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「突然申し訳ございません。近くを通ったので、久しぶりに話がしたくなって寄ってみたんです」
ソファに座らせてもらって落ち着いて、先ほど言おうとしていたことをようやく言えた。
「さようでございましたか」
シェリスはにこやかに頷いたが、急にその表情に陰りが見えた。
「実は」
キリトはシェリスの方を見た。とても不安そうな目をしていたに違いない。だが、他の表情を浮かべることはできなかった。
その前日、スイが帰ってきたのは、夕食の少し前だった。長旅のせいか疲れている様子だった。セイラムは仕事で二日前から家を空けていた。
「おかえりなさい、スイ」
荷物を部屋に置いてすぐに帰りを知らせようとクレアの部屋に向かったが、途中の階段付近で逆に出迎えられた。シェリスから到着したことを聞いて来てくれたのだろう。後からシェリスも追いついた。
「もうすぐ夕食のお時間ですが……」
シェリスがスイの顔をちらっと見ると、クレアはすぐに察してスイに訊いた。
「さすがに少し疲れているみたいね。ひと休みしてからにする?」
「いえ。いつもどおりで構いません」
スイは完璧な笑顔を作ってみせた。
「疲れて見えますか? 家に帰ってほっとしてしまって。久しぶりなのですから、もっとしゃんとしなくてはいけませんね」
「いいのよ。帰ってきたときくらい」
クレアもスイの笑顔を見て笑った。
「夕食を食べ終わってからもしばらくマーラルのことなどお二人でお茶を飲みながら雑談をされていました」
シェリスは続けた。
「奥様の方がそろそろ部屋に戻らないかと言って席を立たれました。お帰りになったばかりのスイ様に早く休んでいただきたかったのでしょう。スイ様はお茶をもう一杯楽しんでからにするとおっしゃったので、奥様は先に退室されました。ところが、奥様が退室されると、すぐに顔色がみるみる悪くなられまして」
「スイ様も今日は早めにお休みになられた方がよろしいのではないですか?」
まだカップに茶が残っていたが、心配になったシェリスは声をかけずにはいられなかった。
「そうだな。そうしよう」
スイは穏やかな微笑みを浮かべたが、顔色までは変えられなかった。
残りの茶を五分ほどたっぷりと時間を使って飲んで、スイは退室した。
次回更新予定日:2019/01/19
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ソファに座らせてもらって落ち着いて、先ほど言おうとしていたことをようやく言えた。
「さようでございましたか」
シェリスはにこやかに頷いたが、急にその表情に陰りが見えた。
「実は」
キリトはシェリスの方を見た。とても不安そうな目をしていたに違いない。だが、他の表情を浮かべることはできなかった。
その前日、スイが帰ってきたのは、夕食の少し前だった。長旅のせいか疲れている様子だった。セイラムは仕事で二日前から家を空けていた。
「おかえりなさい、スイ」
荷物を部屋に置いてすぐに帰りを知らせようとクレアの部屋に向かったが、途中の階段付近で逆に出迎えられた。シェリスから到着したことを聞いて来てくれたのだろう。後からシェリスも追いついた。
「もうすぐ夕食のお時間ですが……」
シェリスがスイの顔をちらっと見ると、クレアはすぐに察してスイに訊いた。
「さすがに少し疲れているみたいね。ひと休みしてからにする?」
「いえ。いつもどおりで構いません」
スイは完璧な笑顔を作ってみせた。
「疲れて見えますか? 家に帰ってほっとしてしまって。久しぶりなのですから、もっとしゃんとしなくてはいけませんね」
「いいのよ。帰ってきたときくらい」
クレアもスイの笑顔を見て笑った。
「夕食を食べ終わってからもしばらくマーラルのことなどお二人でお茶を飲みながら雑談をされていました」
シェリスは続けた。
「奥様の方がそろそろ部屋に戻らないかと言って席を立たれました。お帰りになったばかりのスイ様に早く休んでいただきたかったのでしょう。スイ様はお茶をもう一杯楽しんでからにするとおっしゃったので、奥様は先に退室されました。ところが、奥様が退室されると、すぐに顔色がみるみる悪くなられまして」
「スイ様も今日は早めにお休みになられた方がよろしいのではないですか?」
まだカップに茶が残っていたが、心配になったシェリスは声をかけずにはいられなかった。
「そうだな。そうしよう」
スイは穏やかな微笑みを浮かべたが、顔色までは変えられなかった。
