魔珠 第7章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
Admin / Write
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「見張りは北地区の路地で別の魔術師に会い、あなたがここに移動したことを報告したようです。その後、二人は別れて、見張りはこちらの方向へ、報告を受けた魔術師は別方向へ移動を始めたので、報告を受けた方の魔術師を尾行しました」
「どうせ研究所に報告に戻ったんだろう」
 キリトが先を読む。
「研究所には今日は結界が張られていて入れませんでしたが、その魔術師は地下の西側に向かっていました。おそらくそこにハウルさんが捕らわれているのではないかと」
 アリサは心配するような目をしながらも、落ち着いた穏やかな表情でうなずいた。
「いろいろありがとう、スイ。ハウルのことは、あなたに任せる」
 そして、ドアを開いて微笑む。
「先に休ませてもらうわ。二人で話すことあるんでしょう」
 うなずく代わりに笑顔を返す。
「では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 短く挨拶を交わし終えると、アリサは退室した。先ほどまで賑やかだった部屋は、スイとキリトの二人になった。
「続きを聞こうか」
 座っていたソファに体を埋め、キリトは足を組んだ。スイは続けた。
「研究所にはレヴィリンもいたようだった」
「兵器絡みならレヴィリンが直接指示を出している可能性もあるな。他は?」
「メノウが研究所の様子を見に来た」
「メノウが? どういうことだ?」
 驚くキリトにメノウの姿を見つけたときの様子やその後のやり取りを手短に説明した。
「そうか。もう里はそんなところまでたどり着いているのか」
 里が先に兵器開発の可能性に気づいた。自国のことなのに先を越されたのはショックだった。
「生活と研究に使用する量の魔珠だけから兵器を作れるほどのエネルギーを取り出す。いったいどんな手品を使っているんだろうな」
 いろいろな可能性を考えてみる。思考を巡らせているうちに、別のことが不意に頭に浮かんで、キリトははっとなる。
「ところで、スイ。メノウは?」
 メノウはいつもスイの家に泊まっていく。だとしたら、スイをあまり長く引き留めていてはならないのでは。
 スイもキリトが考えたことをすぐに理解し、短く答えた。
「今日は帰った」

次回更新予定日:2019/11/02

ランキングに参加中です。よろしかったらポチッとお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村
PR
「こんにちは。セシルも元気そうで何よりだ」
 挨拶しに来たセシルの頭の上に大きなてのひらを載せる。すると、マノンがスイの腕を引っ張った。
「ねえ、剣のお稽古」
「マノン、スイはキリトと大事なお話があるから、また後でお願いしましょう」
「いえ、構いませんよ」
 かがみ込んで諭すアリサにスイは笑いかける。
「いいだろ、キリト」
 すると、キリトも笑った。
「ああ。話は後でゆっくり聞こう。それにしても、どっかで聞いた台詞だな。誰に似たんだか」
 エミリのことか、と思いながらスイも苦笑する。
「セシルも来るだろ」
「はい」
 それまで礼儀正しく振る舞っていたセシルが子どもらしい満面の笑みを浮かべる。
「では、行こうか」
「ごめんなさいね、来たばかりなのに」
 五人は中庭に向かった。

 夕食後、しばらく談笑していると、子どもたちが目をこすり始めた。
「今日はそろそろ寝ましょうか」
「うん。寝る」
「じゃあみんなにおやすみ言って寝ましょう」
 二人は近くに来て眠そうな目で言った。
「おやすみなさい」
「ああ。おやすみ」
 スイは三人を戸口まで送りながら、アリサの耳元でささやいた。
「お話があるので、後ほど」
「分かったわ」
 アリサは子どもを寝かしつけて戻ってきた。
「何か分かったの?」
 落ち着いた表情で訊ねながら空いていたソファに座り、話の輪に加わる。スイは事務的な口調で話し始めた。
「あなたの見張りをしている者が動きを見せたので、尾行しました」
「そんなことだろうと思っていたよ」
 横からキリトが口を出す。やはりちゃんと分かってくれていたようだ。

次回更新予定日:2019/10/26

ランキングに参加中です。よろしかったらポチッとお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村
「そうか。港か門まで送ろうか」
「ううん。いいよ」
 断られそうな気はしていたが、メノウの表情に気づかない振りをしていつもどおり穏やかな笑顔で訊いた。それがかえってつらかったのか、メノウは申し訳なさそうに言った。
「さっきは尾行の邪魔しちゃってごめん」
 スイは静かに首を横に振った。
「気をつけて」
 戸口でメノウを送ると、スイはすぐに家の中に入ってシェリスに伝えた。
「キリトの家に戻る。夕食に誘われているんだ」
 メノウと話していた部屋に戻って軽く片づけを済ませ、スイはクラウス邸に向かった。

 クラウス邸の前に来たときには、午後四時半頃になっていた。
 やはり先ほどの魔術師が戻ってきてクラウス邸を見張っている。
 スイは扉の前に着くと、チャイムを鳴らした。
「待っていたよ、スイ。もうアリサたちも来ているんだ。入って」
「セシルとマノンに会うのは随分久しぶりだな。元気にしていたかな」
 キリトが出迎えた。スイが話している途中で扉が閉まった。スイは大きくため息をついて笑う。
「何の小芝居だよ」
「門から少し距離があるからあんまり聞こえないとは思うけど、念のためな」
 先ほどスイが来たときには見張りはいなかったから、アリサと同じようにあたかも以前から夕食会に招待していたかのように振る舞ってみた。
「つき合わされる身にもなってみろ」
「お前はそういうの得意だろ」
 そんなやりとりをしていると、横からマノンが飛びかかってきた。スイは余裕のある動きで抱き留める。
「スイさん!」
「久しぶりだな、マノン」
「スイさん、剣のお稽古しよう」
「こら、マノン」
 アリサがセシルと姿を見せる。
「いろいろありがとう、スイ」
「こちらこそありがとうございます」
 リスクを冒してまで情報を伝えてくれた。アリサ夫婦には感謝してもしたりない。
「こんにちは、スイさん」

