魔珠 第5章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「こう見えても今ではそこそこ名の通った貿易商なんだ」
 グラファトの父親は士官学校を受験させるつもりで知り合いのセイラムにグラファトの剣術の指導を依頼したのだが、グラファトは商売に興味を持ち、結局その道に進んだ。その後、めきめきと才能を開花させ、独立し、自分の船を持つようになり、周辺各国からも信頼される貿易商に成長した。
 スイはグラファトの空いている方の手を握った。
「協力感謝するよ」
「こちらこそ。この海が平和でないとこちらも商売にならないしな」
 グラファトは相変わらず人の良さそうな笑みを浮かべている。
「それにお前に頼まれたら断れないもんな」
 グラファトが豪快に笑うと、スイも目を細めた。
「こんなところで悪いが、港に着くまで辛抱してくれ」
 ランプを木箱の上に置いて、グラファトは部屋の入口の方に戻った。ブランケットを脇に抱えて持ってきて二人に渡す。
「港に着いたら知らせに来るから、すぐに降りてくれよ。積み荷下ろし始める前に出てもらわないと邪魔になるから」
「ありがとう」
 スイがブランケットを受け取ると、グラファトは部屋を出た。
「最初からこの船に乗るつもりで動いていたんだ」
 メノウは感心しながら、元の位置に座って木箱に寄りかかった。
「そうでなければ、あんなこと怖くてできない」
 スイは笑った。
「クラークに着くまでに眠れたら少し眠っておくといい。すぐにマシュー行きの船に乗れるように手配してあるから」
「そこまでしてくれているんだ」
 マシューはリザレスの北に位置する国、パウンディアの北部の港町だ。
「リザレスからは早く離れた方がいいだろ」
 スイがリザレス人であることが知られている以上、マーラルが手がかりを求めて追っ手を送り込む可能性もある。リザレス国内でスイに手を出すのは難しいだろうが、外国人であるメノウであれば、見つけてうまく連れ戻しても足跡が残りにくい。長くクラークに留まれば、それだけ目撃情報が多くなる。メノウの足取りをつかみにくくするためにも迅速に行動した方が賢明だ。
「そうだね。一度里にも戻らないといけないし」
 スイはうなずいて、優しくメノウにブランケットをかけた。メノウは両手でブランケットを首までたぐり寄せた。ふんわり温かい感触がして、初めて体が冷えていたことに気づく。
 隣にスイが座って、左上半身を木箱にくっつけた。ブランケットを胸までかけてメノウに微笑むと、そのまま目を閉じた。しばらくはその顔を眺めていたはずだったが、疲れが出たのか、メノウもいつの間にか眠っていた。

 メノウが目を覚ましたのは、横から呻き声が聞こえたからだった。
「スイ?」
 右胸を押さえて歯を食い縛っている。この反応、先ほども見た。呪術が発動している。
「心配、いらない……すぐ、治まる」
 吐き出すように言うと、スイはすぐに短い呻き声を上げた。右胸を押さえていた手に力が入る。呻き声が不規則な呼吸に変わる。
 思考できる程度に苦痛が和らぐには少し時間を要した。
 久しぶりだ。もう忘れかけていたのに。この呪術が体に刻み込まれたときの記憶を忠実に再現する夢。そして、その記憶を思い起こすたびに現実でも発動する呪術。
 再発するなんて。
 乱れる呼吸を整えながら、スイは心の中で苦笑した。

