魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「お前、今、最高に悪い顔してる」
「スイに言われるなんて光栄だね」
 切り返されて苦笑するしかなかった。
「情報、リザレスも欲しいでしょ? 協力の見返りに僕たちが得た情報の一部をリザレスだけに提供するってことでどう?」
「例えば、マーラルが本当に兵器を開発しているか、とか?」
「それは最低限だね。他にも協力に見合うだけの情報は提供するよ。こちらとしても、その方が都合いいしね」
 つまり、ある程度マーラルの情報をよこしておいて、いざというときに動いてもらおうという魂胆だ。
「分かった。では、万が一の場合を考えてリザレス国内であいつを捕らえることができるように作戦を立てよう。私がルートを考える。指定した地点で合流してそこで奴を抑えよう」
「そこで里の忍びの者たちに引き渡すよ」
 里には必要に応じて動く行動部隊のような役割を担う者がいて、その者たちを「忍びの者」と呼ぶそうだ。忍びの者は諜報活動が主な任務のようだが、里の立場が有利になるように実際に自分たちで行動したり、関係者を裏で操ったりすることもあるらしい。スイも気配は感じることができることもあるのだが、よほど訓練されているらしく、姿を見つけることは難しい。詳しい仕組みはスイにもよく分からないが、メノウは魔珠を使って忍びの者たちと交信することもできるらしい。
 スイはゆっくりとした動作で席を立ち、ぴんと伸ばした背を向ける。後ろにあった本棚に手を伸ばし、地図を出してテーブルに広げた。
「この時期なら、スフィア山脈とかはどうだろう」
 リザレスの地図だった。地図の上の方、つまり北の国境付近に山脈がある。
 山脈を越えれば、隣国のパウンディア。まれに国境を越えようという商人や旅人が通行する。パウンディアには航路を利用する人が多いので、険しい山道は賑わうことはない。加えて、春になったばかりのこの時期は雪がまだ残っていて寒い。他の通行人のいないときを狙って仕掛けることができる。
「いいね。どこから登るの?」
 子どものように無邪気に尋ねるメノウだったが、瞳に宿る光は鋭い。
「アレアという町がある」
 スイは地図を長い指で差した。山脈の麓の中央部にある町だ。スフィア山脈を越える旅人は大抵この町に立ち寄ってから山を登る。
「定番だね。どうやって行く?」
 旅慣れたメノウはこのルートもご存じのようだ。普段はもっぱら航路を使っているが、いざというときのために調べてはあるのだろう。

次回更新予定日:2018/11/10

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だが。
「マーラルはやはり魔術兵器を開発しているのだろうか」
「おそらくね」
 メノウは平然と言い放った。
「ただ、証拠がつかめないんだよね」
 少し困ったような顔をする。確かに証拠がなければ、マーラルのもくろみを阻止しようにも動けない。
 スイは窓の方にちらりと目をやった。
「メノウ、気づいていたか? お前、尾行されている」
 すると、メノウはわざとらしく笑って見せた。
「それは困るね。そろそろ里に帰ろうと思っていたのに」
 そっと席を立って窓の方に歩き、カーテン越しに外を見る。対角線上にある建物の影からじっとスイの屋敷の扉を監視している。入口付近の人の出入りをチェックしているようだ。
 ずっと二ヶ月間メノウをつけてきたのだから、おそらく目的は公表されていない魔珠の里の場所を突き止めること。
「里を占領して魔珠の利権を奪おうとか、そんなこと考えているのかなあ」
 フローラでの一件のことを考えると、そんな暴挙に出るなんて怖くてできない。企てが失敗しようものなら、魔珠の輸出を停止されることだってあるのだ。そして、魔珠は一国の政権を崩壊させることだってできるのだ。
 失敗しないという自信がなければできないことだ。例えば、圧倒的な戦力を備えている、とか。
「そんなことできる組織があるとしたら、それはマーラル軍だろうね」
 マーラルが魔術兵器の開発に成功している、あるいは近々成功する見込みがあるのだとしたら、一見無謀なようなこの試みも現実味を帯びてくる。
「ねえ、スイ。協力してもらえないかな?」
「尾行を巻くのをか?」
 メノウは首を横に振って不敵な笑みを浮かべた。
「捕らえるのをだよ。生きたままね」
「どうするつもりだ?」
 諦めたようにスイが尋ねる。優しい言葉遣いで話していても、メノウの考えることは意外としたたかである。それでもメノウを危険から守りたい。そのためにできることがあるなら何でもするとスイは決めている。メノウは大切な友人なのだ。
「マーラル軍の者だとしたら、いろいろ聞き出したい情報があるから」
「そんなに簡単に吐くかな」
「吐かせる手段はいくらでもあるよ。生きたまま捕らえられればね」
 華奢で童顔。スイより一つ年下なだけなのに、少年のようにあどけない顔をしている。知らない人がメノウの口からこのような言葉を聞いたら、さぞかし驚くだろう。

