魔珠 第8章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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レヴィリンが異常に気づいて中断する。表情は至って冷静だ。ローブを脱がせ、まだ光を蓄えたままの呪術の痕に手を当て、魔力を注ぎ込む。スイが背中を反らせて絶叫したが、すぐに光が弱くなる。
「呪術の効果を一時的に弱めた。これで少しは楽になるだろう」
 反応もできないくらい息が乱れていた。真っ直ぐ仰向けに横たわっていたはずの身体は右を向いてすっかりよじれていた。目も開けられない状態だったが、レヴィリンはすぐに魔法陣から出た。
「続けるぞ」
 魔珠が魔力を吸収し始めると、中断されていた苦痛が戻ってきた。だが、呪術による苦痛が弱まった分、何とか耐えられそうな気がしてきた。スイはできる限り深く息を吸った。呼吸がそれで整ったわけではないが、その勢いでうっすらと目を開けた。何でもいいから何かきっかけが必要だった。開けたばかりの目に魔法陣の光が飛び込んできた。先ほどまで透明だったシールドが青白い光を帯びている。あれがおそらく魔珠から放出されたエネルギーだ。そう思ったとき、急に激痛が訪れた。きっと重要な情報が一つ手に入って気が緩んだのだろう。スイは歯を食いしばって何とか目を閉じないように粘った。目だけはしっかり開けて見なければ。
 時間の感覚もなるべく維持しようと努めてはいたが、ちょっと自信がない。だが、そんなに長い時間ではなかったはずだ。せいぜい五分といったところだろう。放出されるエネルギー量が少なくなり、すうっと消えた。レヴィリンは魔力の注入をやめて右手をかざした。シールドの光がレヴィリンの右手に吸い込まれていく。苦痛から急に解放されて安心した勢いで意識がぐらつく。必死になってつなぎ止めようとしたが、ここまでだった。

 うめき声が聞こえてレヴィリンはベッドの方に駆け寄った。ブランケットをはねのけると、スイの呪術の痕が強い光を放っている。苦しそうに目を開いて助けを求めるように手を伸ばそうとしていた。レヴィリンはスイの胸に手を当て、先ほどと同じ要領で苦痛を和らげる。それに反応するように光は弱まり、見えなくなっていった。呪術の効果は完全に消えたわけではなく、スイは苦しそうに自分の手で胸を押さえた。
「博士」
 息も途切れ途切れにスイが口を開く。
「無理をするな。もう少し呼吸が整うのを待った方が良い」
 諭されてスイは素直に従った。慌てても仕方がない。
 しばらく全身の力を抜いて身体に苦痛への反応を任せていると、苦痛が我慢できるレベルになってきた。様子をうかがっていたレヴィリンももう大丈夫だと判断したらしく、机に置いてあったものを大切そうに握りしめて持ってきた。
「私がこの手にエネルギーを集めたところ辺りまでは記憶があるか?」
 スイは静かに頷いた。

次回更新予定日:2020/01/11

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「矛盾するところがないか確認していただいてもよろしいでしょうか」
 スイは手紙をレヴィリンに渡した。
 研究所でレヴィリンに会ったこと。現在進行中の実験に立ち会わせてもらえることになったこと。最大で一週間ほど研究所から戻らないこと。その間、家のことをよろしく頼むと締めくくられていた。
「この手紙は魔結晶が完成した段階で渡すのがいいだろう。研究所の者が直接届けるように手配しよう」
「お願いします」
 一つやるべきことが終わって一息つく。まだこの情報は誰にも明かさない。自分でどう利用するか判断するまでは。
「では、始めようか」
 誰もいない広いスペースにレヴィリンは魔法陣を描いた。
「その中に仰向けに横たわりたまえ。楽にしてくれていて構わない」
 スイは言われたとおり、まだ魔力の注がれていない黒い魔法陣の中に入って横たわった。
「まずは魔珠を体内に埋め込む」
 レヴィリンは横に屈み、魔珠をスイの胸に押し当てた。魔珠が光を放ちながら胸に吸い込まれるようにして入っていく。スイは締めつけられるような違和感を覚えて小さくうめき声を上げた。苦しい。うめき声が抑えきれなくなっていく。これだけでも相当な苦痛だ。
「これで君は〈器〉になった」
 そう言われたときには、もう呼吸がおかしくなっていた。全身に変な汗をかいている。
 ちゃんと見なければ。
 無理やりうっすらと目を開いてレヴィリンが魔法陣の外に出るのを確認する。
 魔法陣が光を帯び、その外周から透明のドームのようなシールドが展開される。スイはシールドに閉じ込められるような形になった。
「今から君に魔力を注ぐ。君という〈器〉の中で魔珠を短時間で溶かし、そのエネルギーをこのシールドに集める。そして、それを結晶化する。いいね?」
 声が出なかったので、小さく頷く。一瞬レヴィリンが残酷な笑いを浮かべたのが見えたような気がしたが、もうそれどころではなかった。身体の中ですさまじい魔力が暴走し始め、全身が砕けそうな感覚に襲われた。魔術師たちはこんな苦しみを我慢して――そう飛び飛びの意識の中でぼんやり考えていたときだった。絶叫が室内にこだまして研究員たちが思わず耳をふさぐ。
 黒いローブの上からもくっきり見えるくらい明るく、マーラル王につけられた呪術の痕が浮かび上がった。刻まれた呪術が魔力に強く反応して発動している。胸が様々な方向にねじれてそのままちぎられていくような激痛がじわりと身体をむしばんでいく。苦痛が強すぎて魔珠のエネルギーの暴走による苦痛がどこに行ったのか分からない。

