魔珠 第10章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「そんな技術が……」
「コピーって言っても〈器〉としての機能以外のところは不完全なところも多いらしいけど。だから、眠らせなくてもずっと眠った状態の個体が多いし、寿命が極端に短い個体もある」
 目的の部屋の扉の前に立つ。
「おそらくこの扉の向こうは魔珠の製造室だと思う。〈器〉たちがいる部屋だよ」
 緊張した面持ちでメノウは扉を見つめた。不意にスイの方を向くと、表情を崩した。
「何だかドキドキするね。どんなふうになっているんだろう」
 開けるよ、とメノウの目が言った。スイが頷くと、メノウは先ほどと同じように手を扉にかざして開けた。室内は廊下と比べるとかなり暗かった。目が慣れる前に背後で扉が閉まったが、すぐに部屋が少し明るくなった。
「何これ」
 驚きのあまり声も出なくなったスイの分までメノウが叫ぶ」
「そんな……そんな」
 メノウがその場で呆然と前方を見つめながらくずおれる。スイも立ち尽くしたまま動けない。
 広い部屋には十台ほどの生命維持装置らしきカプセルが設置されていた。そして、中には同じ顔が眠っている。スイと同じ顔が十体。
「なんで……」
 そのとき、先ほど閉まった扉が開いた。二人はまたあっと声を上げる。スイと顔立ちが驚くほどよく似ている女性が入ってきたのだ。黒いローブをまとった女性は無表情だったが、話しかけてきたその落ち着きのある声はどこか優しげだった。
「ようこそ工房へ。私はコウと申します。この工房の責任者です。そして」
 コウは少し悲しげな目で言った。
「スイ、あなたの母親です」
 スイはただ驚きの表情を浮かべるだけで返す言葉が見つからないでいた。そんな息子の表情を見てコウは皮肉っぽく言った。
「そうよね。急にそんなこと言われても困るわよね。こんな見知らぬ人に」
「いえ」
 スイははっきりと否定した。確信があった。
「あなたは……私の母親だと思います」

次回更新予定日:2020/06/13

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黒い笑顔にスイは苦笑する。訪れるたびに森の構造が変わって見えるとか、許可された者しか出口にたどり着けないとか、そういう仕掛けが施されているということだろう。
 そう言われてもいつもの癖でついつい道を記憶しようと努めてしまう。結界というのであれば、魔力をたどってみるのも良い道しるべになるかもしれない。面白そうだ。
「スイ、また何か悪いこと考えてるでしょう」
「そんな顔していたか?」
 メノウはぷくっと頬を膨らませた。
「僕の話ちゃんと聞いてよ」
「聞いてるよ」
 たわいのない話。小さい頃からずっとしていたいと願っていた。いつまでもしていたいと。それが一瞬で壊れそうになった。一瞬で壊れることがあるのだと知った。怖くて仕方なかった。でも、乗り越えることができた。そして、今、ここにいる。スイは天使のような笑顔を浮かべた。
「もう。その笑顔嘘くさい」
 そう言われてはお手上げだ。と思いながらも、周囲を気にかけてしまう癖はどうにもならない。
「着いたよ」
 しばらく進んでいくうちにメノウもあきらめたのか、すっかり機嫌が直っていた。
 目の前にはなかなか立派な施設らしき建物がそびえていた。
 メノウが手をかざすと、扉が開いた。
 無機質な印象の壁、床、天井。同じような色で統一されているからか広く見える。右側のいちばん手前の扉が開いて若い女性が出てきた。
「おはようございます。メノウ様ですね。突き当たりの部屋です」
「ありがとうございます」
 少し戸惑った様子でメノウが礼を言う。
「お前もここは初めてなのか?」
 じっとメノウを観察していたスイが訊いた。
「そうだよ。関係者しか入れないところだもん」
 メノウは立ち止まった。
「ここはね、魔珠を製造する施設なんだ」
 つまり人間を〈器〉にして人為的に魔珠を作り出すための施設ということだ。
 メノウは再びゆっくり歩き出した。
「最初はね、君たちみたいに魔術師を何人も何回も使っていた。でも、君の言ったように苦しくてみんなおかしくなってきた。急に発作を起こして周りにあるものを壊し始めたり、全く動かなくなってしまったり。それでもやっぱり魔珠が必要だから、魔術で眠らせて生命維持装置に入れて〈器〉の役割を続けてもらっていた。それでももともと里にはそんなにたくさん人がいないし、誰かが生贄にならなくちゃいけないんだったら、少しでも人数が少ない方がいい。だから、〈器〉として最も適した人を一人探してその人の体を何体もコピーする――クローンっていうんだけど、そのクローンとオリジナルの人を〈器〉として使うことにしたんだ」

