魔珠 ヴィリジアン 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「どこから?」
 そんなこと考えたこともなかった。ヴァンパイアって突然降って湧いて出てきたような気がしていた。だが、冷静になって考えてみると、そんなはずはない。必ず何か理由があり、どこからかは分からないが、ある場所から来たに違いないのだ。
「テルウィングから、と言ったらお前は信じるか?」
「テルウィング?」
 驚きのあまり目が丸くなる。
「で、でも、テルウィングからムーンホルンに来るにはゲートを通るしかないはず」
 だが、ゲートは120年前から封鎖されている。幾度も繰り返された戦争で傷つき果てた両大陸が互いに存続するために決めたことだ。
「もし、そのゲートの封印が解かれていたとしたら?」
「そんな……」
「ヴァンパイアだけじゃない。魔獣もテルウィングから送られてきている。それに、私だって」
「ウィンターが?」
 頭が完全に混乱してきた。ゲートはムーンホルンとテルウィング、双方から厳重に封印されているはずなのに。その封印は王族にしか解けないはずなのに。
「まさか」
 エストルの言っていたことがふと脳裏をかすめる。まさか国王が。
「魔獣はもともとテルウィングの生物兵器だ。テルウィング王の命で兵力を増強する目的で開発された。そして、その頂点に立つのがヴァンパイアだ」
 グレンはただぽかんと口を開けたまま、ウィンターを見つめていた。
「驚いたか?」
「……」
 驚きで声も出ない。
「120年前の戦争の後、大陸内は混沌と化した。各地で反乱が起き、どうしようもなくなっていた。それを平定するために、当時のテルウィング王は、戦時中に始めた生物兵器の開発を促進し、各地に派遣した。だが、内乱は治まらなかった」
 もうゲートが封鎖されてからテルウィングの情報など途絶えている。グレンは初めて耳にするテルウィングの近い歴史に耳を傾けた。
「そこで、開発されたのがヴァンパイア。人を殺すだけではなく、無力化し、ヴァンパイア化し、そのヴァンパイアとなった人がまた吸血することによって他の人をヴァンパイア化する、実に効率の良い兵器」
 グレンは震え上がった。そのような兵器が、今ムーンホルンに送り込まれているのだ。
「テルウィングの内乱は鎮静化した。だが、そこには人間がほとんど残らなかった。大陸に棲むのは彷徨えるヴァンパイア。わずかに残された人間は大陸の片隅で肩を寄せ合ってヴァンパイアから隠れるようにして生きている。あとは魔力や意志、精神の強かった者だけが意識をもつヴァンパイアとして人間と同じように生きている」

次回更新予定日:2015/08/01

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サルニア。ムーンホルンには森が多いが、サルニアもまた、その北側に森を有する町である。広い森は暗くて見通しが悪く、人があまり深部までは近づかないが、ヴァンパイアの出現と時同じくして魔獣が現れるようになった。上の方のクラスのヴァンパイアが召喚しているようなのだが、はっきりとしたことは分からない。ただ、ヴァンパイアが出現するようになってから、様々な種類の魔獣が現れるようになったことは確かだ。
 魔獣は普通の冒険者でも簡単に倒せるようなものが大半で、近年は森にばかりではなく、街道などにも現れるようになった。だが、まれに明らかに格の違う魔獣がよく確認されるようになってきた。幸い強い魔獣ほど人の通らないような場所に生息してはいるのだが、森に用があって入った人が襲われたなどという話は絶えない。そのような一般の冒険者の手には負えないような大物の魔獣の討伐はやはり王騎士が受け持つ。
 日も暮れたので、とりあえず酒場で情報収集することにする。今回は一人で来た。グレンはあまり他の人を危険に晒したくないという気持ちが強いので、極力一人で行動するようにしている。どうしても必要なときだけ最低限の部下を率いて現場に向かう。
「いらっしゃいませ」
 扉を開けると、店主の声と同時に目に知った顔が飛び込んできて、思わずそちらの方に気が行く。
「やあ、待っていた」
「ウィンター?」
 まっすぐウィンターの座っている隅のテーブルに向かい、グレンは尋ねる。
「どうしてここに?」
「だから。待っていたって言っただろう」
「どういうことですか?」
 グレンは分からなくなって少しいらだった声で言いながら、勝手に向かいにあった椅子に腰かける。客が多く、後ろからざわざわと話し声が聞こえる。かなり賑わっていてうるさい。
「そうだな。まあ、何か飲めよ。話はもっと客が騒ぎ出してからの方がいい」
 すでに賑やかだが、どの客もまだ始まったばかりだ。時間が経つにつれ、さらに活気づくことは間違いないだろう。ウィンターのことだ。きっと話すことといえば。
「あまり他の人には聞かれない方がいい話なのですね」
 声をひそめて、グレンが確認する。隅のテーブルでなければ、声がかき消されそうだ。ウィンターは黙ってうなずいた。仕方なくグレンは手を挙げて言われたとおり飲み物を注文しようと試みる。目は合ったのだが、店は大盛況で忙しくてなかなか来てもらえそうにもない。代わりに店の人は他の客の注文を取りながら、ちょっと待ってください、あとで行きます、とばかりにうなずく。
「グレン、ヴァンパイアはどこから来たのかとか考えてことはあるか?」
 やっと注文していた飲み物が来て、ゆっくり半分くらい空けた頃には、もう店の賑わいもピークに入りかけていた。

