二年ほど前からリザレス軍戦闘部隊隊長をしていたはずだ。
 リザレス軍は戦闘部隊と魔術部隊から成り、国王が総司令官として形の上では軍のトップとして組織されている。カミッロは戦闘部隊の方のトップというわけだ。魔術部隊隊長は現在、魔術研究所所長でもあるレヴィリンである。実質的には二つの組織を国王が緩く束ねている感じで、それぞれの部隊の実務は隊長に一任されている。
「陛下からお話があったのだろうか」
 その前からマーラルの情勢は戦闘部隊の方でも観察している。外務室を始めとする他の部署からの情報もある。戦闘部隊の独自の判断である程度準備はしていただろう。だが、ここで外務室長であるキリトと魔珠担当官であるスイを呼び出すということは、いよいよ動き始めたと考えるのが自然だ。
「かつての優秀な教え子たちと手合わせだって」
 にやりと笑ったキリトにスイは苦笑を返した。
「分かった。剣を持って行く」
 マーラルが動き出す。その前に情報交換をしておきたいのだろう。信頼できそうな教え子の二人となら少しは腹を割って話せることもあるかもしれない。そう考えたに違いない。
「少しは上達しているかなあ」
 楽しそうに言うキリトをスイは穏やかな表情で見つめた。
 楽しみだ。久しぶりに三人だけで話をするのは。どのような話ができるのだろうか。

 約束の朝、二人でカミッロの私邸に向かうと、中庭に案内された。カミッロはすでに素振りをしていた。動きが全く衰えておらず、隊長になってからも多忙な中、時間を見つけてよく鍛錬を続けているのだろうとスイは感心した。カミッロが二人に気づいて迎える。
「よく来てくれたね」
 早速準備を始める二人をにこやかに見守りながらカミッロは訊いた。
「どちらから始める?」
「お願いします」
 キリトがすっと立ち上がる。
「変わらないな、お前は」
 士官学校でもいつも最初に手を挙げていた。スイはくすりと笑いながら芝生にゆっくりと腰を下ろした。
「では、行きますよ」

次回更新予定日:2020/08/29

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「なあ、キリト」
 スイは少し目をそらして言葉を一つ一つ噛み締めるように続けた。
「今まで生まれてきたことに感謝して生きてきた。大変なことも多いが、素晴らしい人たちに囲まれて刺激的な毎日を送っている。充実した幸せな毎日だ」
 キリトは目を細めながらスイの話を聞いていた。
「だが、こんな毎日は生まれてきてもあのカプセルの中では絶対に得られたないものだ。生まれてもあのカプセルに閉じ込められたままだったら、きっと私はただの〈器〉として、物としてこの世界から消えていくしかなかったんだろう。多くの人の力を借りて私は今ここに人として生きている」
 スイは顔を上げた。
「私は私が人として生きるために力になってくれた人たちに感謝している。だから、私も力になりたい」
 キリトは強く頷いた。
「お前の力になるよ。これからもずっと」
「ありがとう」
 スイに言われて口元がほころぶ。どれだけのことができるか分からないが、ずっと支えていたい。その気持ちは今も変わらない。
「次の休みに両親に会いに行こうと思っているんだ」
「セイラム様とクレア様にも話すのか?」
「いや、実は」
 スイは里に連れ出される前に忍びの者がセイラムたちにそのことを話していたのだと説明した。
「だから、今の気持ちをきっちり伝えておきたい。これからもセイラムとクレアの子どもとして、リザレス人として生きるために」
「そうだな。それがいい」
 キリトが相槌を打つ。
「それともう一つしたいことがあって」
 スイは横に置いていた剣を手に取った。鞘から抜いた途端、キリトはその見たことのない美しい輝きに感嘆の声を上げた。
「これは?」
「魔珠を含む合金で作られているらしい。魔力を吸収したり放出したりできる特殊な剣だと聞いた」
 スイは長老から剣を託された経緯を話した。
「確かに。お前が考えたように一流の魔術師であるマーラル王と直接対決するなら、この剣の存在は大きい」
「だから、父に相談しながら研究してみようと思う。今まで使ったことのないもので、勝手がまるで分からない」