次回更新予定日:2020/06/06

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里? そんなばかな。
「驚いた顔してるね」
 それはそうだ。自宅で意識を失って気がついたら里にいるなんて。訳が分からない。
「忍びの者からシェリスさんに先に事情を話してお茶に睡眠薬を入れてもらったんだ。それで君が眠っているうちに忍びの者が里に連れてきたんだ」
 味方だと確信のない人と何かを口にするときは、ある程度は用心する。だが、シェリスが出したものを警戒することはない。シェリスには絶対的な信頼を置いている。そのシェリスが事情を知らされた上で協力したというのならば、それはそうする必要があるとシェリスが判断したということだ。
 身体がこれだけ固まっているということは、何日間か眠ったままだったということだ。どうやって連れてこられたのだろう。徒歩や瞬間移動を繰り返して、といったところだろうか。
「手荒な方法になっちゃってごめんね。でも、長老会がスイに里に来てもらうって決定したから。里の場所教えるわけにはいかないし」
「なぜ長老会が?」
「渡したいものがあるって言ってた。それから見せないものも」
 心当たりはない。いったいなぜ急に。
「今日はゆっくりして。もし良かったら少しこの周りを歩いてみてもいいよ」
 考えても仕方がなさそうだ。スイは気持ちを切り替えて穏やかな微笑みを浮かべた。
「面白そうだな。案内してもらおう」
 今まで行ったことのある周辺諸国とは全く違った独自の文化を持つ里。せっかくの機会だ。好奇心が満たされるまで貪欲に観察させてもらおう。

 朝、目が覚めると、隣で寝ていたメノウもすぐに気づいて目を開ける。
「おはよう、スイ。ちゃんと眠れた?」
 普段ベッドで寝ているスイを気遣い、メノウが訊ねる。この畳と呼ばれる床は、硬すぎず、その上に敷かれた布団もふかふかと気持ちが良かった。初めてではあるが、寝心地は悪くなかった。
「良かった」
 メノウは笑顔になった。
 メノウに指示されながら、身支度を調える。支度が終わると、玄関に案内された。扉を開けると、栗毛の馬が二頭用意されていた。
「行くよ」
 どこに行くのかは不明だが、取りあえずメノウと同じように馬に跨がる。メノウの馬が動き出したのを確認すると、スイも馬の腹を蹴った。一瞬で追いついて横に並ぶ。たわいない話をしながらも、スイは辺りの景色を注意深く観察し、記憶に刻んでいた。やがて森の中に入った。さりげなくスイの行動を見ていたメノウはにっこり笑って言った。
「ここからは特殊な結界が張り巡らされているから記憶しても無駄だよ」

次回更新予定日:2020/05/30

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「そう理解していただければ幸いです」
 いつも通りシェリスが部屋の隅のテーブルでカップに茶を注ぎ、トレイを持ってきた。茶の入ったカップを客人、次いでスイの前に静かに差し出し、ポットだけが残ったトレイを二人の間に置いて一礼して部屋を出る。
 スイは茶を勧めた。
「いただきます」
 客が茶を口にするのを待ってスイも一口飲んだ。里からの使者はカップを置いて話を始めた。
「スイ殿からのご提案、長老会で検討させていただきました。検討の結果」
 使者は真っ直ぐスイの黒い瞳を見た。
「承認されました」
「良かった」
 スイはほっとした表情になった。使者もスイの顔を見て少しだけ口元を緩める。
「それからスイ殿にぜひ一緒に行っていただきたい場所がございまして」
「行って、欲しい場所?」
 そのとき、急に目の前がぐらついた。
 スイは意識を失って倒れた。