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「俺、フローラに行って政権が代わったあと、国がどうなっているのか見てみたいんだ。お前は?」
夏休み前、寮で同じ部屋だった二人は、消灯してベッドにもぐったあとも雑談をしていた。キリトが問うと、スイは答えた。
「私はマーラルに行く」
「マーラル? お前、なかなかチャレンジャーだな」
マーラルは当時からヌビスという王が治めていたが、その前王辺りから独裁色が強くなり、公開できない情報が増えたため、研修は全て城の敷地内で行われるようになっていた。常に監視がつき、研修生は許可を得た場所以外を回ることは不可能だった。ちょっとでも監視の目に不審に映るような真似をすれば、どうなるか分からない。
「このような機会にでもないと行けないだろう」
「ま、確かにそれはそうだな」
交換研修なら各国との合意で行われている制度なので、入国の許可が得られる上、行動の自由はなくても、個人で入国するよりもずっと身の安全は保障される。合意している以上、本人に過失がない限り、研修生は無事に帰さないわけにはいかない。
「気をつけて行ってこいよ」
「ああ。お前もな」
いつもの笑顔で別れる。一人になってキリトは急に不安になる。なぜだか分からないのだが、もやもやする。
明日から夏休み。キリトは二日後にフローラに出発することになっていた。そして、スイはその一週間後。ちょうどキリトと入れ違いになるようにリザレスを離れることになっていた。
果たしてキリトの不安は的中する。
何だろう。この不安は。
スイは昨日の夕方頃帰ってきているはず。なぜだか嫌な予感ばかりがして、いても立ってもいられなくなった。
そんなに気になるなら顔を見に行けばいいじゃないか。
キリトは時計を見た。午前十時。もう訪ねていっても迷惑な時間ではない。
「キリト・クラウスと申します」
スイに会いたいと続ける前に扉が開いた。
「キリト様。スイ様のご学友でいらっしゃいますね」
白髪の男性が迎えてくれる。
「カーマイン家の執事をしておりますシェリスと申します。こちらへどうぞ」
案内されるまま、玄関のすぐ左手の部屋に入った。あまり広い部屋ではない。ソファとテーブルと本棚。おそらく応接室だろう。
次回更新予定日:2019/01/12
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夏休み前、寮で同じ部屋だった二人は、消灯してベッドにもぐったあとも雑談をしていた。キリトが問うと、スイは答えた。
「私はマーラルに行く」
「マーラル? お前、なかなかチャレンジャーだな」
マーラルは当時からヌビスという王が治めていたが、その前王辺りから独裁色が強くなり、公開できない情報が増えたため、研修は全て城の敷地内で行われるようになっていた。常に監視がつき、研修生は許可を得た場所以外を回ることは不可能だった。ちょっとでも監視の目に不審に映るような真似をすれば、どうなるか分からない。
「このような機会にでもないと行けないだろう」
「ま、確かにそれはそうだな」
交換研修なら各国との合意で行われている制度なので、入国の許可が得られる上、行動の自由はなくても、個人で入国するよりもずっと身の安全は保障される。合意している以上、本人に過失がない限り、研修生は無事に帰さないわけにはいかない。
「気をつけて行ってこいよ」
「ああ。お前もな」
いつもの笑顔で別れる。一人になってキリトは急に不安になる。なぜだか分からないのだが、もやもやする。
明日から夏休み。キリトは二日後にフローラに出発することになっていた。そして、スイはその一週間後。ちょうどキリトと入れ違いになるようにリザレスを離れることになっていた。
果たしてキリトの不安は的中する。
何だろう。この不安は。
スイは昨日の夕方頃帰ってきているはず。なぜだか嫌な予感ばかりがして、いても立ってもいられなくなった。
そんなに気になるなら顔を見に行けばいいじゃないか。
キリトは時計を見た。午前十時。もう訪ねていっても迷惑な時間ではない。
「キリト・クラウスと申します」
スイに会いたいと続ける前に扉が開いた。
「キリト様。スイ様のご学友でいらっしゃいますね」
白髪の男性が迎えてくれる。
「カーマイン家の執事をしておりますシェリスと申します。こちらへどうぞ」
案内されるまま、玄関のすぐ左手の部屋に入った。あまり広い部屋ではない。ソファとテーブルと本棚。おそらく応接室だろう。
