魔珠 忍者ブログ
オリジナルファンタジー小説『魔珠』を連載しています。 前作『ヴィリジアン』も公開しています。
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「悪いけど、今日は先に失礼させてもらうよ」
「え、じゃあ、私たちも……」
「いいよ。気を遣わなくても。君たちは心ゆくまで飲んでいてよ。飲み代はつけてくれたらいいから」
「じゃ、お言葉に甘えて」
 グレンは席を立ち、クレッチとデュランを置いて月下亭を出た。
「お疲れなのね。将軍様も」
 カウンターの向こうから声がする。
 外に出てみるととても静かだ。今夜は雲がまだ多いのだろうか、月も星もなく暗い。酒場の窓から漏れる明かりだけが明るい。
 酒場の裏側に差しかかると突然誰かがグレンの腕をつかんだ。あまりにも暗くて人がいることに気がつかなかった。
「誰?」
「ムーンホルン国王騎士グレン将軍だな。ヴァンパイアのことで話がしたい。ご同行願えないだろうか」
「ヴァン、パイア?」
 グレンはその言葉に強く反応した。それに男は無理矢理グレンを連れて行こうという素振りを見せない。
「分かりました」
 グレンは裏通りに向かうその影の後を追った。
 男に案内されたのは小さな宿屋の一室だった。男がランプを点すとようやく顔が見えた。精悍で大人っぽい、それでいて少し神秘的な顔立ちだった。グレンはふと仲間の王騎士ソードを思い出した。雰囲気が似ているような気がしたのだ。
「こんな場所で済まない。それにしても、よく来てくれたな」
「あなたは?」
「ああ。私はウィンターという者だ。ヴァンパイアを追って旅をしている」
「最近ヴァンパイアを狩ることを専門にするハンターが出てきていると聞きますが、あなたもそうなのですか?」
「いや。違う」
 ウィンターはきっぱりと否定した。
「私が追うのはもっと上級のヴァンパイアだ。ヴァンパイアの根源となっている、いわば人間を吸血しヴァンパイアにしてしまう奴だ」

次回更新予定日:2015/05/30

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グレンはセレストと直接話をしたことがないが、エストルから常々話を聞かされていた。非常に暖かい、優しい心の持ち主だった。一度偶然すれ違ったことがあるが、その慈悲に満ちた眼差しは忘れられない。その王太子がそのようなことをするはずが。
「そんなことばかりなんだ。先日狩りから帰ってこられてからおかしいんだ」
「狩りに行ったときに何かあったの?」
「私もそう思ってそのとき護衛の担当だった兵士たちに聞いてみたのだが、よく分からないんだ」
「何か変わったこととかなかったの?」
「女の子が迷子になっていて、その子を森の外まで送った以外は」
「女の子?」
「ああ。怪しいか?」
「分からない。でも、その子が何か知っているかもしれない」
「しかし、その子がどこの子か分からない」
「そうか」
 二人は肩を落とした。
 真相はいまだに分からないが、あの日を境に国王は変わってしまったらしい。それまで持っていた優しい心が、どこかに消えてしまった。
「ヴァンパイア討伐に平気な顔をしてお前たちを派遣するのも、そのせいだと思っているのか?」
「だって、ヴァンパイアって元は生きた人間なんだよ」
「だが、放置しておくわけにもいかないだろう」
 悔しそうにエストルが言う。冷静なエストルが取り乱すなんて珍しい。他の人が見たらさぞかし驚くだろう。
「お前だけじゃないんだ。皆何とかしたいって思っている」
「ごめん」
「いや。いい。お前のせいではない。報告を、聞こう」
 グレンはコーヒーを一口飲み込んで、報告を始めた。

次回更新予定日:2015/05/23

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ノックをすると、エストルがわざわざ迎えてくれた。
「入れ」
「失礼します」
 グレンが部屋に入ると、エストルはすぐにドアを閉めいた。
「執務室で話を聞いても良かったのだが、お前もここの方が気が楽だろう」
「確かに」
「私もお前に敬語で話されると何だか落ち着かない」
 グレンとエストルは士官学校の同期で、その頃からの友人だ。今はエストルの方が位が上のため、人前では敬語を使って話しているが、二人だけのときは昔と同じ口調だ。
「何か飲むか?」
「そうだな。コーヒーがいい。何だか気分が晴れないんだ」
「ヴァンパイア討伐から帰ってきたお前はいつもそうだ。だがな、グレン」
 エストルはコーヒーを淹れながら言った。
「陛下の前ではあまり態度に出さない方がいい」
「分かってる。でも」
「お前の身のためだ」
「でも、君だって言っていたじゃないか。陛下のご様子がおかしいって」
 エストルは口をつぐんだ。