次回更新予定日:2020/01/04

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「だったら」
 レヴィリンはにやりと気味の悪い笑いを口元に浮かべてスイの瞳をのぞき込んだ。
「君が〈器〉になるかね?」
 スイは驚いた表情でレヴィリンを見返した。
「私が、なれるのですか?」
 食いついてきたスイにレヴィリンは目を輝かせる。
「君なら魔力を蓄積するのに充分な容量がある。初めて君を見たとき、なぜ魔術師にならなかったのかと思ったよ」
 父にも魔術師の素質があると言われた。母方の家系からは宮廷魔術師が何人か出ている。おそらく遺伝的な要素も関係しているのだろう。魔力に対する耐性を剣術などと平行して鍛錬してきたが、それも関係あるのだろうか。魔術師になろうとは一度も考えたことはなかったので、魔力がどの程度体内に蓄積できるのかということは今まで考えたことはなかった。だが、〈器〉になれるということであれば、なってみる価値はある。
「どこまで意識を維持していられるかが問題だが、君ほどの精神力があれば心配ないだろう」
 周りの魔術師たちは一斉に驚いた顔をしてこちらを見た。魔術師たちが〈器〉になったとき、魔結晶ができあがるまで意識を維持するのは困難だったということなのだろう。できるだろうか。最後まで見られなくてもできるところまでこの目で見る。どれほどの苦痛を伴うのか、どれほどの犠牲を払えば魔結晶を手にできるのか知るだけでも、今後の判断材料になる。
「意識の回復には時間がかかるのでしょうか?」
 必要と思われることをあぶり出して訊いていく。
「個人差はあるが、だいたい二十四時間以内には一度回復する。ただ魔力と体力の回復には一週間ほどかかる。あと精神をやられる。一週間ほど悪夢と闘いながら寝たり覚めたりを繰り返す」
「では、その間は研究所からは出られませんね」
「そうだな。しばらく所内のベッドに横たわって休んでもらうことになる」
 キリトには今日は書庫に調べ物をしに行くとしか言っていない。午後には外務室に戻るつもりだった。シェリスにも同じように伝えた。いつも通り夜には帰ってくると思っているだろう。
「執事に一筆書いておこうと思うのですが」
 レヴィリンもスイの意図をすぐに理解し、ペンと紙を用意させた。スイはさらさらと流れるような手つきで手紙を書いた。