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「どうやって情報を得たんだろうな。正体がばれそうになっただけで毒を煽ろうとする人間から」
「本人の意志と関係なく自白するような手段を取ったんだろう。例えば、薬とか魔術とか。魔術の方が確実だろうから、おそらく魔術だろうな」
人から情報を引き出すような魔術は高度だが、魔珠の里にはそれに必要な魔力も豊富にあり、それができる魔術師も何人かはいるはずだ。
「それなら、情報は信頼できると考えていいんじゃないか。別に城とか魔術研究所とか重要な施設のマップは、工作部隊の奴なら頭に入っていて当然の情報だろ」
「メノウもそう考えたのだと思う」
「どういうことだ?」
なんだ、その言い方。
不安になってスイの顔をのぞく。すると、スイは顔を上げてキリトの目を真っ直ぐ見た。
「この見取り図は……偽物だ」
「はあ?」
思わず声が裏返った。
「だって、今、魔術で自白させたって言っただろ」
「だから。マーラル軍は最初から捕まったときのことを考えて、魔術に抵抗する手段を講じていたか。あるいは、もっと現実的なのは、このリーシャという工作員には、もう最初からこの作戦に従事させることだけを考えていて、偽りの見取り図を頭に叩き込ませたか」
「万一失敗した場合は、相手を罠にはめてしまえ、か。それにしても用意周到だな」
「里には忍びの者もいる。これだけの計画だ。失敗した場合の対処を考えておくのは当然だが」
「こんな大がかりな罠を張っておくとはねえ……ってなんでお前このマップが偽物だって分かるんだ?」
はっと気づいてキリトが訊く。スイは見取り図を手に取った。
「王の寝室とその周辺の部屋の配置が違う」
「だから、お前なん……」
なんでそんなことを知っているのか、と訊きかけて、キリトは口をつぐんだ。スイがマーラルに交換研修に行ったときのことを思い出したからだ。
リザレスとその周辺諸国では、将来要職に就くことが期待される十五、六歳の学生を他国に一週間ほど研修に行かせ、実際にその国を見て、その国について学ぶという制度を実施していた。スイとキリトも士官学校に入って迎えた最初の夏休みに交換研修に行くことにした。
次回更新予定日:2019/01/05
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「本人の意志と関係なく自白するような手段を取ったんだろう。例えば、薬とか魔術とか。魔術の方が確実だろうから、おそらく魔術だろうな」
人から情報を引き出すような魔術は高度だが、魔珠の里にはそれに必要な魔力も豊富にあり、それができる魔術師も何人かはいるはずだ。
「それなら、情報は信頼できると考えていいんじゃないか。別に城とか魔術研究所とか重要な施設のマップは、工作部隊の奴なら頭に入っていて当然の情報だろ」
「メノウもそう考えたのだと思う」
「どういうことだ?」
なんだ、その言い方。
不安になってスイの顔をのぞく。すると、スイは顔を上げてキリトの目を真っ直ぐ見た。
「この見取り図は……偽物だ」
「はあ?」
思わず声が裏返った。
「だって、今、魔術で自白させたって言っただろ」
「だから。マーラル軍は最初から捕まったときのことを考えて、魔術に抵抗する手段を講じていたか。あるいは、もっと現実的なのは、このリーシャという工作員には、もう最初からこの作戦に従事させることだけを考えていて、偽りの見取り図を頭に叩き込ませたか」
「万一失敗した場合は、相手を罠にはめてしまえ、か。それにしても用意周到だな」
「里には忍びの者もいる。これだけの計画だ。失敗した場合の対処を考えておくのは当然だが」
「こんな大がかりな罠を張っておくとはねえ……ってなんでお前このマップが偽物だって分かるんだ?」
はっと気づいてキリトが訊く。スイは見取り図を手に取った。
「王の寝室とその周辺の部屋の配置が違う」
「だから、お前なん……」
なんでそんなことを知っているのか、と訊きかけて、キリトは口をつぐんだ。スイがマーラルに交換研修に行ったときのことを思い出したからだ。
リザレスとその周辺諸国では、将来要職に就くことが期待される十五、六歳の学生を他国に一週間ほど研修に行かせ、実際にその国を見て、その国について学ぶという制度を実施していた。スイとキリトも士官学校に入って迎えた最初の夏休みに交換研修に行くことにした。
次回更新予定日:2019/01/05
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アレアから帰って半月が過ぎた。
