魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「なんで……兄弟なのに戦わないといけないの?」
 ただただ悲しくなってグレンはつぶやく。だが、兄の方も弟の方もグレンを慰めてはくれなかった。刺さるような冷たい眼差しで一瞥すると、ウィンターは切り出した。
「言ったはずだ。強くなるには揺るぎない信念が必要だと。ソードは無口で心を通わせることのできるような友人もいなかった。そんな中でエルだけがソードになついていた。エルは誰にでも明るくて優しい子だった。ソードがエルが大好きだった。ヴァンパイアになった母がエルを襲おうとしたとき、何のためらいもなく母に魔法をぶつけるくらい」
「お母さんに……魔法を?」
 ヴァンパイアになった実の母。当時は元に戻す方法など知られていなかったから、もう母の姿をしたヴァンパイアでしかない。それでも一瞬の迷いもなく、母だった者を殺すことができるだろうか。グレンは自分にはとても無理だと思った。
「私はためらった。その結果、母がエルに噛みついて、エルは死んだ。
 ウィンターが静かにうつむく。すると、ソードは激しい怒りをあらわにした。
「もっと力があれば。エルは今も私たちを恨んでいるに違いない。私は強くなることでしかエルに償えない。ならば」
 ソードの目に狂気じみたものが浮かぶ。広げた左手には赤い光が現れて渦巻きながら巨大化していく。
「力を手に入れる! ヴァンパイアよりも誰よりも強い力を手に入れて、この世界の全ての存在からエルを守ってみせる」
 光をウィンター目がけてぶつけてくる。ウィンターも魔法を繰り出してぶつけていく。二つの光が接触して大きな爆音を立て、二人とも爆風に吹き飛ばされて体を強打した。
「エルは、もういない」
 唇の血をぬぐいながらウィンターがつぶやくと、ソードは激怒した。
「うるさい!」
 怒りに任せた光弾が飛んでくる。どの攻撃も威力は充分で、ウィンターの手足をかすめていったが、いつもの精彩を欠くとグレンは思った。いつもの冷静さがないからかもしれない。
 ウィンターは傷だらけになってその場にくずおれたが、腕を支えにしてゆっくりと体を起こして立ち上がった。
「やはり、お前はエルの死を受け入れることはできないのだな」
 ソードは答えなかった。ただ表情が一層険しくなっただけだった。
「そして、そのゲートに通じる道を譲る気もない。そうだな?」
 すると、ソードはわずかに嘲笑を浮かべた。
「道を譲る気はない。お前たちを倒して、私の力をエルに見てもらう」
「いいだろう。ならば、答えはこうだ!」
 ウィンターは傷の痛みで重くなった体にむち打ち、地を蹴った。宙に体を放り出すと、剣を大きく振りかざし、美しく伸びる青白い閃光をすっと一直線にソードに飛ばした。ソードも魔法を放ち、応戦した。

次回更新予定日:2018/04/14
 
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「そんなことが……」
 驚いたままのウィンターにセージは続ける。
「そして、ヴァンパイアに噛まれてもなお意識を保った者は、人間離れした力を得る。あいつの素速さ、力、魔力、全てヴァンパイアに噛まれて得た力だ」
 ウィンターの横でソードがその話に聞き入っていた。
 ソードはその後、村に帰り、それまで以上に剣術や魔術の鍛錬に明け暮れた。
 そして、ある日突然姿を消した。