次回更新予定日:2020/08/22

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「徹底しているな」
 魔珠の供給を独占し続けるためにだけは、いかなる手段も厭わない。今では何となく里の存続のためだけではないのだと理解できる。これ以上拠点を増やし、何の制御もしないまま各国で魔珠の製造が始まれば、〈器〉として犠牲になる人の数はどうなるのか。そんなことも考えているのだろう。
「だが、現在、工房にはオリジナルはいない」
「なぜだ?」
 スイはひと息ついてから先を続けた。
「工房の責任者のコウという魔術師に会った。当時クローンの作製を任された人物だ。〈器〉に選ばれたのは彼女の一歳にも満たない子どもだった」
「それは……つらかっただろうな」
 キリトが心を痛める。スイは頷いた。
「コウはクローンを一体多く作製し、オリジナルを国外と行き来できる売人で兄のヘキ様に託したんだ」
「じゃあコウさんはヘキさんの……妹?」
「そう。ヘキ様はその子をリザレスに連れて行き、信頼していた友人のセイラムに託した。つまり」
「お前が……オリジナル」
 驚いた顔をしている。無表情を装って淡々と語っていたスイだったが、ここでどうとも取れない笑いが洩れた。
「参ったよ。何の説明もなく製造室に入ったら自分と同じ顔をした人が何体もカプセルの中で眠っているんだ」
「それは、驚くよな」
 何となくキリトもつられて同じ笑いを浮かべる。
「しかもそこに私とよく似た顔の女性が入ってきて工房の責任者だとか言うんだ」
「へえ。スイは母親似だったんだ。美人なんだろうな」
 スイの表情をうかがいながら、少し冗談めかして言ってその場を和ませてみる。スイが予想どおり穏やかな笑顔になったのを見て、キリトはちゃんと親子で話し合えてスイの中で良い形で心の整理がついているのだろうと推測した。コウから聞いたいきさつや二人で話したことを終始穏やかな表情のまま話し、最後にスイは言った。
「今、ここにこうして私がいるのは、私を産んでくれた親がいて、私を育ててくれた親がいるからだ。産みの親にも育ての親にも感謝している。感謝すべき親が四人もいるなんて幸せなことだと思わないか?」
 すると、キリトが大きく頷いた。
「俺も感謝している。こんな素晴らしい友人に出会わせてくれて」

次回更新予定日:2020/08/15

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スイが夜分急に自宅に訪れるのにはもう慣れている。キリトはあまり慌てずに自室にスイを迎え、顔色を観察した。
「元気そうで良かった。何か飲むか?」
 いつもほど飲めそうな気はしなかったが、スイは持ってきた剣を横に置き、勧められた酒につき合うことにした。キリトもいつもと違う剣だということに気がついたらしく、ちらっと剣を一瞥した。
「心配してたんだぞ。どこに行ってたんだ?」
 芝居じみた大げさな口振りからさほど心配していなかったことが分かる。シェリスがちゃんと対応してくれたおかげだ。スイは優雅な動作でグラスを傾けて酒を一口飲み、平然と返す。
「魔珠の里に」
 驚きで飲み込もうとした酒が変なところに入りそうになって慌てて飲み込むことに集中する。胸に手を当て間違いなく酒が飲み込めたことを何となく確認したことにして元の高いテンションに戻し、やっと言葉を発する。
「里? 里だと?」
 スイは忍びの者が私邸に訪れたことを話した。
「こちらの提案を受け入れると伝えに来てくれたんだ。だが、その前に」
「その前に?」
「私に真実を知って欲しいと」
「真実?」
 不思議な言葉をつぶやくようにキリトが繰り返す。スイは薬で眠らされ、目覚めるとメノウがいてその場所が里であると教えてくれたことを話した。
「次の朝、メノウに魔珠を製造している工房に案内された。里の人でも関係者以外は立ち入り禁止で、メノウも初めて入ったらしい」
「そういうのをスイ自身の目で見ておいてもらいたかったってことか。で、どんな感じだった?」
「暗い部屋にカプセルが十体ほど並んでいるんだ。その中に〈器〉が眠っているんだ」
「つまり、人?」
「そう。しかも全て同じ人」
「同じ? どういうことだ?」
 スイは〈器〉がクローンであることを説明した。
「そんな技術が。でも、確かにそうすれば何人もの人を犠牲にする必要はなくなる。いや、それでも誰かが犠牲にならないといけないことには変わりはないんだが」
「だが、最小限の犠牲で今の世界を維持できる」
「そうだな。でも、どうせクローンを作製するなら、オリジナルは解放してやればいいのに」
 もどかしそうにキリトが言うと、スイは里で聞いたことを伝えた。
「オリジナルは〈器〉としての役割の他に、トラブルが起こったときに調査できるように手元に置いているとのことだ。それともう一つ。秘密を外部に漏らさないため」

次回更新予定日:2020/08/08

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