魔珠 第2章 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「馬を使えば、二日でたどり着ける。途中、パヴェで一泊すればいいと思う」
 スイはパヴェの場所を指差した。ちょうどクラークとアレアの中間地点辺りだ。パヴェは地理的に見ても多くの街道が交差し、旅人たちがよく訪れる大きな町だ。
 リザレスの街道沿いの町には馬屋がある。馬屋は全国的なギルドを持っていて、誰でも簡単な用紙に名前を記入し、金を払えば、馬を借りることができる。借りた馬は国内のどの町の馬屋に返しても良い。名前以外に連絡先や目的地、到着予定日などより細かい情報を記入すると、返却トラブルのリスクが減らせるので、記入した情報の分だけ値引きしてもらえる。
 クラークやパヴェにはもちろん、アレアにも馬屋があるので、クラークで馬を借りて、パヴェの馬屋で一泊預かってもらい、アレアで返却することができる。
「私は別ルートで行く。アレアからお前たちを尾行する」
「了解」
 少しおどけた様子でメノウが敬礼のポーズを取る。
「万が一の場合に備えてキリトだけには概要を話しておこうと思う」
「スイの友達の外務室長だね」
 メノウがにっこり笑うと、スイはうなずいた。
「明日の朝、キリトに話す。今晩と明日はここに泊まってくれ」
「分かったよ、スイ」
 やっとスイの口元がほころぶ。

 カチャッと隣室の鍵の開く音がしてキリトは読んでいた書類から目を離す。扉が開いてスイが入ってくる。
「少し時間取れるか?」
「今か? 構わないけど。向こうの部屋行くか?」
 キリトは椅子にもたれかかって左手の親指で左側のドアを差した。スイの執務室と逆の方向にあるその部屋は外務室長室。つまり、キリトの執務室だ。先代の外務室長たちはもっと執務室にいる時間が長かったはずなのだが、キリトは部下たちと別室で仕事をするのが好きではないらしく、ほとんど外務室の方にいる。
「外務室長様は向こうの部屋で一人で仕事しているのが寂しいだけなのではないかともっぱらの噂だが」
 以前、部下たちの話を小耳に挟んだスイがキリトにさりげなく報告した。すると、キリトは余裕たっぷりの表情を作って答えた。
「愛しい部下の顔を一秒でも多く眺めていたいからに決まっているだろ」
「まあそうとも言うか」
「もっとも」
 キリトは片目をつぶってみせた。
「スイちゃんが向こうで一緒に仕事してくれるって言うんだったら、考えてやってもいいけどね」

次回更新予定日:2018/11/17

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「お前、今、最高に悪い顔してる」
「スイに言われるなんて光栄だね」
 切り返されて苦笑するしかなかった。
「情報、リザレスも欲しいでしょ? 協力の見返りに僕たちが得た情報の一部をリザレスだけに提供するってことでどう?」
「例えば、マーラルが本当に兵器を開発しているか、とか?」
「それは最低限だね。他にも協力に見合うだけの情報は提供するよ。こちらとしても、その方が都合いいしね」
 つまり、ある程度マーラルの情報をよこしておいて、いざというときに動いてもらおうという魂胆だ。
「分かった。では、万が一の場合を考えてリザレス国内であいつを捕らえることができるように作戦を立てよう。私がルートを考える。指定した地点で合流してそこで奴を抑えよう」
「そこで里の忍びの者たちに引き渡すよ」
 里には必要に応じて動く行動部隊のような役割を担う者がいて、その者たちを「忍びの者」と呼ぶそうだ。忍びの者は諜報活動が主な任務のようだが、里の立場が有利になるように実際に自分たちで行動したり、関係者を裏で操ったりすることもあるらしい。スイも気配は感じることができることもあるのだが、よほど訓練されているらしく、姿を見つけることは難しい。詳しい仕組みはスイにもよく分からないが、メノウは魔珠を使って忍びの者たちと交信することもできるらしい。
 スイはゆっくりとした動作で席を立ち、ぴんと伸ばした背を向ける。後ろにあった本棚に手を伸ばし、地図を出してテーブルに広げた。
「この時期なら、スフィア山脈とかはどうだろう」
 リザレスの地図だった。地図の上の方、つまり北の国境付近に山脈がある。
 山脈を越えれば、隣国のパウンディア。まれに国境を越えようという商人や旅人が通行する。パウンディアには航路を利用する人が多いので、険しい山道は賑わうことはない。加えて、春になったばかりのこの時期は雪がまだ残っていて寒い。他の通行人のいないときを狙って仕掛けることができる。
「いいね。どこから登るの?」
 子どものように無邪気に尋ねるメノウだったが、瞳に宿る光は鋭い。
「アレアという町がある」
 スイは地図を長い指で差した。山脈の麓の中央部にある町だ。スフィア山脈を越える旅人は大抵この町に立ち寄ってから山を登る。
「定番だね。どうやって行く?」
 旅慣れたメノウはこのルートもご存じのようだ。普段はもっぱら航路を使っているが、いざというときのために調べてはあるのだろう。