「私は王都に向かい、兵士になった。そして、とうとうマスターヴァンパイアと接触することに成功した」
「ソード、まさか……」
 ソードは青ざめたグレンをあざ笑うように言った。
「マスターヴァンパイアは喜んで良質の魔力を持つ私の血をすすってくれた。ウィンターほど恵まれてはいなかったが、ちゃんと一族の血は受け継いでいたらしい」
「そんな。なんでそんなことを」
「恨んでいたのだ。力がなくて妹を救えなかった自分と、力があったのに妹を救わなかった私を」
 目の前に立っていたウィンターが先に口を開く。すると、ソードも何もかも捨てきってしまって空っぽになったすがすがしいくらいの表情でうなずいた。
「妹を、エルを救えなかったのは、私に力がなかったからだ。だが、確かに、あのときお前が母をためらわずにすぐに刺していれば、エルが死ぬことはなかった」
「だから、私がお前を倒す。私がこうしてしまった、お前を!」
 ウィンターは思い切った力で閃光を飛ばした。ソードは避けようとしたが、避けきらず右腕に一本の赤い線の切り傷ができて、そこから血がにじんだ。そんなことは構わず、ソードはすぐに仕掛ける。
「受け取れ。これがエルの怒りだ!」
 ソードがその強大な魔力を光の球にしてウィンターにぶつける。
「エルの怒りなら」
 つぶやくと、ウィンターはその攻撃を避けず、結界を張って対抗した。光の威力にウィンターは少しずつ押されていたが、歯を食い縛って耐え、勢いを着実に削いでいった。このまましばらく持ちこたえれば攻撃を跳ね飛ばすこともできる。そう思ってがんばった。しかし、ソードの魔力の方が勝っていた。ウィンターがその力強さに耐えきれず、腕の力を持って行かれた瞬間、結界が砕け散り、ソードの攻撃に吹き飛ばされ、地に放り出され、背中を強打した。
「やめて!」
 双方とも本気だった。慈悲をかけて手加減しているような素振りは全く見せない。本気で倒しにかかっている。

次回更新予定日:2018/04/07

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「それはヴァンパイアに吸血されて、ソードがヴァンパイアになったから? ヴァンパイアになったって弟は弟、ソードはソードでしょ?」
「吸血されたのではない。吸血させたのだ」
 吸血、させた?
 グレンは呆然とした。
「ソードは……小さい頃、ヴァンパイアに吸血されたんじゃ……」
「私たちの住んでいた村はヴァンパイアに襲われた。私たち兄弟はヴァンパイアを追っていた剣士に助けられて結界に守られた村で暮らすことになった。村には同じような境遇の人たちが集まって暮らしていた。私たちはそこで剣や魔術を教えてもらいながら過ごした。腕が立つようになると、私たちも剣士たちの手伝いをするようになった」

 村で暮らしていた腕に覚えのある剣士や魔術師は、ヴァンパイアに襲われた町や村から人間を救って結界を張った集落に保護したり、いくつかある集落の様子を見に行ったり、他の集落の剣士や魔術師たちと情報交換をしたりしていた。
 ウィンターとソードは二人を助けてくれたセージというなの剣士と得た情報を元にヴァンパイアを追っていた。そして、近くの村でヴァンパイアが目撃されたという情報を得て、早急に村に向かった。そのとき、一人の男に出会った。男は眼光鋭く、体格も良かったが、それ以上に走るスピード、何人ものヴァンパイアを一気に吹き飛ばす魔力、どれを取っても人間離れしているように思えた。
「久しぶりだな、セージ」
 男はセージに声をかけた。セージの知り合いだと分かり、ウィンターは少なからず驚いたが、男の剣裁きに見とれていたソードに襲いかかったきたヴァンパイアに気づくと、すぐに剣で斬りつけた。
「お前も情報を聞きつけて来たのか?」
 ヴァンパイアを斬りつけながらセージが聞いた。
 ほどなく周りにいたヴァンパイアは片づいた。四人は村の無事と、ヴァンパイアが近くに残っていないことを確かめた。
「じゃあな。また。お前たちも元気でな」
 短い挨拶を交わし、男と別れた。後ろ姿を見送りながらウィンターはつぶやく。
「あの人、すごいですね」
 すると、セージが言った。
「あいつは昔から強い冒険者だった。宮廷に剣士として仕えていたなんて噂もあったが、本当かどうかは分からない。ただ、あいつ、ヴァンパイアに噛まれたんだ」
「ヴァンパイアに? でも、ヴァンパイアにもなっていないし、生きているじゃないですか」
「まれにそういうことがあるらしいんだ。あいつの他にも何人か知っている。元から強い精神や魔力を持っている人が多いみたいだ」