次回更新予定日:2019/10/19

ランキングに参加中です。よろしかったらポチッとお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村
「その理論を使うと、リザレスの輸入量でも充分に開発ができるんだ」
「どうやって?」
「方法はいろいろある。どんな方法でやっているのかまでは分からない。もっともそれを調べたくて来たんだけど」
 今度はスイの方が少し考え込んだ。何秒かの沈黙の間に情報を整理し、スイはやっと口を開いた。
「その調査、私に任せてもらえないか?」
 メノウは顔を上げた。
「研究所に出入りするにも時々利用していて身分のはっきりしている私の方が動きやすい。それに」
 スイはきりっとした目でメノウを見つめた。
「失踪した知人はリザレスが兵器を開発していることを示す資料を見たらしい」
「じゃあ、その人は」
「口封じのために連れ去られたのかもしれない」
 驚いたような表情をしていたメノウだったが、すぐに冷静になってスイの目を真っ直ぐ見た。強い眼差しだった。
「分かった。君に任せよう」
 すると、スイはにっこり笑った。
「ありがとう」
「信じてるよ」
 メノウも笑顔になる。
 この笑顔のためにがんばろうと誓った。ずっとそうありたいと願ってきた。
 今回も力になりたい。メノウのためにできることがあるなら、何でもやってのけたい。
「泊まっていくだろう?」
 席を立ちながら、いつものようにスイは訊いた。訊いたというより確認したつもりだった。だが、メノウは首を横に振った。
「今日は君に話を聞こうと思って寄っただけなんだ。今聞けるだけの情報は聞けたから、今日はもう帰るよ」
 初めてだった。メノウが泊まっていかないなんて。笑顔を浮かべているが、どこか影がある。何か努めて距離を置こうとしているように見える。あくまでもメノウは里の人間、スイはリザレスの人間。調査の結果や成り行きによってはリザレス、あるいはスイに厳しく対処するように求められる。先ほどの「信じてる」はメノウにとって願望なのかもしれない。
 裏切りたくない。メノウの期待を踏みにじるような真似はしたくない。メノウの支えになりたくて魔珠担当官になったのだから。

次回更新予定日:2019/10/12

ランキングに参加中です。よろしかったらポチッとお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村
自宅に戻ると、いつもどおりシェリスが迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。おや、お二人ご一緒で」
 シェリスが扉を閉めると、メノウが口を開いた。
「実はさっき一回ここに来て君が出かけてるって聞いて町に出たんだ。荷物もシェリスに預けてあるんだ」
「そうだったのか」
 いつもの魔珠の取引や情報交換に使う部屋にメノウを迎える。二人示し合わせたようにソファに腰かけると、スイが早速切り出した。
「で、どちらから質問しようか」
「君からでいいよ」
「では」
 なんとなくスイもその方が良いような気がしていたので、遠慮なく訊ねた。
「なぜ魔術研究所に?」
 質問の内容は予想していたはずだと思ったが、なぜかひと呼吸置いてからメノウは話し出した。
「実は」
 メノウの表情が曇る。
「リザレスが魔術兵器を開発しているんじゃないかって疑いがかけられているんだよ」
 驚いた。もう里は事態を把握している。
「それで君と話したいと思ってここに来たんだけど、出かけているって聞いて。ここで待っているよりも少しでも情報が仕入れられるかもしれないと思って」
 なるほど。行動派のメノウらしい。
「君は?」
「知人が失踪して。知人宅の周辺を見張っていた者を尾行していたら研究所にたどり着いたんだ。それで所内に監禁されているのではないかと思って探っていたんだ」
 話す情報を瞬時に取捨選択して、スイは適切と思われる情報だけを提示した。
「失踪? その人、どういう人なの?」
「政務室の人間だ」
 メノウは何か火投げ込むようにしていたが、スイがそれを遮った。
「メノウ、リザレスの輸入量ではどうやっても兵器を作ることは不可能だ。それでも疑う理由は何だ?」
「レヴィリン博士の『魔珠から効率的にエネルギーを抽出する方法』。理論くらいは知ってるよね」
「魔珠を溶かす魔法水の濃度を上げると、抽出できるエネルギー量が増える」
「そう。それ」
 レヴィリン博士を天才と言わしめた論文。この技術によって一つの魔珠から抽出できるエネルギー量が一割ほど上がった。貴重な魔珠という資源の消費量が大幅に節約できたことは輸入国のリザレスにとってだけではなく、資源が無限ではない以上、長い目で見れば輸出する里にとっても、そのメリットは大きい。

次回更新予定日:2019/10/05

ランキングに参加中です。よろしかったらポチッとお願いします。
にほんブログ村 小説ブログ ファンタジー小説へ
にほんブログ村
HOME | 1  2 

忍者ブログ [PR]