次回更新予定日:2018/11/03

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長い髪が風になびく。港はやはり風が強い。
 船が着いた。スイはじっと船から人が降りてくるのを待っていた。
「スイ」
 姿を見つけるなり、メノウが走ってくる。
「迎えに来てくれていたんだね」
「ああ。元気にしていたか?」
 メノウの荷物を一つ受け取りながら、スイは町の方に歩き出した。メノウも横に並んでついてくる。
「二ヶ月ぶりくらいかな」
 たわいもない会話を交わしながら、スイは船の方をそっとうかがった。
 やはりいる。
 二ヶ月前に為替所から慌てて出てきたあの男。
 真っ直ぐ前を向いたまま船を降りていたが、目がこちらを見ている。

 スイは尾行の男がついてきているのを時折確認しながら、いつもどおりメノウと私邸に向かった。
 いつもの部屋に案内し、荷物を置いてもらい、そのまま同じ二回の談話室で話すことにした。今日は情報交換だけで魔珠の取引はないので、魔珠の部屋でなくてはならない理由はない。
「それで、何かめぼしい情報はあったか?」
 あまり余計な話はせずにスイが訊く。
「そうだね。やっぱりマーラルの魔珠の輸入量が気になるんだ。何かとんでもないことをしでかしそうで」
 メノウが不安そうな顔をする。
「例えば、フローラみたいに」
 フローラは南方にある島国だ。かつて魔珠のエネルギーを利用して魔術兵器を製造した。兵器の破壊力は莫大で、周辺国の軍事バランスを脅かすほどのものだった。それを利用してフローラは周辺国に侵攻しようとした。結局、そこで魔珠の里が動いて侵攻は阻止された。周辺国の力のバランス、そしてそれ以上に里の権威が崩れることを恐れて、魔珠のフローラへの輸出を停止したのだ。魔珠のエネルギーはこの辺りの国々ではもはや生活必需品だ。人々は魔珠から供給される魔力によってしか火も光も得られない。魔珠を断たれることで現在の生活水準の維持が困難になる。当然国民がこの事態に納得するはずもなく、当時政権を握っていたフローラ王は王位を奪われ、代わりに先王の弟の息子にあたる人物が新たな王として君臨した。新国王は直ちに兵器の放棄を宣言し、里の指導の下、兵器を破壊し、新たに里と契約を結び、事なきを得た。この事実は周辺国にただならぬ衝撃を与えた。以降、魔珠を利用した兵器などの開発の噂は聞こえなくなった。

次回更新予定日:2018/10/27

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スイ・カーマイン リザレス魔珠担当官
キリト・クラウス リザレス外務室長
メノウ 魔珠の売人