次回更新予定日:2018/11/10

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だが。
「マーラルはやはり魔術兵器を開発しているのだろうか」
「おそらくね」
 メノウは平然と言い放った。
「ただ、証拠がつかめないんだよね」
 少し困ったような顔をする。確かに証拠がなければ、マーラルのもくろみを阻止しようにも動けない。
 スイは窓の方にちらりと目をやった。
「メノウ、気づいていたか? お前、尾行されている」
 すると、メノウはわざとらしく笑って見せた。
「それは困るね。そろそろ里に帰ろうと思っていたのに」
 そっと席を立って窓の方に歩き、カーテン越しに外を見る。対角線上にある建物の影からじっとスイの屋敷の扉を監視している。入口付近の人の出入りをチェックしているようだ。
 ずっと二ヶ月間メノウをつけてきたのだから、おそらく目的は公表されていない魔珠の里の場所を突き止めること。
「里を占領して魔珠の利権を奪おうとか、そんなこと考えているのかなあ」
 フローラでの一件のことを考えると、そんな暴挙に出るなんて怖くてできない。企てが失敗しようものなら、魔珠の輸出を停止されることだってあるのだ。そして、魔珠は一国の政権を崩壊させることだってできるのだ。
 失敗しないという自信がなければできないことだ。例えば、圧倒的な戦力を備えている、とか。
「そんなことできる組織があるとしたら、それはマーラル軍だろうね」
 マーラルが魔術兵器の開発に成功している、あるいは近々成功する見込みがあるのだとしたら、一見無謀なようなこの試みも現実味を帯びてくる。
「ねえ、スイ。協力してもらえないかな?」
「尾行を巻くのをか?」
 メノウは首を横に振って不敵な笑みを浮かべた。
「捕らえるのをだよ。生きたままね」
「どうするつもりだ?」
 諦めたようにスイが尋ねる。優しい言葉遣いで話していても、メノウの考えることは意外としたたかである。それでもメノウを危険から守りたい。そのためにできることがあるなら何でもするとスイは決めている。メノウは大切な友人なのだ。
「マーラル軍の者だとしたら、いろいろ聞き出したい情報があるから」
「そんなに簡単に吐くかな」
「吐かせる手段はいくらでもあるよ。生きたまま捕らえられればね」
 華奢で童顔。スイより一つ年下なだけなのに、少年のようにあどけない顔をしている。知らない人がメノウの口からこのような言葉を聞いたら、さぞかし驚くだろう。

次回更新予定日:2018/11/03

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長い髪が風になびく。港はやはり風が強い。
 船が着いた。スイはじっと船から人が降りてくるのを待っていた。
「スイ」
 姿を見つけるなり、メノウが走ってくる。
「迎えに来てくれていたんだね」
「ああ。元気にしていたか?」
 メノウの荷物を一つ受け取りながら、スイは町の方に歩き出した。メノウも横に並んでついてくる。
「二ヶ月ぶりくらいかな」
 たわいもない会話を交わしながら、スイは船の方をそっとうかがった。
 やはりいる。
 二ヶ月前に為替所から慌てて出てきたあの男。
 真っ直ぐ前を向いたまま船を降りていたが、目がこちらを見ている。

 スイは尾行の男がついてきているのを時折確認しながら、いつもどおりメノウと私邸に向かった。
 いつもの部屋に案内し、荷物を置いてもらい、そのまま同じ二回の談話室で話すことにした。今日は情報交換だけで魔珠の取引はないので、魔珠の部屋でなくてはならない理由はない。
「それで、何かめぼしい情報はあったか?」
 あまり余計な話はせずにスイが訊く。
「そうだね。やっぱりマーラルの魔珠の輸入量が気になるんだ。何かとんでもないことをしでかしそうで」
 メノウが不安そうな顔をする。
「例えば、フローラみたいに」
 フローラは南方にある島国だ。かつて魔珠のエネルギーを利用して魔術兵器を製造した。兵器の破壊力は莫大で、周辺国の軍事バランスを脅かすほどのものだった。それを利用してフローラは周辺国に侵攻しようとした。結局、そこで魔珠の里が動いて侵攻は阻止された。周辺国の力のバランス、そしてそれ以上に里の権威が崩れることを恐れて、魔珠のフローラへの輸出を停止したのだ。魔珠のエネルギーはこの辺りの国々ではもはや生活必需品だ。人々は魔珠から供給される魔力によってしか火も光も得られない。魔珠を断たれることで現在の生活水準の維持が困難になる。当然国民がこの事態に納得するはずもなく、当時政権を握っていたフローラ王は王位を奪われ、代わりに先王の弟の息子にあたる人物が新たな王として君臨した。新国王は直ちに兵器の放棄を宣言し、里の指導の下、兵器を破壊し、新たに里と契約を結び、事なきを得た。この事実は周辺国にただならぬ衝撃を与えた。以降、魔珠を利用した兵器などの開発の噂は聞こえなくなった。

次回更新予定日:2018/10/27

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