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「三日目からも毎日魔力を注がれて。呪術が深く刻み込まれて苦痛が大きくなっていった」
スイの話をメノウは青ざめた顔をして聞いていた。
「エルリック先生が優しく接してくださらなかったら、もうその時点で駄目になっていたかもしれない」
スイはうつむいた。
「先生でなければ、何も言わずに私をマーラル王の実験室に連れて行っただろうし」
口元をほころばせ、スイは顔を上げた。
「エルリック先生だけが心の救いだったんだ」
「そっか」
メノウも少しほっとしてずっと強ばっていた表情が緩んだ。
「マーラルから帰ってきても何度も呪術に苦しめられた。ただ、帰ってきた翌日からキリトがいい薬を調合してくれたんだ。それが効いて早い段階で生活に支障が出ないようになった。それに」
スイは真っ直ぐメノウを見つめた。
「何よりも父のように魔珠担当官になってお前と仕事したいって思っていた。だから、耐えられた」
「僕もリザレスの魔珠担当官はスイが良かったから、すごく嬉しいよ」
メノウの言葉を聞いてスイは満足したように笑った。今までがんばってきて良かった。今の言葉が何よりのご褒美だ。
「キリトにも感謝しないとね。それでも」
メノウの表情が曇る。
「呪術を完全に無効化することはできないんだね」
「そうだな」
積み上げられた箱に寄りかかったまま、スイは聞き耳を立てた。ドアまで距離があるため、よく分からないが、そんなに近くにはいないようだ。
「でも、マーラル王の思惑に反してこうしてマーラルにお前を助けに来ることはできた。問題は助けることができるかどうかなんだが」
急にあっさりとしたしゃべり方になる。
「まずはこの手足を何とかしないといけないな」
箱によりかかっていた上半身をスイは初めて起こす。
「メノウ、私と背中合わせになれるか?」
「うん」
二人とも縛られたままの足を床に擦りつけてスイの指示どおり背中合わせになった。背中合わせになる前の瞬間、スイはメノウの手首の縄の結び目を素速く確認する。
「しばらくそのままにしていてくれ」
記憶と手の感触で結び目を探し当て、解き始める。かなり固く頑丈に結んである上に、きつめに手首を縛られていたため、少し手先の感覚が麻痺していて力が入りにくい。解くことには成功したものの、思った以上に手こずってスイは苦笑いした。
次回更新予定日:2019/06/22
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スイの話をメノウは青ざめた顔をして聞いていた。
「エルリック先生が優しく接してくださらなかったら、もうその時点で駄目になっていたかもしれない」
スイはうつむいた。
「先生でなければ、何も言わずに私をマーラル王の実験室に連れて行っただろうし」
口元をほころばせ、スイは顔を上げた。
「エルリック先生だけが心の救いだったんだ」
「そっか」
メノウも少しほっとしてずっと強ばっていた表情が緩んだ。
「マーラルから帰ってきても何度も呪術に苦しめられた。ただ、帰ってきた翌日からキリトがいい薬を調合してくれたんだ。それが効いて早い段階で生活に支障が出ないようになった。それに」
スイは真っ直ぐメノウを見つめた。
「何よりも父のように魔珠担当官になってお前と仕事したいって思っていた。だから、耐えられた」
「僕もリザレスの魔珠担当官はスイが良かったから、すごく嬉しいよ」
メノウの言葉を聞いてスイは満足したように笑った。今までがんばってきて良かった。今の言葉が何よりのご褒美だ。
「キリトにも感謝しないとね。それでも」
メノウの表情が曇る。
「呪術を完全に無効化することはできないんだね」
「そうだな」
積み上げられた箱に寄りかかったまま、スイは聞き耳を立てた。ドアまで距離があるため、よく分からないが、そんなに近くにはいないようだ。
「でも、マーラル王の思惑に反してこうしてマーラルにお前を助けに来ることはできた。問題は助けることができるかどうかなんだが」
急にあっさりとしたしゃべり方になる。
「まずはこの手足を何とかしないといけないな」