次回更新予定日:2015/07/25

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グレン ムーンホルン王騎士

ソード ムーンホルン王騎士
ソフィア ムーンホルン王騎士

セレスト ムーンホルン国王
エストル ムーンホルン宰相

ウィンター 上級ヴァンパイアを追う冒険者
 
クレッチ 上級兵士。グレンの部下
デュラン 上級兵士。グレンの部下
それからだった。グレンがソードの血なしには生きられなくなったのは。
「ソード、僕は一生こうして生きていくしかないのかな」
「必要ならば、いつでも側についていてやる。だから、お前はお前らしく生きろ。いいな、グレン」
 ソードにそう言われると安心する。普段はあまり口数は多くないが、二人でいるときは優しい言葉をたくさんかけてもらえているような気がする。きっとグレンの不安はヴァンパイアに吸血されたことのあるソードにしか分からない。他の誰かが代わりになることはできない。

「ちょっと来い、グレン」
 グレンの部屋のある廊下の角を曲がると、腕を組んで壁にもたれかかっていたエストルが急に起き上がって乱暴にグレンの腕をつかんだ。先ほどからここでグレンを待っていたらしい。
「何するんだよ、エストル」
 動揺してグレンが切り返す。しかし、エストルは何も言わずにグレンの手を引いたまま自室に連れ込んで扉をばたんと閉める。
「またソードの部屋にいたのか?」
「……」
 エストルはグレンがソードと二人だけでいることを快く思っていない。そのことは分かっている。
「あまりあいつには気を許すな」
 この言葉を聞いたのはこれが初めてではない。
「あいつは……信用できない」
 どうして。ソードが冷酷な性格だからか。眉一つ動かさずにヴァンパイア討伐に行くような人だからか。
「ソードは……優しい人だよ」
 言っても無駄だということも分かっている。ソードがあのように優しく振る舞ってくれるのは自分の前だけだ。
 エストルは最初からソードに対して不信感を抱いていたらしい。というのも、ソードというのは国王がパイヤンという町に行ったときに自ら連れてきて王騎士にした者で、素性がよく分からないからだ。性格の変わり果ててしまった国王が自ら選んだ冷酷な王騎士。エストルはそんなソードをずっと警戒している。
「グレン、分かってくれ。お前のことが……心配なんだ」
 普段あまり感情を表に出さないエストルからそう言われると、さすがにグレンも口答えできない。だが、ソードは絶対に必要な人なのだ。
「君の言ったことは覚えておくよ」
 差し障りない言葉でグレンは逃げる。
「ああ。どこかに覚えておいてくれ」
 エストルは扉を開けてグレンを解放する。自室に向かうその背中をじっと見送る。

次回更新予定日:2015/07/18

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「えっ?」
 驚きで言葉が出なくなる。
「誰にも、気づかれなかった。何ともなかったから」
「そんなことも、あるの?」
 ヴァンパイアに吸血されたら、死ぬかヴァンパイアになるかのいずれかと思っていた。ヴァンパイアになる人が圧倒的に多い。
「時と場合によるのかもしれない。どのクラスのヴァンパイアに噛まれたかとか、あとは噛まれた人間の個体差とかも関係するのかもしれない」
 よく分からないことだらけだ。だが、確かにどのような人が即死し、どのような人がヴァンパイアにあるのかは分からなくても、時と場合によって結果が分かれるということは事実だ。
「グレン。もし何か体に異変を感じたらまずは私に相談してくれないか? お前も、噛まれたことはよく考えてから話した方がいいと思う」
「うん。そうだね。そうする。ありがとう、ソード」
 しばらく休んで体力が戻ると、二人は町を離れた。
 その帰り道の森を歩いている途中だった。
「ソード」
「どうかしたか、グレン?」
「……吸いたい」
「何?」
「吸いたい」
 ソードが足を止めて、グレンの緑色の瞳を見つめる。その瞳は虚ろだった。
「そうか」
 事態を理解するのに時間はそうかからなかった。
 ソードは顔を少し上げてグレンに言った。
「吸え」
「えっ?」
 驚きでグレンは我に返る。
「私なら吸われても大丈夫だから」
「うん」
 結局欲求に勝てず、グレンは迷わずソードの首筋に唇を寄せた。
「うっ」
 ソードのかすかな呻き声も聞こえないくらい夢中になって血をすすった。とても心地よい。何だか落ち着く。だが、すすり終わると、急に虚無感と恐怖感が襲ってきて涙が溢れてきた。
「ソード……どうしよう……」
 胸に顔を埋めて泣くグレンをソードはそっと抱きしめた。
「いいか。吸いたくなったらいくらでも私が吸わせてやる。だから、絶対に他の人にその牙をむくな」
 顔を埋めたまま、グレンはうなずいた。

次回更新予定日:2015/07/11

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