次回更新予定日:2019/12/28

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スイははっとした。
 人間。
 そう。人間は空気中に漂っているエネルギーを集め、魔力として体内に蓄積し、それを利用して魔法を発動する。個人差はあるが、例えば魔術師ならば、蓄積できる容量は相当大きいはずだ。
 実験する必要さえない。人間こそが魔力を蓄積するのに最適な〈器〉なのだ。
「人間の体内に魔珠を埋め込み、大量の魔力を注いでやると、今まで魔珠から抽出できていたエネルギーの二、三倍程度のエネルギーを瞬時に抽出することが可能だ。ちょうどいい。エーベル君」
 五人で何かの装置の前でデータを見ながら言葉を交わしていた若い魔術師が振り返る。レヴィリンは途中にあった保管庫の扉のロックを魔力で解除し、中から魔珠を一つ取り出すと、ゆっくりとエーベルの方に近づけていった。
「魔結晶を生成する工程をスイ君に見てもらおうと思う。〈器〉になってくれないかね」
 それを聞いた瞬間、エーベルの顔が強ばり、体が動いた。一緒に話をしていた魔術師のうち、体格の良い二人がエーベルの腕をつかんだ。エーベルはうなだれてつぶやいた。
「やだ……やだ……」
 視点が定まっていない。
「待ってください」
 ただならぬ空気を察知してスイが魔珠を持ったレヴィリンとエーベルの間に素速く割り込む。
「〈器〉になった人に、何か影響が出るのですか?」
 すると、レヴィリンが平然と答えた。
「激しい苦痛に見舞われるのだよ。魔力を注がれたときにね」
 誰かに苦しみを負わせることも厭わず、魔結晶と呼ばれる魔珠の複製品を生成し、兵器を作っていたというのか。
「何の犠牲もなく、これだけのことを成し遂げることはできんよ」
 兵器を作るために誰かを犠牲にしているのであれば、マーラル王とやっていることは何ら変わりはない。
「では、続けるかね」
「やめてください」
 魔珠を手にしたレヴィリンをスイはもう一度止めた。レヴィリンは眉をひそめた。
「君は魔珠担当官だろう。その目でどのように魔結晶が作られるか見て、その情報をどう扱うのか決めるのが君の役目。違うかね?」
 そのとおりだ。だが。
「できるだけ正確な情報は欲しいです。ですが、この反応は尋常ではありません」
 もちろん時としてどうやってでも情報を手に入れなければならないこともあるが、今は違う。受ける苦痛と情報の重要性の程度で判断しても、エーベルの反応を見る限り、受ける苦痛の方が重そうだ。情報は実際にこの目で見なくても、工程さえ分かればそれでいい。どの程度の苦痛が〈器〉にかかるのかということと、本当にその工程で魔結晶ができるのかということはこの場で検証できないが。

次回更新予定日:2019/12/21

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不気味な笑みを浮かべたまま、レヴィリンはドアノブに手をかけた。
「では、話の核心に入るとするかね」
 また別の部屋に案内されるらしい。スイは黙ってレヴィリンの後をついていった。ここが研究所のどの辺りに位置する場所なのかは分からないが、取りあえずできるだけ多くの視覚情報を取り入れて、見たものの位置関係だけでも記憶する。レヴィリンが横から話しかけてくる。
「魔珠は魔法水に溶かしてエネルギーを抽出する。ところで、魔法水とはそもそもどういうものだね?」
「魔力を水に溶かしたもの、と記憶していますが。薬の調合などに使う市販品は、魔力が安定した状態で、魔術師でなくてもちょっと魔力を注げば、簡単に調合できるようになっています。魔法水は、魔術師が一般の人では集められない量のエネルギーを集めて魔力にしたものを水に溶かしたものだと、そう教わったと思います」
「そのとおりだ。それにしても」
 レヴィリンは続けた。
「不思議だと思わないかね? 魔珠のエネルギーを水に溶かしたもので魔珠を溶かす。水では魔珠は溶けない。つまり結局のところ魔珠は魔力で溶かしているとは考えられないかね?」
 確かにそうだ。魔珠は魔法水に溶かして使うものだということが常識過ぎて、それ以上深く考えることがない。魔法水という溶媒に目をつけたからこそレヴィリンはその濃度を調整するという発想に至った。
「魔珠からのエネルギー抽出量を決定する魔法水の濃度というのは、水が蓄積している魔力の量のことだ。水に溶ける魔力の量には限界がある。では、いかにしてエネルギー抽出量を増やすか。水よりも魔力を蓄積できる〈器〉を使えば良い」
「〈器〉、ですか?」
 そのとき、ちょうどある部屋の扉の前で止まった。レヴィリンが扉を開ける。ロックはされていないらしい。このエリア自体がおそらく先ほどのようなワープ装置など特殊な手段でしか入れないエリアになっているためだろうか。このエリアに入ることができる人物も限られていて、このエリアで行っている研究はその人物の間では共有されているのだろう。
 広い部屋だった。魔術師たちが四、五人ずつのグループに分かれて、魔法陣を囲んで作業したり何か議論したりしている。共同実験室といったところだろうか。
「そう。魔力を多く蓄積できる可能性のあるもの。何だと思う?」
 どのような条件のものであれば、魔力を蓄積しやすいのか。液体よりも固体の方がいいのだろうか。有機物よりも鉱物の方がいいのだろうか。そんなこと考えたこともなかったし、聞いたこともない。レヴィリン自身も実験して検証したのではないのか。
 考えていると、レヴィリンが横でにやりと笑った。
「人間だよ、スイ君」

次回更新予定日:2019/12/14

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