箱によりかかっていた上半身をスイは初めて起こす。
「メノウ、私と背中合わせになれるか?」
「うん」
二人とも縛られたままの足を床に擦りつけてスイの指示どおり背中合わせになった。背中合わせになる前の瞬間、スイはメノウの手首の縄の結び目を素速く確認する。
「しばらくそのままにしていてくれ」
記憶と手の感触で結び目を探し当て、解き始める。かなり固く頑丈に結んである上に、きつめに手首を縛られていたため、少し手先の感覚が麻痺していて力が入りにくい。解くことには成功したものの、思った以上に手こずってスイは苦笑いした。
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昨日と変わりない様子で講義を受けていたスイの言うことに誰も疑問を感じなかった。研修生たちは雑談を始めた。
スイは急ぎ足で自室に向かった。
自室の前で立ち止まり、周囲に誰もいないことを確認して中に入りドアを閉める。そのままドアにもたれかかり、我慢していたように苦しそうに目を閉じ、胸を押さえ、呼吸を乱す。
「やっぱり我慢していたのですね」
思わぬところから声がしてスイは片目を開ける。
左手の壁にエルリックが腕を組んでもたれかかっていた。
迂闊だった。いつもなら気配だけで人がいることが分かるのに。だが、もうこの苦痛を抑えて何事もなかったかのように振る舞うのは限界だった。十五分だけでもいいから休みたかった。
エルリックとしても心配になって様子を見に来てはみたものの、かけるべき言葉が見つからなかった。エルリックは真実を述べてスイを守ろうとした。それでもスイはエルリックをかばい、この苦痛に耐えることを選んでくれたのだ。呪術が刻まれてしまった以上、もうどうすることもできない。
エルリックはスイの方に歩み寄って、スイをそっと自分の方に抱き寄せた。苦しそうに息をしているスイは全身に力を入れることができず、そのままエルリックの胸に倒れ込んできた。エルリックはスイの体を受け止めてそのまま一緒に屈み込んだ。
大きな手がスイのさらさらとした黒髪に包み込むように触れる。温かい。この人を守れて良かったとスイは思った。
しばらくすると、呼吸が落ち着いてきた。
「先生」
スイが顔を上げた。
「どうしてもやりたいことがあるのです。ですから、すべきことはやり遂げます」
つらかったら無理しないで講義を休んでもいい。見ているのが苦しくて何度もその言葉が喉元まで出かかった。その度に呑み込んだ。自分をかばってこんな状態になっているのにそんなことは言えない。言えなくて苦しんでいるエルリックの気持ちをスイは理解してくれていた。
「そろそろ時間ですね」
やはり返す言葉が思い当たらなくて悩んでいると、スイがすっと立ち上がった。
「先生が担当で良かったです」
スイはにっこり笑って出ていった。少しの時間休めたからといって苦痛が劇的に弱まるわけでも体力が戻るわけでもない。
あの笑顔を見ているだけで胸が締めつけられるようだった。
次回更新予定日:2019/06/15
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スイは急ぎ足で自室に向かった。
自室の前で立ち止まり、周囲に誰もいないことを確認して中に入りドアを閉める。そのままドアにもたれかかり、我慢していたように苦しそうに目を閉じ、胸を押さえ、呼吸を乱す。
「やっぱり我慢していたのですね」
思わぬところから声がしてスイは片目を開ける。
左手の壁にエルリックが腕を組んでもたれかかっていた。
迂闊だった。いつもなら気配だけで人がいることが分かるのに。だが、もうこの苦痛を抑えて何事もなかったかのように振る舞うのは限界だった。十五分だけでもいいから休みたかった。
エルリックとしても心配になって様子を見に来てはみたものの、かけるべき言葉が見つからなかった。エルリックは真実を述べてスイを守ろうとした。それでもスイはエルリックをかばい、この苦痛に耐えることを選んでくれたのだ。呪術が刻まれてしまった以上、もうどうすることもできない。