シェリス スイの執事
セイラム スイの父。前リザレス魔珠担当官
クレア スイの母
ヘキ
 メノウの父。メノウの前任者

アリサ キリトの長姉。
アイリ キリトの次姉。
エミリ キリトの妹。士官学校学生
ハウル アリサの夫。政務室勤務。
イオ アイリの夫。士官学校教官

レヴィリン リザレス魔術研究所所長

舞踏会の翌日は休日だった。スイは平日であろうと休日であろうと毎朝六時頃に起きて剣を持って中庭に行き、一汗かくまで剣を振るう。小さい頃からの習慣なので、何となくこれを飛ばすと、調子が出ない。
 エミリとの手合わせの約束をしたので、今日は軽めに済ませた。
 朝食を取り、少しのんびり読書などをして九時前に家を出た。
 クラウス邸に着くと、キリトとエミリが待っていた。
「やっぱりローブかよ」
「当然だ。何か不満でもあるのか?」
 からかいに来るキリトをさらりと交わす。
 早速中庭に招かれ、エミリと手合わせする。
「行きますよ」
 勢いよくエミリがかかってくる。交わすという選択肢もありだったが、いちおう上達したか見るという面目でやっているので、最初の一撃は受け止めてみることにした。
「なるほど。上達しているな」
 前にセイラム邸で練習につき合ったときとは比べものにならないほど攻撃が重い。力の使い方が格段にうまくなっている。スイは嬉しそうな顔でエミリの剣を払った。エミリはひらりと宙返りして元の位置に戻った。褒められたのが嬉しかったのだろう。一瞬、笑顔を浮かべたが、すぐにきりっとした表情に戻って素速く距離を詰めてくる。スイも今回は待たずに自分から出ていった。剣と剣が交差し、金属音が響き渡る。エミリがすっと力を抜いて次の攻撃に移ろうとした隙を突いて、スイが猛スピードで仕掛けてくる。エミリは舞うように攻撃を交わしながら、反撃の機会をうかがった。
 今だと思って真っ直ぐ剣を振るうと、スイもエミリと同じような軌跡で身を交わす。セイラムから習った同じ型で二人が繰り広げる手合わせは、外から見ていると芸術的といってもいいくらい美しく、キリトの口から感嘆の声がこぼれた。
 セイラムの型は、無駄がない上、余裕がある動きで、体を動かしているだけで心地よい。そんなセイラムの型に慣れ親しんだ者同士で行う手合わせには、軽快なリズムのようなものができてくる。
 この感じ。
 スイは昨夜のダンスを思い出す。他の人とでは感じられない心地よさ。自然にぴったりと合う息。
「もらった!」
 集中力が少し途切れているのをエミリが鋭く察知し、透かさず強烈な攻撃を仕掛けてきた。
 スイは反射的に大きな振りでエミリの攻撃をはねのけた。ひときわ鋭い金属音が鳴り響き、エミリが姿勢を大きく崩す。次の瞬間、スイの剣先はエミリの喉元を指していた。エミリが有利な時間帯もあったように見えたが、これで勝負ありだ。
「まだまだか」
 スイが剣を引っ込めると、エミリは静かに立ち上がった。スイはにっこりと笑った。
「でも、上達している。気を抜いたらやられそうだ」
「本当ですか? 良かった」
 お褒めの言葉をもらったエミリは本当に嬉しそうだ。
「ところで、エミリ」
 スイは気になっていたことをぶつけてみた。
「ダンスは父に教えてもらったのか?」
「はい。先生と奥様にも。先生にはよく練習相手になっていただきました」
「道理で踊りやすいわけだ」
 スイもダンスはセイラムに教わった。練習相手は母のクレアにしてもらった。真似して何度も練習した動作は体に染みついている。
「また相手してくださいね」
「ダンスか?」
「手合わせに決まっているじゃないですか」
 思ったとおりの答えが返ってきて、スイは苦笑した。
「たまにはダンスの相手もさせてくれ。体が思ったとおりに動かせて気持ちがいいんだ」
「では、ダンスの方もぜひ」
 二人で話していると、ずっと手合わせを芝生に座って見ていたキリトが剣を持って立ち上がった。
「エミリ、いくら何でもあんなに上達してないだろう。スイ、お前、デスクワークばっかりで体なまってるんじゃないのか?」
 キリトは不敵な笑みを浮かべた。
「俺が確かめてやる。来い」
 やれやれといった顔をしてスイも剣を構えた。小気味いい金属音が鳴り響く。

次回更新予定日:2018/10/20

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