次回更新予定日:2019/07/27

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アインの町に入る前に馬を乗り捨てると、まだ夜明け前の人気のない通りを駆け抜け、港に向かった。
 そのまま何の迷いもなく、一隻の船に乗り込む。階段を降りると、木箱や樽がぎっしりと積んであった。スイは座り込み、木箱にもたれかかった。見たことがないくらいぐったりしている。呪術にそんなに体力を奪われていたのかとメノウは今更ながら驚く。
「お前も座るといい」
 メノウは素直に従った。疲れて目を伏せているスイの横顔を見る。
「貨物船?」
「そうだ」
 しばらくすると、甲板の方が騒がしくなり、やがて船が動き出した。
 疲れていたからかもしれないが、スイが木箱にもたれかかって目を伏せたまま、話しかけてこないので、メノウも横で息をひそめていた。
 足音が聞こえてきた。近づいてくる。スイが目を開ける。警戒するときのぴんと張り詰めた面持ちではない。
「うまくいったようだな」
 ランプを持った精悍な顔立ちの男が立っていた。どこかで見たことのあるような顔だと思ってメノウは疲れた頭をフル回転させて記憶をたどる。ぐったりしていたはずのスイが優雅な動作で起き上がる。
「ああ。何とか」
 そのとき、メノウがはっとして叫んだ。
「もしかして、グラファト?」
 すると、男はにやりと白い歯を見せて笑った。
「もう長い間合っていなかったから分からないかと思ったが」
 確かに最後に会ったのは十三歳のときだったはずだから、長い年月が経っている。スイが士官学校に入る前だったから、グラファトも十四歳だったはずだ。あの頃と比べると、随分背も伸びて、何よりも筋肉がついてがっしりした体格になっている。当時から引き締まった体だったが、どちらかというと細身な感じの印象だった。
 グラファトは十歳から週一回ほど、セイラムが休みの日に剣術を習いに来ていた。メノウもリザレスに来ると、セイラムに剣術を教えてもらっていたので、年に二回ほどだったが、グラファトと稽古したことがあった。
「どういう、こと?」
 目の前に立っている男がグラファトだと判明したものの、事態がまだ理解しきれない。戸惑うメノウを見てグラファトは頭をかいた。

次回更新予定日:2019/07/20


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「もう直に回復する。いつまでも苦い思い出に浸っているわけにはいかないからな。他にやるべきことが多すぎる」
 ヌビスの魔力を得るために先ほど話してくれた呪術を刻み込まれたときのことを思い出してくれたのだ。それによって呪術が発動し、魔力を得た。だが、いくら他のことに思いを巡らせなければならないからといって呪術による苦痛で異状を来した体がすぐに元に戻るとは思えなかった。
「どこから連れてこられた?」
「こっち」
 構わず走り続けながらメノウに先を譲って先導してもらう。階段を上ると、扉があり鍵がかかっていたが、先ほど奪った鍵束の中から正しい鍵をすぐに見つけ、難なく開ける。再びスイが前に出て身を隠しながら、周囲に警戒しつつ走っていく。途中、見張りの兵士を二、三人ほど殴り倒して、二人は研究所から脱出した。そのままスイは森の北東部に向かった。
 不意に気配を感じ、スイは立ち止まった。すると、音も立てずに忍びの者が木の上から降りてきた。
「これ、研究所で押収した証拠品」
 その姿に気づき、すぐにメノウが魔珠を差し出す。
「分かりました。里に転送します」
 転送の方法を部外者であるスイに見られてはまずいのだろう。忍びの者は魔珠を受け取ると、そのまま姿を消した。
「後は私たちがマーラルから出るだけだな。行くぞ」
「うん」
 証拠品を手渡して肩の荷が軽くなったメノウは、少し元気が出てきたようだった。スイはいつも以上に呼吸が苦しかったが、メノウの笑顔で残った力を絞り出し、駆け出した。
「こっちだ」
 何分間走っただろうか。暗闇にすっかり慣れた目に馬屋が映った。
「二頭ほど拝借しよう」
 さすがに呪術によるダメージとそれなりの距離を走った疲れから、笑って見せた顔もゆがんでいた。メノウも息が上がっていたが、スイを励ますように笑ってうなずいた。
 馬屋にたどり着くと、スイは何の迷いもなく、さっと馬を選んで首を叩くと、メノウに手綱を渡した。馬は一瞬警戒したような目をしたが、スイが目を合わせてもう一度首を叩くと、すぐに肩に入っていた力を抜いた。
「私についてきてくれ」
 目をしっかり見たままメノウの馬に言うと、スイは自分用の馬を探して飛び乗った。メノウの方を振り返ると、メノウもうなずいてみせた。
 スイが馬の腹を蹴ると、馬が勢いよく走り出した。メノウも後からついていく。
 頭上には星が瞬いていた。
 早く逃げなければ。敵に気づかれる前に。