エルリックはスイの方に歩み寄って、スイをそっと自分の方に抱き寄せた。苦しそうに息をしているスイは全身に力を入れることができず、そのままエルリックの胸に倒れ込んできた。エルリックはスイの体を受け止めてそのまま一緒に屈み込んだ。
大きな手がスイのさらさらとした黒髪に包み込むように触れる。温かい。この人を守れて良かったとスイは思った。
しばらくすると、呼吸が落ち着いてきた。
「先生」
スイが顔を上げた。
「どうしてもやりたいことがあるのです。ですから、すべきことはやり遂げます」
つらかったら無理しないで講義を休んでもいい。見ているのが苦しくて何度もその言葉が喉元まで出かかった。その度に呑み込んだ。自分をかばってこんな状態になっているのにそんなことは言えない。言えなくて苦しんでいるエルリックの気持ちをスイは理解してくれていた。
「そろそろ時間ですね」
やはり返す言葉が思い当たらなくて悩んでいると、スイがすっと立ち上がった。
「先生が担当で良かったです」
スイはにっこり笑って出ていった。少しの時間休めたからといって苦痛が劇的に弱まるわけでも体力が戻るわけでもない。
あの笑顔を見ているだけで胸が締めつけられるようだった。
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「気がつきましたか?」
自室のベッドだった。横に心配そうな表情でスイを見ているエルリックがいた。
「先生が」
そのとき、ずきっと右胸に激しい痛みが走ってスイは顔をしかめた。
「大丈夫ですか、スイ」
痛みは一瞬で退いた。しばらく胸を手で押さえたまま待ったが、再発はしなかった。
「はい。大丈夫、みたいです」
スイは真っ直ぐエルリックを見た。
「先生が、連れてきてくださったのですか?」
エルリックはうなずいた。
「完全に気を失っていましたから。少し眠るといいですよ。昨日よりも時間がありますから」
エルリックは苦笑した。昨日一本しか刻まれていなかった傷痕が七本に増えて呪術が完成した。そのせいで苦痛が桁外れに増し、意識を維持できる時間が短くなった。昨日はこの時間はまだヌビスの実験室にいた。皮肉なことだが、苦痛が大きくなったせいで解放されるのが早くなったわけだ。
「先生は、ずっと起きていらしたのですか?」
言葉を発するたびにちくちく胸に痛みを感じたが、先ほどまでの苦痛のことを考えると、我慢するのは容易だった。それにしゃべらなくても呪術を刻み込まれた胸の辺りがずっしりと重いのは変わりない。
「いえ」
エルリックは少し笑って答えた。
「あなたを迎えに行くまでは寝ていましたし、あなたの目が覚めるまでベッドの端をお借りして突っ伏して寝ていましたよ」
「私の隣でよければ、先生も少し横になってください」
広めのベッドだったので、大丈夫だろうと思い、スイは重い体を引きずってできるだけ左側によけた。
「優しいのですね、スイは」
あんな時間に呼び出されてエルリックも疲れていたのだろう。ベッドに潜ると、すぐに寝息を立て始めた。スイもいつの間にか眠っていた。
一限目の講義が終わると、昨日と同じように他の研修生が声をかけてきた。昨日は何事もなかったかのように楽しく談笑して次の講義までの十五分の休憩時間を過ごした。
「すまない。忘れ物したみたいで。ちょっと取りに行ってくる」
「ああ。じゃあまた後で」
次回更新予定日:2019/06/08
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自室のベッドだった。横に心配そうな表情でスイを見ているエルリックがいた。
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そのとき、ずきっと右胸に激しい痛みが走ってスイは顔をしかめた。
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痛みは一瞬で退いた。しばらく胸を手で押さえたまま待ったが、再発はしなかった。
「はい。大丈夫、みたいです」
スイは真っ直ぐエルリックを見た。
「先生が、連れてきてくださったのですか?」
エルリックはうなずいた。