いつものように剣の素振りをして部屋に戻った。机に手紙が届いていた。宛名はスイになっているが、住所などは記されていない。スイは封筒を開けた。やはりメノウからだ。住所が書かれていないということは、忍びの者が直接ここに届けたということだろう。
スイは手紙を一読した。そして、同封されていた二枚の紙を見た。二枚とも見取り図だった。一方は魔術研究所の見取り図、もう一方は王城の見取り図だった。
スイは王城の見取り図を見てあったお声を上げた。
急いで上着を羽織りながらスイは階段を下りた。
「シェリス」
声をかけると、すぐにシェリスが階段の方に歩いてきた。
「急用ができた。キリトの家に行ってくる」
「かしこまりました。気をつけていってらっしゃいませ」
すっと扉を開け、スイを見送る。
スイは早足でキリトの私邸に向かった。
スイはキリトの部屋に案内された。
「なんだ、こんな朝早くから」
迎えたキリトはまだ部屋着で髪もぼさぼさだ。
「悪い。メノウから手紙が来て」
「ああ。尾行者捕まえたときに約束していた、例の情報ってやつ?」
そこまで口にしてキリトははっとなった。眠気が一気に覚める。スイがわざわざ出勤前にここに来たということは。
「何か一刻を争うような情報があったのか?」
訊かれてスイは渋い表情になった。
「もちろん……傍観するという手もあるのだが」
「事情を話してみろ」
続く言葉が出にくそうになっていたスイに助け船を出してみる。スイは少しだけ安堵した表情になり、話を切り出した。
「これが、メノウからの手紙だ」
差し出されたということは読んでも構わないということなのだろう。キリトは手紙を読み始めた。
「尾行者の名前はリーシャ。マーラル軍工作部隊の所属だ」
そろそろ読み終わるだろうと予測してスイが早めに切り出す。
「やはりマーラルは魔術研究所を拡張して兵器を開発していたんだな」
キリトは添えられていた紙の方を確認し始めた。
「城と魔術研究所の見取り図。使うかどうかはともかく。これもなかなか貴重な情報ではある。協力した甲斐はあったな。ところで」
キリトは眉をひそめた。
次回更新予定日:2018/12/29
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いつものように剣の素振りをして部屋に戻った。机に手紙が届いていた。宛名はスイになっているが、住所などは記されていない。スイは封筒を開けた。やはりメノウからだ。住所が書かれていないということは、忍びの者が直接ここに届けたということだろう。
スイは手紙を一読した。そして、同封されていた二枚の紙を見た。二枚とも見取り図だった。一方は魔術研究所の見取り図、もう一方は王城の見取り図だった。
スイは王城の見取り図を見てあったお声を上げた。
急いで上着を羽織りながらスイは階段を下りた。
「シェリス」
声をかけると、すぐにシェリスが階段の方に歩いてきた。
「急用ができた。キリトの家に行ってくる」
「かしこまりました。気をつけていってらっしゃいませ」
すっと扉を開け、スイを見送る。
スイは早足でキリトの私邸に向かった。
スイはキリトの部屋に案内された。
「なんだ、こんな朝早くから」
迎えたキリトはまだ部屋着で髪もぼさぼさだ。
「悪い。メノウから手紙が来て」
「ああ。尾行者捕まえたときに約束していた、例の情報ってやつ?」
そこまで口にしてキリトははっとなった。眠気が一気に覚める。スイがわざわざ出勤前にここに来たということは。
「何か一刻を争うような情報があったのか?」
訊かれてスイは渋い表情になった。
「もちろん……傍観するという手もあるのだが」
「事情を話してみろ」
続く言葉が出にくそうになっていたスイに助け船を出してみる。スイは少しだけ安堵した表情になり、話を切り出した。
「これが、メノウからの手紙だ」
差し出されたということは読んでも構わないということなのだろう。キリトは手紙を読み始めた。
「尾行者の名前はリーシャ。マーラル軍工作部隊の所属だ」
そろそろ読み終わるだろうと予測してスイが早めに切り出す。
「やはりマーラルは魔術研究所を拡張して兵器を開発していたんだな」
キリトは添えられていた紙の方を確認し始めた。
「城と魔術研究所の見取り図。使うかどうかはともかく。これもなかなか貴重な情報ではある。協力した甲斐はあったな。ところで」
キリトは眉をひそめた。
次回更新予定日:2018/12/29