次回更新予定日:2019/07/13

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「持ち帰らないと」
 メノウは兵器に近づいた。よく見ると、魔法陣の周りに結界が張られている。
「解除しないと触れられないみたいだね」
 スイは辺りを見回した。壁に何やらスイッチのようなものがついている。
「これがロックになっているようだが」
 メノウもスイッチを見る。
「鍵とかで開けるタイプじゃなくて魔力を注ぎ込んで開けるタイプだね」
「おそらくこれに触れることを許された人物の魔力だけが登録されていて、他の人の魔力を注いでも反応しないというやつだろうな」
「残念。証拠は持ち帰れないか」
 この目で見たというだけでも収穫だが、できれば証拠品を没収していきたかった。
「いや。待て」
 スイは首の後ろの紐を解き、右肩からローブを滑らせ、右腕を抜いた。はだけた右胸に左手を置き、目を閉じる。
「スイ?」
 苦しそうな呻き声とともに右胸にくっきりと青白い光の筋が浮かび上がる。右手を壁につけて倒れそうになる体を支え、傷跡から放出される魔力を集める。呪いがまだ有効である以上、傷跡に刻み込まれた魔力は。
 スイはゆっくりと胸から手を放し、スイッチに近づけた。長い指に先ほどと同じ青白い光が点る。背後で結界が消滅し、魔法陣が収縮する。
「迂闊でしたね、マーラル王。私に呪いを施した報いですよ」
 人の悪い笑いを浮かべながら、スイはその場にくずおれた。呪術はその使用者の魔力によってその場所に固定されるため、考えるのもおぞましいことだが、スイの傷跡にはヌビスの魔力が潜んでいる。この計画の中心人物であるヌビスの魔力がこのスイッチに登録されていないはずはない。そう考えての行動だ。
「よく思いついたね。大丈夫?」
 スイの体を心配しながら、メノウが訊くと、スイは荒くなった呼吸を整えながら笑顔で返した。
「それよりも兵器を」
「分かった」
 メノウはスイから離れ、すっと手を伸ばして美しく輝く魔珠を取った。
「よし、行こう」
 まだ右胸を押さえていたスイが体を起こし、走り出した。
「大丈夫なの?」
 魔珠を抱えたまま追いかけてきたメノウはすぐに追いついてスイの様子をうかがう。立ち上がることもままならないくらい苦しそうにしていたのに。

次回更新予定日:2019/07/06

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「すごいね、スイ」
 自由になった両手を振りながらメノウは言った。
「父に勧められて練習した」
 メノウに縄を解かれながらスイが笑う。本当に使うことがあるとは。
「さて」
 体が完全に自由になったスイは、周りの箱を物色し始めた。
「この瓶ならいいかな」
 少し大きめの薬品の瓶だ。調合に使う魔法水の瓶で、これだけでは何の効力も発揮しないただの液体である。
 スイはドアの方の壁に体を接触させて聞き耳を立てた。
「これで無視されたら火薬を調合するはめになるのだが」
 不敵な笑いを浮かべたスイは美しくも恐ろしい。やる気だ。メノウも疲れた体に気合いを入れて心の準備をする。
 何分か耳を澄ましていると、足音が近づいてきた。いちばん近くなったと思ったところでドアの反対側に走り、用意していた瓶を思い切りドアに投げつける。瓶は派手な音を立てて割れた。
「何事だ!」
 スイが思っていたとおり、巡回の兵士が駆けつけてきてドアを開けた。ドア口にいたスイが兵士をすさまじい力で室内に引っ張り、腹に拳をめり込ませた。兵士は気を失ってその場に倒れた。
「鍵を開けるのは面倒だからな」
 スイは兵士の腰から鍵の束を拝借した。
「目、覚まさないかな?」
 メノウが心配そうに兵士の顔をのぞき込む。
「しばらくは大丈夫だと思うけど。念のため縛って鍵をかけて閉じ込めておくか」
 ものの何秒かで手際よく兵士の手足を縛ると、スイはメノウとドアを少し開け、物音がしないか確かめ、廊下を見回す。誰もいない。
「向かいの部屋だよ」
「確かに広そうな部屋だ」
 スイはドアを探し、鍵穴の形を確認する。鍵束から合いそうな鍵を見つける。
「これかな?」
 鍵を回すと、ドアが開いた。
「これは」
 ドアを閉めて部屋の中央を見る。魔法陣の真ん中に水晶玉ほどの大きさの魔珠が浮いていた。複数の青い光が短く切ったリボンのように魔珠の中を舞っていた。息を呑むほど美しい物体。だが、これこそが多くの人間の命を奪うことのできる魔術兵器に他ならない。

次回更新予定日:2019/06/29

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