「完全に気を失っていましたから。少し眠るといいですよ。昨日よりも時間がありますから」
エルリックは苦笑した。昨日一本しか刻まれていなかった傷痕が七本に増えて呪術が完成した。そのせいで苦痛が桁外れに増し、意識を維持できる時間が短くなった。昨日はこの時間はまだヌビスの実験室にいた。皮肉なことだが、苦痛が大きくなったせいで解放されるのが早くなったわけだ。
「先生は、ずっと起きていらしたのですか?」
言葉を発するたびにちくちく胸に痛みを感じたが、先ほどまでの苦痛のことを考えると、我慢するのは容易だった。それにしゃべらなくても呪術を刻み込まれた胸の辺りがずっしりと重いのは変わりない。
「いえ」
エルリックは少し笑って答えた。
「あなたを迎えに行くまでは寝ていましたし、あなたの目が覚めるまでベッドの端をお借りして突っ伏して寝ていましたよ」
「私の隣でよければ、先生も少し横になってください」
広めのベッドだったので、大丈夫だろうと思い、スイは重い体を引きずってできるだけ左側によけた。
「優しいのですね、スイは」
あんな時間に呼び出されてエルリックも疲れていたのだろう。ベッドに潜ると、すぐに寝息を立て始めた。スイもいつの間にか眠っていた。
一限目の講義が終わると、昨日と同じように他の研修生が声をかけてきた。昨日は何事もなかったかのように楽しく談笑して次の講義までの十五分の休憩時間を過ごした。
「すまない。忘れ物したみたいで。ちょっと取りに行ってくる」
「ああ。じゃあまた後で」
次回更新予定日:2019/06/08
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「とても美しい動きだった」
「お褒めにあずかり光栄です」
息を整えながらうっすらと目を開けて返す。
「痛みは、残っていたはずなのにな」
すっと長い指でヌビスが傷痕をなぞる。刺すような痛みを感じて呻き声を上げようとすると、すぐに違う場所にはっきりした痛みが来て呻きが叫び声に変わった。
「驚いたな。そんなに大きな声が出るのか」
大声で叫ぶと、それだけで苦しくなる。だから、なるべく押さえるように制御装置が働いていた。その制御装置さえ壊された。
見るのは怖かったが、事実を確認しないわけにはいかなかった。離れそうになる意識をたぐり寄せ、目を開こうとすると、また別の場所に今度はゆっくりと痛みが走る。昨日と同じように歯を食い縛って耐えようとしたが、力が入らず、結局与えられた苦痛をそのまま受け入れるしかなかった。何とか目を半分まで開くと、ピントが合わない視界に、残酷な笑みを浮かべるヌビスと昨日の短剣が映った。短剣が振り下ろされ、そのまま立て続けに胸にさらに四本の線が描かれた。
合計七本。七本の赤い線がスイの胸で交差していた。無造作に描かれたように見える線だが、これは特定の呪術を効果的に発動させるためにヌビスが何人もの人に試してたどり着いた図形である。
「これで完成だ」
ヌビスは最も多くの線が交差している場所に触れ、魔力を注いだ。一瞬で水脈のように青白い光が傷口に広がる。じんわりと痛みも広がる。昨日と同じ感覚の痛みだ。ただ痛いだけではなく、全てを奪われてしまいそうな感覚。心まで粉々に砕けて砂のようにこぼれ落ちていくような感覚。痛みは持続したまま徐々に強くなっていく。叫ぶことさえできなくて呻き声を発しながらもがく。
痛みが波打つように襲ってくるような感覚に囚われる。痛みで遠のいていきそうになる意識を痛みが引き戻しているようだ。ヌビスはその表情を興味深そうに観察していたが、やがて口を開いた。
「まだ意識があるようだな」
はっきりと痛みが強くなったことを感じ取り、叫び声を上げた。その強度のままスイは痛みと闘い始めた。もう何が何だかよく分からなくなり始めていた。
ヌビスの冷笑がはっきりと映って歪み出す。苦しい。息もできないくらい胸が締めつけられている。喉がからからだ。
声が出なくなって喉まで締めつけられる。目の前が真っ暗になり、ようやく激しく乱れてはいたが、呼吸ができるようになる。
「スイ」
優しい声がする。少し息が整ってきて目を開けて初めて夢にうなされていたことに気づく。頭が異様に重い。あの後、気を失って、その後もおそらく何度も呪いに苦しめられる悪夢にうなされながら眠っていたのだろう。