 目を開けると、よく知っている顔が飛び込んできた。
「おはよう、スイ」
 にっこりと微笑むのは紛れもなくメノウだった。
 自宅の玄関横の応接室で忍びの者と話をしていた。その途中で急に意識がなくなった。
「ここは?」
 身体をゆっくり起こしながら辺りを見回した。身体が少し硬くなっているような感じはしたが、特に異状はないようだった。
「眠っていただけだから大丈夫だと思うよ」
 メノウがスイの行動を観察しながら言った。
 見たことのない造りの部屋だ。寝ていたのは、ベッドでなく、床の上らしい。床も何か藁を編んだようなものだ。美しく草のようないい匂いがほのかにする。天井や柱は木製のようだった。
 メノウはスイが一通り部屋を確認し終えるのを待って、保留にしていた問いに答えた。
「ここはね、あまり詳しくは言えないんだけど、長老が用意した家なんだ」
「長老?」
「そう」
 メノウが笑った。
「里へようこそ、スイ」

次回更新予定日:2020/05/23

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夜九時過ぎ。スイは自宅の書庫にいた。ずらりと並んだ本は主に父セイラムが各地を回って集めたものだ。各国の組織の内部資料など通常の手段では手に入らないような書物も多い。裏ルートを使ったり強奪したものもあるのだろう。
 目当ての本を探す。わかりやすい分類の配置になっているので、目的の本を見つけるのは意外とたやすい。スイは三冊ほど本を手にして部屋に戻る。
 一冊目の本に手をつけたとき、玄関から小さくチャイムの音が聞こえた。こんな時間に誰だろう。心当たりはないので、取りあえずシェリスに任せることにして本を読み進める。来客ならシェリスが呼びに来てくれるだろう。
 しばらく経ってもシェリスは来なかった。何か急ぎの配達物でもあったのだろう。そう思ってページをめくったとき、ドアの向こうから声がした。
「スイ様、お客様です。玄関前の応接室にお通ししておりますので。私はお茶を淹れて参ります」
「分かった。すぐ行く」
 そう答えながら違和感を覚える。
 なぜシェリスは訪問者の名を告げなかったのか。
 シェリスのことだから何か理由があるのだろう。だが、シェリスが応接室に通したということはスイが会う必要のある人物だということだ。
 スイは階段を下りて応接室に向かった。
「失礼します」
 いちおう断っておいてドアを開ける。
「あなたは」
 ソファからすっと立ち上がったその人物を見てスイは息を呑む。前を向いたまま手を後ろに回しドアを閉める。旅人の服装をした男はにっこり笑った。
「やはり覚えておいででしたか。スフィア山脈ではお世話になりました」
 あのときのように黒装束は着ていなかったが、客人として訪れたのだから当然だ。間違いない。スフィア山脈でメノウを尾行していたマーラル兵リーシャを引き渡した忍びの者だ。今まで忍びの者がこのようにスイを訪ねてくることはなかった。何の用だろう。
「なぜあなたがここに?」
 そのとき、失礼いたします、とドアが開いた。シェリスがポットとカップをトレイに載せて持ってきた。
「お話があって参りました」
「話?」
「はい。長老会からスイ殿にお伝えするようにと」
 長老会というのは里の最高決定機関だ。長老を含む七人から成る。長老会という名称だが、長老以外の構成員の年齢はまちまちらしい。
「では、今夜はあなたは里からの使者として来たと考えて差し支えないだろうか」

次回更新予定日:2020/05/16

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