 まだ士官学校に入って間もない頃だった。
「どうしたんだ、エストル?」
「いや、気のせいだ。気にしないでくれ」
「何だよ、エストル。話せよ」
「聞いて、くれるのか?」
「当たり前だろ」
 エストルはそれでも少し話すのをためらった。そして、ようやく重い口を開いた。
「殿下のご様子が……おかしいんだ」
「え?」
 エストルは代々宰相を始めとする要職に就いていた名門の出だったので、幼い頃から当時の王太子つまり現国王セレストの遊び友達だった。
「飛んでいた蝶を素手で捕まえて……」
 グレンは息を呑んだ。
「握り潰されたんだ。狂ったように……笑いながら……」
「そんなばかな」

次回更新予定日:2015/05/16

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「もうすぐ城に着きます」
「そうだね。城に着いて報告が終わったら酒場で飲もう。ろくにうまいものも食べられなかったし」
「さすがグレン将軍」
「それでは、『月下亭』でお待ちしてますよ」
「うん。そうしよう」
 しばらく歩くと城門に辿り着いた。
「これはこれは、グレン将軍。お帰りなさいませ」
「ただいま。いつも見張りご苦労様。何も異常はなかった?」
「はい」
「それは何よりだ」
 そして、くるりとクレッチとデュランの方に振り返って言った。
「僕は一旦城に戻る。君たちは好きにするといい。今日はここで解散してまた後で会おう」
「はい。また後ほど」
 門番と部下たちに見送られ、グレンは城の方に歩いていった。一人になってみると、また先ほどの憂鬱な気分が戻ってくる。ヴァンパイア討伐の任務は本当に気が滅入る。
「お帰りなさいませ、グレン将軍」
「ただいま」
 城で働く者たちに声をかけられるたびに挨拶を返しながら自室に向かっていると、偶然廊下でばったりと宰相のエストルとあった。
「今帰ったのか、グレン?」
「はい。荷物を置いて着替えだけしてから陛下にご報告に行こうかと」
「今回は陛下へのご報告は王騎士が全員揃ってからでいいそうだ。あとの二人もあと二、三日で戻ってくるようだからな。久しぶりに顔を合わせられるぞ」
「そうでしたか」
「いちおう私が大まかな話だけ聞いて陛下にお話ししておく。一休みしてから私の部屋に来てくれ」
「分かりました。伺います」
 グレンは急いで階段を駆け上がっていった。
 
次回更新予定日:2015/05/09

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どんよりとした空だ。灰色の雲がとても重くのしかかる。
「浮かない顔ですね、グレン将軍」
 空を見上げる青年にあまり歳の変わらないもう一人の青年が話しかける。グレンは緑色の瞳を空から外さずに口を開いた。
「いつ行ってもヴァンパイア討伐の任務はあまり気持ちのいいものではない。そう思わない?」
「確かに。ゾンビならともかくヴァンパイアは元は生きた人間なのですからね」
「そのまま放置しておけばヴァンパイアになる人が増えるだけだというのは分かっているんだけど」
 グレンはここムーンホルンの国王セレスト直属のいわゆる王騎士という地位にある青年である。今回はヴァンパイア討伐の命を受け、二人の上級兵士クレッチとデュランを部下として連れていき、見事任務を遂行した。
「王騎士である僕がこんなことを言ってはいけないね」
「ええ。今の発言は聞かなかったことにしておきます。でも、お気持ちはお察しいたします」
「私はグレン将軍のそういう人間味のあるところが好きです。兵士になると忘れがちですが」
「まだ未熟な証拠かな」
 デュランの発言にグレンは苦笑した。王騎士という兵士としては最高の地位にいるが、兵士としての経験は他の者と比べても長くはない。今ここにいる三人の中でもいちばん浅い。その実力を買われて兵士になりわずか三年足らずでこの地位に昇格したまでだ。王騎士というのは伝統的に三人いるが、ちょうどその席が一つ空席になったことも理由だ。

次回更新予定日:2015/05/02

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