次回更新予定日:2019/06/01
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「お褒めにあずかり光栄です」
息を整えながらうっすらと目を開けて返す。
「痛みは、残っていたはずなのにな」
すっと長い指でヌビスが傷痕をなぞる。刺すような痛みを感じて呻き声を上げようとすると、すぐに違う場所にはっきりした痛みが来て呻きが叫び声に変わった。
「驚いたな。そんなに大きな声が出るのか」
大声で叫ぶと、それだけで苦しくなる。だから、なるべく押さえるように制御装置が働いていた。その制御装置さえ壊された。
見るのは怖かったが、事実を確認しないわけにはいかなかった。離れそうになる意識をたぐり寄せ、目を開こうとすると、また別の場所に今度はゆっくりと痛みが走る。昨日と同じように歯を食い縛って耐えようとしたが、力が入らず、結局与えられた苦痛をそのまま受け入れるしかなかった。何とか目を半分まで開くと、ピントが合わない視界に、残酷な笑みを浮かべるヌビスと昨日の短剣が映った。短剣が振り下ろされ、そのまま立て続けに胸にさらに四本の線が描かれた。
合計七本。七本の赤い線がスイの胸で交差していた。無造作に描かれたように見える線だが、これは特定の呪術を効果的に発動させるためにヌビスが何人もの人に試してたどり着いた図形である。
「これで完成だ」
ヌビスは最も多くの線が交差している場所に触れ、魔力を注いだ。一瞬で水脈のように青白い光が傷口に広がる。じんわりと痛みも広がる。昨日と同じ感覚の痛みだ。ただ痛いだけではなく、全てを奪われてしまいそうな感覚。心まで粉々に砕けて砂のようにこぼれ落ちていくような感覚。痛みは持続したまま徐々に強くなっていく。叫ぶことさえできなくて呻き声を発しながらもがく。
痛みが波打つように襲ってくるような感覚に囚われる。痛みで遠のいていきそうになる意識を痛みが引き戻しているようだ。ヌビスはその表情を興味深そうに観察していたが、やがて口を開いた。
「まだ意識があるようだな」
はっきりと痛みが強くなったことを感じ取り、叫び声を上げた。その強度のままスイは痛みと闘い始めた。もう何が何だかよく分からなくなり始めていた。
ヌビスの冷笑がはっきりと映って歪み出す。苦しい。息もできないくらい胸が締めつけられている。喉がからからだ。
声が出なくなって喉まで締めつけられる。目の前が真っ暗になり、ようやく激しく乱れてはいたが、呼吸ができるようになる。
「スイ」
優しい声がする。少し息が整ってきて目を開けて初めて夢にうなされていたことに気づく。頭が異様に重い。あの後、気を失って、その後もおそらく何度も呪いに苦しめられる悪夢にうなされながら眠っていたのだろう。
次回更新予定日:2019/06/01
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エルリックは心配になってスイの様子を見に行くことにした。時間割をチェックすると、中庭で剣術の講義中だった。相当体力を消耗しているはずなので、実技も行う剣術の講義はきついかもしれない。
簡単の声が聞こえた。中庭の隅まで走っていくと、ちょうどスイが剣術の講師レイと剣を交えていた。レイはマーラル文化の講義の一環として伝統的なマーラル式剣術の講義と実技を担当している。当然言わずと知れた剣術の名手だ。そのレイにスイは後れを取っていない。しかも舞うように美しい動き。他の研修生たちも見取れている。
「初めてとは思えないくらい見事な動きだな。どこかで教わったか?」
休まず剣を裁きながら、レイが訊いた。確かにレイの言うとおり初心者の動きとは思えない。いや、むしろ上級者と言っても良い。マーラル式剣術には他の地域の剣術にはない特徴的な動きや型もあるのだが、それさえもほぼ忠実に再現できている。少し講義を聞いて手本を見ていくらか練習しただろうが、それでも急にこれほどうまくはできるわけがない。
「いえ。ですが、剣術は幼い頃から習っていて得意です」
軽く息を切らしながら、スイも一撃跳ね返す。