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「それじゃあ答えてもらおうかな」
にっこりとメノウが微笑む。
「誰の命令で僕を尾行したのかな?」
そのとき、尾行者が腰に手をやった。首を押さえていたスイがそれに気づき、尾行者の右腕をねじ曲げた。尾行者が痛みで悲鳴を上げたとき、腰にやっていた手から小瓶が落ちた。スイは背中に膝蹴りを入れながら白いハンカチを取り出し、尾行者の口元に当てた。尾行者は目を閉じ、ぐったりとなった。スイはため息をついた。
「手間がかかる奴だ」
「寝てるの?」
完全に意識を失っている尾行者の顔を見ながらメノウが訊いた。
「尾行しながら、ハンカチに睡眠薬を染み込ませておいた。暴れるのではないかと思って」
「用意周到だね、スイは」
スイはそっと尾行者を横たわらせて、先ほど落ちた小瓶を拾った。見覚えのある小瓶だ。蓋を開けると、特有の匂いがした。
「どう思う?」
メノウに渡すと、メノウも瓶を鼻にあまり近づけないで匂いをかいだ。
「毒薬だね」
スイは頷いた。
「こんなものを持って尾行して、失敗したら情報を漏らさないように自ら命を絶つ。こんなことをするのは」
「マーラル軍で間違いないね」
メノウは立ち上がった。くすっと口元から笑いがこぼれる。
「ありがとね、スイ。君が気づいてくれていなかったら、大切な情報源を失うところだった」
「いや。間に合って良かった」
スイも気配を感じて立ち上がる。
「いっぱいしゃべってもらうからね」
意識のない尾行者にメノウが笑いかける。
「後はお任せしても良いだろうか」
わざと聞こえるように少し声を張り上げると、背後の木から二体の影が落ちた。
「気づいておいででしたか?」
黒装束の男が二人、スイの両脇を通って尾行者の左右に立つ。魔珠の里の忍びの者だ。この先の集落で待機していて、メノウと打ち合わせていた時間を見計らって林に潜み、動きを見張っていたに違いない。
「後は我々でやります。スイ殿はお帰りになって結構です」
「メノウ、お前はどうする?」
「このまま山を越えてパウンディア側のいちばん近い町に行くよ。協力してくれてありがとう、スイ」
メノウがスイの手を握ると、いつものいたずらっぽい笑顔で片目をつぶってみせた。
「情報、楽しみに待っててね」
次回更新予定日:2018/12/22
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にっこりとメノウが微笑む。
「誰の命令で僕を尾行したのかな?」
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「手間がかかる奴だ」
「寝てるの?」
完全に意識を失っている尾行者の顔を見ながらメノウが訊いた。
「尾行しながら、ハンカチに睡眠薬を染み込ませておいた。暴れるのではないかと思って」
「用意周到だね、スイは」
スイはそっと尾行者を横たわらせて、先ほど落ちた小瓶を拾った。見覚えのある小瓶だ。蓋を開けると、特有の匂いがした。
「どう思う?」
メノウに渡すと、メノウも瓶を鼻にあまり近づけないで匂いをかいだ。
「毒薬だね」
スイは頷いた。
「こんなものを持って尾行して、失敗したら情報を漏らさないように自ら命を絶つ。こんなことをするのは」
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メノウは立ち上がった。くすっと口元から笑いがこぼれる。
「ありがとね、スイ。君が気づいてくれていなかったら、大切な情報源を失うところだった」
「いや。間に合って良かった」
スイも気配を感じて立ち上がる。
「いっぱいしゃべってもらうからね」
意識のない尾行者にメノウが笑いかける。
「後はお任せしても良いだろうか」
わざと聞こえるように少し声を張り上げると、背後の木から二体の影が落ちた。
「気づいておいででしたか?」
黒装束の男が二人、スイの両脇を通って尾行者の左右に立つ。魔珠の里の忍びの者だ。この先の集落で待機していて、メノウと打ち合わせていた時間を見計らって林に潜み、動きを見張っていたに違いない。
「後は我々でやります。スイ殿はお帰りになって結構です」
「メノウ、お前はどうする?」
「このまま山を越えてパウンディア側のいちばん近い町に行くよ。協力してくれてありがとう、スイ」
メノウがスイの手を握ると、いつものいたずらっぽい笑顔で片目をつぶってみせた。
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