次回更新予定日:2018/03/31

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「嘘だ。ソードは……ソードはそんな理由で何人もの人を殺せる人じゃない」
「グレン?」
 ウィンターの方が驚いた表情でグレンの横顔を見た。だが、グレンは構わず続けた。
「ソードはヴァンパイアになった僕の話を親身になって聞いてくれた。僕が他の人を傷つけないように血を分け与えてくれた」
「愚かな。それは全てお前を欺き、ヴィリジアンの瞳を持つお前を味方につけて利用するためだ」
 微動だにせず、無表情に見つめるグレンに言い放つ。
「私は……私は全てを失った。この、力以外は!」
 いつも冷静なソードが珍しく怒りをあらわにする。グレンはうつむいて胸に手を当てた。
「僕は」
 目を閉じて祈るように切り出す。
「僕は確かに感じたよ。君の優しさ。芝居だったとしても、優しさを知っている人、誰かに優しくしてもらった人でないとあんなふうに優しくなんてできないよ」
 胸に手を当てたままそっと目を開ける。ヴィリジアンの瞳が静かに問う。
「君は、何かを守るために戦っているんじゃないの?」
「黙れ!」
 その言葉がソードの逆鱗に触れたらしく、すさまじい勢いの攻撃魔法が飛んでくる。ウィンターがグレンよりも先に反応し、グレンをかばうように前に出て剣で魔法を跳ね飛ばす。
「ソード、お前の相手は私だ!」
 ウィンターはそのまま剣を構え直して言った。
「お前がこうなったのは私のせいだ。だから……私が清算する」
「ウィンター? 何を言って……」
 グレンは訳が分からなくなってただ戸惑う。ウィンターは毅然と剣を構えたまま唇を動かした。
「ソードは、私の弟だ」
「弟?」
 問い返した声は自分でもなぜかと思うほど冷静だった。もっと驚いてもいいはずなのに。そういえば。
「そうか。なんか初めてウィンターを見たとき、思ったんだ。ソードと、どこか雰囲気が似ているなって」
 今、はっきり思い出した。
「言われなくても分かるくらい似ているところがある二人なのに、血を分かち合った兄弟なんだって分かる二人なのに。なんで争わないといけないの?」
 しかし、グレンの言葉を聞いていたウィンターの目は冷たかった。
「もうソードの血は、私よりもむしろグレン、お前に近い」

次回更新予定日:2018/03/24

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扉を開くと、橋が続いていた。かなり向こうの方まで続いているのは分かったが、霧がかかっていてその先が見えない。
「ソードはあの先にいるのだろうか」
 横でウィンターがつぶやいたのを聞いてグレンは驚きの表情を浮かべる。静かな怒りがウィンターの言葉から感じ取られたような気がしたのだ。
「行くぞ」
 ウィンターに声をかけられて戸惑いで動けなくなっていた自分に気づく。
 何だろう。このウィンターから感じられる強い怒りは。
 ウィンターの半歩後ろを追っていく。周りの海はどんよりした空を映し、鉛色に染まっている。その色が余計に気を重くする。
 いた。
 こちらから姿が確認できたのとほぼ同時に黒い影が振り返る。距離が近づくに連れ、不敵な笑みがはっきりと見えてきて心をえぐられる。
「やはり突破してきたか」
 ソードが口を開くと、それに反応したようにグレンとウィンターが立ち止まる。互いにいつでも仕掛けられるいい距離だ。
「ソード」
 グレンはソードの目を見て静かに言った。
「一つだけ聞かせて」
 ソードは眉一つ動かさずグレンを見据えていた。グレンは続けた。
「ソードがムーンホルン侵略に手を染めたのは、テルウィング王に命じられたから? それとも、それは、君の意志でもあるの?」
「手を染めた、か」
 ソードは口元を吊り上げる。
「幾度ものムーンホルンとの戦争でテルウィングは荒廃した。立ち直れないほど荒廃したと聞く。何十年も経ってようやく復興の兆しが見え始めるかと思われた。だが、それは豊かな土地に恵まれた場所だけに許された特権だった。豊かなまちとそうでない町との格差はどうやっても埋められないほど広がっていて、各地で内乱が起きた。ヴァンパイアが投入され、テルウィングは全てを失った。もともとムーンホルンと違って資源の乏しい国だった。それが作物が満足に実る土地さえなくなった。何も持たない国が持っている可能性のある国を手中に収め、その富を我が物にする。テルウィング王はそう考えてムーンホルンに侵攻したのだろう。だが、そんなことは私にとってはどうでもいいことだ」
 ソードは冷ややかな目で言い放った。
「私は己の力を試したいだけだ」
「嘘だ!」
 グレンがすさまじい勢いで叫ぶ。

次回更新予定日:2018/03/17

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