一度見て少し練習しただけで体得できる。だとしたら、スイは相当剣術の才能に恵まれているのだろう。
エルリックはそう考えたが、実際は違った。スイはセイラムからどのような型の剣術で襲われても対処できるようにありとあらゆる剣術の型を叩き込まれた。いつも使っている型に比べれば触れる程度の知識しかないが、それでも皆無ではない。ただ、父から教わったと口にして、いらない詮索を受けるのは避けたかった。
ふとエルリックは気配を感じて正面の二階の窓を見た。ヌビスが立ち止まって二人の手合わせを見下ろしている。一見穏やかそうなその表情は、温かく研修生たちを見守る眼差しのように見えるが、事情を知っているエルリックには不気味にしか見えなかった。明晰な頭脳、冷静な判断力、それに加えてこの剣の腕である。マーラルにとって危険極まりない人物。呪術のかけがいのある人物だ。それがヌビスの残虐な部分を満足させる。
エルリックは怖くなってその場を離れた。あれだけ動けていれば、まだ大丈夫だろう。本当に怖いのはこれからだが。
昨夜と同じようにベッドに座ってスイはヌビスを待った。ほどなくヌビスは姿を現し、昨夜と同じように上半身をはだけさせ、スイをベッドに横たわらせた。傷痕も消え、すっかりきれいになっていた胸に手を当てると、昨日の傷痕が昨日と同じように青白く光った。強い痛みを感じてスイは顔を歪める。
「いい顔だ」
満足げに微笑んでヌビスは続けた。
「剣術の講義、見せてもらったよ」
スイはまだ息を切らしている。
次回更新予定日:2019/05/25
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簡単の声が聞こえた。中庭の隅まで走っていくと、ちょうどスイが剣術の講師レイと剣を交えていた。レイはマーラル文化の講義の一環として伝統的なマーラル式剣術の講義と実技を担当している。当然言わずと知れた剣術の名手だ。そのレイにスイは後れを取っていない。しかも舞うように美しい動き。他の研修生たちも見取れている。
「初めてとは思えないくらい見事な動きだな。どこかで教わったか?」
休まず剣を裁きながら、レイが訊いた。確かにレイの言うとおり初心者の動きとは思えない。いや、むしろ上級者と言っても良い。マーラル式剣術には他の地域の剣術にはない特徴的な動きや型もあるのだが、それさえもほぼ忠実に再現できている。少し講義を聞いて手本を見ていくらか練習しただろうが、それでも急にこれほどうまくはできるわけがない。
「いえ。ですが、剣術は幼い頃から習っていて得意です」
軽く息を切らしながら、スイも一撃跳ね返す。
一度見て少し練習しただけで体得できる。だとしたら、スイは相当剣術の才能に恵まれているのだろう。
エルリックはそう考えたが、実際は違った。スイはセイラムからどのような型の剣術で襲われても対処できるようにありとあらゆる剣術の型を叩き込まれた。いつも使っている型に比べれば触れる程度の知識しかないが、それでも皆無ではない。ただ、父から教わったと口にして、いらない詮索を受けるのは避けたかった。
ふとエルリックは気配を感じて正面の二階の窓を見た。ヌビスが立ち止まって二人の手合わせを見下ろしている。一見穏やかそうなその表情は、温かく研修生たちを見守る眼差しのように見えるが、事情を知っているエルリックには不気味にしか見えなかった。明晰な頭脳、冷静な判断力、それに加えてこの剣の腕である。マーラルにとって危険極まりない人物。呪術のかけがいのある人物だ。それがヌビスの残虐な部分を満足させる。
エルリックは怖くなってその場を離れた。あれだけ動けていれば、まだ大丈夫だろう。本当に怖いのはこれからだが。
昨夜と同じようにベッドに座ってスイはヌビスを待った。ほどなくヌビスは姿を現し、昨夜と同じように上半身をはだけさせ、スイをベッドに横たわらせた。傷痕も消え、すっかりきれいになっていた胸に手を当てると、昨日の傷痕が昨日と同じように青白く光った。強い痛みを感じてスイは顔を歪める。
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